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11 怪我も治り、関係性も元に……?

「みなさま、このたびはお騒がせいたしました。本日から、またよろしくお願い致します」

「エマ、久しぶり!」

「もう大丈夫なのか?」

「はい」

「良かった。またよろしくねっ」


 足を捻挫して一週間。朝の訓練場へ入れば、誰もが「よかったよかった」と受け入れてくれる。怪我をした理由も知っているからか、賛辞もいただいた後、私は軽く辺りを見回した。


「アシュリー様へもご挨拶したいのですが……」

「今朝はまだ来てないな」

「陛下へ、朝の報告じゃないか?」

「そうですか……」


 ホッとしたような、残念なような――いや、自分に嘘をついても仕方ない。だいぶ、残念でならなかった。


(……結局、一度も顔を見せてはくださらなかった)


 怒ってはいたとしても、アシュリー様のこと。「お見舞いだよ!」と前触れなく私室まで現れ、「お見舞い品は俺ね」と軽口を叩き、笑いかけてくれるかも。

 そうしてくれれば、こちらも謝罪するきっかけが出来るのに――などという考えは、虫が良すぎたわけだ。


(わたくしも、何もせずにいたわけではないのですが……)


 先生から杖なしで歩いていいという許可が出てからは、アシュリー様を捜し。ようやく見つけて歩み寄っても、手短な挨拶で去られてしまったのだ。


『アシュリー様。今、お時間はございますか? 少しお話が……』

『急用?』

『いえ、私事わたくしごとではございます』

『だったら、また今度にしてもらえる? アレクが山ほど仕事寄越してて、しばらく時間を作れそうにないんだ』


 急用だと言い換える勇気が私にはなく。

 誘いを断られると、こうもがっかりするものなのかとも初めて知った。


(わたくしはそれを、アシュリー様に幾度となく……)


 伴侶になるのを諦めてもらうためとはいえ、なんて失礼な態度を取っていたのか。

 そういう意味でも、復帰初日の挨拶は非常に重要だ。足は大丈夫であると伝え、その流れで正しく謝罪が出来れば。その場で無理なら、今度こそ面会の約束を取り付けたい。


「おっ? 噂をすればだ」


 入り口を見ると、確かにアシュリー様の姿。緊張するよりも先に、体は勝手に彼の元へ駆け出していた。


「アシュリー様、おはようございます」

「おはよう、エマちゃん」


 変わらぬ笑顔に背中を押され、矢継ぎ早に会話を続ける。


「このたびは、ご迷惑をおかけいたしました。今朝の診察にて、もう大丈夫であると先生からの許可を得ましたので、本日より稽古や実務に加わらせていただきます」

「うん。じーさんからの報告は、こっちにも届いてるよ。だからって、最初から根を詰めすぎちゃ駄目だからね?」

「はい。それと――」

「ぅんじゃ、列に加わって。君は一週間休んで体力落ちてる可能性あるし、基礎体力づくりから、少しずつやるように」


 そのままアシュリー様は訓練を開始する団員を見て回り、気になる相手には注意を促していた。


「うん、みんないい動きしてる。俺は戻るから、なんかあったら執務室へ――……っと、そうだ。午後の城下町の見回り、山側、北地区の班長は……」

「俺です!」

市場いちばの人たちに、獣の出没情報が出てないか確認よろしくね。時間があるなら、山にある畑のほうも見回ってあげて」

「承知いたしました! 何かありましたら、すぐにご報告いたします!」

「よろしく」


 私が休んでいる間も猛獣は出没していないらしいが、初めて噂を耳にしてからさらに時は経っている。

 越冬出来るほど餌を貯められていない獣が、またふもとまで下りてくる可能性は格段に上がっているはずだ。


(わたくしも気を引き締めなくては)


 それも込みでアシュリー様と話をしたいのだが、やはり避けられているのか。

 なかなかどうして願いは叶わず、例の裏庭に姿を現すこともなく。夜の自由時間に彼の私室へ顔を出すのも申し訳なく、すれ違う日々はさらに続いた。


「今日もお話出来ないとは……」


 ――ありがとうはね、言える時に言わないと。ごめんなさいもそう。次に会った時に言おうなんて思ってると、その次が来ない時に辛いよ。


 アシュリー様の、あの日の言葉を思い出す。

 あれもきっと、経験談から来る言葉なのだ。


(このまま悩んでいても、会えるはずもありません)


