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「まさか昏き森(ダークフォレスト)で一晩過ごす事になるなんてね」

「ティキさん、ここはトレスグリューンです。その通称はやめて下さい」

「おっと、教会関係者(あんたら)は特にこの呼び方が好きではなかったわね」

「だが魔物の跋扈する森の中においても安全に過ごせるというのは素晴らしいではないか」

「魔物除けの結界の様な物が張られていますね」

「魔物なら2匹程中に居るけどね」

「もう! ティキさん!」

人間達の談笑する声が社に響いている事に新鮮な気持ちになりつつも若干距離を感じていた。やはり言葉の壁は高く聳えていてフィクションの様な都合の良い翻訳スキルは存在しないらしい。フィクションといえばこの世界には回復魔法の様なものも無いらしい。応急処置や自然治癒力を強化する程度の事は出来るみたいだが怪我を一気に治したりする事は不可能なんだとか。粘菌生物に転生させられているというぶっ飛んだ設定なのに世知辛いな。平和に語らっている人々を尻目に俺は静かに社を出ていく。

「ふぅ、少し疲れたな」

「マイスターでも苦手はあるのですね?」

ブラガが体を動かす事もなく語りかけてきた。そちらへと近付いていき声を掛ける。

「元人間とはいえこっちの世界の言葉は分からないし、どう接して良いのか分からなくてさ」

「マイスターも意外と繊細なのですな」

「そう苛めないでくれよ」

「はっはっはっ、そんなつもりでは無いですぞ」

元同族ってだけの人間達よりも意思疎通が容易な無機生命体の方がよっぽど居心地が良いなんてな。それでも取り敢えず森の、延いては自らの平穏は守られそうなので良しとしよう。

「これからこの社にも人が訪れる様になるのかねぇ」

「王国が本腰を入れて再生計画をを立ててくれれば良いのですが……」

コロコロと転がりながら目的も無く森の中へ入っていった。


人間達はもう眠っているだろうか?

「ミチオ様はどういった理由で行動されているんですか?」

ポゥに問われた言葉が頭をよぎる。たまたま見かけた墓虎(グレイヴティガー)を瞬殺して吸収しながらぼんやりとそんな事を考えていた。思えば地球でサラリーマンをやっていた時だって目的なんか無かったんじゃないか? そりゃ、あれが欲しいとかこれが食べたいとかの欲はあったけど確固たるものなんて一つも無かった。ポゥにしたってきっとそうじゃないのか? ただ単に自分の理解を超える存在が目の前に居るので好奇心で問うただけだろう。今は意外とはっきりしているものもある。強くなる。何も武力だけではなく知恵も含めて快適に過ごせる様に強くなりたい。何も出来ない転生当時から必死にここまで生き延びたんだからな。これは魔物の本能に引っ張られているのか? と、疑問もあるが目下、より良い生活の為に強くなる。これが今の俺の生きる目的だな。生き残る。そして生き延びる。


森の中心部に向けて進むと手強い魔物が増えるという話だったが今の俺に敵うのは巨体を持つ魔物以外は居ない。いくらデカくても面倒なだけでなんとかなる自信もある。巨人と冠される森の巨人フォレストジャイアントですら2.5m程度の身長。いよいよ(ドラゴン)の一種、多頭竜(ヒュドラ)しか相手がいないんじゃないか? とか自惚れていた所にキュリヤより警告が入る。

『報告、南南西距離約400m、巨大な生命反応がこちらを捕捉した模様』

「400mあれば振り切れるだろうけど正体も気になるな。キュリヤ、他に情報は?」

『大型の四足獣ベヒモスと推測』

「ベヒモス!? 何それ、神話級の化け物って事?」

『戦闘能力不明。接近中の個体は千年以上生息していると補足』

「カバだか象だかに似ている野獣?」

『該当データ有り。容姿はカバと類似性があると確認』

徐々に歩いている振動が地面を伝ってくるのが分かる。確実に近付いている足音に緊張感が増す。千年以上生きている魔物って倒しても良いの? 神聖視されていたりしたら……って考えている間に攻撃が来る。

「ォォオオッ!」

遠くから聞こえてくるのは奴の声だろう。

『岩による砲撃を確認。速やかに回避行動を』

「超射程っ! 視界の外から撃たれたら躱しようがないじゃないか!」

闇拡張(ダークエンハンス)】と望遠モードの視界でなんとか直撃しそうな物を【魔法分解(ディスマジック)】で消していく。ただの岩塊ならばマナ化すれば透過しそうだけど魔法絡みだと何が影響するのか分からないので大事を取って当たらないに限る。やがて……ズドンッ! ゴシャッ! メキッ! バズンッ! と次々と直径3m前後の岩が降り注ぐ。

