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6「全身体液塗れ聖母」

 ゴーレムを全て喰らい尽くしたロックドラゴンは、自身に向かって飛んで来る〝パンツ〟を――


「フンッ」

「きゃあっ!」

「うわっ!」


 ――鼻息一つで吹っ飛ばした。

 身体を一ミリも動かさずに為されたそれはただの呼吸でしかないが、瞬時に暴風を生み出し、リヴィは尻餅をつき、吹っ飛ばされそうになったショタリフが、必死に踏ん張る。


 パンツが上方へと舞い上げられた。

 ――直後――


「「「「「プギィィィィィィィィィィィィィィ!」」」」」

「「!」」

  

 先程散々聞かされた咆哮に、ショタリフたちが背後を見ると、この巨大空間の入り口に、オークの群れがいて――


(ロックドラゴンだけでも手に余るっていうのに、オークたちまで!)


 ――重なる不運に、ショタリフが顔を歪めた――


 ――次の瞬間――


「ブギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」

「「!?」」


 ――今まで聞いたオークたちよりも遥かに低い、地の底から響くような雄叫びと共に――


「ギガントオーク!」


 ――他のオークたちの何倍もの体躯――ゴーレムよりも更に大きな巨躯――を誇るオークが、群れの背後から現れたかと思うと――


「ブギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


(速いッ!)


 ――ギガントオークは、その巨体からは想像出来ないほどの俊敏さで、リヴィに向かって突進して行き――


「リヴィさん!」


 ――尻餅をついたままのリヴィを救出せんと、ショタリフが駆け寄ろうとするが――


(くっ! 間に合わない!)


 ――ギガントオークは勢いそのままに、リヴィの――


「「!?」」


 ――手前で、何故か、両腕を真下にピンと伸ばした状態で跳躍して――


(今の内に!)


 ――駆け寄ったショタリフが、リヴィを再び御姫様抱っこして、横――部屋の端へと跳躍、危険区域から離脱すると――


「ブギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 ――ギガントオークは、空中で――


「へ、変態だあああああ!」


 ――リヴィのパンツを喰って――飲み込んだ。

 リヴィを優しく地面に下ろしたショタリフが、思わず全力で突っ込む。


「ブギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


 恍惚とした表情を浮かべるギガントオーク。


 ――だったが――


「ブギボッ!?」


 ――勢い余って、轟音と共に天井に思い切り頭部をぶつけて、気絶すると共に、落ちて行った。


「きゃあっ!」

「うわっ!」


 その衝撃で、巨大な空間全体が揺れて――


「「!」」


 ――天井に刺さっていた幾多の剣が落下――


 ――その中に、刀身が光り輝く剣が出現――


 ――他の剣の柄に、刃に、ぶつかりつつ――


 ――前方へと、クルクルと回転しながら――


 ――落ちて行ったかと思うと、勢い良く――


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ――ロックドラゴンの脳天に突き刺さり――


 ――ロックドラゴンは、のた打ち回ると――


 ――壁の横穴を通って、逃げて行った。


「……助かっ……た……?」


 ――目の前で起きた事が信じられず、呆然と呟くショタリフ。


(奇跡だ……!)


 実は、先日タロンが見ずに消してしまった〝リヴィのステータス表示〟の中に、こんな数値があった。


~~~~~~~~~

 幸運値:999

~~~~~~~~~


 ――のだが、ショタリフとリヴィには、知る由も無い。


「何はともあれ、良かっ――」


 ショタリフが、そう呟くと――


「ショウ君! 助けてくれて、ありがとう!」

 むにゅっ。

「うわあああ! だから抱き着かないで下さいってば! ぶべしッ!」

「きゃあああ! ショウ君、大丈夫!?」

 

 ――リヴィが抱き着いて来て、ショタリフは、自身の顔面に押し付けられた豊満な胸の甘美な感触と甘い香りによる鮮烈な刺激を打ち消して消滅を回避する為に、リヴィの身体を引き剥がしつつ、自分で自分を殴って吹っ飛んだ。


「だ……大丈夫です……。……それよりも、オークたちは……?」


 ショタリフは、顔面を押さえつつゆらゆらと立ち上がると、この場で警戒すべきもう一種類のモンスターの名を口にした。


 すると、リヴィは――


「それが、ね……」

「?」


 ――悲しそうな表情を浮かべた。


 ショタリフが、リヴィの視線の先を見ると――


「プギィィィィィィィィィィィィィィ!」

「プギプギ! プギプギィィィィィィ!」

「プギプギィィィィィィィィィィィィ!」


 ――地面に倒れたギガントオークは、白目を剥いて泡を吹いており、全く動かない。

 その巨躯の周囲に、オークたちが集まり、泣きながら身体を揺さぶっていた。

 どうやら、ただ気絶しているだけでなく、呼吸も止まっているようだ。


(そうか、一番厄介な奴が戦闘不能みたいで良かった。このまま放っておけば、直に死ぬだろう)


