13「雷鳴」
予想外の言葉に、リヴィとショタリフが言葉を失っていると、ブラックドラゴンは、「おお、そうか」と、何かに気付いたように、声を上げた。
「儂は特別なドラゴンでのう。言葉を話せるのじゃ」
「いや、確かにそれも驚きましたが、そうじゃなくて……」
思わず、ショタリフが横から口を挟む。
先程、ブラックドラゴンが言った『儂を、消滅させてくれんかのう?』という言葉。
ドラゴンが何故、そんな事を口にするのだろうか。
「消滅? ブラックドラゴンさん、それって、どういう事?」
困惑しながら、リヴィが訊ねる。
ブラックドラゴンは、「そうじゃった。まずは、順を追って説明する必要があるのう」と言うと、ドラゴンとは思えぬ、知性を感じさせる目を閉じて――開いた。
「儂は、元々魔族だったのじゃ」
「「!?」」
驚愕の余り、瞠目するリヴィとショタリフ。
ブラックドラゴンは、遠い目をして語り始めた。
「遥か昔の事じゃ。魔族として生まれた儂は、〝魔法〟に魅入られ、その研究に没頭していった。儂は、大抵の魔法を扱うことが出来たのじゃ。ただ、誰にでも得手不得手はあるもので、回復魔法だけはからっきしだったがのう。何はともあれ、魔法に心奪われた儂が、中でも特にのめり込んだのが、ドラゴンへと変身する魔法じゃった」
(え? もしかして……)
その時点で、ショタリフは嫌な予感がした。
当時の興奮を思い出したのか、ブラックドラゴンの語りが、熱を帯びる。
「若かりし儂にとって、それはもう、格好良くて堪らなかったのじゃ。来る日も来る日も、ドラゴンへと変身し続けてのう。そして、ある日。気が付くと――人間の姿に戻れなくなっていたのじゃ!」
「やっぱりいいいいいいいいい!」
予想通りの展開に、叫び声を上げるショタリフ。
「だから、このような姿をしてはいるものの、儂は魔族なのじゃ。よって、お主の力で、儂を消滅させて欲しいのじゃ」
(元魔族というのは分かったけど、でも、何で消滅させて欲しいんだろ? それに、体調も悪そうじゃないし)
思考するショタリフだが、直ぐにそんな余裕は無くなった。
何故なら――
「消えたいだなんて、そんな悲しい事言わないで、ブラックドラゴンさん! それに、私にはそんな力は無いわ。私に出来るのは、怪我や病気の治療だけだもの」
(マズい!)
――リヴィの治療の〝核心〟に迫る会話が始まってしまったからだ。
慌てて、ショタリフが口を開く。
「ブ、ブラックドラゴンさん! 見た所、貴方は体調が良さそうですし、リヴィさんの仕事は治療でして、それ以外は専門外となります。大変申し訳ありませんが、他を当たって頂けませんでしょうか?」
「さぁ、リヴィさん、帰りましょう」とショタリフが促し、リヴィが、「え、でも……」と、躊躇していると――
「何を言うておるのじゃ? リヴィよ、お主以上の適任はおらんじゃろうて。〝異性にときめくと消滅する〟という弱点を持つ魔族を、これまでに優に千人を超える人数を消滅させて来たのじゃから」
「「!」」
――とうとう、ブラックドラゴンが告げてしまった。
これ以上にない程に、明確に。はっきりと。
恐る恐る、ショタリフが、ちらりとリヴィを見やると――
「そんな……! 全然知らなかったわ……」
(いや、それもどうかと……)
内心で突っ込むショタリフ。
魔王が『あの程度で俺を殺せると思ったか?』と言っていたし、他にも気付く機会は幾らでもあったはずだ。
――が、今はそんな事よりも、ショックを受けて肩を落とすリヴィが心配だ。
「リヴィさん……」
何と声を掛ければ良いのか分からず、ショタリフが、落ち込むリヴィをただただ見詰める事しか出来ないでいると――
「やっと自分が犯した罪に気付いたか! このクソ女!」
「「!?」」
――そこに、全身の筋肉が異常に発達した魔族――バイセプスがやって来た。
「どうやって――」
そう問い掛けようとしたショタリフだったが、バイセプスが身に纏っているローブを見て、気付いた。
(! 玉座の間で見た、あの男だ!)
そう、魔王に謁見した際に、魔法でリヴィとショタリフを空間転移させた、やたらと筋肉質で体格の良い男――それが、バイセプスだったのだ。
「親父の仇、今こそ俺っちが取ってやる! 覚悟しろ! クソ女!」
啖呵を切ったバイセプスが、ドスンドスンと走り、リヴィへと迫るが――
「本当にごめんなさい、バイセプスさん!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――リヴィが頭を下げて謝罪すると同時に、胸の谷間が強調されて、目撃したバイセプスが、雄叫びと共に地面に頭突きして穴を開ける。
「お父さんの命を奪ってしまっただなんて……。私、どう償えば……」
涙を流すリヴィに、バイセプスが立ち上がりつつ、額についた土もそのままに、辛辣な言葉を掛ける。
「償う? ハッ! 親父を殺しておいて、何をどう償うってんだ!?」
「そうよね……奪ってしまった命は、もう、戻って来ないわ……本当にごめんなさい……」
(リヴィさん……)
ひたすら頭を下げ続けるリヴィに、ショタリフが胸を締め付けられていると――
「いつの時代も、子は親を想い、親は子を想うものじゃのう」
――頭上から、ブラックドラゴンが言葉を紡いだ。
「親父は俺っちの誇りだ! 当たり前だ!」
バイセプスが見上げると、ブラックドラゴンは、「そうじゃろう、そうじゃろうて」と、その巨躯を揺らし、頷く。
「切っても切れぬ絆よのう。ほれ、バイセプスとやら。今も、お主の直ぐ傍についておるわい」
「そうだ! 俺っちの親父は、今も、俺っちの直ぐ傍について――え? ついてる?」
不穏な言葉に、バイセプスが聞き返すと――
「そうじゃのう。折角じゃ。お主らにも見えるようにしてやるかのう」
――ブラックドラゴンは――
「この山は、周囲と比べて、常に薄暗いのじゃ。それは、儂の魔力が特別で、あやつらを呼び寄せてしまうからじゃ」
――天を仰ぎ――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
――咆哮すると――
「「「!」」」
――突如、轟音と共に稲妻が走り――
「!?」
――何かしらの気配を感じたバイセプスが、バッと背後を振り返ると――
「お……親父!?」
――そこには、ぼうっと淡い光に包まれた、彼の父親――足の無いアダムが、虚ろな表情で浮かんでおり――
――更に――
「誰に引き寄せられたのやら。どうやら、勢揃いみたいじゃのう」
「みんな!」
「こ、こんな事が――!?」
――今までにリヴィが消滅させて来た魔族全員――千人以上が、虚空に静止していた。