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教会の人間が何人か森へ来る事になった。戦神フレールの神殿の当代管理者であるポゥ、その護衛役の男性2名、役職付きっぽいやや年配の男性、更にジルを入れた計5名で森に向かうとの事。教会関係者はジルの存在を理解しているので分体は必要無くなると思ったけど、さすがに街の真ん中にジル程の魔物が現れるのは問題が起こると予想されたので街を出るまではこのままだ。そうこうしている内にポゥが男性3名を連れて自室へ戻ってきたようだが……。
「なっ! ポゥ! この小さなゲルは何だ!?」
「すみません! 今説明致しますので落ち着いて下さい」
部屋に入るや小太りの人間が何事か喚いたかと思ったら、後ろから着いてきた2人が小太りの左右から前に出て速やかに腰にぶら下げていた金属の得物を構えた。多分、何だこのゲルは? とか言ってたんだろう。
「静かになさい。この様な形での訪問は詫びますけれど私はジル・オーシンですよ」
「なっ! 何を? 全く要領を得ないぞ!」
「とにかく、まずは話を聞いて下さい」
ジルが名乗った所でポゥがとりなしている様だ。ひとまず武器を下ろした2人は小太りの後ろへと戻り、ポゥが持ってきた椅子へと小太りを促した。
「まずは私が本当にジル・オーシンである証明は必要かしら?」
「い、いえ! ジル様、大丈夫です。私から説明致します」
「ふんっ、全く人騒がせな奴だ。先に一言説明があってもよかろう」
「すみません。なにぶん私も慌ててしまって……」
一通り説明がなされた後、護衛の2人は跪いた。畏怖、尊敬、信仰等の感情が静かにだが強く感じられる。小太りの方も疑念は無い様で椅子から腰を上げると跪く。
「これは誠に僥倖でございますな。ポゥよりお聞きしておりましたが、まさか初代管理者ジル様と直接お話し出来るとは……」
「堅苦しい話は無しでお願い。事はトレスグリューンの神殿の存続まで関わると思ってちょうだい」
「ははっ。お聞かせ下さい」
それからジルの説明と人間の質問が何度も繰り返されたんだけど、正直この世界の人間の言葉が分からない俺は翻訳ではなくキュリヤと雑談をしていた。街の名前はボーツ、規模は大体4km四方でこの教会は街のほぼ中心部にあるという。カラーム領の南部に位置していて、更に南下していくと隣りのケントニス領に入る事になり、そこがナラン王国の最南端領地らしい。カラーム領都はほぼ真北へ300km程の距離、ナラン王国王都はそこから更に北東方向へ1000km以上あるとの事。広大な領地を持った王国の首都、果たして訪れる事はあるのだろうか。
「いやはや、私が生まれた頃には既に放置されていた森の神殿を整えていただけたとは有難い。流石はかのジル・オーシン様!」
「どこをどう聞いたらそうなるのかしら……。ポゥ、私の説明不足だったかしら?」
「いえ、四神の神殿を解放された方がいて、それを伝える為にこの街まで来たと仰られました」
「そうよね。そちらの御二方は理解できまして?」
「はい。その方が魔物で人間との敵対は望んでいないと」
「大丈夫そうね……」
「しかし、なんと悍ましい色をしたゲルなのだ。どうしてこんなものにジル様が憑依せねばならんのか!」
「大丈夫じゃなさそうね……。気を付けなさい! この方が神殿の解放者にして私の主なのですよ!」
「「承知致しております」」
ん? 教会衛士の2人が改めて俺の分体に跪いて頭を下げている? ジルが俺を主だと言ったからか? 小太りだけはゴチャゴチャ話しているけど、やはり何を言っているのかは分からない。
「ええ! ジル様がこのゲルを使って神殿を正常な頃に戻してくれたのですよね?」
「だからっ! ……あら? 文脈的には間違ってはいないわね……。ではなくて、この方は私を眷属としている上位に座す方なのよ! 少しは話を聞きなさい!」
