7 見守る時間(アシュリー視点)
「――せいっ!」
(今日もやってるね)
掛け声と剣を振る音が響く裏庭。
ただの廃材置き場と化していた場所に、彼女がいると気づいたのは偶然だった。最初は驚かせようとこっそり後をつけたら、ここにたどり着いたっていうね。
(はぁ、かっこいい……)
女らしいとか男らしいとかじゃなくて、騎士としてかっこいい。
(剣を振る姿も表情も、額の汗を袖口で雑に拭う仕草も全部好きー……)
――と、離れた所の木陰でこっそり覗き見しているわけですが。
(うーん、惜しい。その角度じゃ駄目なんだ)
俺が与えた試練はまだ二日目だというのに、いい線までたどり着けてる。
(こっからが正念場よ)
君なら出来る、なんて信じてるわけじゃないけど。
君なら出来てほしい、なんて希望はあるわけで。
「っ……!」
(あ、痛そっ)
剣で、木ではなく縄を斬りつけてるんだ。その縄が切れなければ、板はどうしたって変則的な動きで跳ねる。後頭部に当たって、痛みからか前かがみになっていた。
「…………あああああっ!!」
顔を上げ、ガンガン! と、力任せに木の幹を打ち付ける。
イライラを吹き飛ばそうと、加減なんていっさいなし。そのせいで手が痺れたのか、剣は地面へ落ちた。
(今日はもうやめるかな)
なんて予想に反し。両手で頬を何度か叩いた後、冷静に木板に向き直っていた。
(やっぱりいいよ、君は)
他人にはほとんど無感情なのに、自分の弱さに対してはそんなにも激情家。
(そういう姿、俺にも見せて)
喜び、怒り、悲しみ、楽しさ。
全部の感情を教えてよ。
(あ、でも、泣き顔はベッドの中とかがいいなぁ。気持ちよくて泣いちゃうとか嬉しくて泣いちゃうとか、そういう君を見れたら……)
もっともっと好きになる。
もっともっと、愛してあげたくなる。
(とかねー……。全部、両思いになってからの話なんですがっ)
て考え、これで何度目だっけ?
こっそりとその場を去って、向かうのはアレクの執務室。
机に積み上げられている書類の束の向こうで、今日もげんなりした表情が俺を出迎えた。
「はいはい、しんどいのね」
「これが僕の仕事なのは、分かってるんだよ? でも、やってもやっても減らない……」
「じゃ、少し減らすの手伝いましょ」
書類を何枚か抜き取って、そのうちの一枚をアレクの眼前へ。
「まず、川の水位が下がってるってやつ。騎士団に上流を調べさせたら、この間の豪雨のせいで地盤が緩んだのか大木が何本か倒れて、水の流れを塞き止めてた」
「木をどかすため、騎士団からも人を出そう」
「うん、すでに依頼済みよ。問題は、他にも地盤が緩んでそうな場所があるってこと。これも確認するよう指示出してある」
書類を一枚、また目の前へ。
「んで、こっちの問題ね。山に出没中の、猛獣の件があるでしょ。俺らが偶然倒したあれ以降、明らかな目撃情報はない。だからってもう安心なわけもないし、見張り小屋を作るのはどうかな。狩人たちや見回りの団員も、森の中で獣に襲われた場合にさ。逃げ込む場所が点在してるっていうのは、仕事する上で安心かつ重要だと思うのよ」
「いいね。それで行こう」
「はい、このふたつは解決っと。んじゃ、次」
「…………」
「男に見つめられても嬉しくないんですが?」
「君がいてくれて、ほんと助かるなーって」
「立派な国王陛下に有能な部下はつきもんよ」
「だね。けどごめん。君は、こういう仕事なんて――」
「あー、はいはい。蒸し返すのはなしにしてってば。俺は納得づくでこの立場にいるんだし、争いが起きないための今でしょうが。そのための卓上の戦いってのも、わりと楽しいよ」
「ん……そうだったね」
黙々と仕事を再開したのに、アレクがまた余計な話をし始めた。
「エマは、君からの試練をクリア出来そう?」
「さあね、知らないね、俺は彼女じゃないし。つかさー、なんで知ってんのよ」
「秘密」
「……頼むから、城外はひとりで出歩いてくれるなよ」
「それはもちろん。ね、クリア出来なかったらどうするの? 騎士団員として、彼女の剣の腕前は申し分ないんだ。即戦力である第一部隊でなくとも彼女に合う部隊はいくらでもあるし、それこそ伴侶に――っていうのも無理か」
「うん」
「強くない彼女に興味はない?」
「うん」
ペラリ、ペラリと手元の書類をめくる。
「彼女の中身も好きなんでしょう?」
「うん」
「なのに手放すんだ」
「手に入ってもいないよ」
ため息と一緒に、書類をアレクの手元へ放り投げた。
「つか、無駄話が過ぎてね?」
アレクも「そうかもね」と軽く肩をすくめ、俺が放った書類を手にする。
「ああ、これ。橋の修繕の案件、予算を少し回して。――何臆病になってんの? 君は彼女に積極的なフリして、かなり消極的だ」
「次の予算会議の議題になってる。――どこが消極的だって? 盛大に抱きついてアプローチしてるのにさ」
「なにこの、飼い犬の捜索願いって。犬の似顔絵、上手だね。――それだって虚勢でしょ。君なら、もっと正統派のアピールするはずだよ。花束持って片膝着いて、子猫の青の瞳で見つめながら愛を語る。それで落ちない子なんていないでしょう?」
「あー、ごめん。それ、掲示板に張り出そうとしてたやつだ。なんでか紛れ込んでる。似顔絵、飼い主が描いたんだってさ。――正統派アピール? 子猫の青の瞳? そんなもん通用する子じゃねっての」
互いにバンッ! と机へ両手を突いて、勢いづける。
「ちゃんと見つめてもないくせに!」
「だからお前、どこで見てんだよ! つか、見つめたって意味ない! そもそも彼女が俺を見てない! 彼女が興味あるのはいかに自分が騎士として正しく成長出来るかで、結婚だとかは騎士に不要って考えなんだ!」
「だったら、国王命令でふたりを結婚させようか!?」
「――マジで言ってんなら、俺はお前に牙を剥く」
「…………ごめん」
肺に溜まっていた空気を全部吐き出すほど、ふたり同時にため息をつきながら着席。
「……お前が俺に幸せになってほしいのも、俺に負い目を感じてるのも理解してる。でも何度も言ってる通り、俺はちゃんと自分で選んでこの位置にいるんだ。彼女に対して臆病なのも認めるけど、彼女の志を無視するわけにはいかない。俺も、騎士だから」
「うん……」
俺だけ立ち上がって、何枚か書類を机上に戻した。
「これ、先に目を通しておいた。お前も内容確認して、サインしといてね」
「うん、分かった……」
シュンッとしているアレクに、苦笑する。
「ま、見てなって。そのうち、俺の伴侶だって彼女を紹介するからさ。この顔も地位も通用しなかろうと、強い相手には興味を示してくれるしね」
「強いってどう示すつもり?」
「あー……考えとくよ」
そんなやり取りに笑い合い。今度こそ部屋を出ると、ようやく俺は表情を消した。
(参ったねー……。アレクにあそこまで心配させちゃ駄目でしょ、俺)
国王陛下は、部下のことで心を悩ませちゃいけないんだ。
(俺が、もっとしっかりしないと)
全部を守るなんて無理だとよく言われる。
それでも俺は、全部を守れるぐらいにならないと。
国も、国王陛下も、民も、部下も、愛する人も。
(何も出来ずに死なせてしまうなんて、二度とごめんだ――)