3「リヴィのステータス」
くっ! まだ〝攻撃〟は終わらねぇのかよッ!?
――魔族のもう一つの秘密。それは――
だが見ていやがれ! 攻撃が終わり次第、この岩をも切り裂く鋭い爪で、てめぇの身体を切り刻んでやるッ!
――一旦、相手の攻撃を受け切ってから反撃する、という戦闘スタイルを持っている、という事だった。
魔族に比べて、人間たちは脆弱だ。
そんな人間たちに対して、魔族は、一旦わざと攻撃させて、それを受け切った上で、今度は自分たちが攻撃を仕掛けて、格の違いを見せ付けて勝利する。
それは、魔族たちのプライドでもあり、嗜虐心でもあった。
今、リヴィに対して、診察を仕掛けている魔族――タロンもそうだ。
魔族にしては、それほど筋骨隆々という訳ではないタロンだが、其の実、その引き締まった肉体は、魔族随一のスピードを生み出す事を可能としている。
また、その爪は、鋭い爪を持つ者が多い魔族の中でも、特に切れ味が抜群であると評判で、人間たちが装備する鉄鎧や、岩さえも切り裂くと言われている。
※―※―※
そんな彼は、本日、〝リヴィの愛のクリニック〟を訪れて、初めてリヴィを見た際に――
こりゃ楽勝だな。
――と、口角を上げた。
実は、彼は、魔族の中でも数名しか使えない特殊な魔法が扱えた。
〝敵の戦闘能力〟を盗み見る事が出来るのだ。
「『天眼』」
小さく呟いたタロンの目に映ったのは、以下のようなステータスだった。
名 前:リヴィドリアナ
種 族:人間
Ⅼ Ⅴ:19
H P:19
M P:0
攻撃力:1
防御力:1
知 力:1
敏捷性:1
~~~~~~~~~
主要能力値が全て1。
タロンの敏捷性は666であり、他の数値も勿論、リヴィよりも圧倒的に高い。
余りにも弱過ぎて、タロンは、それ以降は見ずに、ステータス表示を消した。
※―※―※
そして、現在――
「こんなに爪が鋭いだなんて! これは病気に違いないわ! しかも、致死性の! でも、安心して! 私が絶対に治してみせるから!」
「だから、これは生まれ付きだって言ってんだろうが!」
「ダメ! じっとしてて! まずは、じっくり観察しないといけないんだから! あ、ちゃんと、爪には触れないようにするから、安心してね!」
「そ、その触り方を止めろ!」
――タロンは、防戦一方だった。
いつも通り、全く関係の無い事を病気と決め付けたリヴィは、何とか治療をしようと、タロンの手に触れて、じっくりと観察していた。
滑らかなリヴィの指が、タロンの武骨な手に優しく触れる。
「うっ!」
つつーっと、リヴィの人差し指が、ゆっくりとタロンの手の甲をなぞり――
「あっ!」
――タロンの中指の腹から下へ伝うと、手の平の上で、艶めかしく、何度も弧を描く。
「くっ!」
このままだとヤバい! も、もう限界だ!
「きょ、今日はこの位にしておいてやる! あばよッ!」
そう捨て台詞を吐いたタロンは、一刻も早く退却する為に、素早く跳躍しつつ、自慢の爪で天井と屋根を切り裂いて、建物の上空へと退避した。
「ふぅ……危なかったぜ」
高空にてタロンが、溜息と共に、冷や汗を拭った――
「あのアマ、ふざけた真似しやがって……!」
――次の瞬間――
「もう! 治療中なんだから、逃げちゃダメでしょ!」
「!?」
――タロンの背後に、リヴィが回り込んでいた。
「なっ!? 何でだ!? 敏捷性1の奴が、何で666の俺の背後を取れる!?」
魔法か!? いや、MPは0だった。そもそも、人間に魔法は使えない。
混乱するタロン。
リヴィは、タロンの背後から、声を掛けて――
「ほら! もう一度見せて!」
「あうっ!」
――その甘美な声が、甘い吐息と共に耳に掛かり、耳元から脳天へと突き抜けると同時に――
「はうっ!」
――至近距離にいるリヴィから、甘い香りが漂い――
「やっ! やめっ!」
――タロンの手へと至るために、リヴィが、タロンの腕を上から下へと、優しくなぞり――
「そんないやらしい手付きで触られたら、俺は……もう……! もう……!! はぐわああああああああああああああああああああ!!!」
――タロンは、恍惚とした表情を浮かべて光を発し、叫びながら消えた。
「あ、待って! ……もう、また逃げちゃった」
相も変わらず〝空間転移魔法による逃走〟だと勘違いしたリヴィは、そのまま落下、診療所内に着地した。
――実は。
タロンが見ずに消してしまった、ステータス表示。
その最後にある〝備考〟の欄には、こう記されていた。
備 考:使命を全うする為に感情が昂っている時は、敏捷性が721に上がる事がある。
※―※―※
その日の夜。
「ショウ君、ごめんなさい! せっかくショウ君が造ってくれた家なのに……」
「気にしないで下さい。それより、あまり近付かないで下さい。その……危ないですから」
次の日の診療に間に合うようにと、夜を徹して診療所を修理するショタリフと、前屈みになって平謝りするリヴィの姿があった。
ショタリフは――
(昼間の、あの跳躍の高さとスピード……。異常な身体能力だった。普段とは、まるで別人みたいな……)
――昼間の一件を思い出しながら――
(やっぱり、この人は、ただの人間じゃない。要注意だ)
――そう思考して――
「ショウ君! 休憩しない? クッキー焼いたの! お茶も入れたよ!」
「おわっ! だから、急に近付かないで下さいって!」
――リヴィが接近する度に視界に入る胸の谷間と甘い香りに、何とか抵抗しようと必死に努力したのだった。