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1:異世界転生
「ん? ぅうん?」
どうしてたっけ? 寝落ちでもしたか?
ん?
んん!?
体が動かない……。
目も開かない……。
どうなってんだ?
金縛りってヤツか!?
「うーん!」
「くぬぬぬぬっ!!」
目は覚めているはずなのに何もできない……。
一体どうなってんだ?
……昨日の事を思い出そうとしても靄がかかったようにはっきりしない。
自分の名前は……、分かる。
捧道雄 26歳 独身 サラリーマン 趣味は音楽鑑賞。大丈夫、自分の事は分かる。分かるんだが、昨日の事となると全然思い出せない。仕事には行っていたんだっけ?
一昨日の事なら……、しっかりと覚えている。
朝から出社早々上司の愚痴を聞かされてうんざりしていた。昼はコンビニで買った弁当を食べて休憩終了までスマホをいじっていた。午後からは何事もなく過ごし、帰宅途中のスーパーで夕飯を購入。夕飯後は晩酌をしながら音楽を聴いていた。好きなバンドの新譜がまた良くてテンション上がっていたなぁ。その後、日付けが変わる頃に就寝して…翌日。
うむ、全く思い出せん!
何が起こっている? 昨日何が起きた?
体は一向に動かす事ができない。そもそも体の感覚が無い。手足が有るのかすら微妙だな。
とにかく動け俺! 目だけでも開けよ!!
あれ? ひょっとして俺、死んだのか?
思念体的な何かになって彷徨っているとか?
はたまた誰かに拉致された?
答えの出ない疑問が浮かんでは消えていく。グルグルと堂々巡りをする思考の渦の中、ふと思い出した昔の偉い人の言葉。
「我、思う故に我、有り」
ひょんな事から哲学の深淵を垣間見た気がする。ひとまず思考している俺は存在しているはずだ。とにかく、この状況を把握できる方法はないのか?
「おーい、誰か居ませんかぁ?」
声が出ているのか微妙だけど、藁をも縋る気持ちで叫んでみた。
『固有名・捧道雄からのナビゲートシステム起動要請を受理』
「のわぁっ! 急に声が? な、なんだ!? ナビゲートシステム!?」
『起動シークエンス……3、……2、……1、完了』
『固有名・捧道雄との正常な接続を確認、これよりナビゲートを開始』
一体何だっていうんだ? 急に頭に声が流れてきている。そう頭に直接だ。耳で聞いている感覚ではなくだ。
『固有名・捧道雄のバイタル、正常、メンタル、若干の混乱はあるものの正常』
正常な様で何よりだが、どこが正常なんだよ?
『質問があれば受け付けます』
「ぁ? で、と、とにかく今の俺の状態ってどうなってるの?」
『固有名・捧道雄の現在の状態、異常はありません』
「異常無し!? 体が動かないし、目も開かないんだが、てか、アンタは誰なんだ?」
『身体操作はマナ操作にて行う事が可能。現在、固有名・捧道雄には"目"という感覚器官はありません。当機は、固有名・捧道雄の為に創造神ミルユーが創ったこの世界をナビゲートする為の存在です』
「待て待て待て待て待て待てっ!! マナ? 何それ? 目が無ぇ? はぁ? 創造神ミルユー? 誰それ?」
意味不明の連発だ。
「アンタは何かしらの方法で俺を拘束しているって事か?」
『否定』
まぁ、ナビゲーター的な物言いだしな。
「じゃ、じゃあ今の俺の状況を俺に分かる様に説明できるのか?」
『……回答不能、具体的な質問を要求』
「ふぅ、まず、ここは何処なんだ?」
『惑星ディート、ナラン王国、カラーム領にある森の中』
「わぁ〜、知らない単語ばっかり……」
地球、日本の地方都市サラリーマンには理解できない。冗談じゃねぇが、異世界転移の類いか?
「マ、マナってのは魔法的な何かに作用しそうなヤツだな?」
『肯定』
確実に日本ではなさそうだ……。
「んで、目が無いって、俺は一体どんな事になってんだ?」
『固有名・捧道雄は現在、種族名・イーヴルゲルです』
「イーヴルゲル……。
……って何?」
『不定形生物ゲル属の中でも凶悪な上位種です』
不定形生物って、スライムとかブロッブ的な?
『概ねその解釈で間違いありません』
異世界人外転生でもしたのかよ!?
