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4 絶賛、塩対応中

「エマ。武器の手入れが終わったら、午後の休憩に入るといい」

「はい、ありがとうございます」


 それならば、天気もいいことだ。食堂で支給される昼食を包んでもらい、向かうのは寂れた裏庭。

 元々この裏庭には、稽古場や休憩所があったと聞いた。だがあまりにも設備が悪く、陛下が表側の日当たりも良い場所に稽古場や休憩所を作ってくださってからは、こちら側に来る者はいなくなったという。


(わたくしとしては、静かで良い場所です)


 国王陛下と騎士団長のお墨付きという、鳴り物入りで入団して一週間。否が応でも注目はされた。

 こちらとしては運が良かっただけという認識でいたが、諸先輩方が納得してくれるとも限らない。

 何かしら洗礼は受ける覚悟を決めてはいたが、陛下のおっしゃる通りで、これまでそういった出来事はなかった。


 性別は関係なく、全てにおいて実力主義。互いに助け合う、実力を認め合うことも忘れないという、暗黙の了解が出来上がっているのも素晴らしい。

 祖国では決してなかった、自分の力を存分使えるこの状況は素直に楽しく。覚えることは多く訓練も厳しいが、ようやく自分の居場所を見つけたと、充実した日々を送れていた。


(しかし、国王陛下と一般市民とがちかし過ぎるのは驚きですね)


 城内のみとはいえ陛下はひとりで出歩いては、井戸端会議に参加している。気さくな性格と言えば聞こえはいいが、そのたび騎士団長のアシュリー様がものすごい勢いで捜し当てては怒っているのが、城内名物なのだとか。


(個人的にはアシュリー様が自由に出歩き、陛下がそれをたしなめる姿のほうがイメージしやすいのですが……)


 私の中での、騎士団長ではないアシュリーという人物の評価はまだその程度。初対面がアレだ、これは仕方ない。

 しかもアシュリー様は、陛下の右腕として政務にも努めていらっしゃる。その忙しさからか、彼は剣を持って私たちへ稽古をつけてはくれないのだ。

 これではどうしたって彼の評価は低く――とまで言わなくとも、上がる気配は私の中になかった。


(わたくしを好きだと言いますが、これもどう対処していいのか……)


 騎士団長に求婚されていると周りに知られないよう、配慮してくださっているのは伝わった。

 大々的に宣言するかと身構えていたが、迫って来るのは私がひとりで稽古をしていたり、周りに誰もいないと分かっている場所でのみ。おかげでこの件を知っているのは、今のところ陛下以外は誰もいない。


(平等を大事にしている方なのだと、他の団員との会話で知れましたし……)


 能率を重要視しているのは、陛下よりもむしろアシュリー様だ。

 適材適所が一番であり、出来ないことをいつまでも無理にさせるべきではないと、全ての団員の得手不得手を定期的にチェックしているのだという。


(さすがは騎士団長様、と言いたいところですが――)

「やっほい、エマちゃん!」

「…………」


 気配に気づけないのは私がまだまだ未熟者だからと思っていたが、どうやらそれだけが原因でもなく。アシュリー様は体が小さいせいもあってか、とにかく気配を消して近づくのを得意としていた。