おっ? 分体から火のマナが沸々と湧いてくる。ジルが怒っているみたいだな。この小太りが話を聞かない馬鹿だって事かな? 俺の事を馬鹿にしているに違いない。それにしても俺自身じゃ扱えない火属性のマナをジルだとゲルの体でも発動させられるのか。悔しいが才能の差だな。体の性能は一緒だから少し悔しいぜ。
『……』
「どうしたキュリヤ?」
『北西方向より敵意の様な物を感知、しかし索敵範囲外の為詳細は不明』
「あれじゃねぇ? 例の傭兵団の生き残りの魔法使い、ティキって名前の奴」
『肯定、同様に推測』
「しっかし、常に俺に対する殺意でも纏っているのか? 500m以上離れた所からも伝わってくるなんて恐ろしいな」
そんなこんなでジル達の話がまとまった。出発は明後日、その日の昼頃には森に到着予定との事。更に当日中に社へも到着予定だ。ちなみに小太りの名前はナシオ、役職は司祭。そして護衛役の教会衛士がレヒツとリンクス。穏便に事が済めば良いんだけどな。
翌日、諸々の支度も終わり時間は夕方になった頃。
『報告、【火中の栗】の魔法使いが接近中』
「マジか。俺の分体がここに居るのがバレた訳じゃないよな?」
『不明。こちらへ真っ直ぐ進行中』
「教会に来るだけだと思いたいな」
とりあえずポゥの自室から出ないでやり過ごそうとじっとしていた。教会に入ってきた後はポゥの所へ向かって会話をしている。とりあえずは目的が俺ではなくて一安心だ。会話内容が気になる所ではあるが今は黙って待つしかないな。少しして小太り司祭が会話に加わってきて話が終わった様だ。折角人里まで来られたのにコソコソしているばかりでげんなりするが、俺の視覚は街を観光するのには向いていない。何せ教会は石造りであろうとか、道行く人々も男女差が分かる程度で、景色や街並みを楽しめる気が全くしない。そうこうしている間にポゥが戻ってきた。
「あの〜……ジル様のお耳に入れた方が良いと思いまして…………」
「どうしました? 例の傭兵団の方がいらしていたみたいですが」
「そうなんです! ティキさんが明日の森への遠征に同行する事になりまして……」
「理由を聞いても?」
「はい……。明日私達が森へ行く事をどこからか聞きつけたらしく、フレール様の神殿まで護衛として同行すると提案されまして」
「断る理由が無かったと?」
「まあ……そうなりますね。更に無償で良いと言われてナシオ司祭が快諾してしまいました」
「はあ〜……。ミチオ様、大体の事情は分かりますか?」
「魔法使いが一緒に来るとかそんな感じだな?」
「ええ、どうしましょうか?」
「断ったら不自然だろうしな。仕方ないだろ」
さて、どうする……。目的は十中八九俺の討伐だろう。悪いが倒されてやるつもりはないし今となっては人間に負ける気もしない。どうしても来るのなら返り討ちにするしかないけど折角生かしてやったのに命を無駄にしやがって……。
「ある程度の情報を与えて俺と敵対しない方向に出来ないかポゥに伝えてもらえないか?」
「分かりました」
事態が好転してくれれば良いのだが……。無理かな? トラウマ級の精神攻撃をされても尚、復讐に囚われているみたいだしな。復讐はお門違いなんだけどなぁ。その辺の事情もポゥに伝えてもらおう。後は明日だな。現状、俺に出来る事は無い!
【属性魔法(火)】
意識を本体に戻した俺は、ブラガと細かい情報の突き合わせをした。【眷属の秘事】で繋がっているとはいえ直接現地に行っていなかったブラガの疑問や質問に答えていたのだが、人語が理解出来るブラガにはさほど補足事項は無かった。悲しいかな、俺が一番分かっていない事になるな。ちなみに分体にメインの意識を移していた最中も本体は【超個体】で独自に動いていた訳で、念願の火属性魔法を習得出来たのである。可燃物に着火するだけの小さな火種だが、これで6属性の魔法を覚えた事になるので嬉しい限りだ。残りは光属性でコンプリート、目指せ全属性魔法制覇!




