チャプター10~11
10
「――って、おい。それは何だ?」
レグナがいきなり、立ち上がる。
「な、なによ、いきなり? なんのこと言ってるの?」
「だから、それだ。そこ。なんだ? 何が光ってる?」
「え? これ? ああこれね。ほんとだ。なんか、光りはじめたよね?」
あたしは首のそれを、指でつまんだ。コートの下から、引っ張り出した。青い光を発する、そのペンダントは――
「星の護り」だ。
「え、って、何コレ?? 熱ッ! アツツツッ」
いきなり青の光が高まって――
「え、待って待って待って! ナニコレ! 熱い! ああ、ちょっと、もう、ほんと、」
ギンッ!
砕け散ったのは、それ。その、ペンダント。
それがいま、無数の破片に砕け散り。
青の光と、熱が、急激に消えていき。
あとには、砕けた石の粉だけが。雪の地面に、散らばって――
「…危なかったですね、ササカ。術式の発動加速度がもう少し大きければ、ほんとに危ないところでしたよ?」
銀に光る短剣で、機敏にそれを砕いてくれたのは――
ユメだ。その、なんだかとってもアンティークな、刃わたり短いその剣で。
ユメはそれを、いままた、鞘に戻した。腰のとこ。コートの下の、見えない位置に。
「あ、ありがとう。助かったよ。でも、なんだったの、あれは? あたたた、ここ、ひりひりする。首のとこ、ヤケド。まったくもう、ああ何、髪も―― 何これ、焦げてる??」
「お前なぁ。髪焦げたくらいで終わって、幸運だったぞ」
レグナが言って、雪の上にかがむ。散らばった宝石の粉に、顔を近づけて。
「ったく。まさかご丁寧に、あのアイテムをまだ首からかけてるとか。想像もしなかったぞ。不注意すぎるぜ、ササカおまえ」
「え、だってだって。あの星庁のヒト、言ってたもん。これは絶対、外しちゃダメですって」
「ばかめ。それは、星選式までの話だ。その場を荒らして逃げまくっておいて、そのあともまだ、律儀に付けたままとか? ありえねー。まっさきに捨てるべきアイテムだろ?」
「位置がおそらく、漏れたと思います」
ユメが言って、空を見上げた。雪がちらちら舞い落ちる、厚ぐもりの空を。
「一瞬でしたけど、女神自身が組んだ術式魔力の放出が、ここで今ありました。女神であれば、おそらくその位置を、見逃すことはないでしょう。つまり――」
「ん。ここか。座標情報は、あんがい正確だったのね」
え??
いきなり、知らない声がした。
ふりむくと、そこにいる。
なんか知らない、女のヒト。すらっと背が高く、手足は長くて―― 顔立ちも、きれい。
っていうか。きれいすぎるよ。完璧すぎるよ? 美人もさすがに、そこまでいくと――
んでから髪は―― あたしがあまり見たことのない、うす水色の髪。長くて、まとまりがなくばさばさしてて。そのばさばさ具合に関しては、あたしの髪と、いい勝負かも。
肩にはふわっと、白毛皮のコート。でも。その下が薄着だ。薄着すぎるよ。黒い光沢ある、肌にぴったりの短いドレスで。それ一枚だけだ。太ももから下は、まったく何もつけてない。足は大胆にも―― 裸足だ。なぜか靴も、はいてない。雪のつもりはじめた岩の地面、そのまま裸足でふみしめて。
「うーん、けど、いまいちね。ここではやはり、こんなもの? がっかりだわ。もう少し高い再限度を期待していたけど。ん、ま、いいわ。今はこれで、満足するしかない」
その女のが、なんかひとりごと、ぶつぶつ言ってる。自分の手のひら、ひとりでながめて。あたしたちのこと、完全無視だ。
「…何者だ? 北星庁のやつか? 名を名乗れ」
レグナが言った。左手に剣、握ってる。やたらと作りの、しっかりしたやつ。おお。なんか武器とか、持ってたんだ。魔法だけの人かなって、なんかちょっぴり、思ってたけど。
「ふうん? 辺境異族? では、おまえなの、ここまで飛んで、星選者を逃がしたのは?」
その女が首をかしげ、はじめてレグナを見た。とてもきれいな、水色の目だ。声もきれい。きれいすぎる。でもそのきれいさは―― 「氷のきれい」だ。そこには温度が、ひとつもない。
「おい。むしろ答えろ。お前は誰だ? 女神のさしがねか?」
レグナが剣を、女にまっすぐつきつけた。
「だまりなさい。下層の塵の分際で。おまえのことなど、どうでもいいの。用があるのは、そちらよ。星選の娘。おまえ。さっさと来なさい。あまりつまらないことで、時間をかけさせないで欲しい。わたしもそれほど、暇ではないのだから」
何…?