 おかげで今みたいに、目の前に現れたり背後に立たれて気づく始末。


「やっと会えた!」


 ドスッ! と遠慮なく真正面から抱きついて私の胸に顔を埋め、今日も不満げに見上げて来る。


「おっぱい、かたーい……」

「剣の稽古で大きい胸は邪魔なので、布を巻き付けております」

「あの日の柔らかさを知っている俺としては、これはちょっと……」

「ならば、こうして抱きついても楽しくないと理解出来たかと。次からは、普通に挨拶をしていただけますでしょうか」

「それはそれ、これはこれでーす。抱きつけるのは嬉しいもん。エマちゃんが、俺に抱きついてくれるんでもいいけどさ」

「その可能性は、ゼロではありません」

「ほんと!?」


 アシュリー様が一歩距離を置くと、両手を大きく広げる。


「はいどうぞ! 来て! ぎゅって!」

「わたくしから進んで、ではなく。どちらかが誤って転んだら、という偶然が生じた場合などの話です」

「遠回しでもなく、自分の意志では抱きつきませんって言われてる……!」


 ガクーッと、腰を折るほどうなだれたアシュリー様。

 これで少しは諦めるかと期待したのに、どうやらそれはないらしい。


「ま、いいや。それだって、君から抱きついてもらえたようなもんだし。だから、転ぶのは俺の前だけにしてね。俺もエマちゃんの前でだけにするよ。あ、もうお昼でしょ? 今日は、同じ時間に昼休み取れたからさ。エマちゃんと一緒に食べたくて捜してたのよ」

「断る理由がございません」

「ぅんじゃ、遠慮なく」


 ニコニコと笑顔のアシュリー様は、さすがの可愛さ。身長も私の胸元ぐらいと低いからか、一生懸命見上げてくる仕草も愛らしさに拍車をかけていた。

 異性になんの感情も持たない私ですら、月光を集めたと称される金の髪と、子猫の青と呼ばれるキトゥンブルーの瞳には何度も見惚れてしまう。


(だとしても、この見た目に騙されるわけには)


 彼の強さ、怖さを知っている者たちは「切断劫火グレネイドディバイドの騎士」と陰で呼ぶ。

 まだまだ記憶に新しい昔。彼は陛下と民のため、燃え盛る火ですら恐れず戦場を駆け抜けたのだ。

 ――と、毎回思い、同じ騎士として尊敬してはいるものの。

 私の中での騎士団長と周りが評価する騎士団長とが、なかなか綺麗に重ならなかった。


「ねえねえ、あーんってして? もしくは、してあげよっか」

「あーん……ですか」


 パカッと開かれている口。

 手にあるサンドイッチをそこに入れろというなら、入れるまで。


「どうぞ」

「んぐっ!?」

「まだ入れましょうか」

「う、っ……ちょ、ま……なんか思ってたのと違う! 俺の顎から、まず手を離して!」

「あーんとは、口に食物を入れてほしい場合の効果音なのでは?」

「もしかして、本気で分かってない?」

「違いましたか」

「マジか」


 驚いているアシュリー様が、なぜ驚いているのか分からない私としては、引き続き首を傾げるしかない。


「ね、エマちゃんが口を開けてみて」


 言われたとおりにすれば、アシュリー様がそっと口にサンドイッチを入れてくれる。反射的に噛みつけば、すぐ近くにある顔はひどく満足げだ。


「俺の言うあーんは、こんなだよ。恋人同士とかがイチャイチャする時にね、よくやるのよ」

「なるほど。それが一般常識なのですね、勉強になります」

「エマちゃんって、だいぶ真面目だね」

「申し訳ございません」

「なんで謝るのさ。俺、そういう君が好きよ?」

「恐れ入ります」


 軽やかな笑顔への返答は素っ気ないのに、とくに気にされたふうでもなく。


「この後の予定は?」

「書庫へ。歴史書や、薬草などの本を借りたいのです」

「あっ、俺も返す本あるんだった! 後でまた声かけるよ。じゃあね!」


 引き際は、いつも拍子抜けするぐらいにあっさりだ。

 私も他人から「何を考えているか分からない」と言われるが、彼もまた、私とは違う位置でよく分からない。

 ただただ不思議がりながら書庫へ向かい、お目当ての棚で背表紙をひとつひとつ確認していく。


(医療や薬草に関して、新しく知識を蓄えねば)


 怪我や病気にかかるのは城内や城下町といった、すぐに医師を呼べる場所とは限らない。

 山中の偵察や野営に医師が必ず同行するとも限らず、そういう時、少しでも正しい知識を持っていればきっと役立つ。

 幼い頃からその手の本を熟読し、平均以上の知識を持っている自信はあるが、国が変われば生える植物も変わり、治療方法が違う可能性もある。郷に入っては郷に従え、だ。


(近隣に生えている薬草が分かる本は…………)


