17 進展どころか(アシュリー視点)
どんなに陰鬱な気分でも。
どんなに明日なんて来なきゃいいのにと願っても、太陽は昇る。
一睡もしていないのに、頭の芯は妙に冴えていて。ふつふつとした苛立ちは俺の内側を燻らせたまま、アレクの執務室で書類の山に囲まれていた。
「……あのさ、アシュリー」
「何よ」
「何よ、じゃないでしょ。そんな不機嫌な顔で一緒に仕事されても、やりづらくってしょうがない。ニコニコ笑ってろとは言わないけど、せめて無表情でいてくれないかな」
「無理。いろいろ虚しくなりましたー」
ごちっと机の平面におでこを当てて、突っ伏す。
「エマとの関係が? 昨日の夜、告白したんでしょ?」
「ラブレター貰ったのよ」
「今度こそおめでとうじゃない! ……なんで不機嫌?」
「城下町で女の子から預かったっていう俺宛のラブレターを、エマちゃんから」
「なにその地獄……!」
「でしょー? 俺、ずーっとエマちゃん好き好き大好き! って叫んでたのに、これだもん。無理になったらはっきり振ってってお願いしたことあるけど……さすがにこれは違くね?」
「その手紙、どうするつもり?」
「市場で働いてるって書いてあったから、受け取れないって朝一でお返しして来た。いい子だったよ。好きな方がいるんですよね? 応援してますって、頑張ってくださいって。……でもねー、頑張るの疲れちゃった。エマちゃんにも、他の子を伴侶にするとか涙目で捨て台詞吐いちゃったし」
「エマに怒ってるんだ」
「……彼女は悪くない。手紙を渡してって言われたら、頷くしかないでしょ。彼女は騎士団員で、俺の部下だもん。……ぅんでも、やっぱやるせなくなった。エマちゃんはそういう性格なんだし、まだまだ負けるもんか! なんて勢いのみで彼女に突進するには、さすがの俺も心が折れましたー。てことでアレク、女の子紹介して」
「僕が紹介出来そうな子って、全部どこぞのお嬢様ばっかりで、アシュリーが一番苦手とするタイプだよ」
「……エマちゃんみたいなタイプは、どこにもいないでしょ。あの子、かなり特殊設定の持ち主だもん」
それじゃあとアレクが近くの引き出しを漁り、一枚の封筒を取り出した。
「舞踏会の招待状。貴族の大々的なお見合いで、僕も毎年招待されるやつ。明日開催なんだ」
「あー、あれね。ぅんでもアレク、断ってたじゃん。例の山狩りが、いつ決行されるか分からないしって」
ずっと話し合っていた、山狩りの決行日。
天気予報士の話も狩人の話もまとまり、今週中がいいだろうと今朝の会議で決まったばかりだ。あとは朝の山頂付近の雲を確認し、当日に決行するかの判断をする、とも。
「俺も今週は外回りの担当外してもらって、基本、城に待機する予定でいたんだけど?」
「何も、戦が始まるわけじゃないんだ。舞踏会も夕方からだし、山狩りが行われてなければ君がいない間の二、三時間、僕ひとりでも対応出来るよ。気分転換も兼ねて、行っておいで。君、休日も部屋で仕事してるでしょ。僕、知ってるんだからね」
「それはお互い様でしょ。……まぁ、最近の貴族がどんな話題を中心としているかは俺も知っておきたいし、行っておくのはありかなぁ」
「君ならあちらも大喜びじゃない? オルブライト家の主であり、麗しの騎士団長様だもの。きっとみんな、踊ってほしがるよ」
「そういえば俺、モテるんだったわ」
「火遊びは駄目だからね」
「しないしなーい。つか出来ない。俺、遊びで誰かと付き合えないもん」
「……ごめん、馬鹿なこと聞いた」
「やけにならないか心配してくれてんでしょ? ありがとね」
「どういたしまして。君が行くとは、僕から主催者に連絡しておくよ」
「はーい、よろしくどうぞー」
――で、翌日。
(うーん……ものすごーくつまらない)
舞踏会自体は、豪華すぎず地味すぎずで、質も品もいい素晴らしいものですよ?
そういう場所だから俺も正装して来てるわけで、自分で言うのもなんですが非常にかっこいいんですよ?
