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戻らない時間にため息を吐いている暇があるなら、出来る事を模索する。相手に意思を伝える魔法を試していたら【隷属化】という若干不本意な魔法を覚えた訳で、話しを聞いてもらえそうな確率は少し上がったと思える。そんな気がする昼下がり、寺院跡の入口前エントランスでマナをこねくり回して実験中である。
「そういえばブラガ、ここって70年位放置されてたんだよな?」
「そうですな。あれは国王ノーマンの時代でした」
「何かあったのか?」
「ナラン王国建国に際して作られたこの神殿でしたが、時代と共に廃れていきました。あの時代の国王ノーマンは大の酒好きで、それはそれは高価な美酒から遠方より取り寄せた珍しい酒などにご執心で、国家運営が疎かになっていきました」
「ありがちな話でもあるな」
「それまで年に一度開かれていたここでの祈祷の儀式は行われなくなり、月に一度の管理者の訪問も減っていき、徐々に人も寄り付かなくなり今に至るという訳です」
「へぇ、じゃあこの国は……」
と言いかけて異変に気付く。こんな夜更けにこちらへ近付くマナを感知。覚えがあるマナは以前この寺院跡の解放を望んでいた純粋霊だった。フワフワとゆっくり接近してくる。思えば異世界へ来てからドラマも無ければイベントも起きずにいたけど、ようやくフラグっぽいものの回収だろうか? 真っ直ぐこちらへやってきた純粋霊は前と同じく概念を飛ばしてくる。感謝、喜び、若干の興奮みたいな感じかな? と思っていたら、俺の横を通り過ぎてブラガが純粋霊へ近寄っていく。
「これはこれは、ジル殿。お久しぶりでございますな」
どうやらブラガは面識があるらしい。まぁ、この寺院跡にゆかりの人物らしいからな。
「ええ、ワタシは新たなマイスターを得て幸福ですよ」
会話が成立しているらしい。ゴーレムと幽霊が和やかに会話している。シュール過ぎて時空がぶっ飛びかけるが優しく見守る。
「ほう、そうですか。では、掛け合ってみます」
徐にこちらを向いたブラガが続ける。
「マイスター、提案でございます。こちらのお方がマイスターの眷属となる事を希望しております」
「何で? ここを解放したお礼みたいな?」
「左様、彼女はここの初代管理者です」
「へぇ、良いんじゃね? ここの管理を任せられそうだ」
『肯定』
それでは早速、純粋霊のマナの核心部を見付ける。改めて相手のマナを凝視してみるとゴーレムと霊体では全然違う事が分かる。なんて言うか、虚ろだ。それ故にこちらはこちらで見付けやすい。明滅を繰り返すマナ群の中でも密度が変わらない部分がある。ここに俺のマナを注いでいく。
「〆〆〆〆、〆〆ーー!」
なんて言っているのか分からないが、悶絶していらっしゃるのは分かる。程なく【眷属の秘事】のイメージにシルエットが浮かんでくる。キュリヤとは違う大人の女性の輪郭は、出る部分はしっかりと、それ以外は控えめなメリハリのあるボディだった。結局シルエットだけなので表情までは分からないがボディラインを確認しているあたり、性別も性欲も無くなったのに男の性はしっかりと残っている様だ。ほっとする部分と情けなさが混ざった微妙な気持ちになる。
【接続強化(純粋霊)】
存在値が上がった感覚と同時に声が掛けられる。
「はぁはぁ、とんでもないマナの奔流ですね」
「お? 繋がったみたいだな」
「初めまして、ジルと申します」
「君には名前があるんだな」
「ええ、生前の名をそのまま使っております。それにしても凄まじいゲルも居たものですね」
「ちょっ! 失礼じゃ……」
「聞いて驚け、ジル殿。マイスターの精神は人間なのだぞ!」
「……一体どういう事?」
「あー、なんつーか、別の世界で死んだ人間の魂がゲルの体に入ったみたいな?」
「理解の範疇を超えるけれども、そちらのお嬢さんの存在を考えるとあながち無い話ではないのかもね?」
「詳細はおいおい……、ところでジルは寺院跡の関係者って事で良いの?」
「はい。この度は魔物に占拠されていた神殿を解放していただきありがとうございました」
「堅っ苦しいのは無しで良いよ」
「ジル殿、まともに会話するのは約70年振りですな」
「ええ、守護者殿もお変わりなく」
「ほっほっほっ、ゴーレムですからな」
【眷属の秘事】という脳内ネットワークにまた1人仲間が出来た訳だけど、何も知らない俺には心強い。早速色々質問していく。
「ジル、魔物の勢力が組織的に人間社会を脅かす動きは知ってる?」