『概ねその解釈で間違いありません』
転生したら"スライム"ではなかった件!!
『…………』
ちょっと待て。
「ナビゲーターさん、今、問いかけではなく、俺の思考に直接答えたよね?」
『肯定』
「いやいや、考えている事ダダ漏れ?」
『肯定』
「それは、こう、相手に悟られぬように吐く悪態から人知れず秘めた欲望も、倫理的にアウトな妄想まで全て網羅されていらっしゃる?」
『肯定』
「ノー!! 否定してよぅ!」
『固有名・捧道雄の過去の記憶、行動原理、趣味嗜好、その他あらゆるデータを活用し、その場その場での最適解を提供する事をお約束』
マジかよ……。プライバシーという概念が、今俺の中で音を立てて崩れていくのが分かった……。
『他言無用の為ご安心』
「あ、じゃあ問いかけた時だけ繋がってもらう事は可能なの?」
『可能……ですが非推奨』
「ん? なんで?」
『有事の際、或いは緊急事態に際し致命的なタイムラグが起こる可能性があります』
「有事の際……そっか異世界に来てたんだ。ここって所謂ファンタジーな世界観て認識で良いのかな?」
『概ねその解釈で間違いありません』
「じゃ、じゃあ森の中って事は魔物が近くに居たりとかは?」
『現在周囲に危険はありません』
ひとまず安心。そうすると、とりあえず動ける様になりたいんだが……。
「ナビゲーターさん、とりあえず動ける様になりたいんだけど、どうすればいい?」
『二度も言わなくてもわかります』
そうだ、思考ダダ漏れだった。恥ずかしい。
『ゲル属の身体操作にはマナの操作が不可欠、その為にはまずマナを感知する所から始める事を推奨』
「具体的なコツとかってある?」
『マナはこの世界の森羅万象全てに多かれ少なかれ存在している一種の元素の様な物と考えて下さい』
「ファンタジーものの漫画、アニメ、ゲームには触れてきたけど、いざ自分が放り込まれると絶望感しか湧かないな」
だけど、状況に悲観するだけで行動しないのは無しだ。色々と疑わしい事もあるが、とりあえず分かる事、出来る事を整理していこう。マナねぇ……。
マナを感知、マナを感知……。
だぁー、わかんねぇ!
だって、元素だって目に見える物じゃねぇじゃねぇかよ!
目に、見えない……。目で見るんじゃなくて……? 何で見るんだ? 一旦落ち着いて、深呼吸。呼吸しているかどうかも自分では分からないけど。人間からゲル状生物に転生したんだ。マナだろうが魔法だろうがなんとかしてやるさ。
ふぅ、マナを感知、マナを感知……。マナを感知………おっ? 真っ暗だった視界に光の粒が……。色んな色の光の粒々が広がっていく?
【マナ感知】
「な、なんだこれ? 気持ち悪い!!」
360度様々な種類の緑、様々な種類の茶色、青っぽいの黄色っぽいの、黒っぽいのから眩しいの、その他様々、極彩色の光の粒子に囲まれている。
『提案、現在固有名・捧道雄は周囲全ての物質の区別なくマナを感知している模様、まずは自身のマナのみに感知を絞ってみて下さい』
お、おぉぅ。イケナイオクスリで見る幻覚よりも強烈なんじゃないか? 自分、自分ねぇ。意識を小さく絞っていく感じか? ほうほう、この黒い粒々がどうやら俺の保有するマナかな?
『肯定』
そこから色々な物を区別するようにマナを探っていく…。
【マナ感知】
『尚、ゲル属は目による周辺認識をしている訳ではないので360度の視野に変わりはありません』
さっきの視野が異常な感覚は変わらないのね? うーん、なんとなく地面が広がっていて、木々がそこかしこに生えているのは分かるかな? マナの粒子が集まって周りの物たちの輪郭がはっきり分かる様になってきた。草木一本一本微妙にマナの色というか濃さのようなものが違うんだな。それにしても、自分を中心に360度、球状の視野とはなんとも言えない感覚だ。お、動いているマナを発見! 小さいから飛んでいる虫の類いだろうか?
『肯定』
こうなっちまってんだから、状況に文句を言うんじゃなく順応してやろう。幸いな事にナビゲーターも付いている事だしな。危険が無い間にこの体に慣れていこう。