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傭兵団【火中の栗】との一悶着が解決して俺の意識は社の本体へと戻っていた。ようやく教会関係者を森へと連れて行く行程に戻った訳なのだが何故か傭兵2人も着いてきている状況。教会との約束があるので護衛として森まで同行するとの事。面倒はもう起こさないというのでそれは良いのだが小太り司祭が喚き始めて面倒な事になっている。
「一体なんだと言うんだ! ジル様に向けて攻撃を仕掛けるなど言語道断ではないかっ!」
「その通りですね。ですが少し落ち着いて下さい司祭」
「落ち着いていられるか! こちらまで危険な目に遭っているのだぞ!」
「結果的には何事も無かったではないですか」
「結果論で片付けるな! それに聞けばあの悍ましい色のゲルが悪いというではないか!」
「それは違いますよ司祭。どちらかと言えば傭兵のお二方に非があるかと思いますよ」
「なんだ貴様は魔物の肩を持つというのか!」
「そんな事はありません。公平な目線で言っているんですよ」
「ふん! 魔物、それもあんな不気味なゲル如きを庇うのだな」
「そんな事言っちゃ駄目ですよ。ジル様だって今は魔物という分類ですし、何よりそのジル様のご主人様だというではないですか」
「ジル様は精霊だぞ! 分類としては魔物かもしれんがあんな怖気のする色をしたゲルなどと一緒にするでないわ!」
「ですから司祭その辺にしておいて下さいよ。ジル様よりも上位の魔物だと言ったら分かってくれますか? 先程の魔法合戦をしていたジル様よりも更に強い魔物なんですよ? 司祭の口の利き方一つで私までとばっちりなんて嫌ですからね?」
「ふん! 下等なゲルなんぞに言葉が分かるとは思えんな」
「貴方、死にたいのかしら?」
ポゥが馬車を走らせつつ荷台で吠えている小太り司祭を嗜めている間に馬車の上を飛んでいたジルの堪忍袋の緒が切れてしまった。
「余程死にたいのかしら? これ程ミチオ様に悪態を吐いておいてまさか何のお咎めも無いと思っていないでしょうね?」
「ジル様も落ち着いて下さいよ。司祭も早く謝って下さい」
「ジル様、何故そこまであのゲルを持ち上げるのですか? あんな下等生物に媚びなど売らないで頂きたいものですな」
「何度言ったら理解出来るのかしら? よくもそんな偏見に満ちた思考の持ち主が司祭の地位を戴いているものだわ!」
「儂は何も魔物の全てを蔑んでいる訳ではございません。ただあの様な奇怪なゲルをですな……」
「そこまでになさい! ポゥはもう知っているけれど彼の精神は人間なのよ。私と同じ元人間の魔物って事ね」
「馬鹿な! 元人間のゲルなど聞いた事が無い!」
「そうね。私も聞いた事が無いし、最初は信じられなかったわ。貴方魔導は知っていて?」
「え? いや、殆んど知らぬというか、魔導……。魔法体系の中でも高度なマナ操作技術が必要だとか?」
「彼は魔導の使い手よ。我々では到底理解出来ないマナとの親和性を持っているわね」
「いや、それが本当だとして、それでも何故ジル様が彼の者の下に付いているのかが些か理解出来ませぬ」
「そうね。浮遊霊の一種だった私が彼の眷属となった事で精霊まで進化したと言ったら?」
「な、そんな事が?」
「彼のマナ保有量は龍を凌ぐ程よ」
「……いやいや、ご冗談を! たかがゲル如きが龍よりも多くのマナを保有しているなど」
「ここまで言っても信じないのならばもう直接会って確かめて貰う他ありませんね」
「……本当なのですか?」
「その結果貴方がどうなろうと私は知りませんけれど……」
それっきり司祭は俯きながらぶつぶつと独り言を呟く様に静かになっていった。
森まで数十kmに差し掛かった頃、すっかり時間を過ぎた遅めの昼食の為に馬を停めていた。簡単な食事を作ってきていたポゥがそれぞれに包みを渡していった。パンとチーズと燻製肉、それにドライフルーツが添えられていた。各々食事を進めていた頃に司祭が魔法使いに話し掛けている。
「お前はあのゲルと因縁があった様だが、会話をしたのか?」
「会話……。そうね、会話が成立する相手ではあったわね」
「その、なんだ、彼は、どんな性格なのだ?」
「どんな性格って、そこまでは分からないけど理性的ではあるんじゃないですか?」
「そ、そうか……」
「あそこまで魔物と会話する事は今まで一度も無かったから、よく分からないのよ……」