 それらしいタイトルを見つけたが、棚の一番上。いくら背が高かろうが、さすがに天井近くにある本には手が届かない。

 踏み台を移動させ目当ての本を取り、台の上でそのまま数ページめくる。


(やはり、祖国にはない薬草がいくつも……。これからの季節、山に生えるのは――)

「やっぱ、いい足してるよねー」

「――!?」


 背後の声が誰かどうかも確かめず反射的に取った行動は、振り向きざま勢い良く踵落としを決めること。


「どっせーい!!」


 振り下ろした足が決まるギリギリで掴んだのは、アシュリー様だった。


「高い位置にいる者へ、背後から突然声をかけるのは危ないのではないでしょうか」

「い、今っ、まさに今! 危険が持続しているわけですが!? あと俺、確かにエマちゃんに足技決められたいとは言いましたが、それって俺の伴侶になってからで、なんつーの? 愛ある蹴りとか、足での締め付け的なやつでね!? こういう、殺傷能力全開で振り下ろされるのは――ていうか、なんで足の力を緩めてくれないんですかー!?」


 ググッと力を込めて足を下げ続けているのは、わざとだ。


(しかし、今のタイミングでわたくしの足技を受け止めるとは……)


 偶然であろうと決められなかった不満を覚えつつ力を抜けば、足を掴む手も離れた。


「いやー……高い位置から振り下ろされる速度のある踵落とし、大迫力でした。いいね、自分の利点を活かす技って。そういうの、自分で理解してるのも大事よ」

「お褒めいただき、ありがとうございます。わたくしに何かご用でしょうか」

「さっき言ったじゃん。俺も本を返しに来たんだよ。つか褒めたのに、なんでいきなり踵落としなの」

よこしまな気配を感じたからでしょうか」

「うっ……確かに邪でした。でもほんと、エマちゃんのあんよは魅力的なのよ。ズボン越しだろうと触りたいのを、我慢してたのよっ。それが目線と同じ高さにあったから、つい……」

「胸には平気で飛びついてくるのに、足に触るのは我慢されたのですか?」

「ちゃんと前からじゃん。後ろから突然なんて、それはさすがに出来ないよ。……本当は前からだろうとしちゃいけないのは承知してても……そこはほら。エマちゃんが避けないのをいいことにっていうか…………うん、はい、ごめんなさい」

「いきなりどうされました」


 突然しゅんっと謝罪されれば、そう問うしかない。


「勢いだけで飛び込んでたなーって……」

「今さらですね」

「俺としては、届け一途な想い! って気持ちではあったのよ? で、君も反応薄いし。だからってしていいってわけじゃないよなーとか、ほんと、今さら反省した次第です……」

「嫌と思ったことも、良いと思ったこともありません」

「それはそれで辛いー……。俺に興味ないってことじゃん……」

「面倒くさいですね」

「はい、ごめんなさい! 俺もそう思う! ていうか俺、恋するとこういうタイプになるとか自分でもびっくりよ! 感情の振り幅がすごくて、なかなかの神経衰弱起こしてんの!」

「今は誰もいないとはいえ、ここは書庫です。お静かに」

「…………」


 アシュリー様が黙ったところで区切り的にもちょうどいいと、くるり、踵を返す。


「これから行きたい場所もありますので、まだ話があるというなら道中に」

「う、うん、はい!」


 怒ってはいないと判断したのか、アシュリー様が私の後ろを軽やかについて来る。

 外に出てある場所へ向かう間、私から話を戻した。


「わたくしの足は筋肉質で、女性特有の柔らかな感触はあまりないかと存じます。抱きついたところで、面白みに欠けるのではないでしょうか」

「とんでもございませんっ。腰から下にかけてすらっと伸びる足とか、川で見たとき超綺麗だったよ? 水で濡れてる肌も艶かしくて……思い出すだけで、なんかもう、こう……ね?」

