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カナンという街には腐ったミカンがゴロゴロしていた。本人は全く知らない所で邪神の信奉者達が集まって好き勝手に振る舞っていたので少し……どころか灼熱のお灸を据えてやる事にした。
「……てな訳でとりあえずブリムさんは見てるだけで良いからね」
「は、はい……」
「でだ、ギリス卿、俺の頼みはどうなった?」
「は、はい、只今連れて参ります!」
「いや、さっきは? さっき頼んだよね?」
「い、いえ、それは……決してそのぉ……」
「言えよ。ビビって逃げましたって。他の人間がどうなろうと知ったこっちゃないんだろ? 自分だけは助かろうと思って街を出ようとしたって言えよ」
「く……」
「ギリス卿は逃げ出そうとしたのか!?」
「所長、お前はお前の事を語れよ? お前は俺に対して取った行動を否定したな? 弁明は?」
「な、んで、なぜこの様な男の言う事を皆が信じるのだ!? 私はペテンに掛けられて、陥れられてるに過ぎん!」
「質問の答えになってないが、ブリムさん俺は神の名を語るペテン師だそうだ」
「いえいえ! あり得ません! 少なくとも周囲に集まっている者達はミチオ様が紛う事なき神であると理解しております。逆にズィーマン所長に聞きたいんだが、あんたこの方の纏う禍々しい霊気が分からないのか?」
「はん! そん、な、も……の? あ、あれ? な、なんで……」
「さぁ、質問に答えてくれ」
「わた、私は、あひゃっ、なんで? あれ? じゃ、邪神ゲルボーヤー様っ!! 私達の悲願を叶えて……」
所長の左手の小指を折る。
「いぎゃー! な、何をっ!?」
「俺の名前はミチオだ」
「ミギオ様っ!」
「そして、さっさと質問に答えろ」
「じづ、じつもん?」
「はぁ〜……」
ブリムのおっさんが替わりに聞いてくれた。
「罪状不明のまま連行、自由な発言を禁じて部下が警棒で殴打をしても止めなかった。間違いないか?」
「いや、あれ? なんで? ただの傭兵風情だったのに……」
「ズィーマン所長! 神の御前だ。早く答えてくれないか?」
「あ、そうなんだ? 私はなんでそんな事を……」
ギリスの家に出入りしていた男が1人の男性を連れて俺達のいる広場の中心にやってきた。
「ギ、ギリス様!? 逃げた筈では?」
「に、逃げるだとっ!? ギリス、儂を置いて逃げる算段であったのか!?」
「あっ、いえ、その……」
「アノー卿! ご、誤解です! その様な事は決して……」
「おい、こんな状況で悠長に会話するとは随分と優雅なお貴族様なんだな」
「こ、これは……」
アノー卿と呼ばれた恰幅の良い男が跪いた。
「おい、最初に言っておくが、俺の名前はミチオだ。ゲルボーヤーと呼んだら神の怒りに触れると知れ」
「は、ははあっ!」
「それで、アンタは?」
「はっ! 市長のアノーと申します。やっと、やっとお目に掛かれた……。我等が希望よ……」
「ブリムさん、コイツが邪神信奉者の親玉か?」
「俺が知る所ではそうなります。ただし、俺も詳しくはないですよ?」
「よし、アンタに質問だ。邪神の情報を集める為に手段を選ばずに無茶な事もしてきたな?」
「な、何を仰いますか!? 当然でしょう! どんなに些細な事でも漏らしてはいけませんからな」
「ふむ、実行犯は下の者達だから心も痛まないと?」
「さっきから何を? 儂は貴方様の為ならば何を置いてでも優先してきたのですぞ?」
「俺はそんな事頼んでないし、お前達の行動は不快だな」
市長は立ち上がると大きな声で怒鳴る様に言い放つ。
「ふ、不快ですと!? 貴方様を崇拝し、その痕跡を探るのが不快と仰るか?」
「それは違うな。俺の為だと言いながら結局は自分の都合で動いてるだけだろ?」
「何ですとっ!? 貴方様がこの世に誕生されたと聞いた時からこの日をどんなに待ちわびた事か! 火龍の涎なんていう古い慣習を使っても大きな収穫は得られずに手をこまねくしか出来ぬ日々をどんな気持ちで過ごしていた事か少しは想像して下され!」
「ほら、そこだ。俺の為? どこが? 俺の情報が欲しいが為に拷問までする様な連中が押し付けがましいんだよ!」
「な! なんと浅はかな神であるか! 崇高な理想の為ならば犠牲も已む無し! 儂等には……」
「じゃあ、まずお前が犠牲になれよ。俺はそんなの望んでないぞ?」
「は、話をすり替えるでない!」
「いや、お前がな!」
