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それでも女神は続けたい。  作者: ikaru_sakae
9/18

チャプター18

18


 ばしゃ!

 げほっ!


 お湯、口に入って。むせて。いきなり目覚めた。

「…どうかしましたか?」

 むこうでユメが、声をとばした。

 湯煙が、視界をさえぎる。広いお風呂。茶色の鉱泉水。

「…夢、見てた。なんかすっごく、嫌な夢」

「そうですか… でも、あの、ササカ?」

「何?」

「さきほどから、その―― お湯がぬるく、ありません?」

「え?」

「温度が少し、下がってきている、気がします」

 言われて、気付いた。

 冷たくなってる。お湯の、温度。最初の時より、ずっとぬるくて――

 いや。ぬるいとか、そういう次元じゃなくなって――

「え? なにこれ? 水?」

「冷たい! ササカ、これは…?」

 冷水になってる! しかもそっから、まだ水温は落ちてゆき――

「出よう、ユメ! やばいよ。なんかこれ、お湯、おかしくなってる!」


 ユメとあたしは、湯舟を飛び出す。水が―― 何これ? 沸き立ってんの? 

 いや、違う。逆だ。さらに温度が下がってる。ごぼごぼ音をたてながら、凍てつく水が、うずまいて。大浴場の、高い天井に向け、盛り上がる。

「アイス…ゴーレム…?」

 ユメが見上げて、絶句した。

 冷気をふりまき、さらに盛り上がる氷のカタマリ。

 それが今、少しずつ、形をかえて。ゴツい氷の、ごつごつしたカタマリ。それが無数に積み重なって。ぶっとい脚と、ぶっとい腕と。それからでっかい胸板と――

「あぶないササカ! 逃げて!」

 ユメの声が飛んだ。はっと我に返るわたし。

 いきなりすぎる出来事に、足が完全、止まってた。

 アタマの上から、叩きつけてきた、その腕の振り! そいつがいっさいの容赦なく、浴場の床、たたき割った。床のタイルのかけらが、紙吹雪みたいに、舞い散って――

「逃げましょう、ササカ!」

 ユメが、あたしの腕を引っ張った。

 言われなくても!

 あたしはもう全力で床を蹴り、

 あ、でもでも。服、服。服はどこ??

 脱衣場にある服、1枚だけ、一瞬で適当にかぶって。ダッシュで浴場を飛び出した。ユメの足が、あんがい遅い。あたしは強引に腕をとり、ユメを引っ張り、全力で――


「何事ですか!」


 誰かが、あたしの前に飛び出した。ぶつかりそうになって、足とめる。

 ああ、この人。警護の人だ。髪の短い、キツい目をした女の子。

「なんかヤバいよ! お湯が水になって! いきなり氷のゴーレムが!!」

「ゴーレム? 意味がわかりません。なぜ浴場内に、ゴーレムが?」

「知らないわよ! でも、来てるよ! やばいって。逃げなきゃ!!」

 あたしはその子の腕を、強くつかんで。状況もっと、説明したかったけど。余裕なさすぎて、無理だ、今は。とにかく、ここから――

「…場所が悪いですね。ここの廊下は応戦に不利です」

 ドォン、ドォン… 重すぎる足音たてながら、壁も天井もガンガン崩しながら――

 そいつがこっちに近づいてくる。けど、その子は――

 浅黒い肌の、目のキツイい女の子は、ぜんぜん、ビビッてないみたい。

 そっちを見据えて、そっちを睨んで。なにかをじっと、考えている。

「ひとまず、移動しましょう」

「え?」

「ササカさまとユメさまは、転移を」

「え?」

「地下二層の広間へ。そこならまだしも、安全です」

「え? どこどこ、広間??」

「簡易座標を言いますね。魔法式はクルスワ魔法語で組んでいるので、神聖言語の場所名がなくとも、座標数だけで飛べます」

「え、え? 何それ?」

「では、言いますね。座標数は、ウィスルーグ・ナリィウォとルーゥック、基数部に十二進数でタクォースの二乗を加えてください。それで飛べます!」

 早口でそう言いながら、

「グィーヴル・ザハット!」

 その子が言って腕を前につきだす。

 いきなり炎が、ほとばしる。横一直線に走った炎の線。ゴーレムの脚に、ぶちあたる。たちのぼる蒸気。いきなり熱に当てられたゴーレムの片脚が。いきなり溶けて、崩れた。バランス崩して、そいつは――