「興奮されるのですか」

端的たんてきに言うと、まさにそれ。俺も存外、男なんだなーってしみじみ思う日々なのよ」

「今まではあまりなかったと?」

「重きはそこじゃなかったかな。もっと若い頃から、国とアレクのためにって駆けずり回る日々だったからねー。恋とかは……小さい頃に年上のおねーさんに初恋とか、そういうのがあったぐらい」


 とととっ、と数歩前に出たアシュリー様が、私に向き合う形で立ち止まる。


「でもね? 今はエマちゃんだけ。てことで、この後の予定ってすぐ終わる? 一緒にお茶しよーよ。もっとさ、色々と話したい。そうしないと俺を知ってもらえないし」

「あいにくと、この後は大事な方との約束がございますので」

「なにそれ誰それっ」

「気になるなら一緒に来られますか?」

「行く! 俺のエマちゃんなのにっ」


 俺の、と言い切れるこの自信はどこから来るのかと、半ば感心しつつ食堂の裏へ。

 薪が置かれている場所で斧を掴めば、アシュリー様も予想がついたようだ。


「調理場用の薪割り、頼まれてたんだ」

「冬支度が始まる今。男手はあちこちに必要で、なかなかこちらまで手が回らないらしく。ここで女性たちが集まりどうするか相談しているところに、わたくしが通りかかりました」

「自分がやるって名乗り出ちゃったのね」

「勝手に約束を交わしてしまったのは、違反になるでしょうか」

「ううん、ならないよ。城の中での手助けも……とくに力仕事はね。騎士団が手伝うのはよくあるんだ。ぅんでも、次からは報告してね。そしたら休み時間じゃなくて、就業時間内に役割として与えられる――んだけど、そこまで男手足りなかった?」