 夕食も終えた夜の自由時間の今、城内を歩いていたら偶然出会えたりしないだろうか。

 かすかな期待を込めてしばらく廊下をウロウロとしていると、食堂から料理人たちが出て来る。どうやら今日の仕事を終えたらしい彼らの横を通り過ぎる時、急に名案が浮かんだ。


「料理長、お願いが」

「うん?」

「これから、台所をお借りしてもよろしいでしょうか。それに食材……卵なども少々分けていただければと。もちろん、使った分のお代は請求してくださって問題ございません」

「小腹でも減ったのか? お代はいらんが、使用した食材はメモしておいてくれ」

「かしこまりました。食器も、洗って元に戻させていただきます」


 暗い台所の一角だけ明かりを灯し、材料を作業台の上に並べる。


「さて……」


 ――オムレツとは、どう作れば?


 以前、アシュリー様はオムレツが好きだと言っていた。

 であるならば作りすぎたと持って行き、合わせて謝罪をと考え及んだまではいいとして。


(出来上がりの形状は、もちろん知っているのですが……)


 材料に卵を使うのも知っているが、途中過程がぼんやりとしたイメージでしか浮かばない。

 ここに来て初めて、幼い頃から料理、裁縫といった手習いを避け続けていた自分が恨めしくなった。


「とりあえず始めましょう」


 深めの皿に卵を割り入れ、混ぜたあとは焼けばいいかと熱したフライパンに流し込んだものの。


「予想では、形良い木の葉型になるはずでしたが……」


 これはどこからどう見ても、完全に火の通ったスクランブルエッグ。

 めげずに作り直しても、出来栄えは一度目と同じだった。


(やはり、もう少しお母様に料理を教わっておくべきでした)


 果物の皮を剥いたり、釣った魚をその場で捌いたり。獣を狩って皮と肉を剥ぐのは得意でも、こういう調理は楽しくもないと逃げていた。


(さすがにこれ以上、食材を無駄にするわけにも……。これはわたくしの夜食にし、アシュリー様へは違うアプローチを――)

「ねー、奥に誰かいる?」


 この声は。

 慌てて片付けようにも、時間があまりにも足りなさ過ぎる。

 ひょいっと顔を覗かせた相手は、案の定、戸惑いの表情を浮かべた。


「エマちゃん……」

「こんばんは、アシュリー様」

「あ、うん、こんばんは。……えっと、この時間は誰もいないはずなのに音が聞こえて…………お腹空いてんの?」

「卵料理と思ったのですが、なかなか難しく。ご覧の通り、失敗してしまいました」

「スクランブルエッグ、綺麗に出来てんじゃん」

「オムレツを作ろうとしたら、これが出来たのですが」

「お、おう。そりゃ大失敗ね」


 やはり、アシュリー様の目から見ても大失敗なのか。

 胸の奥にチクッとした痛みを感じていると、作業台に広げられている材料をアシュリー様がチェックしていく。


「卵……だけ? ミルク入れたりは?」

「ミルクも入れるのですか」

「うん。ふわふわになる――……ていうかエマちゃん。作り方をまったく知らずに作ろうとしてたんなら、そりゃ失敗するよ」


 アシュリー様が必要な材料を全て用意し直し、手際よく調理を開始。

 ジューッと、液体が熱されてゆく音。

 白い泡がいくつも浮き上がるのを潰すようにして、アシュリー様が大きく混ぜる。


「火が通り始めたら、こうして手前へ半分に折る。完璧に綺麗な木の葉型ってのは難しいから、どっか崩れても気にしない……で、器に盛って出来上がりっ。ほら、熱いうちに食べちゃいなよ」

