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森の北東部の戦神フレールを祀っているという社へ悪魔を連れて来たミチオはジルの尋問へ付き合っていた。前庭にて分体を手枷足枷代わりにして拘束した上でブラガが睨みを利かせている。会話はいつも通り翻訳してもらう。
「ジル・オーシンだと? あの火達磨の魔女だと言うのか?」
「ま、まあそうね。そう呼ぶ者も居たわね」
(何その物騒な二つ名!)
「しかも今は火精霊となっているとは……。俄には信じ難いが嘘を吐いても無意味ではあるな」
「そんな事はどうでもいいわ」
「なればこそ合点がいくか……。此度のゲルは貴様が使役していたというならばな?」
「勘違いしないでちょうだい。主従関係が逆よ」
「このゲルが貴様の主だと言うか?」
「そうなるわね」
「な、馬鹿な! 上位種とはいえゲルだぞ!」
(やっぱりゲルってだけで下に見られるのね……)
「小さい男ね。ミチオ様、マナの深淵を見せてあげて下さい」
「俺?」
「はい。キュリヤ様の通訳で話は聞いてらっしゃいましたよね?」
「お、おぅ、で、マナの深淵て何だ?」
「何でも良いです。貴方の異常性を見せてあげれば、この者も理解するでしょう」
異常性って言った! ジル、今さらっと俺の事を侮辱りやがった! そこまで言うならやってやるよ!
「どうなっても知らんぞ!」
【醒めない悪夢】発動。
「ガァーッ! %%%%!」
『翻訳不可』
この魔法は危険らしいからな。身動きも取れずに酷い幻覚を見せるものだ。とりあえず視界をゲルのものにしてみた訳だが、どうなるかな?
「ぁ、ぁ、あぁぁぁぁー! オェー……」
あら、吐いちゃったよ、汚ぇな!
「%%、%%%%!」
『かろうじて謝罪の意思を発している模様』
「こんなもんか? ジル、解除してやろうか?」
「ええ、多少は理解したでしょう」
魔法を解除すると悪魔は跪くと両手を地に付け頭を下げる。所謂土下座の格好だな。
「……」
何か言えよ、おい!
「分かりましたか? 愚鈍な悪魔ごときではこの方の足元にも及ばない事が」
「はあ、はあ……、世界の全てがマナに還元されて不安定で不明瞭で不合理で不鮮明、更に周囲の情報を一気に頭に流し込まれる感覚、あれは何なのだ?」
「俺の視界だよ。って伝えて」
「ゲルとは……、しかも、き、いや、君のマナ保有量の底が見えなかった。幾重にも積み重なり圧縮してを繰り返しているかの様な……、成程マナの深淵であるか」
「貴方を殺すのなんて気付かれる前に終わるのよ?」
「であろうな」
ふむ、完全に敵対の意思が消えたみたいだな。
「そろそろ本題に入りましょうか。魔物を組織化して人間界に打って出る気でいたらしいけど?」
「その通りだ。近年の奴等の事は知っているだろう? 自分達の都合ばかりで神を神とも思わぬ所業、誰かが正さねばならんのだよ」
あれ? 神を擁護? 魔物も神を信仰しているのか? 悪魔とか呼ばれているのに? 話の腰を折る気は無いので、今は黙っておく。
「だとしても、害をなすのは違うと思うのだけど?」
「ふん! 戦の神フレールに仕える者とは思えない程に腑抜けたな。火達磨の魔女の名が廃るぞ?」
「だからこそよ。フレール様は戦いを誉れとするけれど、暴力を肯定する事は無いわ」
「なれば! どうすれば良い? この状況を捨て置くのも同罪であろう!」
「そうね。でも私なりに行動していた結果が彼よ」
(俺!?)
まぁ、そうだよな……。ジルのお願いで社を解放していたんだからな。
「はっ! 待て! 彼を人間界に放つつもりかっ!」
「それは早合点よ……。多分、本気でやったら地上から人間が消えるわ」
いや、しねぇよ?
「それ程か……」
だから、やらねぇからね?
「ふふ、ミチオ様はそんな事しないわ。私は神殿を管理可能な状態にしてもらっただけよ」
「ほう、人間共が管理を放棄したのならば魔物の手で管理するか」
「きっかけはもっと軽いものだったけれどね」
そう。ジルは社が荒れ放題だったのをどうにかしたかっただけだった。意思を持つ者を見付けては声を掛けていたらしいからな。まんまと使われたのが俺だったと……。
「確かに神殿の管理さえ……、待て! 四神の神殿全てを独りで? あり得ないだろ。そう、人間ならばな。そうか、あのマナ保有量だからこそか?」
ん? 話がややこしくなってきたか?