 ズゥゥゥンン…!!!

 大音響と土ぼこり。天井と壁から石が降る。

「す、すごい魔法だね! あいつ、倒れたよ??」

「気休めです。時間稼ぎ程度ですね」

 その子が冷静に言って。こっちを、キッした黒い瞳でまっすぐ見た。

「さあはやく、ササカさま。転移を」

「…って、ムリだよ。できない!」

「…? なぜです? 座標は先ほど、伝えたとおり」

「だからっ! そもそもその、テンイとかが、ムリなんだってば! 魔法できないよ!」

「…ちっ、無魔力種族、か。使えないな、それは」

 吐き捨てるみたいに、ひとりごと言った。けどそれ、ばっちり聞こえてるから!

「わたしがやります」

 ユメが一歩、前に出た。

「座標はさきほど覚えました。地下二層、ですね?」

「そうです。さあ、はやく。壊した脚が、もう再生している。足止めは、それほど長く持ちません」


「よせ。転移は中止だ。地下広間はもう、安全ではない」


 声がした。

 ふりかえると、そこにレグナが。

 カッコよさげな、体にぴったりの、黒ずくめの服を着て。

「何? 安全じゃないって、どういうことよ?」

 あたしは近づき、問い詰める。

「地下深層からも、2体来ている。どうやら、地下水脈経由で侵入したらしい。いま、地下の四層で防戦中だ」

「ええ?? ほかにもゴーレム、いるってこと?」

「…困りましたね。退避場所さえ、安全でないとなると――」

 警護の女の子が、唇をかんで、視線を落とした。

「ああ。やっかいだな。あとひとつ。さらに悪い情報だ」

「…と、言いますと?」

「街の中も、もう今すでに戦場だ。街を二分してるズィラ渓谷の下から、大量のゴーレムが湧いてるらしい。七体以上だ。近衛含めた守備隊を、いま派遣したが。ま、なかなか手こずるだろうな」

 レグナは唇の端で笑う。ネガティブなこと言ってるわりに―― 表情はあまり、暗くない。

「…城内、街中とも、もはや安全地帯はない… ということですね?」

「ああ。そういうことだ。ひとまずこいつを叩き潰す以外、選択肢はなさそうだ」

 レグナは言って、背中にかけた大ぶりな剣を。鞘から一気に抜き放つ。

 レグナがいきなり、とんだ。

 もう次の瞬間には、氷のゴーレムの足元に。

「旋!」

 なんか気合入った声とともに、

 レグナが剣を―― 振ったんだと思うけど。

 動き早すぎて、見えなかった。氷のかけらが舞い上がる。

 崩れるゴーレム。ドッ音をたて、地面に崩れて――

「グィーヴ・ル・ルグザハッ!」

 女の子が地を蹴り―― 空中で炎を、前に飛ばした。

 一直線に飛ぶ、炎の渦。立ち上る蒸気。ゴーレムが一瞬で溶けてく。

「すごい! やった? 死んじゃった、ゴーレム??」

 あたしは興奮して、思わず叫んだ。

「ばかめ。そんなやわな相手じゃねぇ。またすぐ復活してくる」


「レグナお兄さま。提案が」


 その、警護の子が―― レグナの耳もと、小さくささやいた。

 え、けど。いま、お兄様って言った?? 言ったよね…??