(女の子たちも可愛いよねー)
白や、淡い色のドレス。見合った髪型や装飾品。艶やかな唇。甘い香り。
この日のためにみんな頑張ったんだろうな、と感心する。
(可愛いんだけど……)
可愛いだけなんだ、俺の目には。
そういうんじゃないんだ、俺が求める相手は。
(強くて動きがしなやかで、戦いの場で俺の背中を安心して任せられて。俺がもし先に死んだら悲しみはしても、ちゃんと俺の代わりにアレクを守ってくれて……)
そんな子、この場にいるわけない。
というか、そんな子はきっとこの世でひとり。
(会いたいなー……会いたいよ、エマちゃん。今すぐ君に)
だって、あれから一度も顔を合わせてない。
故意にじゃなくてスケジュールの都合上――……いや、違うか。会おうと思えば会える時間はあったのに、俺が会いに行かなかった。
(どの面下げてじゃん)
昨日の今日みたいなものだ。向こうだっていつもどおりの俺が現れたら、戸惑いも最高潮になるでしょ。
つか怖いって。あんな怒ってた相手が、「どもー」って満面笑みで現れたらさ。
(あーあ……何やってんだろうな、俺)
情けないな。帰ろうかな。
でもまだ顔を出して間もないし、それこそこの場の全員に失礼か。
(名目としては、アレクの代理で来てるわけだし。騎士団長らしく挨拶して、何人かと踊って……そしたら仕事があるからって帰ろ)
置いてきた仕事も気になるし、山狩りの件も気になる。
天気予報士いわく、今日は山頂付近に雲がかかっていて、山を登っている間に天候が崩れるかもってことで決行はされなかった。
ただこの話には続きがあって。俺が舞踏会へ出かける直前、予報士からの伝言が入った。
予想よりも早く、山の雲が散りつつある。今夜から明日にかけて、快晴の可能性が高いと。そのつもりでいてくれ、とも。
(団員に明日決行予定だとは伝えたし、武器の最終確認も頼んだし。日が昇ると同時に山狩りを開始して、あちこちに人間の匂いと猟犬の匂いを残して――)
「――アシュリー!!」
広間の扉が開き、駆け込んで来たのはアレク。
突然の国王陛下のお出ましに、演奏者たちも驚愕し音を止めたせいで、シンッと静まり返った。
「血相変えて何かあった!?」
「エマがひとりで山に入った!」
バッ! と駆け出すと、アレクも並走してくる。
「もうすぐ夕暮れなのに、なんでひとりで! 明日の山狩りの準備にしたって、山に入るような指示は誰にも出してない!」
「午後の見回りで、女性が大泣きしてたらしいっ。聞いたら、10歳になる息子がいないって……!」
「その子が山にって!?」
「理由があるんだよっ。その女性、体調を崩してたんだっ。で、心配した息子が薬草を取りにこっそり……!」
「どの山か分かってるなら、騎士団員総出で捜す!」
「エマは、僕たちと最初に出会った山へ行くと伝言してくれてる! 知らせを受けてすぐ、エマの願いどおり、そこ以外のいくつかの山にも団員たちは向かわせた!」
門番に預けていた馬を、アレクが俺に譲ってくれる。
「君、今日は馬車でしょ。僕の馬に乗って行って」
「アレクはどうするのさっ」
「その馬車で移動するよ。本部は市場にしてあるんだ。僕はそこで情報をまとめて指揮を取るから、君はエマの所へ」
「団員はどこまで移動出来てる」
「こちらに向かってはいても、現状、山側のここが一番彼女に近い。もしかしたら、君が誰よりも先に山へ入る。気をつけて!」
「了解!」
カカッ! と蹄を鳴らし、馬が走り出す。
(やばいっ。もうすぐ日が落ちる!)
日が落ちれば山の中は暗闇で、夜に活動する野生動物も動き出す。それはたいがい、危険な生き物だ。野犬、狼、他にもたくさん。
(あの時みたいに、大イノシシも出たら……!)
彼女が心配でも、自分を守る術を持たない少年を先に見つけないと。
それからエマちゃんだ。優先順位は間違いなくそれだ。
もしエマちゃんを先に捜したとなったら、彼女は俺を怒るだろうし、俺もそうだ。
(一番いいのは、エマちゃんが男の子を見つけて、ふたりでいてくれてること!)
そこはもう、彼女を信じるしかなかった――。




