チャプター4~5
≪ 絶対放すな! 手ぇ、握ってろ!≫
≪ 大丈夫。よかった。これで自分は南にかえれる―― ≫
≪ 動くわ! ほら、動きます!! ≫
4
聖堂の鐘が鳴ったのは、たしかにあたしも覚えてる。夜明けの狼時を知らせる鐘が。
けど―― あたしの目を覚ましたのは、その鐘じゃない。
光だ。
「なにこれ! すごい。まぶしい!」
青の光が、あふれる。ほとばしる。
「ちっ。なんだ、この光」
あっちのベッドで、そいつも起きたみたい。
そっちでも光ってる。そいつが首につけてる、それが。宝石のペンダント。「星の護り」ってやつ? ふたつの光で、部屋の中が青く染まった。光はあふれて、目にしみて。
そして光が、いきなり、散った。
そのあとそれが、線になる。光の線が。まっすぐ青く、壁にむかって。
「え? なにこれなにこれ?」「む、」
そいつが手のひらの上に、宝石をのせた。見つめてじっと、考えている。厳しい視線で。しばらく無言で。そのあとそいつが、小声で言った。
「方位を示してる、感じか」
「え?」
「二つとも、同じ方位を指している。ほぼ真北の方角だな」
「ああ。そういえば、そだね。方位かぁ。これでも、まぶしい。迷惑。もっと長く、寝てたかったのに」
『 時は来たりました 』
そのとき声が響いた。でっかい氷の結晶が、いきなりパンとはじけたみたいに。
『 星選の時が近づいています。
さあ、世界より集いし五千余の資格者たちよ、
星の門へ来たれ。そこでおまえたちを待っています 』
部屋に響くその声に―― あたしもそいつも、戸惑うしかない。
というか、え? 誰? ほんとに、何?
『 我が名はフィルデアーデ。〈星の女神〉の名で呼ばれる者。
我こそが、この大地を創りし創造者。
おまえたちを、世界の各地より呼び寄せし者。
さあ、資格者たちよ。今こそ、集え、星の門へ。
青き光の導きに従い、来たれ、星の門へと 』
それきり、声は消えた。そのあとはもう、音はしない。
窓の外でふりしきる、止むことのない雪の音以外は。
「…ちっ。女神か。あれが、その――」
「でも、でも。なんかすごかった。女神様の声とか、はじめて聞いたよ! ほんとにいるんだね、女神様!」
「『さま』はいい。ただの女神だ。迷惑なやつめ」
「あ~、あんたそれ、女神様の悪口言った。バシッと罰あたるよ??」
「ばかめ。罰とか、どうでもいい。それよりも――」
そいつが窓のそばに立つ。顔ちかづけて、外を見た。
「見ろ。動きがある。けっこうな人数だ。おそらくあれがすべて、星選候補―― ってわけか」
あたしもそいつの横で、窓の外を見た。ん。ほんとだ。まだ暗い雪の路地。人がいっぱい出てきた。で、なんかみんな、ひとつの方に歩いてく。
ひとつの方へ。それはたぶん、北の方。通りを歩く、その―― 誰だか知らない大勢の。その全員が、つけている。青の宝石。「星の護り」。だれもが首から、それを下げて。青の光が差す方に。一直線に。足並みそろえて、雪の中を――
「くそ。強制移動の時間、か。ったく、気に入らねぇ」
そしつがバシッと、窓ガラスを叩く。
「ねえねえ、あたしたちも、行かなきゃダメ? もう出発?」
「…らしいな。いささか面倒だが」
「でも、でも。あたし朝ごはん、まだ食べてない」
「なら食え。いま、短時間で」
「でも。先に朝のお風呂、入りたい。昨日、入らずそのまま寝ちゃったし」
「ばかめ。風呂? どうでもいいだろ、そんなもん」
「どうでもよくない。タウーウェル族は、キレイ好きなんだよ?」
「知らねーよ! 入りたきゃ、風呂、入ってろよ。一生こもってろ。んでから星選式に、たっぷり遅れて行け。おれは止めん。」
「え。やだよ。遅れるとか。女神様に、なんか、罰とか受けそうじゃん??」
「なら、さっさと準備しろ。ぐだぐだ言ってる時間は、どうやらあまりなさそうだぞ?」
5
北行きの街道。街を出てから、ひたすら荒れ地の中を続いてく。深い雪をふんで、北に向かう大勢の列。何百人もの人ごみ。だいたいみんな、おそろしく厚着だ。あたしと同じで、アタマからフードかぶって。
でも―― それがみんな、「星選候補者」だってことは。見てすぐわかる。誰にでも。
みんなが首から、かけているから。あの、青の宝石ペンダント。誰もがそれを、首につけてる。青の石が、まっすぐ北に、青の光を投げかけて。白い雪の荒れ地が、導きの光で、青にうっすらひたされて。なんかちょっと、夢の中の景色みたい。
その青の光と、雪と氷に包まれて。あたしも歩く。あたしも、そいつも。サクサク、ザクザク、雪の地面を踏みしめて。ひたすら北へ。足並みそろえて。
でもなんか、暗いし。まわりの人らの、ムードが暗いよ?
