5「武器はパンツ(ボス戦)」
左手でリヴィの手を取り、走り続けるショタリフは――
(思わず、手を握っちゃった……って、そんな事言ってる場合じゃない!)
――自分より背丈が高いにも拘らず、自分と余り変わらない小さな手が微かに震えているのを感じつつ――
(僕が守らなきゃ!)
――使命感のようなものを感じていた。
「「「「「プギィィィィィィィィィィィィィィ!」」」」」
どんどんと数が増えて、今や〝群れ〟となったオークたち(何故かオーク以外のモンスターは出現しない)は、興奮で目が真っ赤に充血しており、涎を垂らしながら、息を荒くして、リヴィを執拗に狙う。
実は、それは、〝現在の、ある状況〟が原因となっていた。
ショタリフが用意したリヴィの住居兼診療所は、ショタリフが、魔石採掘の仕事をしている父親から譲って貰った魔石を水回りに使って建造したものであり、飲み水と温水が出て、風呂・トイレ・キッチンが完備されており、リヴィは毎日風呂に入る事が出来る。
だが、一昨日・昨日と、ショタリフと共に野営したリヴィは、入浴が出来なかったため、オークたちからすると、〝メスの濃厚な匂い〟をさせる現在のリヴィは、とても魅力的に映るのだ――が、そんな事は、リヴィたちは知る由も無い。
ただただ、興奮気味のオークたちから逃げつつ、右へ左へと、入り組んだ迷宮の中を、どちらが正解かも分からず、ショタリフはリヴィと共に、必死に走り続ける。
(マッピングも何もあったもんじゃない!)
息を切らしながら、ショタリフが右手で触るのは、左の腰に差した短剣だった。
それは、自分には長剣が向いていない事が分かっているからだ。
去年、「いつかは、必要になる事があるかもしれないから」と、父に連れられて、最弱モンスターであるスライムしか出ないという、最低ランクであるGランクダンジョンに行った。
試しにそこで、渡された長剣を使って攻撃してみたが、半日掛けても、動きの遅いスライム相手に、一度も当てることが出来なかったのだ。
ちなみに、余りにも悔しくて、止められていたにも拘らず、その翌日、ショタリフは、同じダンジョンへと、再度挑戦しに行ったのだが――
――〝スライム中毒〟で、死に掛けた。
スライムは、攻撃力は皆無で、触ってもぷよぷよするだけで、痛くも何ともないのだが、大量のスライムが集まって来て、それらの中に取り込まれると、この世とは思えない程の心地良い感触に、気持ち良くなってしまうのだ。
そして、気付かない内に酸欠になり、死んでしまう……という事件が、年に数回起きているため、一部の魔族の間では、スライムは〝中級モンスターよりも恐ろしい〟と評されている。
そして、現在――
短剣を装備しているものの、これは、ショタリフにとって〝最後の手段〟だった。
長剣に比べれば、自分の拳の延長線上のように使える短剣は、確かに敵に当てやすい。
そのため、「敵が襲い掛かって来た瞬間」に短剣を構えていれば、高確率で突き刺す事が出来るだろう。
が、それは、「自分も相手の攻撃を食らう事」を意味しており、「良くて相打ち」になる可能性が高かった。
なるべくならば、それは避けたかったショタリフは――
「ショウ君……?」
――不意に立ち止まると、振り返り、肩から提げた袋の中から、小袋を二つ取り出し、リヴィの前へと歩み出ると――
「食らえ!」
――オークの群れに対して、一つ目の小袋の中身をぶちまけた。
それは――
「「「「「プギィッ!?」」」」」
――砂だった。
砂・土・石。
どこにでもある物体を使った単純な攻撃は、だが其の実、その効果は侮れないものだ。
事実、何匹かは、この目くらましで、目を閉じ、動きを止めた。
更に――
「こいつもだ!」
――ショタリフが二つ目の中身を浴びせると――
「「「「「プギィックション!」」」」」
――残りのオークたちも、くしゃみをして、足を止めた。
胡椒による攻撃を食らわせたショタリフは――
「今の内に!」
「うん!」
――その滑らかな素肌の感触を出来るだけ意識しないようにしつつ、再びリヴィの手を取り、走り出した。
※―※―※
「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」」
肩で息をする二人。
「……どうやら、撒いたようですね……」
「……うん、良かった……!」
後ろを振り返り安堵するショタリフに、リヴィが頷く。
「ショウ君のおかげ! ありがとう! ショウ君って、すごいんだね!」
「別に、大したことはしていないですよ」
「ううん、すごかったよ! ぶわーって、砂と胡椒投げて! 格好良かった!」
薄暗く(所々に松明はあるものの、炎の大きさも数も十分ではない)、湿度が高くじめじめとして、更に饐えた匂いのするダンジョンの中に、突如、青空の下の草原で感じる爽やかな風が吹いたかのような感覚。リヴィの笑顔には、そんな不思議な力がある。
しかし、ショタリフはそんな彼女を、直視出来ない。
いつしか、胸元や太腿だけでなく、リヴィの笑顔を見詰める事さえも、ショタリフにとって、〝胸の中から〝何か〟を湧き上がらせる〟要因となっていた。
「……それより、現在地の確認をしましょう」
「うん、そうだね! えっと、確か、ダンジョンの一番奥に、超極上薬草は生えているんだよね?」
「そうらしいです。ダンジョン最奥に、巨大な空間があって、そこに――」
そこまで話したショタリフが、ふと、現在自分たちがいる広大な空間の、奥を見ると――
「!」
――壁の下部が窪まっており、その中――岩と岩の隙間に――
