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4「初体験(ダンジョン)」

 診療所(愛のクリニック)の修繕も問題なく完了し、その後も変わらぬ日々が続いた。


 尚、今までにリヴィが診察()して来た魔族の大半は――


「きゃあっ! ご、ごめんなさい!」

 むにゅっ。

「む、胸が当たって! はぐわああああああああああああああああああああ!!!」


 ――リヴィがこけて、抱き着いて、魔族の手・腕・胴体に胸が当たって、消滅してしまうという――〝リヴィのドジっぷり〟のせいで消えて行った。


※―※―※


 そんなある日。

 いつものように、リヴィが診療を終えると――


「お前がリヴィだな。魔王様より、勅命だ」


 ――魔王城より派遣されて来た使者が、目の前で書状を広げて――


看護師ナースとして、如何なる傷も治癒出来るように、指定されたダンジョンへと向かい、〝超極上薬草エクスハイハーブ〟を、一週間以内に入手せよ」

「!」


 ――そう、命令を下した。


※―※―※

 

「〝超極上薬草エクスハイハーブ〟! それがあれば、どんな傷でも治せるのね!」


 善は急げとばかりに、翌日の朝出立出来るようにと、目をキラキラと輝かせながら、旅の準備を進めるリヴィ。


 だが、その様子を見守るショタリフは、浮かない顔だった。

 何故なら、その薬草がある場所が――


「正気ですか、リヴィさん!? Aランクダンジョンですよ! 魔族ですら、一部の熟練の戦士以外は避けると言われる、高ランクモンスターの巣窟に、人間の、しかも戦士ですらない貴方が行くだなんて! 自殺行為です!」


 ――〝岩豚ロック・ピッグダンジョン〟――Aランクダンジョンだったからだ。


 ちなみに、モンスターは、人間と魔族双方に仇なす存在だ。

 基本的にダンジョン内にしか棲息しないが、ダンジョンには貴重な資源がある事が多いので、資源を採集・発掘する際には、自ずとモンスターと戦う事になる。


「リヴィさんは、どれだけ危険か、分かっていないんです! 良いですか、Aランクダンジョンっていうのは――」


 その危険性を必死に説くショタリフだったが、自分をじっと見詰めるリヴィの綺麗な碧眼を見た瞬間に――


(あっ……)


 ――ある事に気付いて、言葉を失くした。


(そうだ……選択肢なんて、無いんだ……)


 そう。

 人王国から生贄同然の扱いで送り込まれたリヴィは、この魔帝国に於いて、選択の自由など与えられてはいない。


 魔王に命令されれば、それがどれ程理不尽なものであろうと、従う他にない。


(〝選ぶしかない〟のに、〝拒否しろ〟だなんて……)


 どれだけ自分が残酷な事を言っていたのかに気付いたショタリフが、謝ろうとした。


「すみませんでし――」


 ――瞬間――


「心配してくれてありがとう、ショウ君!」


 リヴィの明るい声がして、思わずショタリフは、顔を上げた。


「でもね、これはチャンスなの! 私、そんなすごい薬草があるなんて、知らなかった! 今までは満足に治療らしい治療が出来ていなかったけど、その薬草があれば、もっとちゃんと、みんなを治療出来ると思うんだ! それに、医者嫌いで逃げちゃう人たちも、〝薬草で簡単に治る〟って分かったら、ちゃんと診察を受けてくれるかもしれないでしょ!」

「!」


 笑顔のリヴィからは、悲壮感がまるで感じられない。


 それもそのはず。

 リヴィは、今回の魔王による勅命を、自分への抹殺命令ではなく、あくまで、〝新たな治療方法の確立〟として、ただただ純粋に捉えている。


(この人は……凄いな……)


 眩しそうに目を細めたショタリフは――


「じゃあ、僕も一緒に行きますよ。書状には、〝一人で行く事〟とは書いていなかったですし。戦士……ではないですが、人間に比べたら、魔族の僕の方が、まだ膂力もありますし、リヴィさんより魔帝国内の地理にも詳しいですから」


 ――穏やかな表情を浮かべた。


「え! 本当!? ありがとう! 助かるわ! ダンジョンの場所も行き方も分からなかったから!」

「いや、それでどうやって行こうとしていたんですか!」


 思わず突っ込むショタリフ。


 斯くして、二人は共に、薬草調達のために、ダンジョンへと向かう事になった。


※―※―※


 翌日の朝。


 帝都の北側の城門を出たリヴィとショタリフは、街道沿いに、北へと歩いて行った。

 Aランクダンジョンである〝岩豚ロックピッグダンジョン〟は、帝都から歩いて二日ほどの距離だ。


 ちなみに――


「もしショウ君が怪我しても、私が治すからね!」


 ――リヴィは、これからダンジョンへ向かうとは思えない、〝ナース服姿〟だった。


※―※―※


 二人は、途中、街道から外れて、森の中で二回野宿をした。


 ダンジョン外でモンスターと遭遇する事はまずないので、その点は問題ないが、熊や猪などの獣と出会う可能性はある。


 そのため、一晩中火を絶やさないように、焚き火に枯れ枝をべ続ける必要があり――


「僕がやりますよ。人間はどうか分かりませんが、魔族って、そういうの得意なんです。半覚醒状態で、休息と睡眠も取りながら、でも、何か気配を感じたら、直ぐに起きる、という事が、生まれ付き出来るんです」