まるでみんな―― まるでこれから、お葬式にでも向かうみたい。
あ、けど。『みたい』じゃなくて。わりとホントに、そうなのか。
このあと。ここの、この中の。誰かひとりが連れていかれる。その「誰かひとり」が、誰になるのか。今は誰にもわからない。うん。まあそりゃ、暗くもなるよ。そりゃ、足取りも重くなる。雪が横から吹きつけて。風は―― もうこれ、とんでもない冷たさだ。冷気で肌、切れるよこれ。冗談じゃなく。
あたしはグルファの毛織りのコート、がっちり着こんで。首までぜんぶ、トグルをとめて。フードもかぶって。ラシャ牛の毛皮の手袋も、ばっちり手にはめているけど。ぜんぜん寒さは、防げてない。寒ッ! 鼻水でるでる。んでまたそれが、凍る凍る!
でも――
暗い空の下、雪の荒れ地を進むにつれて。
雪は、とつぜん弱くなった。風も、ちょっぴりやわらいで。
ひたすら空を覆ってた雲が、とつぜん晴れた。広がる星空。
「ねえ、なにあれ? なにあれ? あそこのやつ?」
「なんだ? 何のこと言ってる?」
そいつが足を止めて。メンドクサそうに、不機嫌そうに。黒い瞳でこっちをにらんだ。
宿から一緒に歩いてきた、そいつ。浅黒い肌の、男の子。今のそいつは、宿のときと違って。ここではちゃんと、厚着をしてる。黒い布地に、濃い緑色の―― へんてこ模様の飾りがついた、厚ぼったい、重そうなコート。
「ほらほら、あれよ! あの、ゆらゆら、光ってるやつ!」
あたしは、空をまっすぐ指さした。
光が見える。なんか白とか、緑とか。たまに赤とか。ゆらゆら揺れて光ってる。色はすこし虹っぽいけど。けど、虹じゃない。形がへんだ。布みたいな。カーテンみたいな。
「おまえオーロラ、初めて見るのか?」
「え? 知らない知らない。オーロラっていうの、あれ?」
「…北極光、とも言うな。北の地方では、晴れた夜にはよく見える。おれの住んでいた土地でも、この季節には、わりと普通に見えている。なんでもあれは、この世界の外から降る―― なにかの波動と、外気層の地場とが共鳴してるって。前に、本で読んだな。見た目以上に、はるかな天空の高位置で発光しているもの、らしい」
「へえ~。あんたってば、見かけによらず、物知りだねぇ。ハドーとかジバとか、言われても。それが何かすら、あたしにはさっぱりだよ」
「おい。いいけど。足、止めんな。うしろが渋滞してる」
「あ、だね。ごめんごめん。なんかきれいで、うっかりみとれちゃったよ」
そして。
最後に、あたしたちが足を止めた場所。
荒涼とした雪原と、氷に閉ざされた岩山と。あとはそこには、空しかなかった。
その、おそろしく澄んだ、しずかな氷点下の空気の底に。
いま、あたしたちは、立っている。世界から集まった、何千人ものヒトたちが。いまいっせいに足を止め、みんなが見てる。その荒野の先。雪と氷の、その先にあるもの。
門。
そこにいきなり―― でっかい門がそびえてる。
両側の壁もない。普通なら門の先にあるはずの、なにかの建物も見えてない。
門だけ。ほかにはほんとに何もない。ただ雪原に、門がある。
それは青くかすかに光をはなつ、銀色の門だ。大きさはもう、ちょっとこれ、わからない。門ひとつだけで、岩山ひとつの高さある。そもそもあれは、誰が通る門…? いったい誰がどうやって―― こんなとんでもないモノを、ここにドーンと建てたのだろう。って、まあ、答えはすぐにわかったけれど。
女神様、か。星の女神。創造主さま。
でもなぜ、ここに。わざわざこんな、大きなものを――
「おい、見ろ!」「おおっ?」
「すごいな、本当に――」「…女神、さま?」
いきなりみんなが、口々、叫んだ。
あたしは声は、出さなかったけど。でも。あたしもやっぱり、叫びそうだった。
だってほら、空に。オーロラとか星とかを、ぜんぶ消し去る勢いで――
巨大な人影が、そこにひとつ浮かんだから。
見えてる空の、半分くらいを埋めてしまう大きさで。
瞬きながら。揺らめきながら。
黒と銀と、うっすらした青と。いくつもの光に包まれて。
でも―― 女神…? あれがそうなの? ほんとうに?