「なんだクナ。言ってみろ?」

 レグナが言った。あっちでムクムク、懲りずに再生はじめた氷のゴーレムに向けて、剣の構えは解かないで。

「魔力補充をします」

「補充? 誰が?」

「私です。それで長距離転移を」

「む?」

「2000エク程度の距離分を。補強します。それで星選者とともに、安全な場所まで今すぐ退避を。お兄様はそこで、魔力回復に専念してください。この状況下での魔力切れは、命にかかわります。お兄様はいま、倒れる一歩手前、ですよね?」

「…む。さすがだな。おまえには隠せてなかったか。しかし――」

「『しかし』も何もありません。すぐに移動を。戦術的にもその方が良いです」

「…何? 戦術だと?」

「ええ。星選者がいないとなれば、街への攻撃も、緩和する可能性があります。叩く理由が、なくなりますから。あとさらに。護る対象がなければ、こちらも戦いやすいです。防御の配慮や、加減をいっさい、しなくてすみます。ですから。長距離転移で、悪い要素は何もないです」

「…ふむ。道理だな。よし。乗るぜ、その策に」

 レグナがちらりと、視線を向けた。あたしと、それから、ユメの方へ。

「おいユメ」

「は、はい?」

 呼ばれてユメが、顔をあげた。

 きれいな銀の瞳が、いま、まっすぐレグナを見返して。

「お前の地元、大図書都市方面までの転移を。可能か? 位置把握は?」

「…位置は、もちろん、知っています。しかし――」

「距離だろ? 短く見ても、1600はあるからな。だが、クナが―― おれの妹が。今ここで魔力補充を行う。こいつの魔力は莫大だ。2000エクまでなら、余分に飛ばせてくれる。可能か? その距離加算があれば?」

「…はい。それは。それだけ余分に、飛べるのであれば――」



「よし。決まりだ」


 ドン… ドン… 地響きをたてて。

 また再生して、巨人の形をとったしぶといそいつが、

 一歩、一歩。城の通路をぶち壊しながら。こっちに向かって、近づいてくる。スローな挙動。でも着実に、こっちに向けて。

「詳細な位置はまかせる。図書都市方面。おれと、ササカと。三人で転移を。すぐにだ」

「…はい。やってみます」

「やってみます、じゃない。やれ。今すぐに」

 レグナが言って、にやりと不敵に小さく笑った。

「だが、クナ。おまえは? おまえにとっても、相当な魔力喪失だ。死なずに、何とか乗り切る自信は?」

「自信。ありませんよ、そんなもの」

 レグナの隣で、その子が笑う。またすぐ、炎の魔法を打ち出す構えで。

「自信とか、どうでもいいです。死んだらそのときです。死なないように努力はします。あと、城壁方面から、お父様の援軍が。まもなく来るでしょう。それまで耐えれば、まず、負けないだろうと」

「…ふ、自信あるだろ、それ。ったく、たいした妹だぜ」

 レグナが、左腕で。ぽんと、その子の背中をたたいた。その子はちらっとレグナを見て、それから目を閉じ、唇の端で小さく笑った。

「では、いいぞクナ。魔力補充を」

 レグナの言葉を合図に、

 その子が―― レグナの妹が。機敏な動作でユメの背中側にまわった。

 ユメの背中に手を当てて。そこにいきなり、ふくれる魔力。

 黒い、沸騰する湯気みたいのが、ユメの体をとりまいて。

 それが一気に、体の中に吸いこまれて。


「転移! ウォースン・リレアリウ・キア!」


 ユメが叫ぶ。同時にはじける、銀色の魔力。

 急速に消えうせていく、視界の隅の、端っこで。

 クナが、炎を。

 もうそこに、壁みたいにそびえて立ちはだかる、氷のそいつに――

 炎の渦を、二つの腕がら打ち出し、まともにぶつけた――

 その立ち姿が、一瞬だけ見えて。すぐにそれも、見えなくなった。




【外なる視点】


 緑濃い峰々の連なるアトス山塊のふもと、ザウリの砂地と呼ばれる不毛な乾いた大地を南に踏み越えて、イヴィルベイン世界有数の大平野であるリモ平原をさらに南に超えてゆく。深く澄んだ水を豊かにたたえたウーリ湖のほとりに、エンディルキールの森はある。ここはタフーウェル族のふるさとであり―― 十二の小部族からなる狩りの民たちが、数千年の昔から暮らしを営んできた。

