7「VS魔王」
「良かったね、オークさんたち!」
ギガントオークに抱き着いていたオークたちが、ゆらりと立ち上がると――
「……?」
――リヴィに、フラフラと近付き――
――両手を振り上げて――
――そのまま、勢い良く――
――リヴィの――
「! リヴィさん!」
――眼前の――地面に叩き付けた――
「………………へ?」
拍子抜けして間の抜けた声を上げるショタリフ。
――見ると、オークたちは、泣きながら土下座していた。
「プギプギギプギィ!」
「ププギプギギギィ!」
「プギプギギププギィ!」
リヴィを見上げる、涙と鼻水でグチャグチャな表情からすると、どうやら、感謝の気持ちを表しているようだ。
オークたちから話を聞いたらしいギガントオークも同様に、その巨躯を折り曲げつつ地面につけて、涙ながらにリヴィへの謝意を表していた。
「ブギブギギブギィ!」
「ううん、気にしないで。元気になって良かったわ」
慈愛に満ちた笑みを浮かべるリヴィ。
※―※―※
ギガントオークとオークたちは、リヴィ何度も頭を下げつつ、来た道を戻り、帰って行った。
微笑むリヴィを見詰めるショタリフは――
(モンスターと意思疎通を図り、その上感謝され、モンスターたちが大人しく帰って行くだなんて……信じられない……!)
――有り得ない光景に、ただただ驚愕していた。
※―※―※
その後。
リヴィとショタリフは、ダンジョンの外へと出た。
往路は全くマッピングせずに進んだ二人だったが、復路は、道が分岐する度に、〝巨大な岩が置いてあって進めない道〟が複数あり、それとは対照的に、〝岩がない道〟が一つだけ存在し、罠かと訝しむショタリフに対して、リヴィは、「きっとオークさんたちが、道を教えてくれているのよ!」と、微笑を浮かべた。
リヴィと違い、完全にオークたちを信用した訳ではないショタリフだったが、他に取れる選択肢も無かったため、渋々〝用意されたその道〟を辿った所――
「……出られた……!」
ダンジョンの外へと出る事が出来た。
尚、最奥の部屋以外は〝オークのみ〟が出て来たこのダンジョンだが、帰りは、一匹も出なかった。
※―※―※
行きと同じく野宿を挟みながら、二日ほど今度は南へと歩いて、リヴィとショタリフは、帝都へと戻った。
その足で二人は、帝都の中央にある魔王城へと向かった。
城門にいる二人の衛兵に用件を伝えると、少し待たされた後、リヴィたちは中へ入る事を許可された。
漆黒の外観と違い、城の内側は真っ赤だった。
衛兵によって連れて行かれたのは――
(ここが……! 魔王様の……!)
――玉座の間だった。
精巧な意匠が施された荘厳且つ重厚な扉が開かれ、中へ通される。
最奥の玉座に座るのは――
(あれが、魔王様!)
――魔族の王だった。
魔王が一般市民の前に姿を現す事は、まずない。
そのため、貴族でも、ましてや戦士ですらないショタリフが魔王を見たのは、生まれて初めてだった。
血のように赤い目、二本の角、四本の牙、爬虫類のように長い尻尾に、一対の黒翼、そして全身漆黒の巨躯。
人間に比べて大柄な者が多い魔族だが、大きいとは言っても、せいぜい二メートル程の背丈にしかならない。
が、魔王は、身の丈三メートルを優に超えており、その堂々たる佇まいは、正に〝魔〟の王と呼ぶに相応しい。
(ぐっ……! ……身体が……震える……!)
片膝をつき、頭を垂れるショタリフは、魔王の威容を目にした時から、肌が粟立ち、震えが止まらなくなった。
「面を上げよ」
「!」
徐に掛けられた重々しいその声に、ショタリフの全身から汗が噴き出す。
地獄の底から響くようなそれに、遺伝子レベルで身体が反応する。
天地が引っ繰り返ろうが、決して目の前の存在には敵わない事を、自分がどれだけ矮小であるかをまざまざと思い知らされる。
魔王は、ただ玉座にて、一言発しただけだ。
だが、その漆黒の身体から迸る余りにも大きな重圧に、心臓をゆっくりと握り潰されていくような感覚がして、ショタリフは上手く呼吸が出来ない。
「……あ……ぁ……!」
ショタリフは顔を上げる事すら出来ず、ガクガクと全身が震えて――
「貴様がリヴィか」
――その隣で、ショタリフの真似をして頭を垂れるリヴィに向けて掛けられたその声に、ショタリフは更に追い詰められ、息苦しさから、汗と涙が地面に落ちて――
(死ぬ……!)
