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6 強さを目の当たりにして覚える感情は、尊敬

 毎日ではないにしても、アシュリー様は相変わらず私を捜し当てては、ひとしきりしゃべって帰って行く。

 そんな日々が、あれから一週間も過ぎた頃だろうか。以前から気になっていた事の真相を、初めて同僚から耳にした。


「アシュリー様が団員と手合わせしないのは、昔から?」

「ああ。どんなに頼んでも、あの調子で逃げちまう」


 先輩方との雑談中に、そういえば……と聞いてみた、団長へ手合わせを願うには手続きが必要かどうか。

 ところが答えがそれでは、私も驚きを隠せない。


「騎士団の設立当初から、決まっていたルールなのでしょうか」

「いや? 俺が聞いた話だと、そうじゃなかったらしいぞ。ちなみに俺が入団した頃は、もう手合わせ禁止だったな」

「アタシが入団した時も、禁止になってたよ。理由は誰も知らなかったね」

「オレが聞いたのは、新人に負けそうになったから威厳を保つため、だったぜ。オレが入団する数年前にそうなった、とか聞いた記憶があるな」

「その新人って誰よ。団長が強いのは嘘じゃないのよ? それより強いとなれば、ここでそれなりの地位になってるんじゃないの?」

「それは……ほら、あれだ。強いのが分かって、他の国で腕試ししたくなったとか」

「だからそれどこよ」

「……さあ?」

「お話になんないわね」

「ま、残念ではあっても、他にも手合わせしてくれる相手は多いからなぁ」

「そうね。忙しい方には違いないし、実際は手合わせまでしてる時間がなくなったんじゃない?」

「いやいや、あの団長だぜ? もー、毎日毎日ひっきりなしで疲れた! やんない! とかって理由かもだぞ」


 ありえそうだと、ドッ! と笑い声が起きる。


「そんなわけだ。エマも、団長との手合わせは諦めな」

「たまにはアタシとどう?」

「ぜひお願い致します」


 手合わせは、相手の実力も自分の実力も知るよい手段。

 あの薪割りの件もあり、だからこそアシュリー様と手合わせ出来ないのが残念でたまらなかった。


(しかし、真実はどれなのか)


 まさか本当に面倒だから、ということも……。


(……こればかりは、絶対に違うとも言い切れないような)


 なにせああいう人だ。本当に「疲れるんだもん」とでも言われれば、誰もがきっと納得する。


(いつか、この件に関して質問出来るといいのですが)


 そのきっかけは意外と早く、同日の自主練中。いつもの裏庭で、枝にぶら下がっている板を剣で小刻みに打っている最中にやってきた。


「君さー。そんなんで騎士団の上を目指してるなら、自分の国に帰ったほうがいいよー?」

「――!?」


 カカッ! と音が乱れて、木板のスイングが途切れる。

 声の主は見なくても分かるが、振り返れば積み上げられている廃材に、ヒョイッとアシュリー様が座ったところだった。


「なぜかを聞いてもよろしいでしょうか」

「今の、責めてるわけでも呆れてるわけでもないよ? ぅんでもねー、その板を人に見立ててるんだとしたら、全部受け身じゃん。ちゃんと斬り倒さないと、あっさりられちゃう。俺、君には長生きしてもらいたいし、だから帰りなよってこと。うちに、そんな受け身の子はいらなーい」


 言うだけ言うと廃材から飛び降り、自分の剣を抜く。

 振り子の動きもとっくに終わっていた板へ、アシュリー様はカンッ! と勢い良く剣を叩きつける。それが斬り倒すなのかと疑問に思った、次の瞬間。


「よーいしょーっと」


 やけに気の抜けた掛け声で、剣を振り切る。

 枝に吊るされていた木板は割れるでもなく、そのままの形で地面へガランッと落ちていた。


「今、何を……」

「さー、なんでしょね。とにかくさ。俺は君が好きだけど、贔屓するつもりはない。君もそろそろこれぐらい出来るようになってねってことで、期限は五日後。はいよろしくー」


 笑顔のアシュリー様が立ち去ると、私はすぐに板を確かめた。


「縄を斬って……」


 攻撃対象は鎧でもなんでもない。縄なら切れるにしたって、彼は一振りで終わらせた。

 勢いよく揺れている縄の動きは不規則で、いくら切れ味鋭い剣でも一発で成功するのに運など関係ない。


(当てた勢いで、縄が剣に巻き付く可能性もあったはず)


 そうならない瞬間を見定め、剣を振り切った。あの短時間で、すべてを見切った上での行動だ。


「…………」


 剣の柄を、ギリッと握りしめる。

 私の中に疑問の余地はない、「悔しい」という感情が芽生えたのだ。

 彼を見返したいとは違う。

 ここではきっと、これぐらい出来て当然で。そして今、これが出来ないのは私だけに違いない。それが悔しくてたまらなかった。


(必ず成し遂げてみせますっ)


 それからの日々。私はひたすら自主練に励んだ。朝早く起きて自分の時間を作り、夜は参考になりそうな本を読み漁り。寝不足になっては身も蓋もないと、そこは考えつつ励み続けた。

 理由も単純で、なんとしてでも彼に認めてほしい。

 その一心だった――。


 **********


 親愛なるお父様、お母様へ


 お父様、お母様、お変わりございませんでしょうか。

 私はまだまだ新人として覚えることも多く、一分一秒も無駄には出来ない日々です。

 そして新人らしく……と言っていいのか悩むところですが、難題にぶつかっております。本来、お手紙を書く時間もその難題に向けて励むべきなのですが、焦っている自分を落ち着かせるためにも、こうしてしたためている次第です。


 この難題をクリアしなければ、騎士と名乗るなど到底出来ません。なので毎日努めているのですが、これがなかなか……。あらゆる資料を読み、理論は理解しても体現するのが難しく……。

 それでも私は、負けたくありません。あの方にではなく、自分の弱さや、諦めの気持ちに。


 こちらは風も冷たくなり、晴れ間も少なくなってきています。そちらも、そろそろ寒くなる頃かと。体を冷やさぬよう、気をつけてお過ごしくださいませ。


 エマ = ウィルバーフォースより

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