視界が一瞬、ぶれた気がした。そしてそこに、現れた――
でっかいあれは―― 槍?? いきなりそこに。女の後ろ。背中のところ。
やたらぶっとく長い槍。黒光りした握りの部分が、女の肩から、上にむかって突き出して。
そして裸足のままで。娘がゆっくりと――
流れるみたいな、自然なきれいな、身のこなしで。
何歩かそのまま雪を踏み。ユメにむかって手をのばす。
「さ、触らないでください!」
ユメが、瞬時にそこからとんで。女のあいだに距離をとる。
それからユメは―― なんか魔法? 発動させてる。両手に、なにか、銀色の――
燃えたつ炎? 銀の炎を両手にまとって。なんだか本気の、臨戦モード…?
「…なるほど。おとなしく来るつもりはない、ということ? まあでも無駄よ。抵抗は無駄。さあおまえ。少し時間が遅れたけれど。今から一緒に、星の門へ――」
言葉が終わる、その前に。
斬りつけたのはレグナだ。女の肩に、いきなり剣を――
けど、止めたのは、女だ。
素手で?? レグナの剣を受け止めて。
まるでそれ、子供の、おもちゃの剣みたいに。指で、ふつうに受け止めて。
ちらりとレグナに目をやって。左手で、女が槍をふるった。
風圧。一気に地面の雪が散る。
そいつは槍を、ちょっと振っただけなのに――
あたしもレグナも、風におされて、よろけた。
うまく立っていられない。あたしは雪の上、片膝をついた。
いきなり銀の炎が、はじける。
ユメが、ぶつけた。
輝く、みなぎる、炎のかたまりを。
女の頭に。まるごとぶつけて、叩きつけ――
けど。四散した。炎は散って、すぐ消えた。
ユメが、驚愕、あるいは絶望に近い、表情を浮かべて――
一歩。二歩。雪の上をあとずさる。
けど。そのすぐ後ろは、岩壁だ。逃げられない。逃げ場はゼロ。
岩に背をつけて、ユメが――
また影がとび、真後ろから女に斬りつけた。
レグナだ。動いたのはレグナ。
けど――
「なッ??」
目を見開くレグナ。
剣が散る。粉々に砕けて、金属の粉になって。
「あんた! もうやめな! ユメはそれ、いやがってるでしょ!!」
あたしは短剣を抜き、肩の上にふりかぶる。はじめて使う、その剣を。故郷でるとき、護身用にって言って、わたしてもらった―― その軽い、細身の剣を。
「あんたいったい、何者よ? 女神の部下なの? ちょっと! なんとかちょっとは、答えなさい!」
って、ながく言ってみたのは、時間稼ぎだ。狙いをつける、その時間――
「ふうん? おまえ、魔力耐性あるわけ? まだ意識、保ってられるんだ」
女がこっちを振り向いた。その場で女が、槍をかるく一振りした。
魔法の風が広がって。こっちにぐんぐん、吹いてくる。なにこれ! 魔法風…?