「え?」

「食べたかったんでしょ?」

「いえ、わたくしが食べたかったというわけでは」


 私に向けて、皿を押し出そうとしていた手が止まった。


「あっ、メイドの子たちにとか? 差し入れだっていろいろ貰ってたみたいだし、そのお礼とかでさ」

「お礼ではありますが、性別なら男の方です」

「……へー……そーなんだー……」


 何か言いたかったのを飲み込んだのは、歴然。というより、大人しくなってしまうほうが珍しい。

 今までなら、「どこのどいつ!?」と身を乗り出して迫ってもおかしくない案件だ。


「どうされましたか」

「……なんもないよ? つか俺と話してないで、早く持って行きなよ。ここで作るってことは、城の誰かにあげたいんでしょ? 冷めちゃう前に届けたら?」

「ですが、わたくしが作っていないのに捧げるのは……」

「自分で作ったって嘘つくのは、さすがに大問題だけどさ。正直に告げて、次は自分で作りますとか言えばいんじゃね? 少なくとも俺は、頑張ろうって気持ちを受け取るよ」


 なるほど。アシュリー様には、そう言えばよいのか。


「では」


 席を立ち、まずは一礼。


「このたびは、大変申し訳ございませんでした」

「はい?」

「わたくしといたしましては、ご迷惑をおかけしたくない一心でしたが、それがかえってアシュリー様を心配させる結果となってしまいました」

「え、ちょ――」

「怪我した場所から馬まで背負ってくださり、アシュリー様が手綱を持ってくださいました。足をほとんど動かさずに戻って来たのは正解だと、先生もおっしゃっておりました。でなければもっと悪化し、治療が長引いただろうとも。アシュリー様は、わたくしに正しい行いをしてくださいました」

「あの――」

「小さな怪我もおろそかにしないという規則を破った件に関しては、どんな罰でも受ける所存です。至らぬ点も多く、まだまだ未熟なわたくしではございますが、これからもご指導ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願いいたします」


 話に割り込もうとするアシュリー様を、この時ばかりは無視した。でないと、言いたいことを言えずに有耶無耶にされる気がしたからだ。


「というわけで、こちらをお召し上がりください」


 オムレツの乗った皿を、アシュリー様の前に置き直す。


「正直、練習してもここまでの代物を作れるとは思えないのですが。少しでも上手に焼けるようになった暁には、わたくしの手作りを食べていただきたく――」

「ストップストップ! 俺にも話をさせてちょうだいよ!?」

「……かしこまりました」

「ええっと……ものすごーく聞きにくいんですが。これ、俺のために作ろうとしたけどってやつでしょうか……」

「おっしゃる通りで、オムレツになれなかった卵となります」

「マジかー……」


 ずどんっ、と後頭部でも殴られたかと心配になるほど、アシュリー様が机に突っ伏した。


「どうされました」

「どうもこうもさー……。俺のために作ってくれたのに、それ、大失敗とか言っちゃったよー……」

「そのとおりですので、お気になさらず」

「……でもごめんね? お詫びってわけでもなく、俺はこっち食べたい」

「あ――」


 止める間もなく、アシュリー様がスクランブルエッグを一口。


「んっ、美味しいよ」

「さすがに嘘かと」

「や、ほんと。焼き加減とか、超俺好み…………そっかー。俺がオムレツ好きなの覚えてて、作ろうとしてくれたんだ」

「はい」

「……ありがと」


 フォークを口に咥えて、嬉しそうなアシュリー様。

 制服でもなく普段着のラフな格好のせいもあってか、そのポーズを取る彼は普段以上に可愛らしい。


(愛らしいアシュリー様)


 出来るだけ瞬きもせず視線を縫い付けたままでいると、彼の表情が徐々に消えて行く。

 代わりに、頬や耳が赤く染まりだした。


「アシュリー様?」

「……なにこれ無理ー。女の子が食事してる時、ジッと見られるの恥ずかしいって気持ち、今、ようやく理解出来た……。ほんと恥ずかしい……見ちゃ嫌って言いたくなるー……」