それは女性の、姿をしていた。銀と黒の髪が、空いっぱいに流れて、波うち――
二つの瞳は、透き通る青。体の部分は、ゆらゆらしててわからない。でもたぶん―― 古代の巫女の、ドレスみたいな?
いかにも高貴な、神聖な―― 感じは、たしかにしたけれど。
けど。そこであたしが、いちばん素直に感じた気持ちは――
恐怖、だった。恐れ、だった。
世界を冷たく支配する―― 理解をこえた――
あまりに温度が、なさすぎる。とてもあたしは、近づけない……
『 よくぞ来てくれました。世界の諸族を代表する、星選候補たち。
小さきものたちよ。あらためて言いましょう。ようこそ、我が聖地へ。
星選式への皆の参列、わたくしからも、深く感謝します。小さきものたちよ―― 』
広がりながら、波打ちながら。空で女神が、青くきらきら輝いた。
「…ちっ。つまらん余興だな。安い魔法だ」
横のそいつが。そんなこと言って、舌打ちした。
「あれって、魔法なの…?」
「ああ。幻視魔法の一種だ。あそこまでの大きな像を結ばせるには、かなりの魔力を消費する。 だが、おれにでもあれは、できなくはない」
「何? あんたできるの、あんなのが??」
「ああ。あれよりサイズを落として―― だが、似たようなものなら。作れなくはない。あいつ、女神を名乗るわりに、案外、しょぼい。やってることが」
『 では、ここに星選式を始めましょう。世界より集いし、我が子たち。
今これより、おまえたちの中から、ただ1名を。ここに選んで、栄誉を授けましょう。
その選ばれし者は、これより我が星の聖門をくぐり抜け、
そこからわが地へと、旅に出る。
この星の門は、わたくしの統べる天界と、この地をつなぐ特別な門。
ここをくぐりし、女神に選ばれし、ただひとりのその者は。
わたくしとともに、我が天界で、千年の命を生きるでしょう―― 』
ざわざわ、と。あっちこっちで、みんながささやきあっている。雪原の上で。
本当なのか? いまの言葉は、真実なのか?
本当に? 死ぬんじゃないの? 千年の、命を…?
「ふん。詭弁、だな」
あたしの横で、そいつがひとこと、ささやいた。まっすぐ空を、にらみつけて。
『 さあ、では今こそ、見るのです。星選は、今ここに、始まりました。
おおいなる星の光よ。示せ。今こそ。その、選ばれし者を―― 』
巨大な女神の両腕が、ゆっくりと上に持ち上げられて――
「あ??」「おお??」
「なんだ??」「光??」
激しく青い―― なにあれ?? 稲妻?? いや、違う?
天から、一本の光が。青い光が落ちてきた。
目に痛いほどの、ほとばしる青。光の柱が、いま、天と地を結んだ。
「え?? マジ?? あ、あたし?? あたしなの??」
青の光が、あたしをぜんぶ、包み込み――
圧倒的な光の柱に中に、あたしはまるごと、ひたされて――
…という。まあでも。それはちょっぴり勘違い。
あたしの、となり、だ。
立ってるあたしの、左側。距離はもう、手をのばしたらふれる距離。
光の渦の中にいるのは、女の子だ。
光の風にまきあげられて、灰色のフードがとれて。その下に隠れてた、真っ白な髪が。
光の中で、踊って。踊って。巻き上げられて。
青の光にからめとられて、その子が何かを叫んだけれど――
声はここまで、届かない。口がぱくぱく、動いただけで。
その目は大きく見開かれ―― おどろきの表情で、空を見上げて。
その子の首にかかった、青い輝石のペンダント。そこから湧き出る光の線が。
その子の体を、光の線でからめとり。体の自由を、奪っているみたい――
『 いま星選は、下されました! 喜びなさい娘。
そなたはこれより、星の門のかなた、
わたくしとともに、新たな千年を生きましょう。さあ、今こそ―― 』
「おい、見ろ!」「開いて…??」
雪原の向こう。巨大なゲートが。いま。こちらに向かって。
二つの扉が、ゆっくり動いて。開いてゆく。開いてくる。
ゆっくり、ゆっくりと。ゲートが。ゲートが!
そして。
二つの扉のあいだに、ひらけたのは――
何あれ? 真っ暗?? 青の光と、銀の輝きに、ふちどられているけど。
ゲートの中央に広がる、吸い込まれるような、あれもう――
圧倒的な、暗闇だ。
「さあ、来るのだ、星選の栄誉者よ」
すぐそばで声がして。ふりむく。そこには、派手派手しい銀の服を着こんだ、四人の――
…男たち。あるいは、おっさんたち? 若めの男がひとりと、若くないのが二人と、あとひとりは、爺さんだ。これたぶん、ぜんぶ北星庁の役人だ。その役人たちが――
いま、無理やりに。青の光にからめとられた、その女の子を。四人がかりで、持ち上げて。
まるでなにか、村祭りの「みこし」みたいに。それとも、それとも――
村の葬式で運ぶ、「棺桶」みたいに。その女の子を、四人で肩でかつぎあげ――
…って、え? なにこれ?