けど。負けない。あたしはそれでも、倒れない。
あたしは右手を後ろに振って。まっすぐ、そいつの首に狙いを定めた。
「警告しとくよ。あんたそれ、ユメを放しなさい! じゃないと、本気で投げるよ、これ? 急所いくよ? 容赦しないよ?」
「おいばか! 投げるなら、無警告で投げろ! しかもそんなもん、効くはずもねーだろ?? 見たろ? おれの剣すら、粉砕してたろ??」
「レグナはうしろで騒がない! 集中、乱れるから。あんたはちょっと黙ってて!」
でも。水色髪の、裸足のそいつは―― あたしのことは、完全無視だ。
視線をわずかも、動かさない。ユメの腕を、きつくつかんで。
ん? 何あれ…?
なんか魔力を、ねってるみたい。女のまわりに、うす水色の霧がひろがって――
「くそっ! あいつめ、転移するぞ!」
レグナが叫んだ。レグナは魔法の風圧に、抵抗するのが精いっぱい。雪の上から、一歩も動けない。
あたしは視点を固定。
右手を、いつもの狩りのモーションで。
そいつの首に、一点集中。
行けッ!
あたしが投げた短剣が、まっすぐそいつに吸い込まれ――
そいつがふりむき、微笑する。
「ばかね。こんなもので、わたしを―― を?????」
いっぱいに見開かれた、女の瞳。
刃先が、とらえた。
そいつの首。あたしの狙いは完璧だ。
けど。ん…?
手ごたえが、ない。
刺さらなかった…?
11
「消えた…?」
ユメが雪の上にへたりこんで、言った。
ユメもまだ、正確に何が起こったか、わかってないみたい。
それはあたしも同じ。なんであいつ消えたの?
「ひとりでテンイしたの、あいつ?」
左右を見る。でも見えるのは、降ってくる雪。あとは岩山と。
あいつの姿は―― あのよくわかんない敵は、もうどこにも見えない。
「いや。そうじゃなさそうだ。実体化が解消された、って感じか?」
レグナが言った。そいつなりに疲れのか、地面にそのまま座りこむ。
「ジッタイカ? それって何?」
「本体からは遠く離れた位置に、仮の分身を送ってきた… てのが、いちばん近いと思う。コピーみたいなもんだな。相当に高次元な魔法だが。そういう術があるのは聞いたことがある」
「それって何? コピイ? もっとちゃんと説明してよ」
「うるせー。おれ自身も少し混乱中だ。おれにすべての説明を求めんな。ササカ、お前、いったい何をした?」
「何って? ただ単に、投げただけよ。短剣。首ねらって、当てようとした。けど。ほんとに当たったのかな? なんかぜんぜん、手ごたえなかった」
レグナが雪の上にから、それを拾った。短剣。あたしが投げたやつ。そいつの体をすりぬけて―― むこうの岩に跳ね返り、雪の上に落ちたそれを。
「…む。妙な魔力を感じるな。何だこの剣は?」
レグナは目の近くに、短剣の刃をもっていく。そのあと二、三回、素振りした。重さを確かめるみたいに。
「ちょっと。返してよ。地元の偉いヒトにもらった、大事なものなんだから」
あたしは言って、レグナの手から取り返す。柄のとこに、まるい緑の石がはまった―― きれいな銀の、細い剣。その刃渡りは短くて。たいした重さも感じない。
「これね。村を出るときに、アススヤのおばあからもらったの。護身用だっていって」
「誰だよ、アススヤのババアって?」
「うーんと、わかりやすく言うと、長老みたいな感じ? なんかいろいろ物知りで。村の相談役、やってるヒト―― って、ねえこれ、何? なんか緑に、光りはじめたよ???」
「おいおい、またかよ。なんかまた、たちのわるい遠隔魔法の呪いとか、かかってんのか?」
「え、だってまさか、アススヤのおばあが、呪いとか?? あッ??」
世界がいきなり、緑に染まった。
なにこれ、まぶしすぎだよ!!