「可愛らしいと眺めていたのですが、失礼でしたでしょうか」

「失礼じゃないよ? でもそのぉ……」

「許可をいただけるのであれば、わたくしとしてはこのままで。自分が作った物を美味しそうに食べてくれる姿というのは、嬉しいものですね」

「……本当に美味しいんだもん。美味しいと食べてるこっちも嬉しくもなるし、だから……」

「お優しいアシュリー様」


 今、自分は笑顔であると自覚している。

 アシュリー様はそんな私を喜ぶどころか、数回の瞬きの後。「やっぱ無理ー」と、顔を手で覆った。そうしたところで、耳が赤いのまでは隠せていないのだが。


「俺、とっくに君に恋してるんですが。今、さらに恋に落ちる音を聞いた気がするー……。そこで笑顔とか、めちゃくちゃときめくー……。ときめきすぎてしんどいー……」


 何度か深呼吸して、「でも」とアシュリー様が続ける。


「エマちゃんには、やっぱ可愛いだけじゃない、かっこいい俺も知ってほしいのよ」

「アシュリー様を格好悪いという者は、かなりひねくれているのでは」

「あー……いや、見た目の話じゃなくてさ。ま、俺もどう見せていいか分かってないんだけどね。いつか、その辺りを挽回出来たらなーってことで……まずは俺のも食べて?」

「……はい、いただきます」


 一口して、驚く。


「ミルクだけで、こうもふわふわになるんですね。とても優しい口溶けで、美味しいです」

「なら良かった」


 互いの皿がからになる頃、アシュリー様が意を決したように切り出した。


「あのさっ」

「なんでしょう」

「……俺も、声を荒げてごめんなさい。ああいうのよくないね。反省してる」

「あれは、わたくしを心配してのこと。アシュリー様が反省する必要などは……」

「だとしても、心配の仕方がよくなかったよ。……親父が頭に浮かんじゃってね。もちろん、人はいつかは死ぬ。にしたってちょっと早すぎない? とかは、どうしてもさ。腕や腹からドバドバ血を流してても平気で、不死身だとか噂されてた男が……ほんと、小さな傷で……」


 ぐっと唇を噛んだアシュリー様が、何かこらえているのはひと目で分かる。


「後悔は一生続く。その後悔が解決しない限り、きっとね。で、この後悔は親父が死んだことで、ずっと残り続けるのも確定してて……それでも、みんなちゃんと泣いたよ」

「アシュリー様も……?」

「そりゃもう、ひとりでこっそりビービー泣いた。だって辛かった。なんで、どうしてとか、そんなんばっかだった。でもね? アレクはもう走り出してたし、俺は今度こそ後悔しないって決めたんだ。アレクが……アレクセイがこのまま愛される国王として存在し、伴侶も見つけて子供も出来て……俺にも後継者が出来たら、最後に、今度は嬉し泣き一回するかもね」

「後継者を、もうお考えなのですか」

「今すぐじゃないよ。自分の子供がいれば、その子供に託せれば託す。出来なければ……団員の中から選ぶかな。俺の意志を継いでくれそうな子がいれば、だけどね。あるいは……そうなる前に俺が死んじゃうかも」

「それは……!」

「俺も君も、誰にだって平等に起こるのが死だ。しかも俺たちは、死がわりと近くにある職業だし、人間、年寄りから順に死ぬとは限らない。俺がどういう死に方をするかは分からなくとも、ベッドの上で死ねるとは思ってないよ。死ねたとしても、親父みたいかもね」


 持っていたフォークを、アシュリー様が皿の上に放り投げる。静かな台所だからか、カチャンッという硬質的な音が痛いほど耳に響いた。


「ま、正直いつまでも悲しんでる暇もなかったんだよねー。ほら、革命はとっくに起きてたわけだし。だから俺が跡継いで……気づいたら騎士団長で、国王陛下の補佐兼任ですよ。なんかさー、もーさー、アレクって人使い荒くない? 頼られるのは嫌いじゃなくても、俺の体はひとつだって忘れてそう」


