11「魔王からの第二の指令」
家中――どころか、近隣にまで響く『仇を取りに来た』という叫び声を聞き、中から姿を現したリヴィ。
その姿に、ショタリフが慌てて口を開く。
「リヴィさん、貴方は悪くないんです! 知らなかったんですから!」
バイセプスの背後から、出来るだけリヴィを傷付けまいと、ショタリフが必死に弁護する。
その言葉に、リヴィは――
「あら、君は、〝林檎好きでいつも林檎を持ち歩いているアダムさん〟の息子さんね! お父さんにすごく似ているわ!」
「そ、そうだ! よく覚えてるじゃねぇか!」
――特に反応を示さなかった。
(もしかして、聞こえていなかったのかな? なら良かった)
ショタリフが安堵の溜息を漏らす。
――が。
「さっき、『仇を取る』って言ったわよね?」
(聞こえてたあああああああああ!)
リヴィは、しっかりと聞いていたらしい。
「ああ、そうだ! 俺っちが親父の仇を取ってやるからな! 覚悟しやがれ、このクソ女!」
ビシッとリヴィを指差すバイセプスに、リヴィは――
「嬉しいわ!」
「………………は?」
――胸の前で両手を組み、目をキラキラと輝かせた。
「〝医者嫌い〟のお父さんに代わって、息子である君が、私の診療を最後まで受けてくれるっていう事よね!」
「何言ってんだこのアマ! 俺っちがそんな事する訳ねぇだろうが! 俺っちは、親父の仇を――」
「良いから良いから! ほら、診察室はこっちよ!」
「他人の話を聞け! って、うわっ! 気軽に身体に触るな! 自分で行く! 自分で行くから!」
リヴィの勢いに負けて、バイセプスが診察室へと入って行く。
※―※―※
そこからは、完全にリヴィのペースだった。
「ここに座って!」
「だから、俺っちは親父の仇を――」
「こんなにもおっきくて、硬くて! これは、病気に違いないわ!」
「ただの力こぶだ! うわっ! 触るな!」
「誤魔化してもダメよ! ショウ君にはなかったんだから!」
「アイツはまだガキで身体も小さいから……って、だから触るんじゃねぇ!」
「いいえ、きっと、致死性の病気よ! でも、安心して! 私が絶対に治してみせるから!」
「安心も何も、俺っちは健康そのものだ! はうっ! そんないやらしい手付きで触られたら、俺っちは……もう……! もう……!!」
流石は親子――アダムと全く同じ流れで追い詰められたバイセプスは――
――だが、しかし――
「!」
リヴィの眼前で素早く立ち上がり、身体を後ろに反らすと、恐ろしく発達した全身の筋肉を膨張させて――
(マズい!)
――凄まじい勢いで――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
――リヴィの――
「リヴィさん!」
――隣にある、テーブルに頭突きして――
「ぐっ!」
「きゃあっ!」
――破壊した。
「………………へ?」
唖然とするショタリフを他所に、リヴィは心配して、身体を折り曲げたまま微動だにしないバイセプスに駆け寄る。
「大丈夫!?」
リヴィが、バイセプスの背中を優しく擦ると、彼は――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「きゃあっ!」
――今度は、頭を床に叩き付け、穴を開けた。
「大丈夫!?」
再度、リヴィが駆け寄り、バイセプスの腕にそっと触れると――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 今日はこの位にしておいてやるぜ! でも、俺っちは、親父の仇を絶対に取る! 覚悟しておけよおおおおおお!!!」
――今度は、雄叫びを上げながら、部屋を出て、そのまま建物の外へ走って行き、地面に頭突きして穴を開けては、少し走って、また地面に頭を叩き付ける、という事を繰り返しながら、逃げて行った。
「大丈夫かしら?」
「………………」
心配するリヴィと、バイセプスの奇行に言葉を失くすショタリフ。
しかし、バイセプスの奇行には、どこか見覚えがあり――
(そうだ! アレは、いつも僕がやっている事と同じだ!)
――ある事実に気付いた。
そう、自分で自分を殴って消失を免れるショタリフに対して、バイセプスは、頭部をテーブル、床、そして地面に叩き付ける事によって、痛みで消えないようにしているのだ。
(リヴィさんの診察を受けて生還した男は、初めてだ!)
ショタリフは、驚愕の余り、瞠目した。
※―※―※
その翌日。
「リヴィ。魔王様より、勅命だ」
魔王城より、再び使者が派遣されて来た。
目の前で書状を広げた彼は、朗々と読み上げる。
「看護師として、更に研鑽を積み、如何なる傷も治癒出来るようになるために、体調不良に苦しむ以下の者を一週間以内に治療せよ」
「分かりました! 苦しんでいる人がいるなら、どこにだって行くわ!」
――胸の前で両拳をギュッと握り締めて意気込むリヴィに対して、使者は――
「今回の治療対象は――」
――最後に――
「〝ブラックドラゴン〟である」
「「!」」
――そう告げた。