「ふむ、そうか。ならばお前はあのゲルの中身が元人間だとは知らないという事だな」
「えっ? 元人間……?」
「やはり知らないでか。どうもそうらしいのだよ」
「そう……」
それっきり黙ったティキは残っていたドライフルーツを口突っ込んで自分の馬へと歩いていった。
「ふむ、会話は成立すると言っていたな。ならば儂にも挽回の目はあるだろう」
それから2時間余り、まだ陽がある内に森へと到着した一行は獣道と化している戦神フレールの神殿へ続く道を進んでいた。各々、馬車に積んでいた荷を分担して背負いながらではあるが先頭にジルが居るのでそうそう魔物が襲ってくる事は無い。しかし、日中でも薄暗い森に足を踏み入れた司祭が文句を言い始める。
「なんて暗くてジメジメした所なんだ!」
「お、おい! 魔物の声じゃないのか?」
「こんな道とも言えない……歩きにくいではないか!」
「まだ着かんのか!」
「はぁ、はぁ、休憩はまだなのか?」
一同辟易としながらも黙々と進み続け目的地が視界に入ると安堵感を覚えたのであった。
「ふう、ふう、ふぃ〜、やっと着いたか」
「私もここまで来るのは初めてです」
「到着したみたいだな」
「その様ですな。どれ、出迎えて参ります」
ブラガが音も無く一行の方へと向かう。
「ジル殿、お疲れ様でございます」
「本当にね。変わりは無いかしら?」
「ええ、それはもう至って」
「皆さん、神殿の守護者のブラガ殿です」
「おお! 素晴らしい! 200年の時を経てなお我らが神殿を守護していただいているとは」
「いやはや、これも全てマイスター・ミチオ様のお陰でございますよ」
「……またその名か」
司祭がやや強張った顔で呟いた。
「ささ、まずは荷物を降ろしましょう」
ブラガがジェントルな所作でポゥの背負っていた背嚢を受け取ると一行を神殿へと先導していった。ややすると庭に居る鈍色で表面がぬらぬらと虹色に様々な光を反射するゲルが目に入ってきた。
「よぉ、ジルお疲れさん」
「ただいま戻りました」
「色々大変だったろうけど一先ず人間様に室内を案内してやってくれ」
「かしこまりました。部屋は適当に使わせてよろしいのですね?」
「うん、オーケー」
それぞれ俺を一瞥して社の中へ入っていく途中。
「ミチオ様ですね。ジル様より伺っておりました」
ポゥが挨拶を交わしてきた。諸々の事態を理解しているのはこの子だけなのだろうな。ただし何を言われているのかは分からないのだがな。
「キュリヤ?」
『ただの挨拶』
「念話で返してあげて。ここは安全だからゆっくりしていけって」
ぺこりと頭を下げてポゥが社へと入っていく。そんなこんなで無事に教会関係者を迎え入れる事が出来た。これも格好だけで特にこれからやって貰う事も無いんだけど、この社が安全である事が伝われば良い。
「やっと一息つけます」
社の2階にある部屋へ入るなりポゥが呟いた。それぞれ傭兵団2名と教会の男連中が一部屋ずつへ別れ、ポゥは一人部屋となったが護衛と暇つぶし代わりにジルが同席している。社の中に居る限り護衛は不必要ではあるが精神的に安心出来るならばそれで良い。
「お疲れ様。古い神殿の割にはしっかりしているでしょ?」
「はい! 森にある他の3箇所も同じ様な感じなんですかね?」
「機能は復旧しているけれど、掃除なんかは手付かずのままなのよね。機を見て綺麗にしなくてはいけないわね」
「そうなんですね。それにしてもミチオ様って凄いんですね。神殿4箇所をお一人で復旧なさったなんて」
「そうね。しかも、特に異常が無ければ向こう10年はマナの補充が必要無い程になっているのよ」
「ぶっ! 4箇所全てですか!?」
「そうよ。異常よね。貴女ならこの意味が分かるでしょ?」
「だって、あれ? 普通は1年に1度、その神殿の管理者がマナを補充するんですよね?」
「その通りよ。集めてきたマナを注ぐ儀式ですからね。それを散歩でも行ってくる様な気軽さで単独でやってしまったのだから信じられないわ」
「本当に龍よりもマナの量が多いんでしょうね」
「うふふ、貴女のマナ感知能力はどれ位?」
「えっと、3ヶ月前に調べた時はレベル4でした」
「しっかりと精進しているわね。そのレベルならミチオ様の積層マナを感知出来るだろうから一度体内マナを探らせてもらいなさいな。きっと倒れるわよ」
「た、倒れる? それは、ちょっと……」