 その午後、湖の最も近くに位置するビウの村から、異変の報告があった。

 ウーリ湖の湖面に、氷が張ったのだ。

 一年を通して温暖な気候で知られるこの南の地では、氷が張ることはおろか、雪すらも、この数百年、降った記録がない。ところがその午後、湖に漁に繰りだそうと浜におりたタフーウェルの漁師たちは、そこで信じられぬものを見た。


「おい。こりゃ、どういうことだ?」


 とがったケモノ耳をもつ赤毛の若い漁師が浜に立ち尽くし、相棒の顔を見た。

 湖上に広がる、氷の層。はるかな対岸の森に至るまで、広大な湖面すべてを、白く凍てつく氷の板が覆いつくしている。

「…わからん。いったい何がおこってんだ??」

「おい、これ、氷」

「あん?」

「なんか、厚くなってねぇか? んでからちょっぴり、動いてねぇか?」

「…そういえば。だが、なんだこりゃ? いったいぜんたい、どうなってんだ?」


 ウーリ湖を見下ろす丘の上から、アススヤ婆も、それを見ている。

 小柄な体躯に、白黄まだらのギュネ狐の毛皮を簡単に巻きつけて。少し垂れ気味の三角形のケモノ耳に、飴色の長い髪。その髪の下に左目はかくされ、外から見えるのは大きく見開かれた右の瞳だけだ。右手には、身の丈より長いワーズの木の杖を持つ。それに体を預けて、アススヤはそこに立っていた。

「…む。ウーリ湖が、これほど騒がしいとは。こりゃあ、ここ何百年もなかったことだ」

「アススヤ婆ちゃん。湖、白くなったよ?」「どうなるの? 何がくるの?」

 アススヤの足元に、二人の幼児がしがみつく。二人そろいのふさふさ耳に、アススヤ婆と同じ飴色の髪を、丘に吹く風になびかせて。これより五年前、シーウェフツ年の赤夜の月に生まれた、双子の幼い娘たちだ。

「…わたしもわからん。あるいは、あれかい。ササカが呼ばれた北の地で。何かあったかもしれないね。その余波が、ここまで来てる。なんかそんな感じだね。お聞き、おまえたち、」

「なぁに?」「なになに?」

「リリスは、すぐに村をまわって、大人たちを呼んできな。会う者ごとに、こう言うんだよ。アススヤ婆からの伝言だ。武器を取れ。何があっても村をまもれる準備をしろと。それから、ぜったい浜に近づくなと。それを言ってまわることだ。できるかい?」

「うん。できるよ!」

「それからミミリは、隣村へ走っておくれ。そっちの者にも、このことを知らせるんだよ。隣村のまとめ役の、ズズラっていう者に、いま見たことを伝えておくれ。湖が、おかしい。武器を取り、護りの準備を。何が起こっても大丈夫なように、用心をしろと。どうだい? 伝えられるかい?」

「うん。わかった! 行ってくる!」

 二人の子たちが、はじかれたように丘をかけくだる。まもなく木立のむこうに、見えなくなった。丘の上にひとり残されたアススヤは、見ている。うねり、たけり、山のように盛り上がりはじめた凍てつく湖を。そして凍てつく湖面から、それが次第に、姿を現しはじめる。巨大な氷の、人型のモノ。

