表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/51

9「初めて戦場に立った、ローブを纏った女王」

「な、何で!? 友達じゃなかったんですか!?」


 仲の良さそうだったロイエからの〝リヴィ殺害予告〟に、ショタリフが動揺する。


「友達? ハッ! そんな風に思った事なんて、一度もないの!」


 ショタリフの言葉に、ロイエが鼻で笑う。


「あの子、人王国ですごく人気があるの。ロイエよりも、ずっと。でも、それは、同性だからだって思ってたの。異性に対しては、あの子よりも、ロイエの方が魅力的だって、そう思ってたの」


 ロイエの声が、少しずつ低くなっていく。


「でも、違ったの! 手紙を読んで、あの子が今までに大勢の魔族を診察して、彼らが目の前で〝空間転移(死亡)〟した事は知ってたけど、それでも、ロイエの方が魔族を手玉に取れるって思ってたの。それなのに! ロイエの色仕掛けは、全く通用しなかったの!」


(いや、それは、自分のせいじゃ……)


 どう考えても、色仕掛けの仕方が稚拙だったのではないかと、衛兵とのやり取りを思い出しながら、ショタリフが心の中で突っ込む。


「そんな事で、友達を殺すんですか!?」

「そんな事……?」


 ショタリフの問いに、ロイエの声に怒りが滲んでいく。


「あんたは、何も分かってないの! 幼馴染のあの子とロイエは、いつも比べられてたの! あの子は、ドジしても、何しても、〝可愛い〟って言われて! ロイエの方が、何でもずっと上手く出来たのに、褒められるのはいつも、あの子の方だったの!」


 自分には知る由もない、幼少時代からの二人の確執を聞いたショタリフは――


(ほ、本気だ! 止めないと!)


 ――何とか、思い留まらせようと、必死に思考する。


「ま、魔帝国に対抗する為の大切な人材なんですよね、リヴィさんは? ここで殺してしまっては、人王国にとって大きな痛手となるんじゃないですか?」


 すると、ロイエは――


「大切な人材? 大きな痛手?」


 ――冷淡な声で――


「あの子は単に、魔族を滅ぼすための〝()()〟でしかないの。代わりはいくらだっているの」

「!」


 ――そう告げた。


(仲間を何だと思ってるんだ!)


 怒りで震えるショタリフ。


(こんな奴に殺させるわけにはいかない!)


 ショタリフは、何とか怒りを抑えつつ、現在の状況を客観的に分析した。


 まだ幼いとはいえ、魔族であるショタリフの方が、人間の――しかも戦士ですら無さそうなロイエよりは、膂力は上だろう。

 

 本気で動けば、腕輪に仕込んだ毒針を飛ばされる前に、ロイエを制圧出来るかもしれない。


(でも……)


 ――もしも、万が一間に合わなければ。

 ――もしも、ショタリフが抵抗した弾みで、ロイエが毒針を飛ばしてしまったら。


 ――キッチンで作業しているリヴィに毒針が刺さり――死んでしまうかもしれない。


(そんな危ない賭けをする訳にはいかない!)


 リヴィの安全を最優先で考えたショタリフは――


(こんな奴のせいで死ぬのは嫌だけど……)

(でも、僕の命で、リヴィさんが助かるなら……!)


 ――意を決して、告げた。


「……分かりました。要求を呑みます。だから、リヴィさんには、手を出さないで下さい」


 その言葉に、ロイエが口角を上げる。


「素直なの! そういう子は嫌いじゃないの!」


 ロイエは、更に身体を密着させ、背後から囁く。


「手伝ってあげるの。ロイエ、もっとサービスしちゃうの」

「いえ、遠慮しておきます」

「ちょっと! どういう意味なの!?」


 光の速さで断るショタリフに、思わずロイエが噛み付く。


 ロイエは、「コホン」と咳払いして、気を取り直した。


「遠慮しなくて良いの。だって――あんたがリヴィの事を好きなのは、知ってるの」

「!」


 必死に反応を隠そうとするショタリフだが、明らかに肩がピクッと動いており、ロイエがほくそ笑む。


「隠さなくて良いの。見ていれば分かるの」


 リヴィへの想いを指摘された瞬間から、ショタリフの体温が少しずつ上昇していく。


「それなのに、毎日あの子と接して、でも消えていない。ものすごく我慢強いの」


(そうだ。僕は、今まで、死線を何度も潜り抜けて来た。しかも、この人に対しては、リヴィさんみたいにドキドキしない。わざとこの人にドキドキする事なんて、出来るんだろうか?)


