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戦の神フレールを祀っているという社の所有権を我が物顔で主張しているが、別に誰にも咎められている訳でもなくてちょっぴり寂しいある日の昼下がり。社の庭でマナを弄くり回して魔法の特訓中である。其処彼処に浮かんでいるマナを一つ一つ丁寧に探ってみたり、干渉できるマナをツンツンしてみたり、体内に吸収してみたり、他のマナと干渉させてみたり、意外とマナってのは色々と奥が深い物質だと気付き俺の思い付きだけでは限界も有ろうという事で、生前は火属性魔法の使い手だったというジルに魔法の教えを乞おうというつもりだ。
「……一体何をされているんです?」
「よぉ、ジル、やっと来たか」
残留思念みたいなマナを辺りから掻き集めて色んな人の記憶の断片を繋ぎ合わせて感情を感じ取っていた所へジルがやって来た。
「いえいえ! そんな事無理ですって!」
「そうなの?」
「ご自分が何を仰っているのか分かっていませんね」
「お、おぅ……」
「マナ感知レベルが異常過ぎるんですよ!」
怒られちゃった。
「良いですか? マナなんて物は魔法発動のエネルギーみたいな解釈なんです! マナで物事を全て観察してきた貴方の話は聞きましたけど、記憶のマナって何ですか!?」
「いやぁ、そこいらに人の残留思念の様に浮かんでんだわ」
「そのレベルでマナ感知を行う事は完全に想定外でした……」
それから紆余曲折有りつつ本題である魔法の扱い方を聞く事になったのだけれど……。
「……一体何をされているんです?」
「何って、魔法の練習だよ」
あ、ジルのマナが明滅している?
「魔法? それのどこが魔法ですか!」
はあ〜っ! と、デカい溜め息を吐いたジルは更に呆れた感じで俺に迫る。
「この世界で魔法というのは、呪文を詠唱して発動させるものです。呪文を起点としてマナがそれぞれの効果を表すのが魔法です。決してマナを直接魔法的現象を引き起こす様に弄るものではありません!」
「プリプリしなさんなよ、誰にも教わらずにキュリヤのアドバイスだけでここまで出来る様になったんだからさ」
「キュリヤ様にも功罪……っと。 コホン、私に教えられる事はもう有りません」
「おい、待てよ! 何も教わって無いぞ?」
「ですが、私の知っている魔法の理外、それは魔法ではなく遥か大昔に存在していたと文献に残っている魔導師が行っていた技法。私には到底理解の及ばない領域です」
「ふむ、なれば初歩の魔法から順序立てて教えてくれないか? なんせコチラは全くの無知なんだから」
「そ、そういう事でしたらお教えしますけど……」
結論から言うと俺にとっては何の意味も無い授業だったが、世間一般の常識を知る為にはとても有意義な時間だった。呪文だってさ。マナに触れる様に唱えると発動するんだってさ。勝手に。こちとら、結果を予想しながらマナをこねくり回してやっとこさっとこ魔法として発動させていたってのに……。呪文一つで簡単に発動出来るんだとさ。向き不向きもあるらしいけど、基本的に呪文を唱えるだけで良いんだってよ! ファンタジー世界のご都合主義の如く狙った場所に飛んでいったり、俺みたいに細かく自分で調整しなくても呪文一言でさ!
「ですから私には教えられる事は無いと……」
「いや、為にはなったよ」
「そうですか? でしたら良いのですが」
「ところでキュリヤ? どうして基礎から教えてくれなかったんだよ?」
『以前のミチオには呪文を唱える事は不可能』
「うん、そうだね。今も眷属以外とは会話出来ない可哀想な子だけど、でも発声よりも先にマナを直接弄って魔法を発動させるってさ……」
『合理的配慮』
「ぐうの音も出ないんだが、せめて一般論と俺に向いているやり方を合わせて教えるとかさ?」
『ゲルに一般的な人間の方法を説くよりも、手っ取り早く魔法の使用を促したまで』
「辛辣! 結果的に魔法は使えたけどさ……」
という訳で、俺は一般的な用法とは違った形で魔法を発動させていた事が分かった。キュリヤの言い分も分かる。そして魔物であろうとも基本的には呪文を介して魔法を発動させるらしい。ゲルには体を振動させて発するゲルの言語がある様だ。人語もゲル語も分からないがな。そして気になるのがジルが言っていた大昔の魔導の事だな。
「ジル、さっきの魔導師について分かる事はある?」
「殆んど知りません。生前読んだ文献にいくつか太古の魔導師について触れられた箇所があった筈ですけど、当時はそれについて調べていた訳でもありませんでしたし」
「だろうね。分かっていたらさっき説明するだろうし……」
「申し訳ありません」
「あぁ、大丈夫、大丈夫! 何か分かる事があるか気になった程度だから」
『魔導について報告、遥か昔に魔法及びマナについて研究をしていた一団が存在。彼らは高度なマナ感知、マナ操作レベルを持ち魔法を行使していました』
「お? キュリヤのデータベースにもあったか?」
『肯定、ただし実態は不明』
「遥か昔の事だからな」
『少なくともマナ感知、マナ操作レベルが共に7以上でないと不可能』
「へぇ〜……」
「7以上? そんな人間が……、いや居ない訳では無かったけど……」
ジルが狼狽えているけど、そんなに高レベルなんだな。
「ミチオ様は如何程のレベルなのですか?」
「俺? んー、知らね」
だってステータス見るスキルとか発現しないんだもん。
『マナ感知、マナ操作共に9、所謂上限』
「…………」
あ、ジルが怒っちゃった?