「担当していた方々の、体調不良が重なったそうです」

「そういうのも、報告してくれていいって言ってんのになぁ。みんな、騎士団も忙しいからって遠慮しちゃうのよね」


 言いながら、アシュリー様が斧を構えたのにはさすがに慌ててしまう。


「わたくしが受けた仕事です。アシュリー様までされる必要は……」

「ふたりでやったほうが早いもん」


 カコーン! と、アシュリー様が綺麗な音を響かせ、薪割りを始める。

 ひとりでやるとしつこく言うのも気が引け、こちらも黙々と作業をする間。チラチラと、彼を気にしてしまう。

 なにせ、武器を振っている姿を初めて見たのだ。どうしたって興味は湧くし、斧を軽く当てているだけなのに、薪が真っ二つになるのも驚きだった。

 まさしく一刀両断だと感心していると、黙って薪割りする気はないのか。


「ねーねー、エマちゃんは何が好き?」


 ある程度作業が進んだところで、アシュリー様が手を止めず質問してくる。


「漠然としすぎていて答えにくいのですが」

「あ、そっか。食べ物では何が好き?」

「果物は、なんでも好みます。体力や筋肉を作るため肉は一日一回かならず食べ、野菜も多く摂取いたします」

「俺も果物と、卵料理かな。小さい頃からアレクも俺も、卵が大好きなんだよね」

「そうですか」

「あとはー……あっ、きょうだいは?」

「すでに他国へ嫁いでいる、十の歳が離れている姉が」

「似てる?」

「いえ。姉は父に似ましたが、私は母親似です」

「俺は一人っ子で、母親似。これがびっくりするぐらい似てるんだ。髪色とか顔立ちとか、背丈も」

「瞳の色もですか?」

「ううん。これだけは親父と同じ」

「お父様というと……革命を始めるに辺り、陛下の相談役のひとりになった方かと」

「よく知ってんねぇ」

「こちらの歴史書にございました」


 祖国で、彼の話を耳にした記憶はない。

 ここの書庫で国の歴史も勉強しようと読んだ本に、オルブライト一族のおさとあり。かなり腕の立つ人物であったようだが、それ以上の情報は見聞けんぶん出来なかった。


「城内で見かけませんが、すでに引退されているのでしょうか」

「引退っつーか、会えないよ。革命が終わる直前に死んじゃった」

「…………」


 薪割りの手が止まってしまう。アシュリー様はまったく気にしてないのか、手早く割り続けていた。


「ま、ずいぶん前の話で過去の人にはなっちゃってるしね。騎士団でも知る人ぞ知るって扱いで、わざわざ説明なんてしないしさ」

「知らないとはいえ……」

「いいのいいの」


 気まずさを打ち払うべく作業を再開すると、アシュリー様の質問も再開した。


「エマちゃんの趣味は?」

「鍛錬と読書です」

「休日の過ごし方は?」

「鍛錬と読書です」

「実家では、どんなふうに暮らしてたの?」

「鍛錬と読書です」

「…………」


 突然の沈黙も、先程の気まずさよりもよっぽど私には慣れたものだった。


「わたくしとの会話は、アシュリー様でなくとも続きません」

「なんすか突然」


 振り上げていた斧の動きが、そこで初めて止まる。私も腕を下ろし、彼と向き合った。


「誰が相手であろうと、わたくしは会話を広げられる社交性がないのです。今のように趣味は何かと聞かれれば、読書と答えます。どの本が好きかと聞かれれば、タイトルを伝えます。どう面白かったかと聞かれれば、面白かった部分を答えますが、それではただの質疑応答。相手も楽しめないかと。これまでもみな、最後は沈黙されました」

「他の奴らは知らないけどさ。会話が楽しくなかったわけじゃなくて、俺、しつこいかな? って、また心配になったのよ。で、ちょっと落ち着こーって、黙っただけ。俺、エマちゃんと話すの楽しいよ。分かりやすいし」

「分かりやすい、ですか……」

「うん。だって、君なりに真剣に答えてくれてたじゃん」


 今度は、私のほうが言葉を失ってしまう。


「会話を広げられたり社交的ってのも、そりゃいいんだろうけどさ。女の子って、わりと話が脱線するでしょ。会話の出だしと着地点がまったく違うっていうの? そうなると、俺が聞きたかったのはそういうことじゃなくてー、とかなっちゃうわけ。もちろん、それが駄目とも言わないよ? ぅんでも、エマちゃんは俺の問いに的確に答えてくれるじゃん。話を脱線させないって、結構難しいんだよ。話のテンポもよくて、俺は好きー」

「……アシュリー様は、変わり者だと言われませんか」

「少数派の意見だった?」

「少数どころか、初めての意見です」

「新鮮な気分にしてあげられたなら、俺としては嬉しいな。ていうか、その程度で自分を変わり者にする必要なくね? 多数派の意見が絶対とは限らないんだ。自分をわざわざ落とさないよう気をつけて。ぅんでも、俺が変わり者って評価は正しいかも」

「承知しました」

「承知しちゃうんだ」

「アシュリー様が変わっていないとは、到底思えませんので」

「ははっ! エマちゃんの正直さも気持ちいいね!」


 その正直さを嫌う人がほとんどだというのに、アシュリー様は長所として受け取ってくださるのか。

 なるほど、この人は誰かを評価する際。その者の短所も、長所である可能性を見る目をお持ちなのだ。


「よっと、これで終わり!」


 コーン! と音を響かせ、斧を置く。


「この後はさすがに休憩でしょ? 一緒にお茶しようよ」

「わたくしは、剣の稽古をいたしますので」

「もしかして普段からそんな感じ?」

「はい」

「うーん……それは俺が誘ってるから関係なく、あんまおすすめしない。休み時間は、休むために設けてるんだ。休んでよ、ちゃんと。でないと午後の仕事が辛くなるよ。今日ぐらい大丈夫って考えも、出来れば捨てて。疲れも、積み重なると病気になるんだ」

「休んだ上で、残りの時間を有意義に使いたいのです。わたくしは、ここで一番の新人。ですが、新人のままでいたくはありません。わたくしが目指すのは、アシュリー様の立ち位置です」