 巨大な樹木のように盛り上がる、ごつごつした二本脚、そしてその脚が支える、途方もない幅をもった氷の腰回りと、白い岩塊のような胸板と―― それは今では、この丘の高さをも、凌駕しはじめた。今では巨大な氷河と化したウーリ湖のすべてが。その、猛り盛り上がりゆく人型の方へと流れ、合流し。その人型は、さらに空へと盛り上がる。

「む… 氷の巨人、か。」

 アススヤ婆が、喉の奥で、小さくうなった。

「伝承の中では聞いていたが、まさか実際、この目で見る日が来るとはねぇ。いったい、何が始まるって言うんだぃ。ササカ―― あんたは北の地で、無事でいるのかい?」

 いま見開かれたアススヤの右眼の中に映るのは、ひとつの未来図だ。それは他でもない、これからまもなく始まるに違いない、壮絶なる戦い。タフーウェルの十二部族すべての命運をかけた森での防戦の絵だ。激しく泡立つその絵をまっすぐ見据えたアススヤの眼差しが、いま―― 来たる戦のその先を見定めるかのように、わずかに細められた。


【 読者の二つの選択肢 】

  

 ① ササカの視点に復帰する ☞ 次のシーンは読まずに、チャプター19へ

 ② 女神の視点も確認したい ☞ つづけて次のシーンを読む





 干渉、と。短い言葉で、ひとこと書くのはたやすいことだわ。でもしかし。

 最初の時期は。それはただただ、殺すだけだった。屠殺と言ってもよい。わたしは喰らった。わたしはひたすら、むさぼった。魔力の糸を通して、そこからたえまなく送られてくる、異界からの魔力を。わたしを支える命の源を。喰らった。喰らった。呑み込んだのよ。だけど、もっとよ。まだ足りない。ぜんぜん、まだまだ足りないの。もっとよ。もっと送れ。もっともっと、送るのよ―― 

 わたしはひたすら、捕食を続けた。わたしを消さない、そのためだけに。

 なにしろ―― 司法機構がわたしに刻んだ、若化の呪いは。それは決して止まらない。わたしが抵抗を少しでもやめれば。それは時間を、巻き戻す。わたしの体は―― ひたすら時間をさかのぼり。わたしが少女であった頃へと。わたしが幼児で会った頃へと。そしてさらに―― 

 わたしの存在が、そもそも宇宙に存在しなかった―― その原点まで。わたしの体を、縮ませる。わたしは消えて、しまうのだ。わたしが魔力を摂れなくなったら。わたしが魔力を、呑めなくなったら。そのときには。そのときにはそのときにはそのときには。わたしはわたしはわたしは―― 

 だから。だからよ。そのために。わたしは絶対、食べることを―― そこから魔力を摂ることを。絶対やめては、いけないの。だからよ。わたしは続けるべきなのだから。


 けれど。

 わたしはあるとき、気付いたわ。

 これでは、尽きる。終わってしまう。

 このままでは、早晩、わたしはその地のすべてを飲み込んでしまう。食い尽くしてしまう。なぜならば―― 最初のわたしの想定よりも。その異世界の広がりは―― それほど大きなものでは、なかったの。命の数には、限りがあった。このままでは―― その地のすべての存在を。殺しつくして。飲み込んでしまう。とても短期のうちに。ひとつの命も残さずに。

 しかしそれでは―― 

 その地の魔力が。わたしの命の源が。絶えてしまう。採りつくしてしてしまう。食い尽くしてしまう。それではいけない。これではだめよ。なにか、なにか、方法はないの――


 そしてまた。数百の年を、わたしは重ねて。数えて。

 わたしはようやく練り上げたわ。ひとつの機構を。ひとつの装置を。生贄の魔力を飛躍的に増幅してくれる、その革新的な大魔法陣を。

 わたしは築いた。はるかな異界の―― わたし自身は行くことすらできぬ、この目で確かに見ることさえできぬ―― 遠き異界の、最果ての地に。

 その地は原始住民の言葉で、聖地、あるいは「星の門」と呼ばれた。その門をくぐった先にそびえる、わたしの魔力の結晶でもって築き上げた北星宮―― その中央広間の床面すべてに、わたしは。わたしの装置を。大魔法陣を。くまなくそこに描き上げた。

