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カナンという街では邪神ゲルボーヤーこと俺の事を探る為に理不尽な方法も厭わない集団がいた。それは街の憲兵という立場もあってか、かなり横暴な事も行っている様だった。ご立腹な俺は尋常ならざるマナを漲らせた人型の人形で憲兵詰所の所長を引き摺りながら夜の街を闊歩する。
「ミ゙チオ様っ、どうかお許しをっ!」
「うるさいなぁ。何を許すんだよ?」
「か、あ、あれは儀式なんぢぇす! 火龍の涎という宗教儀式なん、す! ごご、拷問では全く違うのれす!」
「うん、だから、お前も自分で受けてみろ」
「そん、そそ、な! わ、私は何もっ!」
「いいから黙ってろよ」
暫く進むと街の中央広場へと辿り着いた。異変に気付いた野次馬が数人、遠巻きにコソコソ話していたりする。サイが引っ張ってきた門兵はぶつぶつと何か呟いているが特に騒いだりしていないので縛ったまま適当に転がしておく。
「よし、じゃあ説明しろ。拷問みたいな宗教儀式とやらに掛けられるのはどういった人なんだ?」
「……も、もう、ゆるじでくたしゃい゙!」
「所長、俺は質問に答えてくれない奴は嫌いだ。分かるか?」
「ひゃはい……邪神ゲ、ミチオ様に対して不敬な言動が認められた者が対象です」
「そうかい、じゃあお前自身は該当すると思うか?」
「いえっ! いいえ! 私はミチオ様を崇拝する敬虔な信者でございます」
「ふむ、その精神性は一旦置いておいて、お前が俺に対して取った言動を振り返ってみてどう思う?」
「わ、私はっ! ミチオ様の情報が少しでも欲しいという思いでして! 決して貶める様な意図はありませんでしたっ!」
「だからな所長、お前の思いはどうでもいいんだ。お前が、俺に、どういう態度で接したかだ。不当に捕縛して自由な発言を許さず、部下が警棒で殴打するのをのんびり眺めて、最後には狂った様に暴れたその部下の不始末を俺のせいにした。間違いないな?」
「あ、ああ、その様な事は……お、お許しを……何卒お許しを!」
「じゃあ、違うって言うんだな?」
「い、いえ、しかし、わた、ここ、こちらにも、い、いや! ち、違うな! おいっ! 周りで見てる者達よ! 暴行を受けてるんだ! た、助けてくれ!!」
「ハハッ、違っちゃったか。じゃあどこが違うか教えてくれ」
「おい! おおーいっ! 憲兵所の所長が暴力を振るわれてるんだぞ!? 誰か、誰でも良い! ひ、人を呼んでくれ!」
「所長、質問に対しての答えになってないぞ?」
「う、うるさい! このペテン師がっ!」
怒鳴り散らす所長の声が響く中、街に到着してすぐに門兵が俺達の事を伝えていた男の家に人が入ったと思ったら、すぐに2人で出てきたのを分体がキャッチした。そのまま駆け足でこちらへ向かって来る様だ。
「所長の要望通り市民の皆んなに聞いてみよう。そこのアンタ、そう2人組の、ちょっとコッチに来てくれる?」
躊躇いがちにも近付く男女、俺の目の前で跪き頭を下げて男の方が答える。
「な、なんでしょう?」
「俺はこの所長に不当な扱いを受けた。それを咎めようと思ったら、開き直ってこの有様だ。どうしたら良いだろう?」
「ふ、不当な扱いですか!? は、はは、神様に? 所長! あんたイカれてんのか!?」
「ふ、ふざけるなっ! こんなペテン師野郎が神である筈がないっ!!」
「じ、邪神ゲルボーヤー様とお見受け致します。発言してもよろしいでしょうか」
跪いたまま女の方が恐る恐る尋ねてきた。
「うん、まず、俺はゲルボーヤーと呼ばれる存在で間違いないんだが今後その名で呼ぶ事は禁止だ。周りの連中も良いか!? 俺の名前はミチオだ! ゲルボーヤーというのは創造神ミルユーが付けた勝手なあだ名であって、俺の本当の名はミチオだ! 今後徹底してくれよ? ……それでアンタは何を言いたいんだ?」
「は、はい、こ、この度はご降臨されまし……」
「ごめん! ありがたいんだけど、今は簡潔に内容だけで頼む」
「はっ、はい! 失礼致しました。彼は今まで何人もの人をミ、ミチオ様に対する不敬という理由を付けてこの広場で酷い行いを繰り返し行ってきました。お、同じ様にするのがよろしいかと……」
「ふむ、彼女は今酷い行いと言った。同じ目に合わせろとも」
「ふざけるなよ、ふざけてんじゃねーぞ! このままで済むと思うなよ!?」
ここで真打登場、例の男が広場へ駆けつけて叫ぶ。
「何をしている!? な、なに、を、え……?」
「2人共ありがとう。何かあるといけないから離れていたら良いよ。……それで、アンタは? 何か言いたいならコッチに来いよ!」
数を増やしていた野次馬は皆跪き事の成り行きを見守っていた。
「ふ、ふぅ、ふぅ、お、お初にお目に掛かります……」
俺の前で跪いた男は恐ろしく狼狽していた。
「何をしている? だったな。俺はコイツに不当な扱いを受けたんだ。だから火龍の涎という宗教儀式を行おうと思ってな」
「ギ、ギリス卿! このペテン師の鼻を明かしてやりましょう!」
「所長、君は一体どうしたんだ? あんなに熱心にゲルボーヤー様……」
