12「ブラックドラゴンを治療せよ!」
「……ブ、ブラックドラゴン!?」
血の気が引いたショタリフとは対照的に、リヴィは、特に動揺した様子を見せない。
「ありがとうございます!」
使者がクルクルと巻いた書状を受け取ったリヴィが、元気良く礼を言うと、使者は帰っていった。
(今度の指令は……本当にヤバい!)
ドラゴン――それは、数多いる屈強なモンスター達の中でも、最強の名をほしいままにしている、最上級モンスターだ。
先日、ダンジョンで、手練れの冒険者ですら簡単には討伐出来ないゴーレムを、いとも容易く食い殺してしまったロックドラゴンのあの恐ろしい姿を、今でもショタリフはまざまざと思い出せる。
更に、ブラックドラゴンは、ドラゴンの中でも特に強いとされている存在だ。
「リヴィさん! 今度こそ、本当にヤバいですよ! この国にいたら、魔王様の命令を断れないのは、分かりますが……そ、そうだ! 逃げましょう! 僕もついていきますから!」
二人きりの逃避行。
追手が差し向けられるだろうが、リヴィをドラゴンに殺されるくらいなら、いっそ、逃げ出した方がずっとマシだった。
蒼褪めながらも、必死にリヴィを守ろうとするショタリフだったが――
「心配ありがとうね、ショウ君。でも、私、ドラゴンさんを助けに行きたい!」
「!」
――リヴィは、確固たる信念をその瞳に宿し、ショタリフを見詰めた。
リヴィならばそう言うのではないかと、心のどこかで思っていたショタリフだったが、予想が的中してしまった。
「はぁ」
溜息をつくショタリフ。
(意外と頑固なんだよなぁ。まぁ、そういう所も、魅力的なんだけど……)
「分かりました。僕も一緒に行きます」
「本当!? ありがとう! 嬉しい!」
むにゅっ。
「おわっ!? だから抱き着かないで下さいって! ぶべはっ!」
「きゃあっ! ショウ君、大丈夫!?」
歓喜の余り抱き着いたリヴィが、ショタリフの顔面をその豊満な胸に沈めると、ショタリフは強引にリヴィの身体を引き剥がしつつ自分で自分を殴って吹っ飛び、消滅を免れた。
※―※―※
翌日。
(何度来ても緊張するな……)
いつも通りナース服のリヴィとショタリフは、魔法でドラゴンの巣の近くまで空間転移して貰えるとの事で、魔王城の玉座の間へと来ていた。
膝をつき、頭を垂れる二人に、玉座に佇む魔王が声を掛ける。
「リヴィよ――」
(相変わらず、凄まじい重圧だ!)
「――先日の、診療所での攻撃……なかなか気持ち良かっ――見事であった」
(魔王様!?)
何か、〝魔〟の王が発してはならない単語を口走ろうとしていた気がするが、気のせいであろう。
「ありがとうございます!」
(素直おおおお!)
そして、〝自分の診療が褒められた〟のだと思い、ただ素直に感謝を伝えるリヴィ。
(いやまぁ、思いっ切り〝攻撃〟って言ってたんだけどね……)
「さぁ、ブラックドラゴンのもとへと向かい、見事この任務を成し遂げてみせよ」
魔王の言葉をきっかけに、魔王の横から、やたらと筋肉質で体格の良い、ローブを身に纏った魔族が一歩前に歩み出ると、両手を翳した。
と同時に、リヴィとショタリフの下――床に、巨大な魔法陣が現れ、黒く光り輝くと――
「空間転移」
――ローブの魔族の声に呼応して――二人の姿が消えた。
※―※―※
リヴィとショタリフが空間転移させられた先は――
「ここが、ブラックドラゴンさんのいる山なのね!」
――漆黒の山の麓だった。
光り輝く魔法陣の上で、リヴィが声を上げる。
昼間だというのに、遠くの青空と違い、何故かこの周辺だけどんよりと曇り、薄暗い。
そして、目の前には、看板があり――
「……もうちょっと、どうにかならなかったんですかね、これ?」
――上向きの矢印と共に、小さな子供が描いたような、下手くそなドラゴンの絵が描かれていた。
何はともあれ。
「ショウ君、行こ!」
「そうですね……行きましょう!」
使命感に燃えるリヴィと、意を決したショタリフが、山を登り始めた。
※―※―※
「恐らく、ブラックドラゴンは山頂にいます……ドラゴンは、天辺とか、逆にダンジョンの最奥や最下層とか、そういう〝最終地点〟が好きみたいですので。ですが、他にもモンスターが出てくるかもしれませんから、道中も注意してください」
「分かったわ!」
少しずつ、着実に登り続ける二人。
ちなみに、リヴィの左手の中指には、赤い指輪が嵌められている。
これは、ショタリフからのプレゼント――ではなく、帰りに、空間転移魔法陣を使う際に、必要となるものだ(赤い指輪を嵌めた状態で、再び空間転移魔法陣の中へ二人で一緒に入れば、魔王城の玉座の間へと戻って来られるらしい)。
尚、他のモンスターの出現を危惧していたショタリフだったが、一匹も出て来なかった。
もしかしたら、ブラックドラゴンの縄張りであるが故に、他のモンスターたちは、恐れをなして近付かないのかもしれない。
(それにしても、〝ドラゴンの治療〟って、どんな指令だよ!? 滅茶苦茶じゃないか!)