「騎士団長になりたいんだ」

「そうではなく、誰からも認められるほど強くなりたいのです」

「へー、強くねー……ふーん?」


 その言い回しは見下すとは違うが、「思ってたよりは分かってなかったか」という含みを感じた。


「強くなりたいと願い、それを叶えるために動くのはいけませんか」

「じゃー質問。君の中の強い人ってどんなの?」

「弱者を守り、常に清く正しく、国王陛下と民のために存在する者です」

「その結果、君を守るのは誰になるわけ?」

「……え?」

「弱者を守る、いいことだよ。常に清く正しく、いいんじゃない? 国王陛下と民のために、うん、騎士としては間違ってない。ぅんでも君が強い者となったら、君を守ってくれる人は誰?」

「それは……」


 アシュリー様が最後に割った薪を拾い、手渡しながら見せる瞳。

 それは間違いなく、初めて見る彼の真剣さだった。


「エマちゃんは、俺みたいになっちゃ駄目だよ」


 謎めいた言葉だけ残し、消えてしまった相手。

 残るのは、彼の割った薪ぐらいだ。


(今のはどういう意味で……)


 誰からも慕われ、騎士の中の騎士だと讃えられ、国王陛下から絶大なる信用を得ている。

 万が一陛下が指揮を取れない状況が訪れた際、全ての実権を握れる立場である人だというのに。多くの民から信頼もされ、憧れられているというのに。


(未熟なわたくしには、まだ理解出来ないのでしょうか)


 転がる薪の断面を眺めて嘆息たんそくしていると、「綺麗な切り口だ」というぼんやりとした思考が、徐々に前面へ出てくる。


「――切り口が綺麗?」


 まさかと片割れの薪も拾い上げ、断面を確認する。


「美しい……」


 これはまるで、果物を真っ二つに斬ったかのよう。

 他の薪も確認すれば、どれもが綺麗な切り口だった。


「振り下ろす角度、速度、すべて見極めていなければここまでは……」


 それに、そうだ。私と違う点はまだあった。


(アシュリー様は、汗をかいていなかった)


 私は今の薪割りで背中や額に汗が伝うほどなのに、彼のシャツには汗ジミひとつなく息も乱していなかった。それだけ、力の配分も心得ているという証拠だ。


(踵落としを受け止めた、あれも偶然ではないと……。わたくしの動きを完全に読んでいたのですか、貴方は)


 持っていた薪を、積んである薪山の上に放り投げる。

 謎めいた言葉も引き金となり、今までになく彼に興味が湧いた瞬間だった――。


 **********


 親愛なるお父様、お母様へ


 お父様、お母様、お手紙を送るのが遅くなり、申し訳ございません。

 おふたりの娘はグーベルク国へ到着し、無事に騎士団員となることが出来ました。お父様が書いてくださった紹介状のおかげもあり、手続き等も実にスムーズに進められ、大変助かりました。


 すべて話すとあまりにも長文になるので割愛しますが、とあるきっかけがあり、私は国王陛下と騎士団長様のお墨付きという、鳴り物入りで入団いたしました。

 そんな私であろうとも先輩方はみな優しく、時に厳しく指導してくださいます。


 陛下もまた、大変気さくな方です。私のような新人であろうとにこやかに挨拶をしてくださり、世間話もしてくださいます。

 ですがその気さくさも、騎士団長のアシュリー様にしてみれば「誰にでもあんなだしひとりで平気で出歩くし、いくら腕っ節が強いからって心配!」と、悩みのタネとなっているようです。


 そのアシュリー様も大変気さくな方で、ともすれば気さく過ぎるきらいもあるにはあるのですが、良い方なのは間違いありません。過度な接触も最初は驚いていたのですが、すっかり慣れてしまいました。


 彼は不思議な方でもあります。腕が立つのは間違いないのに、どういうわけか手合わせをしてくださいません。

 みな、それを当然として過ごしているだけに、私も聞けないままでおります。いつか理由が分かり、可能であればぜひ手合わせを願いたいものです。


 また必ず、お手紙いたします。

 お父様もお母様も忙しい日々かも知れませんが、根を詰めずお過ごしくださいませ。

 

 エマ = ウィルバーフォースより

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