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翌日、ボーツの街から森へ向けて教会関係者が出発した。一頭立て馬車にポゥが乗り込み馬を進ませる。幌付きの荷車に小太り司祭(ナシオ)と荷物を載せている。護衛役の教会衛士レヒツ、リンクスがそれぞれ馬に跨り馬車の前方を、【傭兵団チェスナッツ・イン・フレイムス】のティキ、ハーシルも馬に跨り馬車後方に続く隊列となっている。街を出て3km程走った所で馬を停め、ジルが分体から本来の姿へと戻る。近くに一団以外の人間は居ないので大丈夫だろう。

「ふう……」

炎が立ち昇ると一瞬辺りの温度が上がったものの、それは直ぐに落ち着きマナの化身たる精霊が姿を現した。固唾を飲んで見守っていた一行は教会関係者4名が跪き、傭兵団2名はやや緊張した様子で立っていた。

「さて、ティキさんでよろしいかしら?」

唐突に話し掛けられて緊張の色が濃くなるティキに更にジルが続ける。

「昨日ポゥから説明があったかと思うのだけれど、貴女が追っているゲルについて……」

「アタシは……分からない……。どうしてもあの化け物を倒さなくては前に進む事すら出来ないというのに急に手を出すなと言われても……」

「無理よ。まず端的に言って貴女があの方に勝つ目は無いわ」

「それでも……」

「顛末は(わたくし)も聞いているから貴女の気持ちも分からないではないの。そもそも先に手を出しているのは貴女達だったのではないですか?」

「それは……そうですが……」

やや沈黙が続いてティキはボソリと呟く様に言った。

「もう一度会ってみなければ、どうしても……」

「そう。ならば何も森まで行かなくても良いわよね? ミチオ様、ティキが会いたいと言っておりますが?」

急にジルから声を掛けられて、そちらに意識を向け馬車の荷台の分体を操作して外へ転がり出る。

「何事?」

「この者のわだかまりがもう一度ミチオ様と会わなければ消えないというのでお呼びしました」

「お前ぇぇーっ! 何故ここに居る!?」

激昂したティキが両手を前に突き出して何やら叫んだ。

「【凍てつく大地(アイスド・アース)】!!」

小さな分体であった事と完全に不意を突かれた事で反応が遅れた。一瞬にして俺の分体が地面からの凍気で凍ってしまった。まぁ、死ぬ訳がないんだが……。

「止めなさい! 【燃えろ(バーン)】!」

ジルから熱気が放たれかと思うとハーシルが前に出る。左手の小さなラウンドシールドが光ったと同時に熱は霧散していた。

「お止め下さい! ジル様!」

ポゥが懇願する様に声を上げるとナシオ司祭も口を開く。

「何がどうなっておる!?」

レヒツとリンクスも武器を構えてナシオとポゥを守らんとし傭兵団2名に対して(にじ)り寄る。

「ミチオ様!」

いやはや【超個体(スーパーオーガニズム)】様々だ。ギリギリで分体から更に極小の分体を切り離してジルの元へと飛ばしていた。直径5cm程の分体が宙に浮かぶジルの足元へと転がる。

「大丈夫だ。どちらにせよ分体だからな」

ジルが小さな分体を拾い上げるとティキと対峙する。

「ジル様、どうか落ち着いて下さい」

ポゥがしきりに宥めているが、ジルの怒りは収まらない。

「ミチオ様、もはや殺める以外……」

「まぁ待て」

「あははははっ! ()ったわ! ()ってやったわ! あははははははぁっ!!」

「キュリヤ、翻訳念話よろしく」

『了承』

「満足か?」

「何? 化け物からの【念話(テレパシー)】?」

「このまま俺を倒したつもりのまま帰しても良かったんだが教会連中が戻ればいずれ知る事になるだろうからな」

「お前! まだ生きているのか!」

「落ち着けよ。それにしても凄いな。一瞬死の恐怖を感じたぞ(嘘)」

「ならば、本当に死ねぇぇっ! 【満ちる霜(フロストタイド)】!」

周囲が冷気に包まれていく。が、ジルがそれを許さない。

「【燃え上がる空(スカイファイヤー)】」

轟々と唸りながら傭兵団2名の頭上から火炎放射が放たれる。

「ちっ! 【氷壁(アイス・ウォール)】」

頭上からの炎を防ぐ為に氷の盾を出現させる。ジュージューと音を立て、湯気が辺りに漂う。教会関係者はジルの後方へと下がって行き、この状況を見守る事しか出来ない。

「それにしてもやっぱティキの魔法が大幅に強化されているみたいだな。このレベルってただの人間ではありえないんじゃないか?」

「そうですね。何かカラクリがあるのでしょう」

距離を取ったティキからマナのうねりが漲る。

「【氷河(グレーシャー)】!」

地面を割る様に氷塊が次々に隆起してくる。それは高さ5m程にもなるが、それ以上は伸びない様で高さを取ったジルには届かない。

「しかし、この規模の魔法の割にジルより後方へは減衰が激しいな……」

教会関係者達の所へは被害が及ばない。そういう調整は利かないと推察出来るのだが、そこら辺にカラクリがありそうだ。ティキ(あいつ)が狙っているのはあくまでも俺の筈だから、俺に対して特効でもあるんだろう。

