8「〝ときめき虐殺計画〟考案者〝ロイエ〟襲来」
「あ、待って下さい! 魔王様!」
リヴィが伸ばした手は――虚空を虚しく通り過ぎた。
「もう、魔王様まで空間転移魔法で逃げちゃうだなんて! 失礼しちゃうわ!」
「私は全然怖くなんてないんだから!」と、むくれるリヴィ。
一方、診察室の扉の隙間から様子を窺っていたショタリフは、蒼褪めた。
(ま、魔王様を殺しちゃった!)
(他の魔族とは訳が違う! 国のトップを……!)
(こ、国家反逆罪だ!)
(殺される……! 間違いなく……!)
ショタリフの頭を過ぎるのは、最悪の――しかし、これから訪れるであろう、現実的な未来。
――即ち、リヴィが処刑される光景だった。
(嫌だ! それだけは! それだけは絶対に嫌だ!)
(ど、どうすれば……!?)
(……こうなったら……)
(逃げよう!)
(リヴィさんを連れて、魔帝国から逃げるんだ!)
「よしっ!」
ショタリフが、覚悟を決めて、小さく呟いた。
――直後。
「「!?」」
――突如、診察室の中に光が満ちて――
――消えると、そこには――
「ふう」
「………………へ?」
――魔王がいた。
見ると、五体満足で、どこも欠損していない。
(……確かにさっき、消滅して死んだはず……)
その時。
ショタリフは、魔王の特殊能力に思い至った。
(……という事は、魔王様は、〝死んでも生き返ることが出来る〟という事か!)
余りにも出鱈目な魔王の強さに、ショタリフが戦慄する。
魔王は、その巨躯故に相対的にかなり小さく見える椅子に座り直すと、大仰に語り始めた。
「あの程度で俺を殺せると思ったか? 甘いな」
――が。
「俺は何度でも甦る事が出来――」
「あ、空間転移魔法で逃げたと思ったら、戻って来てくれたんですね! 魔王様!」
「いや、俺は逃げた訳では無くて、一度死んで、その後、生き返――」
「逃げずに戻って来てくれた人、初めてです!」
「いやだから、空間転移魔法なんて使っていない。俺は死した後に、甦る能力を――」
「嬉しいです! 逃げずに戻って来てくれて、ありがとうございます!」
「………………」
朗らかな笑みを浮かべるリヴィ。
それに対して、魔王は――
「俺は寛大だからな」
(訂正するの、諦めたあああああああ!)
――面倒臭くなったらしく、リヴィに話を合わせた。
※―※―※
その後。
魔王は、リヴィに触診される度に消滅し、また生き返る、という事を、何度も繰り返した。
そして――
「今日の所は、このくらいで勘弁してやろう。俺の慈悲に感謝するが良い」
――どしんどしんと足を踏み鳴らしつつ、帰って行った。
ショタリフは、安堵の溜息をついた。
(結局、何で魔王様は、ここに来たんだろう?)
(単に様子を見に来ただけなのかな?)
(まぁ、魔王様が生きていてくれたおかげで、リヴィさんが国家反逆罪にならずに済んだから、良いか)
尚、後に、魔王の秘密を知ったとある魔族は、「魔王様はずるい! あの快感を何度も味わえるだなんて!」と、羨望の眼差しを送ったという。
※―※―※
その翌日。
この日は、診療所は休診日だった。
基本的に休まず働き続けて来たリヴィにしては、とても珍しい事だ。
何でも、数日前に手紙が届いたとの事で、リヴィの友人が訪ねて来るらしい。
※―※―※
帝都の城門前にてリヴィとショタリフが待っていると、ローブに身を包んだ人間――〝異世界転生者〟の女性がやって来た。
「はじめましてなの! ロイエなの! 宜しくなの!」
桃色の天然パーマのセミロングヘアをふわりと揺らしながら笑みを浮かべる彼女は、リヴィよりも少し背が低いが、女性としてはむしろ平均以上あり、リヴィ程は無いが、胸も十分に大きく、スタイルが良く、千年に一人と言われるリヴィ程の華は無いものの、十二分に美人だ。
その左手首に嵌めた腕輪も、髪色に合わせた桃色で、良く似合っている。
何よりも、その見た目に反して普段は少し子どもっぽい言動も目立つリヴィと比べて、常に潤んだ瞳、艶やかな唇、扇情的な表情、熱い吐息など、妙な色気がある――
――ロイエだが――
「あっは~ん」
「「「「………………」」」」
「うっふ~ん」
「「「「………………」」」」
――色仕掛けの仕方が、絶望的に下手だった。
衛兵の男たち二人に対して科を作るものの――
――彼らは共にドン引きしており、それを傍から見守るリヴィとショタリフも同様だ。
