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二度来た魔術師 29歳

 魔法使いがいる城は、大陸サーローザの西の果て、森の奥深くに隠されるように建っている。

 近くへ行けばその大きさは、本当に呆れるほどなのだが、魔法のせいで遠目にはその姿を見ることができない。正確に道を辿らなければ見えないし入れないのだから厄介だ。その道というのも、知っている者はほとんどいない。もしくは、とっくのとうに死んでしまっている。

 仮にたどり着けたとして、城の中に入ると、大きな広間が待っている。誰も使わないので、しんと静まり返り、靴音のひとつさえ咎めるように大きく響かせてしまう。

 広間を通り抜けて、その先の長い長い廊下をゆく、その途中に絵画がかかっている。いくつか出てくるうちのひとつが、北の塔への秘密の入口だ。絵画の順番は来るたびに違うので、絵をきちんと覚えていなくてはならない。煉瓦のしきつめられた壁、額縁の右下から六段下がったところを押し込むと道が開く。

 ちなみに、あの長い廊下をずっと真っすぐ進むとどうなるのか知る人はいない。この魔法だらけの城を作った本人が廊下の先で干からびて死んでいるという噂もあるが、真偽の程はわからない。

 とにかく、塔へ出る。そこに待つのは、延々と続く石造りの螺旋階段だ。

 延々と、というのは、あくまで普通の人間の尺度による見方だ。それというのも、この階段にも魔法がかけられている。

 長いと思えば思うほど長くなる。単純だが、それだけ難しく、強大な力を必要とする魔法だ。そして、人間にとって延々と続く階段を短い、と思い込むことほど難しいことはない。

 あるいはかかっている魔法の途切れ目やほつれを見つけて上手く広げられれば解ける問題かもしれないが、この古代の魔術師がつくりあげた魔法を解ける人間はまずいない。

 仮に、なんとか、永遠の階段を終わらせることができれば、そこには大きな木製の扉があらわれる。

 その奥にあるものこそ、世界中のありとあらゆる本が存在するよう魔法がかけられた大図書館であり、本が増えるたびに形を変える大迷宮だ。

 そして、その更に奥、最奥といえる場所にーー魔法使いが一匹。




 本を読んでいる。

 真っ白な部屋に置かれた真っ白な噴水から、水でない透明な何かが流れ落ちていく。

 窓の外でさえ真っ白い不思議な空間の真ん中には、やはり白い椅子があり、魔法使いとその手にある本を見守っていた。

 魔法使いは、魔術の方法について丁寧に書かれた書物から目を離し、目の前へ来た人間を見て、ひとこと言った。

「驚いたな」

「嘘つけ……」

 呆れたように、人間の方がつぶやいた。

 ぼろぼろ、といった体だ。まだ青年といったふうの男だったが、髪は手入れされず伸びっぱなしで、着ている灰色の衣もあちこち擦り切れていた。鉱石をはめこんだ杖を手にしているが、主人と同様、使い潰されてすっかりくたびれてしまっている。

 魔法使いは、抑揚のない声音で答える。

「いや、本音だ。この城にいちど迷い込む人間はいるが、塔へのぼり、あまつさえ二度来る者など今までで一人もいなかった」

「……まぁ、二度って言っていいのかわかんないけど。前回は五十八年、今回も二十九年もかかった」

 アーハルトラだ、と青年は名乗った。

「ここまでの道も覚えてたのに、やっぱり来ること自体が難しいんだな、この部屋は」

「難しいと思うから難しくなる」

「またそういうことを…生まれついての魔法使いには俺の苦労がわからないんだ」

 魔法使いは、また無感動に、……いや、無感動かに見える表情で呟いた。

「まさかまた来るとは思わなかった」

「だってほら、約束したし」

「生まれ変わってまで来るような場所か?」

「約束したから」

 青年も、真顔になって同じ言葉を繰り返す。

「俺の生まれ変わりは神に授かった祝福みたいなものだし、道も約束も覚えてりゃ、来るよ。何度だって」

「そういうものか?」

 魔法使いが、手にしていた本を閉じる。重厚な装丁の表紙ごと閉じられる、ぱたん、という音が、この部屋にはずいぶん大きく響いた。

 目の前の人間は、生まれ変わりの祝福を持っている。

 疑いようのない事実だった。『彼』に会うのはもう三度目だ。

 一度目が最初に出会った少年。二度目は魔術師の老人で、この魔法だらけの城を抜けてわざわざ魔法使いに会いに来た。

 そして、今回の青年。

 わざわざ約束までして会いに来ることを、魔法使いはとても不思議に思い、そして心から驚いているのだった。

 なにせ、アーハルトラは、真面目くさった顔で言い募るのだ。

「忘れても思い出して、会いに来るよ。俺が勝手に約束したんだから」

 魔法使いは、しばし考えたあと、当面の結論を出した。

「なるほど。…きみは約束ごとを守りたがる種類の人間だということはわかった」

 ほんとかよ、とアーハルトラは口を曲げた。

「大変だったんだからな。…まあいいや、来れたし」

 そう言うと、アーハルトラは魔法使いの手を引っ張って立たせる。お互い立つと、彼の頭に魔法使いの肩のあたりが来た。

「行こうぜ。ここ寒くはないのに寒気がして嫌だ」

「わざわざ嫌な場所に来る意味がわからない」

 魔法使いの言葉は気にもとめず、アーハルトラは魔法使いより先に歩き始める。

 不意に、アーハルトラが振り返った。そうして、傷やら泥やらで汚れた顔のまま相好を崩す。

「でも前回も今回も、俺だって気づいてくれたじゃん」

 魔法使いは、やはり無感動に答えた。

「ここまで来る人間がきみ以外にいない」

 ちぇー、と拗ねるアーハルトラの声を今度は魔法使いが無視し、現れた銀の扉を溶かそうと腕を前に差し伸べるのだった。

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