「はあはあ……【とめどない悲しみエターナル・ティアーズ・オブ・ソロウ】!!」

ジルの頭上から滝の様な雨が降り注ぐと同時に俺は瞬間移動でティキの背後へと回った。すると雨の規模は弱まり、悠々とジルは範囲外へと移動していた。

「なっ?」

思った通り理屈は分からないが俺に対してのみバフが乗っかる様だ。

「ジル、種は分からんがカラクリの正体は俺に対して魔法が強化されているみたいだ」

「その様ですね」

一体どんな原理でそんな事が可能なのか気になるが、先ずはティキ(こいつ)を無力化する。……つもりだったが分体が小さ過ぎて俺に出来る事が無い!

「奴は! あの化け物はどこだっ!」

念話(テレパシー)】ならば使えるが話しにならないし、どうしたものか……。

「お任せ下さい。【燃えろ(バーン)】」

「させるか!」

ティキの目の前の空間が爆ぜた瞬間炎が上がる。それを察知したハーシルがラウンドシールドを振り払うと一瞬で炎が掻き消される。魔法の撃ち合いをしていた間も気を緩める事なくいつでもティキをフォロー出来る体勢を保っているなんてなかなか出来る男の様だ。

「ええい忌々しい! 手加減するのも面倒になってくるわ」

「ジル、なるべく殺すなよ」

「なるべく、ですか……」

「いや、絶対だ。殺すんなら俺がどうとでも出来る」

「分かりました。【燃えろ(バーン)】【燃えろ(バーン)】【燃えろ(バーン)】【燃えろ(バーン)】【燃えろ(バーン)】【燃えろ(バーン)】【燃えろ(バーン)】…………」

「なっ!」

「クソッ!」

傭兵団2名の周りが次々と爆発し炎が上がると最初の1発を盾で消したハーシルも次弾には対処出来ずに吹き飛んだ。ティキは半ば諦めたのかその場で立ちすくんでいて、爆炎になす術もなく吹き飛ばされた。そしてジルは怒らせない方が良いと改めて思ったのだった。


「さて、話をする気になったか?」

傭兵団は教会衛士の2人に縛り上げられている。ポゥは意外と肝が据わっている様で火属性と水属性の魔法が飛び交っていた際も自分の身を守る程度の構えを見せていた。一方で小太り司祭(ナシオ)はオロオロするばかりで衛士2名の後ろで狼狽えていただけであった。気持ちは分かるがこの場の責任者という立場上情けない事この上ない。

「全て……全てを捧げたというのに……」

ティキが弱々しく【念話(テレパシー)】に応えてくる。

「全てという事も無いだろ? そっちのハーシルって奴はお前を守る為に必死だったじゃないか」

「左手の薬指、更に子を成す事を捨てて呪法をこの身に刻んでまで挑んだのよ!」

よーく見てみると確かに左手の薬指が無い。体内は分かりにくいが子宮も無くなっているんだろう。そして左足の付け根辺りに禍々しいマナの渦があるみたいだ。それが呪法の刻印なんだろう。

「まぁ、なんだ、ご苦労さん。だが、はっきり言っておくぞ! お前の仲間が俺に切り掛かってきて、あまつさえ見逃してやったのにまた報復に来たのもお前だ! 敵討ちなんてお門違いも良い所じゃねぇか!?」

「……そうね。そうかもね。」

「で? どうする? まだやるか? ちなみに俺はなるべくお前達を殺さない様に気を使ってやっていた訳で、やるんなら一瞬で殺す事も可能だからな」

「……分かっているわ。分かっていた。初めて貴方と対峙した時に分かっていた筈なのよ。到底敵わない本物の化け物だって……」

化け物か……。確かにそうなんだろうな。今回俺の見せ場は全く無かったけど人間程度鼻糞を穿るよりも簡単に殺せる。何せ鼻が無いからな。

「この期に及んでまだ手心を加えるというのね。良いわ、手を引く。もう貴方に関わる気は無い。これで良いかしら?」

「そういう事なら自由にしてやるさ」

「1つだけ良い? 貴方のそれは慈悲でもなんでもなくて、ただの傲慢よ」

「ご忠告痛み入るよ」

傲慢か……。確かにそうかもしれないが自分勝手に魔物を狩っている奴に言われたくない。だけど、今の俺はどこからどう見ても嫌われ者のゲルだからしょうがない。さて、これで憂いのひとつが晴れた。あとは国の討伐隊と教会の調査団をどうにかしないといけないな。すっかり時間を食われてしまったがポゥ達に森へ来てもらわないといけない。

「キュリヤ、翻訳念話ありがとう。ジル、傭兵団の2人は解放だ。教会の連中には森に急いでもらうぞ」

「分かりました。では、その様に」

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