――ショタリフが〝死〟を覚悟した。
――次の瞬間――
「ごめんなさい!」
「!?」
――ショタリフの全身を蝕む重圧を――リヴィの声が切り裂いた。
思わず顔を上げた後、自身の身体が動く事と、呼吸が出来る事に遅れて気付くショタリフ。
見ると、リヴィは、死の重圧の中、易々と立ち上がり、魔王に対して深々と頭を下げていた。
「超極上薬草は見付かったんですが、身体の大きなオークさんが死んじゃいそうだったんです。だから、私、彼女を助けるために、超極上薬草を使っちゃいました」
そう言ったリヴィは、顔を上げて、魔王を真っ直ぐに見据えた。
「ショウ君は悪くないんです! 止めようとしたんです! でも、私がワガママ言って、超極上薬草を使っちゃったんです! だから、罰を与えるなら、私だけにして下さい!」
「!」
採取を命じられていた薬草を、モンスターの命を救うために使ってしまった――
馬鹿正直且つ滅茶苦茶な言い訳だが、その毅然とした態度に、ショタリフは感銘を受けていた。
いつその命を絶たれてもおかしくない敵国の地にて、しかし眼前の女性は、魔王を相手に、全く怯んだ様子を見せない。
それどころか、帯同者の事を気遣ってさえみせた。
「……リヴィさん……!」
(自分が殺されるかもしれないのに……僕のために……!)
ショタリフは、覚悟を決めて、魔王に対して顔を向けると、汗と涙で濡れた顔もそのままに、言葉を紡いだ。
「お、恐れながら、魔王様! この者は、私の目の前で、超極上薬草の採取を成功させてみせました! その後の行動は非難されて当然の所業ではありますが、任務遂行能力は決して低くは無いと、私が保証いたします! な、何卒! 何卒もう一度だけ、挽回の機会を与えて下さいませんでしょうか!」
静寂が場を支配した。
恐らくは、ほんの数秒だったのであろう。
しかし、ショタリフにとっては、永遠に感じられたその沈黙が破られて――
「下がれ」
「!」
――魔王が、声を発した。
思わず瞠目したショタリフが、口を開く。
「で、では……ば、罰は、いかがなさいましょうか?」
「殺されたいのか、貴様は?」
「い……いえ」
ショタリフが震えながら立ち上がり、頭を垂れると――
「魔王様。寛大なる処置に、深く感謝を申し上げます。ありがとうございます」
「魔王様、ありがとうございます!」
満面の笑みで、リヴィがぴょこんと御辞儀して、二人は共に、魔王城を後にした。
※―※―※
魔王城を出た後。
帝都の大通りを、リヴィとショタリフは、並んで歩いて行った。
(何で、許して貰えたんだろう?)
(魔王様の気紛れかな? でも、それならそれで、ラッキーだ! 本当に良かった!)
結局理由は分からなかったが、リヴィ共々命拾いしたショタリフが、安堵の溜息をついていると――
「ショウ君! 私を庇ってくれて、ありがとう!」
「え?」
――隣を軽やかに歩くリヴィが、ショタリフの顔をじっと見詰めて、弾けるような笑みを浮かべた。
「すごく嬉しかった! 魔王様が許してくれたのは、きっとショウ君が一生懸命私を庇ってくれたからだよ! 本当にありがとうね!」
「………………」
胸の内から込み上げて来る〝それ〟を、自身の手の平に爪を食い込ませ、その痛みで掻き消しながら、ショタリフは――
(感謝するのは、僕の方ですよ……)
(自分の命が危なかったのに、僕のために……)
(何で……? 何で、僕なんかのために……?)
――魔王と対峙した際とは違う〝胸の苦しさ〟を感じて――上手く、言葉を返せなかった。
※―※―※
初めて魔王と会い、奇跡的に命を拾った、その翌日。
(もう、魔王様と会う事は、一生無いかもな……)
リヴィの診療所に到着したショタリフが、玄関前で、診療開始時間までの数分間、そんな事をぼんやりと考えていると、そこに――
「ここがあの人間の診療所か」
「あ、おはようございま……す!?」
――魔王がやって来た。
従者はおらず、どうやら一人でやって来たらしい魔王の巨躯を前に、ショタリフがパニックに陥る。
「え? 魔王様!? 何でここに!? え!?」
そこに、異変に気付いたリヴィが、玄関の扉を開けて、見上げると――
「あ! 魔王様! ようこそおいで下さいました! 入って下さい!」
「リヴィさん!?」
――特に狼狽もせず、患者の一人として、自然体で受け入れた。
※―※―※
診療所は、入ってすぐ、左手に椅子が五脚並べてあり、右側の扉を開けると、診療室となっている。
ショタリフは、どうしても気になって、いけないと思いながらも、扉を薄っすらと開けて、中を覗いていた。
(魔王様は、他の魔族とは明らかに違う)
(人間にドキドキする事なんて、絶対に無い!)
昨日の、魔王の荘厳な雰囲気を――〝ただそこに佇み、声を掛けるだけで相手を殺し掛けた〟という事実を思い出しつつ、ショタリフが固唾を呑んで見守っていると――
「はぐわああああああああああああああああああああ!!!」
「魔王様!?」
――診察中にリヴィが魔王の手に触れただけで――魔王は発光して――消滅した。