「はい。しかしながら今の私だけでは大した力も無く、どうにか出来る方を探していました」
「魔物達の規模や主導者なんかは?」
「規模はまだそうでもないかと、ある程度知能を持つ魔物を中心としています。主導者はマリスという名の悪魔ですね……」
「オーケー、情報は大事だ。何も知らないまま迂闊に手を出して火傷するなんてのは御免だ。他に何か分かる?」
「この森には、この神殿と同じ様な物が他に3箇所有ります。そして現在その全てを魔物達が占拠しています」
「次はそれらの解放が筋道か?」
「人間を守る為に動くならばそうなりますが……」
「あれ? あんまし乗り気じゃないのか?」
「私は分からないのです。人間としての生より霊体となってからの方が長くなって久しく、神殿を蔑ろにした人間達はどういう感覚なのか……」
「でも社の解放は望んだじゃないか」
「そうですね。存在意義の様なものだったのかもしれません」
「そっか……。200年前からだもんな……」
今後の事はどうしよう? ここ以外の社も気になるのは確かだ。だけど、人間へ肩入れするのも違うのか? 襲撃されているしな。いやはや、この世界の情勢なんて全く分からないから手の出し様が無い。
「ちなみに社はそれぞれ違う神様を祀っているの?」
「はい。ここは戦の神フレール様を、残りは知恵の神ニオ様、豊穣の神ハミール様、文化の神キークス様ですね」
以前キュリヤからもチラッと聞いたが、この世界は多神教らしい。何でまたこんな森に社を建てているのかはさておき、頭の片隅に置いておこう。
「キュリヤ?」
『社の解放には賛成、人間界への干渉は保留を推奨』
「そうだな、とりあえずブラガとジルに社の管理を任せる事にしよう」
「マイスターの御意に」
「私も従います」
そんなに家の必要性は感じていないけど、帰れる場所があるのは良い事だよな。うん。
『提案、ジルへの名付けを推奨』
「え? だって名前有るじゃん」
『肯定、しかし新たにミチオが名を付ける事で種族変化が起こると推測』
「例えば同じ名前に更新する形でもいける?」
『肯定』
「じゃあ、ジルのフルネームを教えてくれ」
「私の名はジル・オーシンです」
「分かった。新たに名を付け直す。ジル・オーシン!」
【接続強化(火精霊・ジル)】
「くっ、この身を焦がす様な感覚……」
おぉ、ジルの周りに火のマナが渦巻いて本人と融合していく様だ。社を解放した時に2階の一部屋に現れたマナ溜まりみたいな感じの雰囲気だ。ジルが火属性を纏っていくと次第に落ち着いていき……。
「なんという事でしょう!」
「不具合は無い?」
「不具合など! 素晴らしい! 生前よりも更にマナが漲っているみたいです」
『報告、ジルは純粋霊より火精霊に種族変化しました』
不死者ではなくなったのはマナを観察していると分かる。更にそのマナ保有量が大幅に増えている。ブラガにしてもそうだが、猿の群れだろうが墓虎の成体だろうが相手にならない程だろう。そして薄々勘付いていた事なのだが……。
「3人に聞きたいんだけど、俺のマナ保有量って異常じゃない?」
『肯定』
「何を今更……」
「並大抵の魔物では足元にも及ばないでしょうね」
「やっぱり? 多分ブラガとジルが2人で連携しても倒されないでしょ?」
「マイスターも無理を仰る」
「挑む事が無謀です」
やはりな。少し前からチグハグ感が半端無かったんだ。ケイオスゲルに種族変化してからか? 森を彷徨いていてもナクトマンが襲ってこなくなったのはそのせいだろうか? まさか臭気が無くなったからじゃないよな? とか考えたりしたけど、勝てる訳がない相手に襲い掛かる程バカじゃなかったって思うと腑に落ちる気がする。んー、でも悪魔はゲルだってだけで馬鹿にしてきた様な……。
『常に向上心を持って行動していた結果』
「そう言ってもらえると嬉しいんだけどさ、強さって一体何なんだろうな」
『それでも上には上が居る』
「その通りだな。最初は変な世界に魔物として生まれ変わって、簡単に死んでたまるか! って感じだったけど、いつの間にかこんな風になっていた訳なんだよな」
そう、何の研鑽も無い。確かに頑張ったつもりだけど、武術家が過酷な鍛錬の果てに到達する武の極みでもなければ、魔法使いが研究を重ねて至る魔法の極致って訳でもなさそうだ。体を動かす事に必死だっただけで意外と思い通りになっただけのまぐれ当たりの連続だ。ゲルの体が扱いやすいのか? 想定よりもイージーモードだったとか? 舐めプは控えておくけど、明らかに何かを超えた感じがあるのも事実。これからも精進していこうと誓う。




