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1「邂逅と消滅」

 ――時は遡って、一ヶ月前。


「リヴィです! はじめまして!」


 ここは、()()()()()()()である魔族の国――〝魔帝国〟の帝都。逢魔が時。

 聳え立つ城壁の下、城門前で、元気の良い挨拶と共に満面の笑みを浮かべたのは、白いローブに身を包み、荷物を入れた袋を持った人間――つまり女性だ。


 ()()()()()()()()、また、()()()()()()()()()()()()()()()人間の国――〝人王国〟から来た彼女は、二十歳になったばかりだという絶世の美女で、長い金髪に碧眼、ローブの上からでも分かるほどの豊かな胸を持ち、女性にしては背が高い。


「ショタリフです。はじめまして」


 挨拶を返したのは、布の服を着た黒髪の魔族――つまり男だ。

 と言っても、まだ彼は〝幼い少年〟だった。


 十歳のショタリフは、背が低く、声も高い。

 だが、〝人間の世話係〟という、誰もやりたがらない仕事を押し付けられたのは、年齢でも背丈でもましてや声のせいでもなく、彼が、〝魔族とは思えないほど耳が丸い〟からであり、また、〝魔族にも拘らず、魔法が使えないから〟だ。


 先が尖っている魔族のそれに比べて、まるで人間のような両耳と、魔法が全く使えないせいで、ショタリフは、今まで何度も周囲から苛められて来た。

 そして、極め付きが、〝人間の世話係〟の強制だ。


「私、人間と魔族の架け橋になれるように、ナースのお仕事、頑張ります! 宜しくお願いします!」


 腰を折って深々と頭を下げた後、バッと顔を上げるリヴィ。

 その瞳は、これから敵国で一人で暮らすというのに、不安など微塵も感じさせない、希望に満ち溢れたものだった。


「こちらこそ、宜しくお願いします」


 彼女のキラキラと輝く瞳を直視出来ず、ショタリフは目を逸らした。


 看護師ナースとして、敵国で医療行為を行う――

 彼女は、そう信じているに違いない。

 

 だが、現実は、そうはいかない。

 

 ショタリフは――

(彼女は、魔族たちによって好き勝手に凌辱された挙句――殺されるんだ……)

 ――リヴィがこれから辿るであろう悲惨な結末を思い浮かべて、顔を曇らせた。


 人間の長――〝人王国〟の女王から、以下のような〝申し出〟があったのは、先月の事だ。


<〝魔帝国〟の王へ。御存じの通り、激しい戦闘が続いております故、貴国にも負傷者が大勢いる事でしょう。腕が良く美しい看護師ナースを一人、派遣させて頂きますので、どうぞ、傷の治療にお役立て下さい>


 魔族たちは、その〝申し出〟を受け入れた。

 が、彼らは誰も、真剣に受け止めてはいなかった。

 

 彼らにとって大切なのは、〝美しい〟看護師ナースという部分だ。

 彼女が魔帝国に到着したならば、思う存分凌辱して、惨殺してやる。

 魔族たちは、そう決めて、この日を楽しみにしていた。

 

 しかし、自分たちのみが鬼畜という訳でもないと、彼らは思っていた。

 何故なら、恐らく、人王国の女王や貴族たちも、その女性を、ある種の〝生贄〟として差し出しているとしか考えられなかったからだ。


 両国は、長年戦争を繰り返して来た。

 そんな中、常に劣勢にある人間たちが、敵国に対して派遣する美人看護師(ナース)

 どう考えてもそれは、〝敵国の機嫌を取るために献上した〟〝生贄〟であろう。

 それが、リヴィに対する魔族の共通認識だった。


※―※―※


 そして、現在。


「わぁ! 二人とも、おっきい!」


 リヴィは、城門の衛兵二人を見て、歓声を上げた。

 全身を鎧で包んだ彼らは、顔も兜で隠れており、顔が見えなかったが――


「てめぇか? 人間から差し出された〝生贄〟は?」

「俺たちも、仕事が終わったら犯しに行ってやっからよ! 首を洗って待ってろよ!」

「それを言うなら、〝身体を洗って待ってろよ〟だろ? コイツの場合はよ?」

「違いねぇ!」

「「ギャハハハハハハハ!」」


 下卑た視線と言葉をぶつけられたリヴィは、だがしかし――


「イケニ……? もしかして、魔族の言葉で、〝頑張れ〟って事かしら? 分かったわ、私、頑張る! ありがとう!」


「「!?」」


 明るい笑顔でそう言うと、ショタリフと共に、城門の中へと入って行った。


「何だ、アイツ……」

「頭おかしいんじゃねぇか……?」


 後に残された衛兵たちは、完全に毒気を抜かれて、兜の上から頭を掻いた。


※―※―※


 城門を入って、直ぐに左方向へと向かって歩いて行く、リヴィとショタリフ。


「楽しみだな~!」


 鼻歌を歌いながら軽やかに隣を歩くリヴィの顔を少し見上げながら、ショタリフが質問した。


「あの、リヴィさん……。怖くないんですか?」

「怖い? 何が?」

「その……ここは敵国なんですよ? そんな所に、一人で来るだなんて……」


(もし自分だったら、心細くて、どうにかなってしまうに違いない)