「ふざけないで下さい! 200年っ! 人間と霊体になってからの時間です! それでようやくマナ感知レベル7、マナ操作レベル5まで到達した私の日々はっ!?」
まぁ、転生数ヶ月で上限しているとは自分でも思いもよらない話だ。でも、マナに縋るしか生き残り戦略が無かったんだよな。周りを確認するにもマナ感知、体を動かすのにもマナ操作、そんなの"目"を持っている相手に狡いって言うのと一緒じゃないか?
「ちなみに一般的なそこら辺のレベルってどんなもん?」
『ただの一般人で1〜2、魔法を戦闘に扱う者で2〜4、更に上位の魔法使いや専門の研究者等でも最大5〜6というのがこの世界の基準』
「じゃあ、ジルはかなり高位の魔法使いって事じゃん」
「目の前に貴方が居なければ、ですけどね……」
「なんだよ当て付けるなよ」
『ミチオに悪気は無い』
「分かっていますとも! ふぅ、少し取り乱しました」
「おやおや、魔法談議に花を咲かせておる様ですな」
地上から数cm浮いた状態で音も無く水平移動しながらブラガがこちらへと近付いてきた。よっぽど何かに集中しているでもない限り【眷属の秘事】で会話の内容は知れているだろう。
「ようブラガ、お前も会話に加わりたくなったか?」
「いえいえ、お邪魔するつもりはありませんよ」
「ブラガは魔法を扱えるのか?」
「一般的な魔法は使えません。ゴーレムですから」
ゴーレムは魔法が使えないのは常識なのか? さておき、ブラガもマナで駆動している以上魔法的な存在じゃないのか?
「ほっほっほっ! 魔法を使ったのはワタシの創造主であってワタシ本人ではありませんからな」
「おぉ、正論だな。ちなみにお前のマナ関係のレベルは?」
「マナ感知4、操作が3という所ですな」
うむ、自分がちょっぴりおかしい事に気付きはじめたぞ。だからといって俺のやり方を否定される謂れは無い。誰に迷惑を掛けた訳でもあるまい。ましてやキュリヤというナビゲーターが居たとはいえ、見知らぬ世界に放り込まれてんだから苦情は一切受け付けない。
それにしても、ジルという常識枠が仲間になったおかげで、この世界の知識を沢山得られた。この森を含む一帯を治めているのがナラン王国。200年以上昔から小国家群が領土を奪い合う陣取りゲームを繰り広げていた折、圧倒的な武力でもってこの地を平定したのが初代国王だそうだ。そして戦争終結、建国を記念して建てられたのが我が家と残りの3ヶ所の4つの社だ。我が家、戦の神フレールを祀る社の初代管理者として派遣されていたのがジルという事だ。それから50年弱、天寿を全うしたジルだったが、いつの間にか純粋霊として復活? この社の守護霊みたいな立場となって次代の管理者に助言なんかをしていたのだが、今から70年程前から徐々に人が訪れなくなり、新たな管理者も派遣されず、荒れ寺状態になったと。なんでも時の国王が酒に溺れてって話はブラガからも聞いたな。その次の国王もまた愚王で政よりも自分の欲望を優先するタイプで国が傾きかけていたらしい。数年前、今代の王となった者は年若いが先代、先々代の悪行を払拭するべく国家運営に真面目に取り組んでいるとの事。名をヤランというらしい。ただ、森の社の管理は未だ放置されたままで、こちらまでは手を割く余裕は無いのかもしれない。社までは魔物を含む危険があるので聖職者が単独でやって来る事は難しい様だが、森の外縁部に小さな祠が作られていて月一にはお参りしてくれている当代の戦の神フレールの巫女と交流しながら情報を得ているとの事。言っても魔物であったジルが現代の事情にも詳しいのはそんな理由があった訳だ。




