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深夜の死闘を反芻しながら明け方、社に向かって帰還中である。かと言って特に反省点も無く落ち着いて対処出来た事に満足していた。瞬間移動は使わず巨獣との戦闘の余韻を確かめる様に転がる。トレーラーvs軽トラ? いや、スクーター位のもんか? よくやった俺!
暫くして帰宅した頃にはすっかり太陽が昇り爽やかな朝を迎えていた。木漏れ日を浴びながら社の庭へ入りブラガに朝の挨拶。
「おはようブラガ。今日は朝から良い天気みたいだな」
「おはようございますマイスター。昨夜は随分ハッスルしたみたいですな」
【眷属の秘事】で事情は知っているだろうから簡単に答える。
「中々大変だったけどな」
「ベヒモスの巨体はマイスターでも難儀されましたか」
「いやはや途中のサイズは無いのかよ? って文句はあったな。5〜8m級の相手とかさ」
「ハッハッハッ! それでこそマイスター! 居るには居るのですが……。いや、天晴れでありますぞ」
「そうかい? 苦労した甲斐もあったかな?」
「お疲れでしたらゆっくりして下され」
なんとなく魔法やらマナの実験をしている定位置に転がっていくとホッと一息付けた気がする。さて、人間御一行様はいつ帰るんだっけ? 今日か明日にはボーツの街へと戻っていく予定だった筈。そんな事を考えていると……。
「ミチオ様、随分イカれた暇つぶし、お疲れ様でした!」
「おー、ただいま」
ジルが社の中から出てきて挨拶をしたかと思うと、なんだか怒っている様な呆れている様な感じだ。ベヒモス討伐をイカれた暇つぶしって何だよ。称えてくれとは言わないが労いの言葉位は掛けて欲しいぜ! こちとら遭遇イコール生か死かって綱渡り状態の生活なんだから。
「言っとくけど向こうから仕掛けてきたんだからな」
「はあ〜……そもそも論点が違うわよ」
「へ?」
「この世界に千年以上生きている生物はそう多くないの。そしてそれらは超越種と呼ばれ大概が神獣として扱われていたり畏怖の対象となっているわ」
「お、おぅ」
「貴方も神聖視されていないのかと一瞬躊躇していたけれど、まさにそこなのよ! 普通の人間は超越種(XX)に遭遇したら一目散に逃げるのが常識で上手くに逃げられたなら御の字、例え命を落とす事になっても災害の様なものだと諦めるしかないわね」
「いや、足掻くぞ俺は」
「その結果が目の前に居るのよね……」
「なんだよ、倒しちゃ駄目だったのかよ?」
「良い悪いの話じゃないのよ。だから、論点がずれていると言っているの」
「じゃあ何か? 黙って踏み潰されたら良かったのかよ!」
「そうは言わないけれど、簡単に討伐されて良い存在でもなかったのよ……」
『ミチオに分かる様に説明、天然記念物を捕食した様な行為』
「ニュアンスは伝わったけど弊害でもあるのか?」
「すぐにどうこうというのは無いと思うけれど、超越種の調査研究をしている人間がいずれ気付くでしょうね」
「で? 犯人を突き止める為に動くかもしれない?」
「そこは分からないわね」
「なら、そんなにヒステリックになりなさんな。先の事なんざその時になってから考えれば良いさ」
「そんな行動をしているから傭兵団やら領兵の討伐隊が来るんでしょうに……」
「うぐっ! だが、俺は悪くない! 降りかかる火の粉は払うだろ?」
「そうね。いちいちその部分だけは免罪符となり得るのよね」
「そんな事よりも今日の予定だ。人間様御一行が街に戻るのはいつだっけ?」
「今日は無理でしょうね」
「そうなのか? 何か森でやる事でもあるのか?」
などとジルと会話していると人間達も社から出て来る。
「ミチオ様、お帰りだったんですね」
ポゥが朝の挨拶でも掛けてきている様だ。ぞろぞろと出てきた人間は皆一様に疲労感を滲ませているみたいだ。はしゃぎ過ぎて昨夜は寝られなかったのだろうか?