 そんなショタリフの心中を読んだかのように、ロイエが耳元で甘く囁く。


「大丈夫なの。あんたは、この状況で、ちゃんとドキドキ出来るの。ちょっと癪だけど、あの子の力を借りるの」


 次に発したロイエの声に――


「……ショウ君」

「!?」


 ――ショタリフは、思わず目を見開いた。


 それは――


(な、何で……リヴィさんの声が!?)


 ――リヴィの声だった。


 ――否、よく聞けば、リヴィ本人の声とは微妙に違う。

 だが、〝リヴィに似ている声〟というだけで、ショタリフの心は大きく揺れ動いてしまう。


「ショウ君。見て。今ね、ショウ君のために、お菓子と飲み物を用意しているんだ」


 極限までリヴィに似せた声に誘われ、つい、キッチンで作業するリヴィに目を向けてしまい――


「あ、ダメよ、ショウ君。こんな所で」


 ――ロイエが、艶やかに囁き続け、まるで、キッチンでリヴィに対して、いけない事をしているような感覚に陥り――


「うふふ。ウソ。ショウ君にだったら、触られても平気」


 ――ロイエが、色っぽく――


「ううん、むしろ、もっと触って欲しいかも」


 ――囁き続け――


「どう……かな? 私の、胸……」


 ――まるで、今背中に触れているのが、リヴィ本人の胸であるような錯覚を覚えて――


「こうやって、耳元で囁かれるのって……ショウ君、好き?」


 ――まるで、リヴィ本人に至近距離で語り掛けられているような感覚がして――


「本当? 良かった。私も好きだよ」


 ――ショタリフの――


「うん、囁かれるのも好きだけど、それだけじゃなくて――」


 ――身体が――


「私は、ショウ君のことが……好き」


 ――反応してしまい――


「身体は正直みたいなの!」

「!」


 ――いつの間にか、ショタリフの手の爪の先が――淡く光り、消滅を始めており――


(悔しいけど……)

(でも、これで、リヴィさんは無事だ)


 ――ショタリフは、そのまま、流れに身を任せ、目を閉じて――


(さようなら、リヴィさん)

(僕は……貴方の事を……)


 ――無意識に、それまで気付いていなかった、自分の想いを――


 ――心の中で、呟こうとした――


 ――直後――


「仲良くし過ぎちゃ、ダメええええええええええええええええ!」

「「!?」」


 ――木製のトレイを手に、キッチンから全速力で走って来たリヴィが――


「きゃっ!」


 ――躓いて――


 むにゅっ。


 ――座っているショタリフの顔面に、その豊満な胸がぶつかると同時に――


「あぢいいのおお! 目がああ! 目がああああああッ!」


 ――トレイからコップが吹っ飛び――白湯がロイエの顔面に掛かった。


「ぶぼへっ!」

「きゃあ! ショウ君、大丈夫?」


 ――いつもの癖で、ショタリフが自分で自分を殴打して吹っ飛び、壁にぶつかる。


 ショタリフがフラフラと立ち上がると、ロイエは――


「目がああ! 目がああああああッ!」


 ――菓子が散乱し紅茶とコーヒーと水と白湯で濡れた床の上をゴロゴロと転げ回っていた。


 ――しかし、不意に、ピタッと動きを止めると――


「………………」

「!」


 ――バッと立ち上がったロイエは、乱れた髪の下から、ショタリフとショタリフに駆け寄って来たリヴィを、虚ろな目で見詰める。


「下がって! リヴィさん! コイツは危ない奴だ!」


 ショタリフがリヴィの前に出て、庇う。


「リヴィさん、大丈夫? 身体は何とも無い?」

「え? うん、何とも無いわ。平気よ」


 どうやらリヴィは、転んだ時の事を心配されていると勘違いしているようだが、毒針を刺された様子は無いので、ショタリフは安堵の溜息を漏らす。


 ショタリフは、床に落ちているトレイを素早く拾うと、ロイエに向かって叫んだ。


「これがあれば、防げる! 観念しろ!」


 人間よりも優れた反射神経を持つ魔族であるショタリフならば、腕輪に仕込んだ毒針を向けられた瞬間に、その射線上にトレイを掲げる事で、防ぐ事が可能だ。


 追い詰められ、絶体絶命かと思われたロイエだった。


 ――が――


「キャハハハハハハハハハハハハハハ!」


 ――突如、腹を抱えて笑い出した。


 ショタリフが、唖然としていると――


「はぁ。またやったのね」


 リヴィが、溜息をついた。


 そして――


「ごめんね、ショウ君。この子、人をからかうのが趣味なの」

「………………へ?」


 ――リヴィの言葉に、ショタリフは言葉を失くした。


※―※―※


 改めてリヴィが用意した菓子と紅茶を小さなテーブルの上に置き、各々椅子に座って話を聞いたところ――


「あのね、私、幼い頃にお母さんが亡くなって。ロイエとはそれ以前から友達で、幼馴染なんだけど、お母さんが死んだ頃から、ロイエは、色んな人をからかうようになったんだ。大人とか、年上の人とかが多かったんだけど、何故か、そういう事を楽しむようになっちゃったのよね」