 安堵するショタリフ。


 一方、リヴィは――


「一体、どうしたら……」


 そう呟いた後――


「! そうだわ!」


 何かを思い付いたらしく、巨大空間の最奥に向かって、走り出した。

 途中で何度かこけそうになりながらも――否、実際に何度か転びながらも、そこに辿り着いたリヴィは、丁寧にそれを引っこ抜くと、走って戻って来て――


「ショウ君。これ……あそこで倒れている、身体の大きなオークさんに食べさせちゃダメかな……?」

「!?」


 ――そう問い掛けるリヴィの手には、虹色の薬草――一本の超極上薬草エクスハイハーブがあった。


 思わず瞠目したショタリフは、何とか思い留まらせようとする。


「何言ってるんですか! 折角苦労して、ここまで来たのに!」

「うん……そうよね。でも、助けたいの」

「相手は、モンスターですよ?」

「分かってるわ。それでも、救いたいの」

「それに、もし手ぶらで帰ったりしたら、魔王様が黙っちゃいませんよ!」

「……うん。それも覚悟の上よ」


 明るく柔らかく穏やかなリヴィは、しかしどこまでも頑なに、真っ直ぐにショタリフを見詰めて――


「お願い……ショウ君……」


 その綺麗な碧眼に見詰められて、ショタリフは――


「……はぁ」


 ――溜息を一つ付くと――


「……分かりました。魔王様に、謝りに行きましょう。僕も一緒に行きます」


 そう答えた。


 と同時に、リヴィの顔が、ぱぁっと明るくなる。


「ありがとう! ショウ君!」


 リヴィは、足取りも軽やかにオークたちへと近付いて行った。


「あのね、オークさんたち。急に話し掛けてごめんなさい。お願いがあるの。その身体が大きなオークさんを、治療させて貰えないかな?」


 リヴィの声に、ギガントオークに縋り付いていたオークたちが振り返り、キッと鋭く睨み付ける。


 それは、先程リヴィを涎を垂らしながら追い掛けていたモンスターとは思えないほどの豹変振りだった。

 

 それ程までに、彼らにとって、ギガントオークは大切な存在なのだろう。


「えっと、みんなのお父さん……? ああ、お母さんなのね、そのオークさんは」


(何故分かる!?)


 思わず内心で突っ込むショタリフ。


「みんなのお母さんを助けたいの。見て。この超極上薬草エクスハイハーブを使えば、どんな怪我だって治しちゃえるのよ」


 リヴィはそう言って超極上薬草エクスハイハーブを見せる。

 ――が、オークたちは、それでも警戒を解かない。


 だがしかし、リヴィは諦めない。


「ほら、見て。私のここ、怪我してるでしょ?」


 そう言って、左腕を見せるリヴィ。

 見ると、そこには、このダンジョンで擦り剥いて出来た傷があった。


「でもね、超極上薬草エクスハイハーブがあれば、こんな傷、直ぐに治っちゃうの。こんな風に」


 リヴィは、超極上薬草エクスハイハーブの葉を一枚千切って、自身の口の中に放り込むと、もぐもぐと咀嚼して、飲み込んだ。


 すると、リヴィの身体が、淡い光に包まれて――


「「「「「!」」」」」


 ――リヴィの傷が、跡形もなく、一瞬で消え去った。

 まるで、元々そこには、傷が無かったかのように。


「ね? すごいでしょ?」


 そう言って微笑むと、リヴィは、更に一歩近付いた。


「だから、お願い。みんなのお母さんを助けさせて」


 どこまでも真摯なリヴィに、オークたちが――


 (信じられない……!)


 ――互いの顔を見合って頷くと、リヴィが治療できるようにと、場所を空けた。


「ありがとう!」


 満面の笑みでそう言うと、リヴィは、オークたち一匹一匹の顔を見て、語り掛けた。


「じゃあ、みんな。超極上薬草エクスハイハーブをみんなのお母さんに飲み込ませたいから、口を開けて貰って良い?」


 自分の口を自らの手で抉じ開ける身振り手振り(ジェスチャー)をすると、オークたちが頷き、一致団結して、ギガントオークの口に手を掛け、無理矢理開いた。


「ありがとう!」


 巨大なモンスターの口の中へと、一切の躊躇なく入って行くリヴィ。

 唾液でぬらつく大きな舌の上を這って、喉の近くまで到達したリヴィは、腕を伸ばして喉へと超極上薬草エクスハイハーブを突っ込み、そこに、革袋に入れておいた水の残りを、全て流し込んだ。


 全身唾液塗れのリヴィが、ギガントオークの口内から出て来た直後。


「「「「「!」」」」」


 ――巨躯が、淡く発光したかと思うと――


「………………ブギ?」


 ギガントオークが意識を取り戻して、ゆっくりと上体を起こし――


「プギィ!」

「プギプギプギプギィ!」

「プギィィィィィィィィィィィィ!」


 オークたちは歓喜の涙を流して、ギガントオークに抱き着いた。


「良かった!」


 その光景に、穏やかに微笑むリヴィを――


 ――全身唾液塗れで、慈悲溢れる微笑を浮かべるリヴィを見て、ショタリフは――


「……聖母……」


 ――ぽつりと、そう呟いた後――


(! ヤバイッ!)


「ごぼへッ!」

「きゃあああ! ショウ君、大丈夫!?」

 

 ――爪の先端が淡い光と共に消滅し始めた事に気付くと同時に、自分で自分を殴打して、吹っ飛んだ。


「だ……大丈夫です……いやぁ、ここは、蚊が多いなぁ……」


 フラフラと立ち上がりながら、ショタリフは――


(違う! 僕は――! 僕は、断じて――!!)


 ――心の中で――


(〝全身モンスターの体液塗れのリヴィさん〟に、興奮なんかしていなああああああああああああああい!!!)


 ――全力で叫んだ。

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