「みんな、ゆっくり出来なかったのか? ジル、翻訳してくれ」
「……」
「どうした?」
「はぁ〜〜〜〜!」
特段大きな溜め息を吐き呆れているジル。
「深夜に鳴り響く轟音と地響き、遠くからでも聞こえる巨獣の咆哮、ただでさえ危険だとされる森の中においてどんな英雄だって眠れる訳がないでしょ!?」
「た、確かに……」
本人からすれば大した事では無いんだが、あの戦闘の余波の事までは考えが及ばなかった。静まり返った深夜の森にはさぞかし轟いたであろう。しかし今はそんな事より驚いたのが視界に変化が見られる所だ。ポゥの見た目がより人間に近くなっている。ポリゴンのカクツキが減っている様な感覚だ。しかも距離も伸びていて半径50m程になっている。以前の望遠モードまで距離が広がり更に情報量まで増えた視覚は相変わらず気持ち悪い。うん、吐き気を覚える程の情報量に思考回路がショート寸前だ。そして望遠モードは100m先までは見える様になっていた。これもレベルが上がった恩恵かな? ジルのお説教に現実逃避しながら受け流していると魔法使いが近付いてきて口を開いた。
「あんたXXXだったのね」
何事か告げるとケラケラと笑い始めた。キュリヤに翻訳を頼む。
『あなたは狂人? セクシャリティコードに抵触する人物? ……翻訳可能な言語に該当無し』
「たぶんスラングでからかわれたんだろう」
『同意』
ひとしきり笑ったティキが続ける。
「ねえ、どうやったらその体で巨獣に勝てるの?」
キュリヤによる翻訳【念話】で返答する。
「聞きたいのか? なかなかグロいと思うぞ」
「え? そうなの? さらっと言うと?」
「ちょっとずつ溶かして食っていった感じだな」
「ひっ! も、もういいわ」
軽く引きつつも、またケラケラと笑いだす。
「この化け物に挑もうとしていた自分が馬鹿みたい」
「俺だって最初から強かった訳じゃないんだぞ? 初めて遭遇った時はイーヴルゲルって種族だったのが今はケイオスゲルに変化しているしな」
「そうね。昨日見た時に思ったわ。ますます不気味になっているんだもの」
「おい! 不気味って」
「だって仕方ないじゃない。ドス黒い体表を覆う虹色の光が怪し過ぎるのよ」
「人の見た目を貶すんじゃありません!」
「あら、"人"の話はしてないわよ?」
また声を上げて笑うティキ。話術では敵わないな。
「何? なんのお話ですか? 楽しそうですね」
ポゥが会話に加わってくる。
「シスターはこいつの内包するマナを見てぶっ倒れてたよな? アタシにも見せてよ」
許可も何も出す前にティキは右手を俺に乗せていた。
「ぶっ! ハッハッハッハッ! アタシじゃ弾かれて全容が分からないや」
「マナ感知レベルが足りないと大き過ぎて何がなんだか分からないのだと思いますよ」
「そうだな。人間がどれだけ集まったって敵う筈が無い事は理解出来るけど具体的な根拠までは分からない感じだな」
「その根拠を裏付けしているのがマナを集約させた束群なんですよ! あの神々しい積層マナの束に埋もれたい!」
「おい、シスター大丈夫か?」
俺もちょっと心配だぞ。後半の言葉は聞かなかった事にしておこう。程なくして男連中もやってくる。
「「おはようございます」」
朝の挨拶だろう。ジルに翻訳を頼みみんなに話し掛ける。
「昨夜は騒がせてしまって申し訳ない。今日は大人しくしているので、ゆっくりしていってくれ」
この場が和んだ空気を察知して一安心する。
「ちなみにベヒモスの肉を食ってみたい奴はいるか? 少しばかり分けても良いと思ってるんだが忌避感のあるタイプの肉だったりするか?」
「巨獣を……食べる……?」
「あぁ、なんか宗教的禁忌とかがあるなら聞かなかった事にしてくれ」
「い、いえ、それは無いと言いますか……。え? でも、食べても良いんですかね?」
「俺に聞かれても知らないし、ほぼほぼ食った後の残り物だからな」
「面白そう。アタシは食べてみたいな」
ティキは賛成派の様だ。
「ティキが食べるなら僕も」
ハーシルが乗っかる。
「我らも頂きたい。こんな珍しい場面にはそう出会う事はないでしょう」
「ああ! 是非お願いしたい」
衛士の2人も賛成派これで多数決は決したので朝飯に使って貰う事になった。
「昨日からまるで夢でも見ている様だ」
「全くだ。我らとは住む世界が違い過ぎる」
「衛士諸君。時に君らの戦闘能力はどの程度なんだい?」
「は、そうですね。我ら2名と後衛にポゥが居ると仮定するとこの森の浅い部分ならば対応可能でしょう」
「ナクトマンって魔物は分かる? あいつらの対応は出来る?」
「やや苦戦するシチュエーションもあるかもしれませんが負ける事は無いかと思います」
「結構優秀だな。それじゃあ森の外縁からこの社まで続く獣道近辺に関しては油断さえしなければ大丈夫そうだな。獣道から大きく外れたり中心部方向に5km位奥に行くと墓虎の縄張りが出てくるからそこら辺までにした方が良いかもな」
「あ、ありがとうございます。貴重な情報を頂きました」
「そう畏まるなって。知っている情報は共有した方がお互いの為になるだろ」
俺から1kg位の肉塊を受け取り炊事場へ向かうポゥ。そのまま俺と雑談を続ける教会衛士の2人。一つ大きな伸びをして室内へ戻る小太り司祭。社の外周を眺めながら歩き始める傭兵団の2人。それぞれの新しい一日が動き出していった。