 ――二人で、干し肉と革袋の中の水というささやかな夕食を食べた後、ショタリフが申し出た。


 ――が。


「そんなの悪いわ! 私もやる!」


 ――そう言うリヴィを尊重して、交代で見張りをする事にした。

 まずは、年長者であるリヴィが、見張り番として、倒木の幹の上に座り、ショタリフは地面に敷いた布(リヴィが用意した)の上に、横になった。


 ――だが。


「すぅ……すぅ……」


 ――五分もせずに、リヴィは眠りに落ちてしまった。


「……まぁ、こんな事だろうとは思いましたが……」


 想定内とばかりに、むくりと起き上がったショタリフが、倒木の幹の上に横になって眠っているリヴィに、布を掛けてやった。

 これで、胸の谷間やミニスカートから覗く眩しい太腿も見えなくなり、一石二鳥だ。


 ――しかし、その直後――


「……あっ! ダメ……! ショウ君……! そこは……!」

「!?」


 ――艶めかしい声が聞こえて、〝何か〟が胸の奥から込み上げて来たショタリフは――


「ごぶはっ!」


 ――自分で自分を殴って、吹っ飛び、痛みで〝それ〟を掻き消して、消滅を免れた。


「リ、リヴィさん!? 何を言って――」


 まさか睡眠中も〝攻撃〟を繰り出してくるとは思わなかったショタリフは、鼻血を出しながら立ち上がると、振り向いて、声の主を見た。


 すると、そこには――


「……ダメよ……ショウ君……そんな所……自分で……傷付けちゃ……すぅ……すぅ……」

「………………」


 ――夢の中で、ショタリフの心配をするリヴィの姿があった。


(夢の中でも、僕の事を心配してくれているのか……)

(もし……僕の〝自傷行為〟の原因が、自分だと知ったら……?)

(そして、もし、今まで診察から〝空間転移魔法〟で逃げたと思っていた魔族たちが、実は、自分のせいで、〝消滅〟したのだと知ったら……?)


 悲しむリヴィを思い浮かべた瞬間に、胸が締め付けられるような耐え難い感覚がして、ショタリフは首を振る。


(リヴィさんが知る必要は無い)

(それよりも、まずはダンジョンだ。今は、生きて帰る事が最優先だ)


 そんな事を思考しつつ、ショタリフは、リヴィが身体を預けている倒木の幹の端に座り、俯いて目を閉じ、半覚醒状態になり、定期的に起きては、焚き火に枯れ枝をべ続けた。


※―※―※


 翌朝。


「本当にごめんなさい!」

「良いですよ、気にしないで下さい。半覚醒状態での見張りは、魔族の得意技ですから」


 平謝りして前屈みになる事で強調されるリヴィの胸元を出来るだけ見ないようにしながら、ショタリフが、笑みを浮かべる。


 近くの川で水を汲み、革製水筒を水で満たすと、二人は再度北上を始めた。


※―※―※


 そして、夜になり――

 ――「今度こそ!」と、やる気に満ち――ながらも、やはり即座に寝てしまったリヴィに、ショタリフは苦笑し――

 ――「本当にごめんなさい!」「良いですよ、気にしないで下さい」という、既視感を覚えるやり取りを翌朝にしつつ――


※―※―※


 その数時間後、二人は、ダンジョンへと到着した。

 何故か壁や天井に、無数の剣が突き刺さっている、ごつごつとした岩で構成されたダンジョンの中で――


「プギィィィィィィィィィィィィィィ!」

「きゃああああああ! モンスターああああああ!」

 むにゅっ。

「だから抱き着かないで下さいってば! ごべしっ!」

「きゃあああ! ショウ君、大丈夫!?」

「だい゛じょ゛う゛ぶ……蚊がいたんです……って、そんな事より、走って下さい! 逃げるんです!」

「う、うん!」


 ――理由は不明だが、オークたち――豚の頭部を持つ獣人型モンスター――に気に入られたリヴィが、一匹、また一匹と、新たにオークが姿を現す度にショタリフに抱き着き、その度に、リヴィの豊満な胸が顔面に押し付けられ、消滅を回避する為に、ショタリフはリヴィの身体を引き剥がしつつ、自分で自分を殴って(オークたちとは逆方向に)吹っ飛びながら、しかし直ぐに立ち上がり、涎を垂らすオークの集団から逃れようと必死にリヴィの手を引いて走り続ける、という地獄絵図が繰り広げられていた。

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