 そして。それが刻々、送り届ける。はるかに隔てられた、幾億エクミルもの距離を超え。

 増幅した魔力を。そこからわたしに、送り届けるのよ。そう、それこそがその、魔法装置の役割であり―― わたし自身の、すべての結晶。それはわたしが、ここまで死なずに生きながられた―― ひとつの証と言ってよい。


 最初は、一年に千。そう。千を喰らったわ。

 千だけでよかった。たったの千だけでよかったの。

 なぜって。それまでは―― 一年に数万、あるいはそれ以上の捕食を。生贄の提供を。短期のうちに、原始生命らに強いたこともあったから。それくらい、当時のわたしは飢えていた。だからその―― 過去のそれに比べれば。なんと素晴らしい効率でしょう。なんと短期に、魔力を得られることでしょう。すべてはわたしの、知恵と努力と。継続した意志力の。優れた証明なのだから。それ以来―― 来る日も来る日も、その異界の聖地の広間では。朝も夜も朝も夜も。ひたすらに生贄が。その魔法陣に捧げられ――

 

 けれど。

 やはりそこには、問題があった。その魔法装置の運用は。わたしにとっても。その魔法陣の運用は―― 術者のわたしに、とめどない疲労をもたらした。

 つらい。苦しい。息ができない。できればこれを、使いたくない。やりたくない。やりたくなかった。なぜなら発動のたびに、わたしの心臓にかかる負荷は―― それは死なないための対価とは言え―― わたしはそのたびに、その苦しみのためだけに、死んでしまうのではないだろうかと。冷たい汗を流しながら。亜空の床に這いつくばって、時には血をも、吐き散らしたのよ。それほどの作業なのよ、あの装置を制御するということは。どれだけの苦痛を、わたしは耐えて。みじめに這いつくばりながら――

 それでも。その対価として得られる増幅魔力は、まぎれもなく膨大。わたしにそれは、必要なもの。わたしはそれを、得なければならない。消えぬために。消えないために。

 そしてまた。わたしの知力は、やはりそれほど捨てたものでもない。わたしはさらに、改良を加えたわ。異界の果てに設置した、魔法の機構に、ひたすら不断の改良を付け加え。魔力増幅を。さらにさらに。その魔法陣の、効率を上げた。そしてさらなる増幅を。さらなる効率を。さらにさらにさらに。もっともっと。もっとだ。さらなる改良を。改善を。さらなる増幅。さらにもっと。さらにもっと。

 

 そして。ようやくわたしはたどりついたの。

 1年に、1度。異界の1年に、1度だけ。ただひとりだけ。とりわけ潜在魔力にすぐれた、選び抜かれた、星選者をひとり。そのひとりのみを。

 それさえ、その地に送れるのなら。北星宮の大魔法陣が、その者の魔力を増幅してくれる。無限に近い増幅を。そして届けてくれるのよ。わたしのために。わたしのために。命の力を、届けてくれる。幾億エクミルをつなぐ、かぼそいわたしの生命線、魔法糸を伝って。ほかには誰もたどりつけない、誰もここまで届かない、この小次元の片隅まで。ここでひとり、震えて、震えて、ただひとりで命をつなぎとめている―― わたしのもとへ。わたしのもとへ。

 わたしはようやく、安堵したわ。ああ、これで。これでこれでこれで。

 わたしは、命を長らえる。わたしはここで、消えずにすむわ。わたしはここで。わたしはここで。消えない。消えない。これで消えない。もうわたしは。ここで。ここでわたしは消えずにすむわ。わたしはわたしはわたしはわたしはわたしは――


 それなのに――




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