「キュリヤ、相手との距離は?」

『約200m』

このまま長距離から物量で押されてしまうのを嫌い一気に接近する。瞬間移動数回、5秒余りで相手を視界に捉える。捉えたのだが……。

「なんじゃあ、こりゃあっ!」

馬鹿デカいにも程がある。全長15m近くありそうで体高は5m以上か? シルエットはカバっぽい気もするが、いずれにせよ俺の見え方では判断出来ない。太くて短い四本足で巨体をしっかりと支えている様子で、足の大きさだけで俺なんかプチって感じだ。のんびり観察している時間は与えてくれず、カバよろしくデカい口を開いたかと思ったら強烈な叫び声を上げる。

「ブルモォォーーッ!!」

大気が震える。森の木々が突風に晒された様に騒めき、木の葉が宙を舞い吹き飛んでいく。幸いマナ化していた俺には影響が無いので更に相手を観察していく。確かに哺乳類とかの動物に似た巨獣みたいだけど、それよりも気持ち悪いのが体中至る所でマナが魔法的な動きを見せている事だ。巨体を支える為に魔法を補助的に使っているのか、はたまた別のバフ効果でもあるのか、ぱっと見では判断出来ない。叫び終わったベヒモスはやや右前方10m弱の位置を凝視している。俺の位置だ。マナ化していて視認は不可能な筈の俺の方をだ。試しに奴の左側へと瞬間移動する。すると間髪を入れずにこちらへと向き直るのだった。視覚的なトリックは通用しないという事だな。

「ボルモォォー!」

ベヒモスが鳴き声を上げた途端に地面から岩が隆起してくる。バキバキと音を立てて倒れていく木を押し除けて高さ10mになろうかという岩山が現れる。(ナクトマン)が使う魔法と同じ系統なんだろうが根本的に規模が違う。ささっと移動して奴の鼻先3〜4m、毒霧を噴射して急速離脱。距離を取り様子を見るが、嫌がる素振りは見せども死ぬどころか弱る気配すら無い。体格差の分毒の量が足りないのか俺の生成した毒では効かないのか分からないが、ともかく効果は見られない。次は物理攻撃を試そうと奴の背中の上へ瞬間移動し音速を超える触手の鞭打を連続で当てるが……。

「なんだこの感触?」

『常時防御魔法が展開されていると確認』

あの体中で渦巻いているマナは防御の為だったのか。硬いというよりも当たった部分の衝撃を吸収されている様な感覚だった。ならば、ゆっくり極細触手を挿入するのは可能か? プスッとなんの抵抗も無く入っていった。そのまま先端部分で溶解吸収しながら侵蝕していく様に体内へ領域を広げていく。流石に黙って食われる訳にはいかない相手も反撃に出る。

「ドゥルワァオォォーッ!」

先程遠距離より放たれた岩塊を自分の背中に居る俺目掛けて撃ってきた。が、それはもう見た。直撃の軌道を取る全てを発動と同時に【魔法分解(ディスマジック)】によって掻き消す。その間にもどんどんと体内へ侵入していくのだが、分厚い皮の下には更に分厚い皮下脂肪の層があった。教訓、やはりデカいは厄介である。そうして、すっぽりと相手の体内へ体全体を突っ込んだ俺は縦横無尽に触手を伸ばしながら相手を食らっていく。

「イ゙ィィバァァー! ガァァア゙ァァァァッ!!」

地団駄を踏み、絶叫を上げ、まさに天地鳴動の様相だが俺はマイペースに侵蝕を進める。周辺の木々は皆薙ぎ倒され踏み締められた足跡は軽くクレーターと化している。影に潜む者としては木は余り倒さないでいただきたい。四方八方へ広げていった触手の1本が核心を捉えた。背骨である。脊椎動物である以上ここを破壊してしまえばお終いだろう。

【振動感知】

スズンッ!! 断末魔を上げる事も無く大地を揺らし巨体が崩れ落ちた。後は残さず美味しくいただくだけなのだが、大きさが大きさなだけに骨が折れる作業だ。マナとして吸収していくので満腹という感覚は訪れない為、ひたすらに、がむしゃらに、黙々と、淡々と、粛々と食べ進める事小1時間、お土産分を少し残して完食! 

【情報処理能力】

「いやぁー、食ったな。お? 久々にきたぞ?」

ベヒモスとの戦闘、その後の死体処理の疲労感と存在値(ダーザインレベル)が上がった感覚にぐったりとしながらキュリヤに確認する。

「レベルはどの位上がった?」

『報告、現在の存在値(ダーザインレベル)は92』

久しぶりに手応えのある相手だった。だが、巨大な敵との戦闘経験はこれからの為にきっと役立つだろう。

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