「ギリス卿って言ったな? 悪いが俺の名前はミチオだ! 今後一切ゲルボーヤーとは呼ぶな。破られたら間違って街が吹き飛ぶかもしれないな」
「し、失礼を! しかし、この者が何をしでかしたのでしょうか?」
「あれ? 俺達3人を見ても分かんない? とぼけてんのか、よっぽど察しが悪いのか?」
酷く狼狽えているのは自分の関与を認めた様なものだが、あくまでシラを切るつもりの様だ。
「な、なんの事でしょうか? 私は中央広場で騒ぎが起きていると聞いて飛んできた次第でして……」
「ん? 今日の午後、暗くなってから街にやってきた余所者3人組だぞ? 分かんないのか?」
「ど、どういう意味でしょう? さっぱり見当も付かないですね」
「やだなぁ、門兵から報告されてただろ? 龍にまつわるなら白だのとさ?」
「なっ、どうして……? いや、そんな!」
「おい、お前、俺が誰なのかよく考えろよ? 誤魔化そうとするなら所長と同罪かもな……」
「申し訳ありません! しかし、まさか神自らが現れたなどとは露知らず!」
「よし、お前達の集団全員集めろ」
「ぜ、全員!? 今からですか?」
「1人残らず全員、今すぐにだ」
「だっ、ははっ!」
一目散に駆け出した貴族らしき男は家にやってきた男に何事か告げると2人別々の方向へ走り去った。
「ご乱心の所長さんよ、事態はどう転ぶんだろうな?」
「そんな、そん……いや、私は……」
1人の男が広場へとやって来ると野次馬の間を割って俺の元までつかつかと歩み寄ってきて跪き左手を胸に当てると頭を下げた。
「ミチオ様、お目に掛かれて光栄の極みでございます……」
「うん、それで?」
「はい、神の行いに異を唱えるつもりはございませんが、市井の人間の命に関わるとなれば事情も分からないまま黙っている事が出来ませんでした」
「そうか、アンタは教会の人間か?」
「はい、仰る通りでございます」
「現状を見ただけでは色々納得出来ないんだな?」
「はっ、僭越ながら……」
それから宿へ押しかけて来た門兵のくだりからなるべく詳細を語って聞かせた。
「そ、それでは、いえ……分かりました」
「火龍の涎という宗教儀式を取り仕切っていたアンタとしては所長の処遇はどう考える?」
「えっ!? 何を仰いますか……」
「浄化をっ! ってな?」
「……」
「柄杓を掲げてなかなか様になってたぞ?」
「…………」
「どうした? 俺は質問に答えてくれない奴が嫌いなんだよ」
「……所長も同じ様に処するのがよろしいかと……」
「それじゃあアンタの仕切りで頼むな?」
「……はい」
余計な事は口にしなかった教会の男だが、焦燥と不安に支配されたマナは口ほどにものを言う様だった。走っていった貴族の男は一度自宅へ入っていった後に大きな荷物を持たせた使用人らしき人物3名と妻と子供らしき人物と計6名で街の外へ向かい急いでいた。
「よぉ、駄目じゃないか、俺の頼みはどうした?」
俺達が入ってきた門の所で人形を現すと腰を抜かす貴族の男と泣き叫ぶ娘、その娘を庇う様に抱きしめる妻に狼狽えるばかりの使用人。
「な、ば、化け物!」
「おいおい、神様を捕まえて化け物扱いかよ?」
「か、神? だ、旦那様! せせ、説明を!」
「あなた! な、な、何が起こって?」
「諸々の事情が知りたければ中央広場へ来い」
他の連中は残したまま貴族の男をマナ化して攫うと広場へ連れて来る。
「な、何? なに!? ど、どんななっ!?」
「お前街から出てどこへ行こうとした?」
「そんな、滅相もない……」
「いや、無理だろ? 使用人に山ほど荷物持たせて家族連れて街門を潜ろうとしててさぁ?」
「勘弁して下さい! 家族がいるんです! まも、守る者がおるんですっ!!」
「じゃあ、お前の守るべき者を1人1人挙げていけ。俺が全部殺してやる。そうしたら誰も守らなくて良いだろ?」
「そ、そんな! それが神のする事か!?」
「神との約束を簡単に反故にする奴が言えた義理か?」
野次馬の中から先程の男女を見つけて手招きする。
「な、なんでしょうか?」
「この街いる邪神過激派みたいな連中、まぁコイツ等だな。こんなんじゃなくて、ある程度の信用があって公平さを持ってこの場を仕切れそうな人って居ないかな?」
一瞬逡巡するが2人共同じ方向を見て口にした。
「ブリムの親父かな?」
「ブリムさんですね」
「悪いけどその人にここへ来いって伝えてくれ」
既に人混みと化した野次馬の中へ戻っていった2人と入れ替わる様に俺の元まできた男性は跪いて頭を下げた。
「……な、何かご用件が?」
「すまんね、アンタは人望があると聞いて頼みたいんだが、この場を公平に見定めてくれないか?」
「はあ!? そ、そんな! 俺はただの金物屋ですよ?」
「職業は関係ない。この街の奴がアンタは中立で公平だと判断したんだ。だいじょぶだいじょぶ! また説明するの面倒だけど……」
ブリムという名の親父に事の顛末を詳しく教えた。ただし、俺の主観であるという事には念を押したのだが……。
「ギリス様の行動は見ていましたからね。ミチオ様が全面的に正しいです」
「そうだろ? その調子で頼むよブリムさん」