 ははっ、と軽やかに笑うアシュリー様に、チリチリと胸が痛みだす。

 なんでこの人は。どうしてこの人は、悲しみを笑顔にすり替えてしまうのか。

 そういうふうに生きてきたのだとしたら、あまりにも切な過ぎる。


 ――エマちゃんは、俺みたいになっちゃ駄目だよ。


 以前聞いた、謎めいた台詞。

 これの意味も、ようやくわかった気がした。


「アシュリー様」

「な――にぃっ!?」


 隣に座り直してすぐ、ぎゅうっと小さな体を抱きしめて私の胸に顔を埋めさせる。


「え、何!? 俺、さっそく死んだ!? ここって天国!?」

「生きていらっしゃいますし、現実です」

「素敵な現実っつーか、なんすか突然!」

「これまでアシュリー様が一番嬉しそうにされていたのは、こうしてわたくしに抱きついていた時だったかと」

「……もしかして、俺を慰めてくれてる?」

「はい」

「同情かー……」

「それもひとつの情です。少しでも慰めて差し上げられれば、との思いが込められております。アシュリー様は、悲しいなら悲しいという表情を浮かべてください」

「でもさ。周りが悲しいのに俺まで悲しい顔してたら、みんなが不安になるでしょ。俺はみんなを安心させなきゃいけない立場なのに、駄目じゃん」


 ああ、そうか。

 この人の笑顔や真剣な表情の裏には、そういう意味が込められていたのか。


「では、わたくしの前だけで。どこかで、しっかりと感情を出さなければ」

「……エマちゃんだって無表情だよ」

「ですがわたくしは、悲しければ笑顔を作りません。アシュリー様は、悲しいのに悲しんでいられないと表情を作ってしまう。それではいつか、貴方の心が壊れてしまいます」


 いつもなら自分から胸に顔を埋めるのに、今はそれがない。

 むしろ、なるべく自分からは触れないようにと体を緊張させ、ジッと私を見上げていた。


「風呂上がりなので、布は巻いておりません。硬くはないはずなので、どうぞ遠慮なく」

「……でもさ……」

「同情はお嫌ですか」

「嫌じゃないよ。ただ、俺がそこに甘えちゃっていいのかなーって」

「味をしめられても困りますが、誰にだって甘えが必要なのでは」

「あはっ……うん、そうだね。……じゃあ、ちょっとだけね」


 遠慮しているのか顔を埋めるのではなく、胸に頬を乗せた。それでも体の力は抜けた気がする。

 どうだろう。少しは癒やされてくれているだろうか。自然な流れで横髪も撫でてあげていると、アシュリー様から、はぁっと細い息が洩れる。


「……エマちゃん、いい匂い」

「今も言ったとおりで、風呂上がりです」

「うん……あと、あったかい。エマちゃんの体温……俺、好きよ? ……同情も嬉しいもんだね」

「でしたら、泣かれても構いません」

「泣かないよ。そういう悲しみは、もうないんだ。親父は最後に、どこか満足そうに笑ってたしね。子供を助けられてよかったって、ずっと言ってたし……。俺も、それだけが救い。あと、エマちゃんも現れてくれて、君にしか出来ない方法で慰めてくれたから……楽になってきた」

「お役に立てたようで何よりです。……わたくしの怪我を心配し、背負ってくれたように。これからはわたくしも、アシュリー様を背負いましょう」

「俺を守ってくれるの?」

「アシュリー様を守る者は、たくさんおります。今のわたくしはそのうちのひとりでしかありませんが……アシュリー様の背中を守るのはエマ = ウィルバーフォースであると、誰もが認めてくれるほどになると誓います」


 少しだけ、肩が震えている気がした。泣いているのだろうか。

 けれど、私の胸元は濡れてはいない。瞳に悲しみの色もなく、はっきりとした意志の強さがあった。


「……うん、決めた」


 アシュリー様が一歩離れ、鞘から剣を抜いて私の膝上に置いた。落ちないよう咄嗟につかを握ると、アシュリー様が目の前で片膝をつく。


「貴女の前に、わたくしる」

「アシュリー様……?」

「私、アシュリー = オルブライトは、貴女に忠誠を誓います。私は貴女の存在を心の灯火ともしびとし、裏切ることなく、あざむくことなく、貴女を守る盾となり、罪を犯さないよう、私の心の内に貴女という存在が常にあると信じてもらえるよう努めます」