『星選』とか、『聖なる』とか。『千年を生きる』とか。
言ってること、きれいだったけど。でもこれって明らかに――
単なる「誘拐」「人さらい」。
まったく一緒じゃん? どこがどう違うの…?
そのときその女の子が、最後のせめてもの抵抗で――
ほんのちょっと、体をよじった。
距離は少し、あったのだけど。まっすぐその目が、あたしを見つめた。
その子の、透き通るようなきれいな瞳が。
怯えた瞳が、まっすぐあたしに訴えた言葉。
あるいは感情? 言葉にならない、ほんとのコトバ。
『 助けて! 死にたくない! 』
『 ねえ、助けて! 』
たぶん、偶然にも―― いま、その距離に居合わせて。
そこでその子と、目を合わせ。まっすぐコトバを、受け止めてしまった、あたしの心は――
あたしの心の、緊急評議会は――
― いいじゃん、ササカ。よかったじゃん。あんたは助かったのよ。
― そうそう。命拾いしてるよ?
― 気の毒だけど、今年はこの子で決定。あんたは無事に、故郷に戻れる。
― このあとゆっくり、何の心配もせずに、ゆっくり南へ。
― まったり、ゆっくり、燻製肉たべて、お風呂もはいって。そのあと南へ。
― そうそう。南へ、
『バカ! あんたら、なに言ってんの!! 助けるよ!!』
そのひとことで、評議会に決着つけた。
あたしは一瞬で、全力で、
とぶ!
瞬発力と柔軟性が何よりも売りの、あたしの種族の特性発揮。
二つ数えるより早く、あたしはその距離をとびきった。
「ぐあっ??」
「なッ…??」
噛みつく。引っかく。そいつらの顔、バリバリ引っかいて。ついでにまたぐら、蹴とばしてやったよ。んでから――
奪うよ!
青い光にからまった、その子の体。
あたしはその子を、抱きとめて。抱きあげて。
んでから、走った! それからとんだ! んでから、また走る!
そして―― 走りながら、あたしは――
いまなおギラギラ青光りしてる、その子をしばる、青の光のペンダントを。
それの鎖を。バシッと牙で噛みきった。
そしたら急に光は消えて。ちょっぴり視界が良くなった。
「動く! 動きます、体!」
その女の子が自由を取り戻す。光のしばりが、解けたっぽい。
「そりゃよかった。けど、一緒に走るよ! 足を止めちゃダメ!」
あたしはジグザグ、追手をまきながら。
その子の左手、あたしの右手で握りしめ。
ぜったい放さない。放さないよ! 腕をぐいぐい、引っ張って。
ふたりで固い雪の中。駆ける、駆ける、駆け抜ける!!
『 我が聖なる祭典を冒涜する愚かなる者たちよ。
何を見ているのだ、おまえたち! そこに集う、五千余の民たちよ!
傍観せずに、追え! 取り戻すのだ、あの、選ばれし者を!
早く! なにをぐずぐず、ただ見ているのか! 』
空から声がふってきた。女神の怒りが、雪の地面にまるごとぶつかる。そりゃもう、耳をつんざく大音響。大迫力だよ! あたしも相当、ビビったけれど。けど。なんかもう、始まっちゃったこの流れ。今さらここで、止めるわけにはいかないし! もうこれ、今は、逃げるのみだよ! でもでも、どっちに? どっちに逃げればいいの、これ??
「ったく。無茶しやがって。しかも計画性なさすぎだ。来い!」
声がして。いきなり腕をつかまれた。ぐいぐい、そっちにひっぱられてく。
「は、はなして!! 誰よ、あんた??」
「つべこべ言うな。味方だ! 抵抗すんな! 来い!」
やたらと細い、その腕に似合わない怪力で。
すごい力で、そいつがあたしを、引っ張って。
そいつは、だけど、そいつだった。
あいつだ。あの、今朝まで同じ宿で、同部屋だった、小柄な――
そいつだ。男の子。浅黒い肌。目つき悪くて、口も悪くて――
「…イ・スガルヴ・アトゥワヴィーダ!!」
いきなりそいつが、そう言った。
直後に視界がぼやけて。なんか不思議に、黒一色。
その黒の中に、なにか見たこともない図形とか、文字とか、
謎々みたいな、きらめく模様が、わしゃわしゃ、ざわざわ、はげしく入り乱れて。
なんか体重、消えたっぽい?? 急に重さもなくなった。