 しかし、リヴィは、首を振った。


「私はね、患者さんを治療するためにここに来たの! 怪我人や病人に、敵も味方もないわ!」


 歯を見せて笑うリヴィを、やはりショタリフは直視出来なかった。


 だが、そんな彼の気持ちなど知らず、リヴィは、ショタリフに微笑み掛ける。


「心配してくれて、ありがと!」


 リヴィの感謝の言葉は、だがショタリフを更に陰鬱とした気分にさせた。

 表裏が無く底抜けに明るいリヴィと違い、ショタリフが彼女に対して見せる態度は、単なる〝同情〟だ。


 〝耳の形と魔法を使えないせいで苛められて来た自分〟と、〝これから嬲られ殺される彼女〟。

 〝同じ悲惨な立場にいる者〟に対する憐憫の念があるだけだ。

 否、それどころか、生まれて初めて出来た〝自分よりも悲惨な立場にいる者〟として、彼女に対して、優越感さえ感じているかもしれない。

 

(僕の心は、薄汚れている……。純真無垢な貴方とは違う……)


 そんな鬱々とした思いに、ショタリフは沈んでいたが――


「ショウ君は、優しいんだね」

「別に、僕は優しくなんて……って、え? ショウ君?」

「うん! ショタリフ君だと長いから、ショウ君!」

「………………」


 天真爛漫とは、彼女のような者の事を言うのであろう。

 ただただ明るい彼女に対して、ショタリフは、上手く言葉を返す事が出来なかった。


※―※―※


「ここが、これからリヴィさんが暮らす住居兼、診療所です」

「わぁ~、素敵! それに、新しい!」


 帝都の端に、ポツンと建っているのは、小さな石造りの家だ。

 白い壁に、屋根は赤く、お洒落で明るい印象で、〝黒い家が格好良い〟という感性から、漆黒の家が立ち並ぶ魔帝国に於いては、かなり異質な見た目である。


「別に、素敵でも何でも無いですよ。小さいですし、僕が一人で作った小屋だから、見栄えも良くないし、必要最低限の機能しかついていないし」


 謙遜と言うには暗過ぎる声音のショタリフに、だがリヴィは、驚愕する。


「え? ショウ君が造ってくれたの!? 一人で!?」

「? はい、そうですけど」

「すご~い! 一人でお家を造れちゃうだなんて! ショウ君って、すごいんだね!」

「そんな事ないですよ。魔族の価値は〝強さ〟が全て。でも、僕は戦闘はからっきし駄目ですから」


 どこまでも卑屈な反応を見せるショタリフ。


 実際は、この一ヶ月、ショタリフはリヴィの住居造りに掛かり切りだった。

 まだ幼く、小柄であるショタリフだが、彼も魔族であり、その膂力は人間とは比べ物にならない。


 ――が、とは言っても、〝家の建築〟が重労働である事には変わりない。

 ましてや、それを一人で行ったのだ。大変でなかった訳がない。

 

 だが――


(せめて、これくらいは……)


 ショタリフはこの家を、これから凌辱されて殺されるであろうリヴィに対する、せめてもの〝手向け〟として捉えていた。


 暗い表情を浮かべて自己否定するショタリフを見て、しかしリヴィは、首を振った。


「ううん、そんな事ないよ! すごいよ! 私、感動しちゃったもん!」

「………………」


 どう反応すべきか分からなかったショタリフは、家の玄関へと無言で歩を進め、そのまま、リヴィの住居兼診療所内を案内した。


※―※―※


 翌朝。


「おはようございます、リヴィさん。僕です。ショタリフです」

「は~い!」


 今日から診療を始めるとの事で、様子を見るために診療時間前に来たショタリフが、ノックと共にそう告げ、一歩下がって待っていると――


「おはよう、ショウ君!」

「なっ!?」


 ――天使が現れた。


 ――否、よく見るとそれは、不思議な格好に包まれたリヴィだった。


「あ、これ? 良いでしょ! 看護師ナース服って言うんだって! ロイエっていう、私の友達がね、元々〝チキュウ〟っていう星の〝ニホン〟っていう国にいた転生者なんだけど、その子が、教えてくれたの。これが看護師ナースの戦闘服なんだって!」


 滔々と説明をするリヴィだったが、ショタリフの耳には、全く入って来なかった。

 何故なら、リヴィの肢体を包む、純白の看護師ナース服は――


「その子がいた世界では、看護師ナースたちはみんな、これを着て、患者さんのために一生懸命治療を頑張ってたんだって!」


 ――長身故にすらりと伸びた、艶めかしい足の大部分が覗くミニスカートに、扇情的な白ストッキングとガーターベルト。頭部には、ナースキャップと呼ばれる小さな白帽子。

 

「確かにこれ着たら、メラメラ燃えて来たの!」


 ――ピンヒールという、ヒールが細く高い白靴を履いており――


「可愛いだけじゃないんだなって思ったわ!」


 ――腰帯で、細いウェストが強調されており、巨乳がより際立っていて――


「どう、ショウ君? 似合ってるかな?」


 ――一歩前に出たリヴィの柔らかそうな胸の谷間が、丁度、背の低いショタリフの眼前へと迫り――


「――やめっ!」


 ――思わず後退りしつつ、ショタリフが眼前に左手を翳した直後――コンマ何秒という時間の中で、彼の――


「――ッ!?」


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

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