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この世界に来てから半年余り、やっと人間達と関わりが出来た日の夕刻。外はすっかり暗くなりまともな人間ならばこんな鬱蒼とした森の中を徘徊する様な真似はしない。社の中では夕食を作るポゥとハーシル、小太り司祭と護衛2人レヒツとリンクスはジルと会話をしている。ブラガは玄関先の定位置で省エネモード、その近くで金属のマナを弄りながら試行錯誤している俺は刀剣類の様な武器を瞬時に生成出来ないかと頭を捻っていた。
「少し良いかしら?」
そこへ魔法使いが声を掛けてきた。
「キュリヤ、翻訳念話お願い」
『了承』
「どうした?」
「貴方【念話】でしか会話出来ないの?」
「すまんな。色々事情があるんだよ」
「まあ良いわ。貴方、元人間なんですってね」
「そうだな」
「そんな事想像も出来なかったから」
「俺もこんな体になるとは想像もしてなかったな」
「悪かったわ」
「へ?」
「だから! 今まで悪かったわ」
「…気にするな。傭兵団を壊滅させた事に変わりは無い。魔物を討伐しようとするのも返り討ちに合うのも敵討ちをするのも分からない話では無いさ」
「そうね。どれも良くある話。されど当事者には、ね?」
「そうだな」
俺の傍らに腰を下ろしたティキは「ハァーッ」と盛大に溜め息を吐いて俯いた。まさか肩を抱く様に触手を出す訳にもいかず、俺は所在無くただただ佇む事しか出来なかった。人間十数人をこの手に掛けた事に後悔も反省も無い。無抵抗にやられてやる義理は無いんだから。それでもティキの複雑な心中は少しだけ分かっている。
「ご飯が出来ましたよ」
少しすると入口を開けてポゥがやって来た。材料持参の為さほど手の込んだ料理は出来なかったと付け足した。
「ありがとう。今行くわ」
ティキは立ち上がるとこちらを見つめる。そっか、俺が飯を食わない事は知らないのか?
「あぁと、ゲルは食事をしないんだ。正確にはするけど料理を食べる生物じゃないんだよ」
「でも食べられない訳ではないんでしょ?」
まぁ、そうか。何だって食えるという事は料理だって食えるんだよな。この世界初の文化的食事に俄然興味が出てきた。
「そういう事ならご相伴に預かるよ」
【念話】で答えるとポゥが??という目で1人と1体を眺めていた。俺も社の中へと転がり出しふと思う。キュリヤ、ブラガ、ジル、俺を含めて誰も飯を食う概念が無い。マナさえ補充出来れば充分という非常にストイックな生き方をしていたと反省。しかし、物理的に食事が出来るのは俺だけなのか?
室内に入ると聖堂的な広間の後方にテーブルが用意されていた。もう全員そこに揃っていたので近付いていく。木製のテーブル、無機質っぽい薄い物が皿だな。その上に乗っている有機物が料理だろう。どうやって食べる? 周囲の人間達を観察してみると、それぞれフォークかスプーンの様な金属製の物を使い料理を口に運んでいるみたいだな。
『翻訳「ミチオ様もどうぞ」』
ポゥに促されてゆっくりと触手を伸ばして料理に触れてみる。とにかく触れた物と触手を体内に戻して溶解吸収。やはり特に味なんかは感じられない。残念だが逆に今まで吸収してきた物の味が分かると思うと恐怖を感じるのでこれで良いんだと自分に言い聞かせる。
「どうですか? お口に合いますか?」
キュリヤに翻訳してもらっているが正直どう答えたものか……。味なんか分からないし、なんなら生物を生のまま食らった方がマナ吸収効率が高いが、そんな答えを人間と囲む食卓で言える訳もなく、さりとて嘘を吐くのも嫌なので無難な答えを探っていると……。
「ミチオ様に味覚はないわよ」
ジルが助け船を出してくれた。
「そうなんですか。少し残念です」
残っていた俺の皿の上の食事をさっさと平らげるとジルに翻訳を頼む。
「ミチオ様からお話があります。食べながらで良いので聞いて欲しいとの事です。まず、ここの安全性は理解出来たかと思う。国の調査団とは連携が取れるだろうか?」
「ええ勿論! 四神の神殿全てを解放して下さったと聞いております故、口利きは儂にお任せ下さい」
小太り司祭が自信満々に声を上げる。
「管理者登録を変更しなくてはならない場合は応じます」
「であれば恐らく何の問題もないでしょう」
「そちらから聞きたい事があれば遠慮なくどうぞ」
「あのぅ、一つ良いですか?」
遠慮がちにポゥが小さく手を挙げた。
「ミチオ様はどういった理由で行動されているんですか?」