「「あった!」」
――虹色の薬草が、一本、生えていた。
「やった! ショウ君! あったよ!」
喜び勇んで走り出したリヴィに――
「あ! 待って下さい!」
(〝岩豚ダンジョン〟の〝豚〟は、オークを指す。そして、〝岩〟が指すのは、このダンジョンを構成するのが、岩だから……という理由だけじゃない! それは――)
――ショタリフが、声を掛けた、次の瞬間――
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「「!」」
――地面に漆黒の魔法陣が浮き上がり、そこから、巨大な岩がせり上がって来た。
――否、それは、岩ではなく――
「ゴーレム!」
――全身が岩で出来た巨大なモンスター――ゴーレムだった。
五メートルほどの大きさのそれは、スピードは速くないものの、パワーは、オークなどとは比較にならない程あり、一撃でもまともに食らえば、即死は免れない。
突然眼前に出現した巨大なモンスターに、恐怖の余り硬直してしまったリヴィに対して、ゴーレムがその巨大な拳を、頭上から振り下ろして――
「きゃああああああっ!」
「危ないッ!」
――小柄ながら魔族特有の膂力で、ショタリフがリヴィを御姫様抱っこしつつ、後方に跳躍して、間一髪回避する。
一瞬前までリヴィがいた地面が、ゴーレムの一撃で轟音と共に破壊され、巨大な穴が開いていた。
「ありがとう、ショウ君!」
リヴィを迅速且つ優しく下ろしたショタリフは、ゴーレムを気にしつつ、入り口の方を向いた。
「走って! 逃げますよ!」
「う、うん!」
リヴィを先に走らせつつ、殿を務めるショタリフは、だが、ただ退避を目的としてはいなかった。
(上級モンスター、ゴーレム。間違いなく強敵だ。だけど、攻略法はある!)
ショタリフの脳裏にあったのは、魔族の間に伝わる、古の伝承だった。
「リヴィさん、決して後ろを振り返らずに、走り続けて下さい!」
「分かったわ!」
ショタリフは、この日のために、出発前の夜に、〝ある事〟を必死に練習したのだ。
(よし! やるぞ!)
走りながら、ショタリフは、ズボンのベルトを抜いて――
「ハッ!」
――跳躍して、空中で一回転しつつ――
「ふっ!」
――パンツと共に一瞬でズボンを脱ぐと、パンツのみ抜き取って、再びズボンだけ穿いて――
「とうっ!」
――着地すると、バッと振り返って――
「うおおおおおおおおおおお! 食らえ!」
――パンツを丸めて、まるで球のように、全力でゴーレムに向かって投げた。
パンツは、狙い通り、ゴーレムの顔面にぶつかった。
――が。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
――特に何も起きなかった。
「ですよねえええええええええええええ!」
――ショタリフが、投げ遣りに叫ぶ。
『脱ぎたてのパンツを投げつければ、動きを止められる』なんて、眉唾物っぽいなとは思っていたのだ。
だが、他に攻略法など知らず、ショタリフは、つい信じてしまった。
(こうなったら、一旦、逃げるしかない! 態勢を立て直して、それから、改めて攻略法を考えて――)
思考しながら、ショタリフが、入り口の方を向くと――
「何やってるんですか、リヴィさん!?」
――立ち止まったリヴィが、ミニスカートの下から手を突っ込み、下着を下ろそうとしていた。
思わず突っ込みつつ、ショタリフが顔を逸らし、グッと拳を握り込む事で自分の手の平に爪を食い込ませて、その痛みで何とか〝色っぽいリヴィを見てしまった事〟による自身の消失を回避する。
「私も投げた方が良いのかなって思って。……パンツ」
「!」
どうやら、見られていたようだ。
ショタリフは知らなかったが、平均的な人間が視力1.5、魔族が2.5であるのに対して、実は、リヴィは19.0と、平均的な人間の十倍以上、魔族の八倍近い視力を有していた。
(見られていただなんて!)
恥ずかしさで悶えるショタリフ。
「と、とにかく、リヴィさんはやらなくて良いですから!」
「そうなの? 分かったわ」
リヴィが、下ろし掛けていた下着を穿き直した。
――直後――
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
――二人がパンツ談議に花を咲かせている間に追い付いたゴーレムが、真上からその巨大な拳を振り下ろして――
「しまっ――」
(ヤバい! リヴィさん!! 逃げて!!!)
――振り向いたショタリフとリヴィに触れる――
――寸前に――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「「!?」」
――突如、高速で迫り出して来た横の壁によって、ゴーレムの上半身が喰われた。
否、思わず尻餅をついたショタリフの目に映った、それは――
「ド、ドラゴン!」
――身体が岩で出来た、ロックドラゴンだった。
小山かと見紛う程の巨躯を持つロックドラゴンは、ゴーレムの下半身も、獰猛に喰らい尽くして行く。
(何で、Sランクダンジョンでしか出ないはずのドラゴン――最上級モンスターが、Aランクダンジョンに!?)
(いや、今はそれよりも――)
混乱する頭を振って、ショタリフがリヴィの方を振り返る――
「リヴィさん! 逃げ――」
――が――
「やあああああああああああ!」
「だから何やってるんですかあああああああ!?」
――パンツを脱いだリヴィが、それを握り締めて振り被り、ロックドラゴンの顔面に向かって投げ付けようとしていた。