エピローグ
~ エピローグ ~
再び風が吹き始め。あたしとユメは、うずまく風の塔にとらわれた。セカイジュの外側をとりまく、巨大な緑の竜巻。でも、普通の竜巻とは逆向きだ。風は上から下へ、渦をまいて駆け下りる。音は不思議としなかった。あたしとユメは、そこからさらに木の上をめざした。声が言うには、魔力風の加護は、上にいくほど強くなる。なるだけ上に登っておいでと。声が伝えた。微笑をふくんだ、女神の声が。
そこにある蔓を手がかりに。森育ち、木登り得意なあたしが先に。あとから登るユメの腕を、上からあたしが引っぱった。ゆっくりのