9「初めて戦場に立った、ローブを纏った女王」
「な、何で!? 友達じゃなかったんですか!?」
仲の良さそうだったロイエからの〝リヴィ殺害予告〟に、ショタリフが動揺する。
「友達? ハッ! そんな風に思った事なんて、一度もないの!」
ショタリフの言葉に、ロイエが鼻で笑う。
「あの子、人王国ですごく人気があるの。ロイエよりも、ずっと。でも、それは、同性だからだって思ってたの。異性に対しては、あの子よりも、ロイエの方が魅力的だって、そう思ってたの」
ロイエの声が、少しずつ低くなっていく。
「でも、違ったの! 手紙を読んで、あの子が今までに大勢の魔族を診察して、彼らが目の前で〝空間転移〟した事は知ってたけど、それでも、ロイエの方が魔族を手玉に取れるって思ってたの。それなのに! ロイエの色仕掛けは、全く通用しなかったの!」
(いや、それは、自分のせいじゃ……)
どう考えても、色仕掛けの仕方が稚拙だったのではないかと、衛兵とのやり取りを思い出しながら、ショタリフが心の中で突っ込む。
「そんな事で、友達を殺すんですか!?」
「そんな事……?」
ショタリフの問いに、ロイエの声に怒りが滲んでいく。
「あんたは、何も分かってないの! 幼馴染のあの子とロイエは、いつも比べられてたの! あの子は、ドジしても、何しても、〝可愛い〟って言われて! ロイエの方が、何でもずっと上手く出来たのに、褒められるのはいつも、あの子の方だったの!」
自分には知る由もない、幼少時代からの二人の確執を聞いたショタリフは――
(ほ、本気だ! 止めないと!)
――何とか、思い留まらせようと、必死に思考する。
「ま、魔帝国に対抗する為の大切な人材なんですよね、リヴィさんは? ここで殺してしまっては、人王国にとって大きな痛手となるんじゃないですか?」
すると、ロイエは――
「大切な人材? 大きな痛手?」
――冷淡な声で――
「あの子は単に、魔族を滅ぼすための〝道具〟でしかないの。代わりはいくらだっているの」
「!」
――そう告げた。
(仲間を何だと思ってるんだ!)
怒りで震えるショタリフ。
(こんな奴に殺させるわけにはいかない!)
ショタリフは、何とか怒りを抑えつつ、現在の状況を客観的に分析した。
まだ幼いとはいえ、魔族であるショタリフの方が、人間の――しかも戦士ですら無さそうなロイエよりは、膂力は上だろう。
本気で動けば、腕輪に仕込んだ毒針を飛ばされる前に、ロイエを制圧出来るかもしれない。
(でも……)
――もしも、万が一間に合わなければ。
――もしも、ショタリフが抵抗した弾みで、ロイエが毒針を飛ばしてしまったら。
――キッチンで作業しているリヴィに毒針が刺さり――死んでしまうかもしれない。
(そんな危ない賭けをする訳にはいかない!)
リヴィの安全を最優先で考えたショタリフは――
(こんな奴のせいで死ぬのは嫌だけど……)
(でも、僕の命で、リヴィさんが助かるなら……!)
――意を決して、告げた。
「……分かりました。要求を呑みます。だから、リヴィさんには、手を出さないで下さい」
その言葉に、ロイエが口角を上げる。
「素直なの! そういう子は嫌いじゃないの!」
ロイエは、更に身体を密着させ、背後から囁く。
「手伝ってあげるの。ロイエ、もっとサービスしちゃうの」
「いえ、遠慮しておきます」
「ちょっと! どういう意味なの!?」
光の速さで断るショタリフに、思わずロイエが噛み付く。
ロイエは、「コホン」と咳払いして、気を取り直した。
「遠慮しなくて良いの。だって――あんたがリヴィの事を好きなのは、知ってるの」
「!」
必死に反応を隠そうとするショタリフだが、明らかに肩がピクッと動いており、ロイエがほくそ笑む。
「隠さなくて良いの。見ていれば分かるの」
リヴィへの想いを指摘された瞬間から、ショタリフの体温が少しずつ上昇していく。
「それなのに、毎日あの子と接して、でも消えていない。ものすごく我慢強いの」
(そうだ。僕は、今まで、死線を何度も潜り抜けて来た。しかも、この人に対しては、リヴィさんみたいにドキドキしない。わざとこの人にドキドキする事なんて、出来るんだろうか?)
そんなショタリフの心中を読んだかのように、ロイエが耳元で甘く囁く。
「大丈夫なの。あんたは、この状況で、ちゃんとドキドキ出来るの。ちょっと癪だけど、あの子の力を借りるの」
次に発したロイエの声に――
「……ショウ君」
「!?」
――ショタリフは、思わず目を見開いた。
それは――
(な、何で……リヴィさんの声が!?)
――リヴィの声だった。
――否、よく聞けば、リヴィ本人の声とは微妙に違う。
だが、〝リヴィに似ている声〟というだけで、ショタリフの心は大きく揺れ動いてしまう。
「ショウ君。見て。今ね、ショウ君のために、お菓子と飲み物を用意しているんだ」
極限までリヴィに似せた声に誘われ、つい、キッチンで作業するリヴィに目を向けてしまい――
「あ、ダメよ、ショウ君。こんな所で」
――ロイエが、艶やかに囁き続け、まるで、キッチンでリヴィに対して、いけない事をしているような感覚に陥り――
「うふふ。ウソ。ショウ君にだったら、触られても平気」
――ロイエが、色っぽく――
「ううん、むしろ、もっと触って欲しいかも」
――囁き続け――
「どう……かな? 私の、胸……」
――まるで、今背中に触れているのが、リヴィ本人の胸であるような錯覚を覚えて――
「こうやって、耳元で囁かれるのって……ショウ君、好き?」
――まるで、リヴィ本人に至近距離で語り掛けられているような感覚がして――
「本当? 良かった。私も好きだよ」
――ショタリフの――
「うん、囁かれるのも好きだけど、それだけじゃなくて――」
――身体が――
「私は、ショウ君のことが……好き」
――反応してしまい――
「身体は正直みたいなの!」
「!」
――いつの間にか、ショタリフの手の爪の先が――淡く光り、消滅を始めており――
(悔しいけど……)
(でも、これで、リヴィさんは無事だ)
――ショタリフは、そのまま、流れに身を任せ、目を閉じて――
(さようなら、リヴィさん)
(僕は……貴方の事を……)
――無意識に、それまで気付いていなかった、自分の想いを――
――心の中で、呟こうとした――
――直後――
「仲良くし過ぎちゃ、ダメええええええええええええええええ!」
「「!?」」
――木製のトレイを手に、キッチンから全速力で走って来たリヴィが――
「きゃっ!」
――躓いて――
むにゅっ。
――座っているショタリフの顔面に、その豊満な胸がぶつかると同時に――
「あぢいいのおお! 目がああ! 目がああああああッ!」
――トレイからコップが吹っ飛び――白湯がロイエの顔面に掛かった。
「ぶぼへっ!」
「きゃあ! ショウ君、大丈夫?」
――いつもの癖で、ショタリフが自分で自分を殴打して吹っ飛び、壁にぶつかる。
ショタリフがフラフラと立ち上がると、ロイエは――
「目がああ! 目がああああああッ!」
――菓子が散乱し紅茶とコーヒーと水と白湯で濡れた床の上をゴロゴロと転げ回っていた。
――しかし、不意に、ピタッと動きを止めると――
「………………」
「!」
――バッと立ち上がったロイエは、乱れた髪の下から、ショタリフとショタリフに駆け寄って来たリヴィを、虚ろな目で見詰める。
「下がって! リヴィさん! コイツは危ない奴だ!」
ショタリフがリヴィの前に出て、庇う。
「リヴィさん、大丈夫? 身体は何とも無い?」
「え? うん、何とも無いわ。平気よ」
どうやらリヴィは、転んだ時の事を心配されていると勘違いしているようだが、毒針を刺された様子は無いので、ショタリフは安堵の溜息を漏らす。
ショタリフは、床に落ちているトレイを素早く拾うと、ロイエに向かって叫んだ。
「これがあれば、防げる! 観念しろ!」
人間よりも優れた反射神経を持つ魔族であるショタリフならば、腕輪に仕込んだ毒針を向けられた瞬間に、その射線上にトレイを掲げる事で、防ぐ事が可能だ。
追い詰められ、絶体絶命かと思われたロイエだった。
――が――
「キャハハハハハハハハハハハハハハ!」
――突如、腹を抱えて笑い出した。
ショタリフが、唖然としていると――
「はぁ。またやったのね」
リヴィが、溜息をついた。
そして――
「ごめんね、ショウ君。この子、人をからかうのが趣味なの」
「………………へ?」
――リヴィの言葉に、ショタリフは言葉を失くした。
※―※―※
改めてリヴィが用意した菓子と紅茶を小さなテーブルの上に置き、各々椅子に座って話を聞いたところ――
「あのね、私、幼い頃にお母さんが亡くなって。ロイエとはそれ以前から友達で、幼馴染なんだけど、お母さんが死んだ頃から、ロイエは、色んな人をからかうようになったんだ。大人とか、年上の人とかが多かったんだけど、何故か、そういう事を楽しむようになっちゃったのよね」
――リヴィがそう説明した。
「ショタリフ、ごめんなさいなの! さっきのは全部嘘なの! リヴィとは大親友なの! この腕輪も、ただの普通の腕輪なの!」
謝罪するロイエに、リヴィが「もう! 謝れば良いと思ってるでしょ!」と責めると、「ごめんなの!」と、ロイエが頬をポリポリと掻きつつ、再度謝る。
そんな二人を見ていて、ショタリフは気付いた。
ロイエが人をからかうようになったのは、『リヴィの母親が死んだ直後から』。
更に、からかう相手は、その大半が、『大人や年上の人たち』。
(この人は……親を亡くしたリヴィさんを、これまでずっと、疑わしき人物たちから、守って来たんだ)
そう考えれば、先程の行動も説明がつく。
あれは演技であり、全ては、〝ショタリフが信用できる者かどうかを確かめるため〟だったのだ。
何故なら、彼は、今、リヴィの一番傍にいる存在だから。
そして、ショタリフは、自分の命よりも、リヴィを救う事を優先した。
それを確認した事で、本日彼女が来た目的は果たされた、と言って良いだろう。
※―※―※
その後。
ロイエは一晩、リヴィの家に泊まった。
※―※―※
その翌日。
「じゃあ、またね!」
「さようなら」
「じゃあ、またなの!」
帝都の城門前にて、別れを告げた後。
ふと、立ち止まったロイエは、振り返って、足早にショタリフに近付くと、その耳元で――
「あんた、合格なの。リヴィの事、任せるの」
――そう囁いた。
「頑張ってなの!」
去り際にそう言いながら手を振ったロイエは、一体何に対して『頑張って』と言ったのであろうか。
「あの子、何て言ったの?」
リヴィの問いに、ショタリフは、何と言ったものかと思案しつつ、答えた。
「またからかわれただけですよ」
「……ふ~ん」
この時以来、ロイエは時々遊びに来るようになるのだが、ロイエがショタリフの耳元で何か囁く度に、リヴィが、面白く無さそうな顔をするようになった事に、ショタリフはまだ気付いていなかった。
※―※―※
一週間後。昼下がり。
魔帝国と人王国の丁度中間――荒野のど真ん中にて。
魔族と人間の軍隊が、対峙していた。
否、人間の方は、軍隊と呼べるかどうかも怪しい、少人数だった。
驚くべきことに、人間側は、五人だけしかいない。
対する魔族は、百人だ。
通常、身体能力が高く魔法も使える魔族と戦うには、最低でも人間側は、その二倍以上の兵力を用意しなければならない。
が、二倍どころか、圧倒的に人間の方が少ないのだ。
「おいおい、見ろよ!」
「なんだ、ピクニックか?」
「俺たちの事、舐めてんな!」
「嬲り殺してやるぜ!」
殺気立つ魔族たち。
と、その時。
魔族の一人が、何かに気付いた。
「おい、見ろよあれ! もしかして――」
そう。
ローブに身を包んだ人間たちの内、一人がフードを取ると――
――その頭部に、王冠を着用していたのだ。
妙齢の美女――プラチナブロンドの美しいストレートヘアは腰まであり、その麗しい翠眼は、全てを見透かすかのような知性を感じさせる。
リヴィ以上の爆乳を持つ彼女が、悠然と前に進み出て来ると、その傍にいた別の人間が、叫んだ。
「女王様の御前だ! 頭が高いぞ!」
その言葉に、魔族たちは、激しく反発した。
「何が〝頭が高い〟だ!」
「俺たちは魔族だ!」
「人間の長だから、何だってんだ!」
「むしろ、余計に念入りに嬲ってやりたくなったぜ!」
舌舐めずりする男たち。
彼らが――
「行くぜ! 野郎ども!」
「嬲り殺しだああああ!」
「オラアアアアアアア!」
「ヒャッハーーーーー!」
――一斉に、女王に向かって走って行くと――
「正に、蛮族と呼ぶに相応しい、下衆どもですわね」
――女王は、優雅にローブを脱ぎ捨てて――
――その下から現れた、女王の身体を見た魔族は――
「「「「「はぐわああああああああああああああああああああ!!!」」」」」
――女王に触れることなく――百人全員が、消滅した――