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14「魂の叫び」

 空中に浮かぶ幾多の魔族たちは――


 ――スーッと、リヴィに近付き、取り囲んでいく。


「……うぅ……ぁあ……」

「……ぁ……あぁ……」


 ――呻き声を――声にならぬ声を上げる彼らに、危機感を覚えたショタリフが、慌てて駆け寄る――


「やめろ! リヴィさんに近付くな!」


 ――が。


「!」


 ――魔族の一人に掴み掛かろうとした手は、身体を擦り抜け、虚しく空を切る。


(そんな……! どうしたら……!?)


 焦燥感に駆られながら尚もショタリフが魔族たちを止めようとするが、やはり触れることは叶わず――


 ――リヴィが――


「みんな……。……私、知らない内に、みんなを酷い目に遭わせてしまって……命を奪ってしまって……。……謝って許される事じゃないけど……本当にごめんなさい……」


 ――泣きながら頭を下げると――


「「「「「……ぁ……あぁあぁぁあ……!」」」」」


 ――亡霊たちは、一斉に、リヴィに飛び掛かった――


「リヴィさん!」


 ――かと思われたが――


 ――リヴィに触れる寸前に――


「!?」


 ――ピタリと静止し――


「「「「「気持ち良かったあああああああああああああああああ!」」」」」

「………………へ?」

  

 ――全員の野太い絶叫が重なり、思わず、ショタリフは間の抜けた声を漏らす。


 見ると、男たちは皆、鼻息荒く、涎を垂らしながら、恍惚とした表情を浮かべており――

 

「あの腕の触り方! 堪らなかったぜ!」

「そうそう! それに、声が良い!」

「匂いも最高だ!」

「何より胸の破壊力よ!」

「見た目が色っぽ過ぎる!」

「服装も刺激が強過ぎる!」

「しかも、〝転んで不意打ち接触〟とは、恐れ入った!」

「いやぁ、気持ち良かった!」

「あんだけ気持ち良ければ、そりゃ消滅するってなもんだ!」

「あんな気持ち良い事が、この世にあったなんてな!」

「あんな経験出来たんだ、俺たちは物凄くラッキーだぜ!」


 ――色んな意味で、今直ぐ昇天してしまいそうだ。


 その様子を見て、興味深そうに目を細めていたブラックドラゴンが、疑問を投げ掛ける。


「お主らよ。この人間に対して、恨みは持っておらぬのか? お主らは殺されたのじゃぞ?」


 すると、亡者たちは、死人とは思えない程に、生き生きと答えた。


「恨み? あれだけ気持ち良かったんだ! そんなもんないぜ!」

「あれ以上の快感なんて、この世に存在しないしな!」

「戦闘――〝勝負〟って点で考えても、あれだけはっきりと完敗したら、むしろ清々しいぜ!」

「人間と違い、数百年を生きる俺たちだが、これだけ長い間生きていると、〝どう生きるか〟よりも、〝どう死ぬか〟を考える事が多くなってな。あんなに気持ち良い思いをしながら死ねたなら、本望ってなもんだ!」


 魂のみの存在となった魔族たちの言葉に、リヴィは――


「みんな……ありがとう……」


 ――再びポロリと涙を流すと――微笑んだ。


 それを見た男たちもまた、笑みを浮かべる。 


「そうそう、その顔だ!」

「あんたは、笑顔が似合う」

「いつも笑っていてくれよ」


 ――と、その時。


「「!」」


 魔族たちの姿が、少しずつ薄れていき――


「どうやら、そろそろ、時間切れのようじゃな」


 ――一人、また一人と、笑顔で消えて行く男たち。


「親父……まさか、親父もなのか? 親父も、このクソ女に殺されたのに、恨んでないとか言うのか?」


 徐々に薄れ行く虚空のアダムを、バイセプスが見上げる。


 縋るようなその眼に、アダムは、首を振った。


「ああ。何も恨んではいない」


 その言葉に、唇を噛むバイセプスを見て、アダムが少し困ったような顔になる――が、直ぐに穏やかな表情を浮かべた。


「どう生きるかはとても大切なことだ。だが、どう死ぬかも、同じくらい重要だ。バイセプス。俺には、お前という素晴らしい息子がいる。俺は、お前を誇りに思っている。お前と共に生きられて、俺は幸せだった。そして、最後は――最高に幸福な死に方が出来た。悔いは無い」


 アダムの姿が、更に薄れて――


「生まれて来てくれてありがとう。元気でな」

「親父!」


 ――親指を立てながら、満面の笑みを浮かべて――最後の魂が――消えた。


「……親父……」


 複雑な表情で俯くバイセプス。


(みんながリヴィさんを攻撃したり、責めたりしなくて良かった!)