「私も最初はフレール様の神殿さえ解放していただければ良かったのだけれどね」
「そうか、前代未聞だな」
「そうね。でも……、あら? そういえば貴方を連れて来るどさくさでニオ様の神殿へマナを補充していなかったわね」
なんだよ、行って来いって事か? 確かに最後の1箇所だけ残っているとモヤモヤするけどさ。
「オーケー、サクッと行ってきますか」
ジルと悪魔の話も長くなりそうだし、何かあれば【眷属の秘事】で分かるだろうしな。
という事で、森の南西部にある知恵の神ニオを祀っている社へ戻って来た。作りは他と一緒で地下2階にコントロールパネルみたいのがある。さっさと終わらせるつもりでマナを補充してやる。
ドクンッ!
「うぉぉっ!」
存在値が上がった。それもとんでもない感じがする。
『報告、実体化可能』
「実体化? 何が?」
『触媒を要求』
「ん? キュリヤの実体化か! だけど、ちょっと待って……、それどころじゃ無いんだ」
『肯定、一気に倍以上に上昇』
「へ? 倍、以上……?」
『現在ミチオの存在値は80』
「80……」
社4つにマナを満たすだけで物凄い上がり方だな。それにしてもフラフラする。フワフワの方が合っているか? 頭もクソも無いのに酷い頭痛の様な感覚と酩酊感が混ざって目が回りそうだ。
「ふぅふぅ、だいぶ落ち着いたか……。で、触媒ったって手持ちだとゴーレムの残骸くらいしか無いんじゃないか?」
『それで妥協』
「とりあえず地面に広げれば良いのか?」
庭まで出てくると2箇所の社で回収しておいたゴーレムの残骸を体外へ出す。ここに散らばっている物と合わせて3体分になる。後はどうするんだ? っと、自分の中からマナが抜けていく感覚があったかと思うとゴーレムの残骸が一箇所集まっていき融合すると徐々に形作られて人型となった。
『無事完了』
「凄いな! まさか残骸が役に立つとは思わなかった」
『各部正常に稼働』
「こうしてキュリヤと対面するとはな……」
俺からすれば人型ゴーレムにしか見えないんだけど、改めて分離して個体になった事は感慨深いな。部品をそのまま利用するのではなくて何らかの方法で加工している様だ。それにしてもキュリヤのマナ保有量も大概ぶっ飛んでいるんじゃないか? ジルよりも多いぞ。マナの見え方が分かると言葉は分からなくとも感情は理解出来るもので、肯定か否定か、まぁ今まで悪意や敵意、殺意ばかりだった気がするがな。そして、目の前のキュリヤからは喜びみたいなものを感じる。やはり神の命令とはいえ、どこの馬の骨とも知れない人間の魂と一緒にゲルに詰め込まれた様なものだからな……。そこではたと気付く。体内に残る俺のでもキュリヤのでもないマナの集まりが気になったので丁寧に全て吸収しておいた。神様のマナ? 詳細不明なれど怪しい火種は消しておくに限る。
ミチオが最後の神殿へマナを補充しに行った後もジルによる悪魔の尋問は続いていた。
「ふう、それにしても彼は何なのだ? 強ければ何をしたって良いと思ってはいない様だが、やろうと思えば何だって出来るんではないか?」
「そうね……。私も初めに見掛けた時はただのイーヴルゲルだと思っていたわ」
「ふん、今の言い方だと只者では無いという事だな?」
「貴方、自分の立場を分かっているの? その彼に手も足も出ずに連れて来られているのよ? ちなみに殺してしまう方が簡単だと言っていたわね。 私が生け捕りにして連れて来て欲しいと頼んだのだから命の恩人だと思って欲しい所だわ」
「うっ、だが、そんな事は頼んだ覚えは無い!」
「ま、そうね……。ちなみに詳しい事は分からないけれど彼は魔法ではなく魔導を扱っているわね」
「魔導だと……?」
「えぇ、マナに直接干渉しているわ」
「ありえん……、ゲルだぞ? そんな馬鹿な……」
「そんな事よりも、貴方の今後を憂いなさいな。あんな化け物と敵対してしまったのだから」
「ふん、火達磨の魔女が従属している時点で……、いや、話を聞くにこの世の理外の存在だな、既に」
「手段はどうあれ四神の神殿の正常化が目的だったのなら生存の目もあるかもね」
「しかし、神殿を放棄した人間共が許せないのもまた事実。何故あのゲルは人間側なのだ?」
「人間側という訳ではないわ。過去に襲撃してきた傭兵団を壊滅させたって言っていたし」
「解せんな。目的が分からん」
「そうね……。私が接していて分かっているのは、好きな様にしているって事かしら」
「そこだけを聞くと単なるゲルだという話に戻るではないか……」
「うふふ、貴方、彼と話さなかったのかしら?」
「いくらか言葉は交わしたが……、そうか! ゲルが理性的な言葉を使う筈がない! だとしたら、だとしたら……、何だ? 何らかの教育を受けたか、人為的に作られたのか、いや、ケイオスゲルという聞いた事も無い種族が為せる事なのか……」
「中身が別物か……」
「何? 奴は何者なんだ……」
「うふふ」




