2「生き延びるために――ショタリフの策」
――左手中指の爪の先端が消滅し始めたのを見た瞬間――
(――死ぬッ!)
――理由は分からないが、そう直感したショタリフは、瞠目すると同時に――
「ぐべっ!」
「きゃあっ!」
――自分自身を――思い切り殴った。
まだ幼く小柄ながらも、膂力のある魔族であるが故に、自身の腕力で吹っ飛ぶショタリフ。
「ショウ君、大丈夫!?」
胸の中から込み上げて来る〝何か〟を鋭い痛みで掻き消した事で、光が消えて爪の消滅が止まり、フラフラと立ち上がるショタリフのもとへと、慌ててリヴィが駆け寄って来るが――
「!」
――たゆんたゆんと、豊満な胸を揺らしつつ近付いて来る彼女を見たショタリフの爪の先端が、再び淡く発光、消え始めて――
「ぶぼはっ!」
「きゃあっ!」
――再度ショタリフは、拳を自分の顔に叩き付け、吹っ飛んだ。
連続した自傷行為――
頭がおかしい奴だと思われても仕方がない。
(もし僕だったら、そんな相手には、二度と近付かない)
だが――
「大丈夫、ショウ君!?」
――リヴィはブレない。
ただただ、目の前の相手を案じる。
リヴィから目を逸らしつつ立ち上がったショタリフは、駆け寄って来る彼女に対して、手を翳して――
「そ、それ以上近付かないで下さい!」
「……え?」
「えっと……か……蚊がいたんです!」
「……蚊?」
立ち止まったリヴィが、小首を傾げる。
ショタリフは、必死に説明をし始めた。
「それで……蚊を殴って殺していたんです! 僕の家では、代々、〝蚊が近付いて来たら、拳で倒さなければならない〟という家訓が受け継がれておりまして! それで、蚊を殺していたんです! 二匹いたので、二匹とも!」
(こんな苦しい言い訳、誰が信じるんだ!?)
内心で自分自身にそう突っ込むショタリフだったが――
「そうだったのね!」
――リヴィは、微塵も疑わない。
「ショウ君、鼻血が出ているわ。頬も腫れて、唇も切れてる。まずは、治療をしましょう!」
――そう言って、リヴィが一歩、ショタリフへと近付いた瞬間――
「蚊を殺した時に負った傷は、他者に治療させてはいけないんです!」
「!」
――顔を背けつつ、ショタリフがリヴィの接近を手で制止、必死に叫び声を上げた。
昨日は特に意識をしていなかったが、リヴィは今まで嗅いだ事も無い甘い香りがする。
更に、その鈴を転がすような声は、心の一番奥の、柔らかく無防備な部分へと、そっと届いて、優しく触れて来るのだ。
(〝視覚〟だけじゃない! 〝嗅覚〟も〝聴覚〟もヤバい!)
近付く事は勿論、ただ会話するだけでも危険な相手である事を本能で理解したショタリフは、生き延びるために、架空の身の上話を懸命に続けた。
「もしも他者に傷の手当てをさせてしまった時は……えっと……その……そう! 親に勘当されてしまうんです! 僕は、親の事を尊敬しています! 勘当されるなんて、嫌です!」
それを聞いたリヴィは――
「分かったわ! 事情を知らずに、勝手に治療しようとして、ごめんなさい」
――どうやら、納得したようだ。
――が。
「………………」
――本当は治療したくて仕方が無いのが、視界の隅に入った彼女の、うずうずとした挙動から、見て取れる。
(これは……これから毎日、命懸けの仕事になるな……)
世話係としての激動の日々が容易に想像出来てしまい、溜息をつくショタリフ。
この時既に、ショタリフは、リヴィが魔族たちによって凌辱されて殺される心配をしなくなっていた。
それは、『異性にときめく(キュンとする、またはドキドキする)と消滅する』という魔族の弱点に、自分自身の体験を通して、直感で気付いたから。
そして、もう一つ。もし魔族がリヴィを殺そうとしたとしても――
(恐らく、その攻撃が彼女に届く前に、魔族は皆、消滅させられる)
――決して目論見通りには行かないであろうと、ショタリフは確信していた。
※―※―※
それから、一ヶ月後。
ショタリフが予想した通りに、〝リヴィの愛のクリニック〟に診察に来た魔族たちは、リヴィを凌辱して殺すどころか、全員が返り討ちに遭い、消されて行った。
何故か?
それは、魔族には、先述の特異体質(弱点)以外にも、もう一つ、秘密があったからだ。
それは何かと言うと――