 ショタリフが、ホッと胸を撫で下ろす。


 暫し、沈黙が流れ――


「……ふむ。そう言えば、何故儂が消滅させて欲しいのかを、話していなかったのう」


 不意に口を開いたのは、ブラックドラゴンだった。


 リヴィを見下ろしながら、漆黒のドラゴンが言葉を紡ぐ。


「先程、寿命の話をした魔族がおったがのう。儂は、この姿になった影響か、かれこれ一万年ほど生きておる」

「一万年!?」

「すごーい!」


 途方もない数字に、思わずショタリフとリヴィが感嘆の声を上げる。


 だが、特に何の感慨も無いのか、無反応のままブラックドラゴンは話を続けた。


「〝体調不良〟と伝えたのは、本当の事じゃ。正確には、〝ドラゴン化〟じゃのう」

「〝ドラゴン化〟……?」

然様さよう。最初はただの変身魔法だったのじゃが、この通り、寿命までドラゴンと同じになってしまってのう。更に〝ドラゴン化〟は進み、最近は、野性の本能によって理性が消えてしまいそうになる事があるのじゃ。先程、本能のままにお主を食べようとしたようにのう」


 先刻の危機一髪の事態を思い出し、ショタリフが身震いする。


「理性が消えた状態の儂は、〝意識が無い〟状態じゃ。いずれは、常時そうなってしまうのじゃ。自分としての意識が無いのは、死んでいるのと同じじゃ。しかも、本来の儂であれば、決してしないような事――例えば、お主を食い殺す事や、魔族たちや人間たちを襲う事も、あるやもしれん。無意識に魔族や人間を傷付け殺すなど、死ぬよりも余程辛い事じゃ」


 本能のままに殺戮を繰り返す自分を思い浮かべたのだろうか、ブラックドラゴンは、険しい表情を浮かべた。


「無論、自殺という選択肢もあったのじゃが……この身体は、必要以上に強過ぎてのう。高空から落ちようが、自分で自分を殴ろうが、爪で引き裂こうが、ビクともしないのじゃ」

「無敵じゃないですか……」


 傍から聞いていると、単なる自慢にしか聞こえない台詞を溜息と共に吐く黒龍に、ショタリフが小声で反応した後、「ところで」と、話を変えた。


「精神が完全に〝ドラゴン化〟するまでの時間は、あとどのくらい残っているんですか?」


 ブラックドラゴンは、「うむ」と相槌を打つと、答える。


「百年じゃ」

「結構あるじゃないですか!」


 勢い良く突っ込むショタリフだったが、ブラックドラゴンは首を振る。


「お主ら魔族や人間にとっては、そうかもしれんがのう。一万年の時を生きて来た儂にとっては、百年など、あっという間じゃ」


 文字通り、寿命が〝桁〟違いであるため、彼にとっては、本当にそうなのだろう。


「それで、ブラックドラゴンさんは、私をここに呼んだのね?」

「その通りじゃ」


 リヴィの問いに、頷くブラックドラゴン。


「さぁ、人助け――もとい、〝ドラゴン助け〟だと思って、儂を消滅させるのじゃ!」


 前足を大きく開いて、ブラックドラゴンが促す。


 魔族や人間であれば、相手を受け入れる身振りに見えるだろうが、巨躯のドラゴンが行うと、少し怖い。


「でも……」


 躊躇するリヴィに、ショタリフがその内心を推し量る。


(自分が犯した大量殺人に対する絶望感は薄まったと思うけど、でもやっぱり、それで割り切って、「じゃあ、これからも消滅させまくるわ!」とはいかないよな……)


「……私……」


 葛藤するリヴィに、ブラックドラゴンが――


「苦悩させてしまってすま――」


 「すまない」と、そう言葉を継ごうとした――


 ――直後――


「! グガアアアア!」

「「!?」」


 ――突如、ブラックドラゴンが頭を抱えて、苦しみ始めた。


 いつの間にか、その瞳は真っ赤に燃えており、涎が垂れて――


「どうしたの、ブラックドラゴンさん!?」


 心配して近付こうとするリヴィを、ブラックドラゴンは、前足で制止しつつ、苦し気に答える。


「……百年……あった……猶予が……たった今……()()()()()()……のじゃ」

「「!」」


 「……()()()の……仕業じゃ……!」と、小さく呟くと、ブラックドラゴンは、辛うじて残った理性を繋ぎ止めようと、必死になる。


「……早く……逃げる……のじゃ……! ……この……まま……では……直ぐに……理性が……失われ……お主らを……殺して……しまう……!」


 少しでも自分から距離を取って欲しくて、ブラックドラゴンが前足を振り回す――


 ――が、リヴィは、眼前を轟音と共に通り過ぎる巨大な足にも、微動だにせず――


「ブラックドラゴンさん! 私、今から――」


 ――真っ直ぐにブラックドラゴンを見据えて――


「お望み通り、あなたを治療します!」

「!」


 ――そう、宣言した。

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