今更ながら、理不尽な命令に対して突っ込みつつ、ショタリフは歩を進める。
(っていうか、そもそも、何でブラックドラゴンが体調不良って分かるんだ!? 本人が言ったのか!? ドラゴンが言葉を喋るのかよ!)
本来、他のモンスターと同じく、ドラゴンも、言葉を喋ったりはしないものだ。
(よく分かんないな……)
ふと、ショタリフは、隣を歩くリヴィを一瞥する。
(本当、真っ直ぐな人だな……)
リヴィは、この命令に対して、一切の疑念を抱いていないらしく、頂上を目指すその瞳には、一片の曇りも無かった。
※―※―※
数時間後。
「着いた! ここが頂上ね!」
「はぁ、はぁ、はぁ……やっと、着きましたね……」
途中で一度休憩を挟み、干し肉を食べて水を飲みつつ、二人は頂上へと辿り着いた。
使命感に燃える精神が肉体を凌駕しているのか、ショタリフでさえ息を切らしているのに、魔族よりも身体能力が低いはずのリヴィは、汗を掻きつつも、疲れた様子を見せない。
「あれ? ブラックドラゴンさんは、お留守かしら?」
魔王城の敷地と同程度の広さがある頂上には、地面が大きく陥没し、藁が敷き詰められた、巨大な巣のようなものがあったが、ブラックドラゴンの姿は見えなかった。
「いませんね……」
一週間以内に命令を遂行しなければならない立場にあるものの、正直、ショタリフには、安堵する気持ちもあった。
――が、次の瞬間――
「この匂い! 堪らんのじゃあああああああああああああ!」
「「!」」
――上空から巨大な何かが、猛スピードで飛来して――
――轟音と共に眼前に着地すると、それは、漆黒の巨躯を誇るドラゴンで――
「いただきまあああああああああああああす!」
「きゃあっ!」
「リヴィさん!」
――その巨大な口を開けて、鋭い牙で、リヴィを喰らう――
――かと思われたが――
「僕たちは、貴方を治療するために魔王様から派遣された者です!」
「!」
――ショタリフの叫び声が響き――
――ドラゴンの牙は、リヴィに触れる寸前で止まった。
少しして。
ドラゴンが、ゆっくりと身体を引いていく。
(あ、危なかった!)
冷や汗を拭うショタリフ。
すると、ドラゴンは、「儂はブラックドラゴンじゃ」と自己紹介した後、気まずそうにしつつ、弁明した。
「今のは、〝ブラック〟ジョークじゃ。〝ブラック〟ドラゴンだけにのう」
「やかましいわ! っていうか、ジョークて! 明らかに本気で食べようとしてたじゃないですか!」
思わず、ショタリフが全力で突っ込む。
「でも、会えて良かった! お留守かと思ったから」
たった今殺され掛けたばかりだというのに、柔らかく微笑むリヴィに、ブラックドラゴンが「ほう」と、感嘆の溜息を漏らす。
「噂通りじゃのう」
「噂?」
小首を傾げるリヴィに、ブラックドラゴンは――
「お主に、頼みがあるのじゃ」
――徐に――
「儂を、消滅させてくれんかのう?」
「「!?」」
――そう告げた。