15「おっぱい」
予想外のリヴィの言葉に、ブラックドラゴンが、「ならば」と、苦し気に口を開き――
「儂の……うなじに……おっぱいを……押し当てるのじゃああああああ!」
「おっぱい!?」
――緊迫した空気の中飛び出した言葉に、ショタリフが思わず聞き返す。
「分かったわ!」
「分かったんですか!?」
頷くリヴィに、ショタリフが突っ込む。
リヴィは、振り返ると、筋肉の権化に語り掛けた。
「バイセプスさん! 私をブラックドラゴンさんのうなじに、空間転移させてくれませんか?」
思わぬ要求に、バイセプスは顔を背ける。
「何で俺っちが、そんな事しなきゃいけないんだ!」
――が、その脳裏に、父親の声が過ぎる。
『最後は――最高に幸福な死に方が出来た。悔いは無い』
「………………」
懊悩に顔を歪ませるバイセプスに対して、リヴィが深々と頭を下げる。
「虫のいい話だという事は、分かっています。でも、ブラックドラゴンさんを治療したいんです! どうか、お願いします!」
バイセプスは、リヴィの懇願に――
「あああああああ!」
――天を仰ぎ、髪を掻き毟りながら吼えると――
「ったく、しょうがねぇなもう! 今回だけだからな!」
――視線を逸らしながら、渋々承諾した。
「ありがとうございます!」
声を弾ませながら、リヴィが再び頭を下げる。
「……おっぱい……おっぱい……おっぱい……」
虚空を見詰め、うわ言のように繰り返すブラックドラゴンを見据えると、バイセプスは、両手を翳しつつ、横目でリヴィを見た。
「行くぞ!」
「はい!」
緊張した面持ちでリヴィが頷く。
「『空間転移』!」
バイセプスの声に呼応して、リヴィが佇む地面に魔法陣が出現すると同時に、リヴィの姿が消えて――
――次の瞬間、リヴィは、新たな魔法陣と共に、ブラックドラゴンの首の後ろの部分へと、空間転移しており――
「よっ!」
――着地しつつバランスを取ろうとした――
――直後――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
「きゃあっ!」
――無意識の防衛本能であろうか、ブラックドラゴンが首を捻って後ろに顔を向けると、その巨大な口を開き――
「チッ! 『空間転移』!」
――バイセプスが魔法でリヴィを自分の直ぐ傍に空間転移させて、救出した。
「ありがとうございます!」
礼を言うリヴィに、バイセプスは「ヤベーぞ」と、戦況を冷静に分析する。
「完全に警戒されてやがる。何か、他の事で奴の気を引かねぇと、まず成功しねぇ」
その言葉に、ショタリフが声を上げた。
「その役目は、僕がやるよ!」
そして、ブラックドラゴンの眼前へと近付くと、ブンブンと両腕を振りながら、精一杯声を張り上げた。
「こっちです! こっちを見て下さい!」
――だが。
「……おっぱい……おっぱい……おっぱい……おっぱい……」
夢遊病者のようにブツブツと呟くブラックドラゴンには、全く見えていない。
(おっぱいに負けた……!)
ショタリフが敗北感を味わっていると、俯き、顎に手を当てて思考していたバイセプスが、顔を上げた。
「よし、そこのガキ。今からお前は、このクソ女だ!」
「………………はい?」
何を言っているのか分からず、戸惑うショタリフに対して――
「流石にドラゴンは無理だが、魔族や人間くらいなら、俺っちも――」
――バイセプスが、両手を翳して――
「『変化』!」
――叫ぶと、ショタリフが、一瞬、光に包まれて――
――次の瞬間――
「なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああああ!?」
――ショタリフは――リヴィに変身していた。