 これはなんだろうか。

 知らないやり取りに戸惑っていると、アシュリー様が教えてくれる。


「許す、努めよ、だよ」

「許す、努めよ……?」

「ありがたき幸せ」


 私の手を取り、手の甲へキスを。

 片膝をついたまま見上げられても、瞬きでしか返事が出来ない。


「ま、だいぶ簡略化されてる誓いの儀式だけどね。正式なのは、アレクとしてるから」

「誓いの……?」

「命ある限り、私は貴方のものである。何よりも、誰よりも、お守りすると誓う。そんなとこ」

「わたくしにそんな誓いは……!」

「君にはそれだけの価値がある。俺は、アレクとは別の立ち位置で君を守るよ。……君だけが俺の特別。それ、信じてくれると嬉しい」


 剣を鞘に収め立ち上がったアシュリー様を、私は座ったまま見上げるしかない。

 いつもとは逆な視線の位置に困惑はしても、剣の重みがまだ足に残っている気がして立てなかった。


「なぜ、わたくしに……」

「すっごく単純に、感動したんだ。ありがとね、エマちゃん。約束するよ。俺は、君が誇れる俺になる。で、ちゃんと正攻法で、君を俺の伴侶にしてみせる」

「アシュリー様……」

「まーね。アピールしたところで君には何も響かないだろうし、ものすごーく難しいんだけど。難しくても、やるしかないよね」

「どうしてそこまでされるのですか。絶対にお断りしますと、わたくしが言う日も来るかも知れないというのに……」

「フラれるのが怖いからって、誰も好きにならない人生、俺はやだ。本気で好きになる人が現れなかったらどうしようもないけど、そういう相手が現れたなら頑張りたい。だから……以前の繰り返しになるけど、こういう俺を嫌いになったら嫌いって言って。受け入れられないって、はっきり言ってよね? 中途半端な優しさだけは見せないで。ごめんね、我が儘で」


 この人の凄いところは、こういう台詞をサラリと笑顔で言えるところだ。


「そろそろ休まないと、君も明日が辛くなるよ? 片付けは俺がやっとくし、先に戻って」

「ですが……」

「ご馳走してくれて、慰めてくれたお礼ってことでさ」

「……はい、ありがとうございます。それでは、おやすみなさいませ」

「うん、おやすみ。ほんと、ありがとね」


 名残惜しい気持ちを隠しつつ部屋に戻るとすぐ、ベッドへ横たわる。

 部屋を出た時は重苦しい気分だったのに、今は軽く穏やかであった。


(お心の強いアシュリー様……)


 私もあんなふうになれるといい。

 心も体も、陛下のため、誰かのため、誓えるほどの者へ。


「おやすみなさいませ」


 誰に向けてでもなく口にしていた挨拶なのに、今夜は閉じたまぶたの裏にアシュリー様が浮かぶ。

 なら私は今、アシュリー様に伝えたのだ。

 途端に、口では上手く説明出来ないどこかが温かくなり。なぜだかアシュリー様を近くにも感じながら、久しぶりに穏やかな気持ちで眠りにつけていた――。


 **********


 親愛なるお父様、お母様へ


 お父様、お母様、その後いかがお過ごしでしょうか。

 ご心配をおかけいたしましたが、足の怪我も今ではすっかり元通りになりました。通常の任務、訓練にも戻る許可を得て、よりいっそう励む日々です。


 余談ではありますが、前回のお返事に陛下よりもアシュリー様の名前がよく出てくるとあり、自覚がないだけに驚きました。

 ですが、それも当然かと。なにせ騎士団長であり、一番接している方なのです。

 先日はオムレツを作っていただきました。私も近い内に、得意料理を一品覚える予定でおります。今度、お母様のレシピを教えていただけますか? 出来れば簡単なものから、お願い致します。


 それと、そちらは猛獣の被害は出ていないでしょうか。こちらは、その話題でもちきりとなっております。

 獣側にも理由はあれど、そのまま放置するわけにもいきません。雪で山に入れなくなる前に、大々的な山狩りを行うと、団員の先輩もおっしゃっておりました。


 川沿いに作っている監視小屋も出来上がり、長時間山に籠もれる環境が整ったということで、猛獣の爪痕やふんの痕跡がないかを調べるのだそうです。基本、狩人の方たちがやるそうですが、護衛として騎士団も山に入ると説明を受けました。私も参加しますが、誰も怪我なく終えられるよう勤め上げる所存です。


 お父様もお母様も、どうか些細な怪我も無視せぬよう、お過ごしくださいませ。

 それではまた、お手紙させていただきます。


 エマ = ウィルバーフォースより

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