「おかしいの! あの名作――〝どきメモ〟――〝どきどきメモクラハート〟だったら、これで二~三人は落とせていたの! この世界の男たち、頭がおかしいの!」
「いや、頭がおかしいのはてめぇだろうが……」
敵国の衛兵に対する侮辱行為――しかも、戦争で常に劣勢にある国の者による。
本来ならば斬り殺されてもおかしくはないが、衛兵たちはその兜の下で、顔を引き攣らせており、出来れば関わり合いになりたくないと思っていた。
「あ! ロイエ、来てたのね! 久し振り~!」
「今のを無かった事にして再会をやり直さないで欲しいの! そんな情けを掛けられると、余計に惨めなの!」
まるで何も無かったかのように、明るい笑顔で再会の挨拶を交わそうとするリヴィに、ロイエが口を尖らせる。
(なるほど。仲が良いんだな)
その様子に、ショタリフにも、二人が気の置けない間柄にある事が伝わって来た。
「あ! あんたがショタリフなの!」
ふと、リヴィの背後にいたショタリフに気付き、ロイエが話し掛ける。
「ショウ君、この子は友達――幼馴染みのロイエよ。仲良くしてあげてね」
リヴィが紹介すると、ロイエが笑顔を見せる。
「はじめましてなの! ロイエなの!」
「はじめまして。ショタリフです」
ショタリフが軽く会釈をすると――
「ふ~ん。へ~。なるほどなの」
「………………」
――ロイエが、全身を舐め回すようにじろじろと見て来て、ショタリフは居心地が悪くなった。
(……変な人だな……)
「じゃあ、案内するわね! 私の診療所に!」
「楽しみなの!」
リヴィの呼び掛けにロイエが応じて、三人は、城門を潜って帝都の中へと入って行った。
※―※―※
診療所に着くと――
「えっと、ここが診察室兼、リビングね! 椅子に座って寛いでね!」
小さな建物であるがゆえに、診察室がリビングを兼ねており、いつも診察をしている部屋の中で、ショタリフたちが椅子にそれぞれ座った直後――
「あ、ロイエ、喉乾いたの! それと、小腹も空いたの! だから、出来るだけたくさんの種類のお菓子と、紅茶とコーヒーと水と白湯が欲しいの!」
「分かったわ!」
――ロイエの要望に対して、扉を開けて、奥にあるキッチンへと入って行くリヴィ。
その姿を見届けると――
――不意に、ロイエが立ち上がり、バッとローブを脱ぐと――
――何故か彼女は、ピンク色のナース服を着用していた。
「ロイエと、良い事するの! こういう格好が好きだって聞いてるの!」
「え!?」
――座っているショタリフを、背後から抱き締めるロイエ。
ロイエの胸の弾力が、ショタリフの後頭部を襲う。
――だが。
「何で消えないの!? こんなに超絶可愛いセクシー美人が迫ってるのに! 一ヶ月以上一緒にいるのにまだ消せていないあの子の代わりに、ロイエが手を下してあげようと思ったのに!」
相手がリヴィであれば、一瞬でも気を抜くと、触れずとも身体が消滅し始めるショタリフだが、何故かロイエに身体を密着されても、何も感じなかった。
その理由を、この時のショタリフはまだ気付いていなかった。
代わりに、彼が思考したのは、別の事だった。
(やっぱり、人間たちは皆、魔族の弱点を知ってるんだ!)
(という事は、リヴィさんは……人王国によって送り込まれた――)
――〝兵器〟であると――認めたくはなかったが、そうであるとしか考えられなかった。
「その顔……『人間は魔族の弱点を知ってるんだ!』って考えている表情なの!」
「!」
瞠目するショタリフ。
「当然、弱点は知ってるの! だって、リヴィを送り込む計画を思い付いて女王様に進言したのは、ロイエなの!」
「!」
立て続けに驚愕させられ、ショタリフが言葉を失う。
「消えないなら、作戦変更なの!」
ロイエは、ショタリフの耳に顔を近付けると――
「今頑張って我慢しているその気持ちを解き放って、わざとドキドキして、消滅して自害するの!」
「!」
――そう囁いた。
「そ、そんな事、する訳ないじゃないですか!」
当然の反応をするショタリフに対して、ロイエは――
「そんな事言って良いの? もしあんたが、ロイエの言う事を聞かなかったら――」
――交差させた腕を、これ見よがしにショタリフの眼前に翳すと――
「――この腕輪に仕込んだ毒針を飛ばして、リヴィを殺すの!」
「!」
――キッチンで作業しているリヴィに対して腕輪を向けて――邪悪な笑みを浮かべた。