「何を!? 屁理屈を捏ねる生意気なガキの様な物言い! まるで話にならんではないか!?」
「……ブリムさん、なんかある?」
「アノー様の言い分は見当違いも甚だしいですね。それにミチオ様に対する態度としても些か度が過ぎるかと……」
「なんだ、貴様は!? 偉そうに! 誰にものを言っとるのか考え直せぃ!!」
「よし、分かった! いや、分かってないんだけど、こうしよう。俺がここへ顕現したんだから、俺の意見をはっきり言っておこう。俺は俺の知らない所で俺の為だとか言って手段を選ばずに詮索してくる様な人間は好まない」
「何をまた当たり前の事を並べおって……」
「お前等の事だぞ?」
「儂等のどこがその様な破廉恥な事を!」
「本気なのか? ブリムさん、この人は心から言ってる様に思うんだけど?」
「そ、そうですね。そういう性質ではありましたけど、ここまでとは……」
「儂は只々邪神ゲルボーヤー様の……」
アノー市長の左手の小指も折っておく。
「ヒガァァッ! な、なんだ!?」
「おい、俺の名前はミチオだ。次に間違えたらもっと酷い目を見るぞ」
「な、なな、を、名を間違えただけでこんな仕打ちをする神がどこにおるか!? 此奴は偽物だっ!! 誰か捕えて牢にぶち込め! ズィーマン!」
「神さん、ちょっと……」
これまで黙って見ていたサイが声を掛けてくる。
「こういった手合いは無理だな。ボーツの司祭だったナシオよりもタチが悪いぞ」
「なぁ、サイ、俺の言ってる事って変じゃないよな?」
「ふっ、あんたが自信を無くしてどうする? 神がただの無礼なおっさんに気圧されたか?」
「いや、そうじゃないんだけど、あまりにも話が通じなくてな」
「何をごちゃごちゃやっておる! 神ならば早く儂等の……」
サイがアノー市長を滑らかな動きで組み伏せた。
「あんた、頭が高いな」
「あがっ、なん、なんだあ! 貴様!!」
「黙れ! 神さんが穏便にしてる間にいい加減にしておけ。あんたの言動ひとつで街が消し飛ぶと思えよ?」
「何を馬鹿な事を人を害する神などどやがぁっ!」
うつ伏せにしたアノー市議の上に乗っていたサイが肩の関節を外した様だ。
「この方はやるぞ……」
「そ、そんな筈……いぁがっ!」
今度は指をへし折った。
「黙れと言ってる。口を開くなら謝罪の言葉でも吐いておけ」
「くぅひ……貴様、おぽ……」
ゴッ! 後頭部の髪を掴み地面に顔面を叩きつける。
「だ、だれ……」
ゴジッ!
「ばじよ……」
ゴンッ!
「……」
「……ようやく静かになったか? 神さん、続けて大丈夫だ」
「悪ぃな……まぁ、そんな訳で俺の言い分に疑問質問がある人間はいるか!?」
野次馬を見回すが手が挙がるでもない。
「なんか、痛そうなの見て萎縮しちゃってたらごめんな。でも、どう考えてもコイツ等がおかしいと思うんだよ」
そう言うとパラパラと拍手が聞こえると、どんどんそれが大きくなっていった。
「ありがとう。皆んながこのおっさんみたいな人だったらどうしようかと思ったよ」
そう言うと今度は所々でクスリと笑う声も混じる。気を取り直し、後ろ手に縛られて転がされている門兵の所へ歩み寄り問い掛ける。
「お前にも俺は言ったな? 誰に対しての行動なのか考えろと」
「は、はい……」
時間も経ち、他の人間への対処を見て落ち着いたのか地下室での半狂乱状態から正気に戻っていた。
「じゃあ質問だ。お前は誰に対してどんな行動をした?」
「……邪神様ご本人とは知らずに無礼な態度を取り、不当に連行していきました」
「よろしい。続きをどうぞ」
「つ、詰所の地下では所長に対する態度を咎める為に警棒で叩きました」
「ん? それだけ? 何発だ?」
「な、何発? も、申し訳ありません……覚えていません」
「覚えてない程いっぱいって事だな?」
「……はい」
「じゃあ最後、邪神本人じゃなかったなら今回の行動は不当だとは思わなかったのか?」
「……こ、これまでに何度か同じ様な事がありましたので……」
「よし、門兵君が素直になってくれて嬉しいよ」
次は野次馬に紛れたまま跪いているギリスの家族と使用人の背後から分体人形を近付けて中央へと促す。
「アンタ等も近くへどうぞ」
「ひっ、な、なんで!?」
「いいからいいから……」
立ち上がらせて、奥さんと使用人の1人の背中に軽く手の平を当てて押してやる。
「か、母様……?」
固く繋いだ手を離すまいと娘もトコトコと大人の歩幅に合わせて小走りについていった。