 ――リヴィがそう説明した。


「ショタリフ、ごめんなさいなの! さっきのは全部嘘なの! リヴィとは大親友なの! この腕輪も、ただの普通の腕輪なの!」

 

 謝罪するロイエに、リヴィが「もう! 謝れば良いと思ってるでしょ!」と責めると、「ごめんなの!」と、ロイエが頬をポリポリと掻きつつ、再度謝る。


 そんな二人を見ていて、ショタリフは気付いた。


 ロイエが人をからかうようになったのは、『()()()()()()()()()()()()()()』。

 更に、からかう相手は、その大半が、『()()()()()()()()()』。


(この人は……親を亡くしたリヴィさんを、これまでずっと、疑わしき人物たちから、守って来たんだ)


 そう考えれば、先程の行動も説明がつく。


 あれは演技であり、全ては、〝ショタリフが信用できる者かどうかを確かめるため〟だったのだ。

 何故なら、彼は、今、リヴィの一番傍にいる存在だから。


 そして、ショタリフは、自分の命よりも、リヴィを救う事を優先した。

 それを確認した事で、本日彼女が来た目的は果たされた、と言って良いだろう。


※―※―※


 その後。

 ロイエは一晩、リヴィの家に泊まった。


※―※―※


 その翌日。


「じゃあ、またね!」

「さようなら」


「じゃあ、またなの!」


 帝都の城門前にて、別れを告げた後。


 ふと、立ち止まったロイエは、振り返って、足早にショタリフに近付くと、その耳元で――


「あんた、合格なの。リヴィの事、任せるの」


 ――そう囁いた。


()()()()なの!」


 去り際にそう言いながら手を振ったロイエは、一体何に対して『頑張って』と言ったのであろうか。


「あの子、何て言ったの?」


 リヴィの問いに、ショタリフは、何と言ったものかと思案しつつ、答えた。


「またからかわれただけですよ」

「……ふ~ん」


 この時以来、ロイエは時々遊びに来るようになるのだが、ロイエがショタリフの耳元で何か囁く度に、リヴィが、面白く無さそうな顔をするようになった事に、ショタリフはまだ気付いていなかった。


※―※―※


 一週間後。昼下がり。


 魔帝国と人王国の丁度中間――荒野のど真ん中にて。


 魔族と人間の軍隊が、対峙していた。


 否、人間の方は、軍隊と呼べるかどうかも怪しい、少人数だった。

 

 驚くべきことに、人間側は、五人だけしかいない。

 対する魔族は、百人だ。


 通常、身体能力が高く魔法も使える魔族と戦うには、最低でも人間側は、その二倍以上の兵力を用意しなければならない。


 が、二倍どころか、圧倒的に人間の方が少ないのだ。


「おいおい、見ろよ!」

「なんだ、ピクニックか?」

「俺たちの事、舐めてんな!」

「嬲り殺してやるぜ!」


 殺気立つ魔族たち。


 と、その時。

 魔族の一人が、何かに気付いた。


「おい、見ろよあれ! もしかして――」


 そう。

 ローブに身を包んだ人間たちの内、一人がフードを取ると――

 ――その頭部に、王冠を着用していたのだ。


 妙齢の美女――プラチナブロンドの美しいストレートヘアは腰まであり、その麗しい翠眼は、全てを見透かすかのような知性を感じさせる。

 リヴィ以上の爆乳を持つ彼女が、悠然と前に進み出て来ると、その傍にいた別の人間が、叫んだ。


「女王様の御前だ! 頭が高いぞ!」


 その言葉に、魔族たちは、激しく反発した。


「何が〝頭が高い〟だ!」

「俺たちは魔族だ!」

「人間の長だから、何だってんだ!」

「むしろ、余計に念入りに嬲ってやりたくなったぜ!」


 舌舐めずりする男たち。


 彼らが――


「行くぜ! 野郎ども!」

「嬲り殺しだああああ!」

「オラアアアアアアア!」

「ヒャッハーーーーー!」


 ――一斉に、女王に向かって走って行くと――


「正に、蛮族と呼ぶに相応しい、下衆どもですわね」


 ――女王は、優雅にローブを脱ぎ捨てて――


 ――その下から現れた、女王の身体を見た魔族は――


「「「「「はぐわああああああああああああああああああああ!!!」」」」」


 ――女王に触れることなく――百人全員が、消滅した――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