うぐっ! 目的もなく森を徘徊する魔物だよ! ここは正直に答えるべきか? かと言って人間社会と溶け込める姿じゃないし……。
「あはは、ミチオ様が困っている姿が見られるなんてね」
はしゃいでいるジルが鬱陶しい。誤魔化す必要は無いんだが、どう説明したものか……。元々はこことは別の世界の人間で、どうやら元の世界では死んだらしい。気が付いたらこの森でゲルになっていた。ありのまま伝える事をジルに頼んだ。
「元人間とは伺っていましたが別の世界?」
当然の反応だな。
「もしかして話せないんじゃなくて言葉が分からないって事?」
いや、どっちもです。
「では何故この世界に?」
それは俺も知りたい。皆それぞれ疑問を口にしだすと話はあらぬ方へ……。
「ミチオ様、この世界には無い技術等はご存知無いか?」
小太り司祭の言葉に場が静まる。この親父も馬鹿ではないという事か。こういう事になるのが嫌だったから極力異世界人であるのは黙っていたのに……。
「前提として俺はこの世界の技術レベルを知らない。仮に加速度的に技術革新が起こる程の知識を俺が持っていたとしても簡単に明かすつもりはない」
当たり前だ。面倒事の匂いがぷんぷんして吐き気がする。
「そうですな。儂とした事が失礼しました」
「領兵が俺の討伐に動くらしい話はどうにかなるか?」
「左様ですな……。討伐された事に出来れば何も問題無いかと思いますが……」
あ、悪魔が召喚したイーヴルゲルの核ってまだ持っていたよな? と、思い出して体外へ吐き出す。
「これ、イーヴルゲルの核なんだけど偽装に使えないか?」
「使えるも何もこれが有れば全て解決じゃない?」
ティキが半分呆れた様に答えた。
「ただし、イーヴルゲルの核は高価な素材よ? 倹約すれば1ヶ月は暮らせるお金になるわね」
「金か……。こっちは無一文で半年以上森の中で暮らしてんだ。問題解決になるなら遠慮無く使ってくれ」
「「…………」」
ん? ちょっとした沈黙に一同の憐れみの視線を感じるのは気のせいだろうか?
「そういう事なら有り難く貰ってあげるわ」
「約束は反故にするなよ?」
「どうかしら?」
悪戯っぽく返すティキに思わず気持ちが綻ぶ。こんな感情いつぶりだろうか? 少なくともこの森に来てからは殺伐とした日常が続いていたからとても新鮮だった。
「冗談には冗談で返すが、今の俺はボーツの街ならば30分もあれば死者の国に出来るからな」
「ひっ」
ゴクリ……。
「いや、だから冗談だって……と翻訳させられているけれど、流石に笑えないわよ?」
「そうか?」
ジルにまで突っ込まれたので会話もお開きだな。あとは明日か明後日あたりにはこの一団が街へ帰還して国の調査団と領兵の討伐隊に事情を説明して貰えれば万事解決か。
「あのぅ〜、ミチオ様?」
ポゥが何か訪ねている様だ。
「ミチオ様の体内マナを見せて頂く事は可能でしょうか?」
「ポゥ、貴女本気? 本当に卒倒するわよ?」
何何? なんて言ってる?
『翻訳、体内マナを探らせて欲しいとの事』
探られる位なんて事無いよな? そんなの勝手にすれば良いのに。
「キュリヤ、構わないと伝えてあげて」
『肯定』
「失礼しまぁす」
ポゥは右手を俺の体に当てると短く息を吸った。そして、そのまま後ろにぶっ倒れた。
「おい! 大丈夫か?」
「あははははっ! だから言わんこっちゃない」
「ジル、笑ってないで助けてやれよ!」
「大丈夫よ。頭に軽いタンコブ程度はあるかもしれないけれど、貴方の膨大なマナ量に圧倒されただけだもの」
「どういう事?」
「情報量の多さに頭がパンクした様なものね」
「大丈夫なのか?」
「すぐに気が付くわ」
「はっ! 神様っ!!」
目覚めたポゥが何か口走ったと思ったら、それを聞いたジルがまたも大笑いしている。
「あははははっ! 確かに、言い得て妙だわ」
何を言われたのか分からず、かと言って周囲の状況も上手く把握出来ずに呆けていた。
『報告、ポゥがミチオを神と称した』
「神? なんで?」
『恐らくこの世界の人間でこれ程大量のマナの集合体を目の当たりにした者はそう居ないと推測』
「すすすす、すみません! 取り乱してしまいまたたっ」
またポゥが何やら話しているけれど意味は相変わらず分からないが、しどろもどろになっている事だけは伝わってきた。
「あーはは、ミチオ様、大変面白いものが見られました」
ひとしきり笑い倒したジルが言ったが、俺には何がそんなに面白いのか理解出来ない。翻訳の都合なのか、この世界の慣習か、はたまたジルの笑いのツボなのかすら判断がつかない。なんだか居心地の悪さを感じながら夜が更けていくのだった。




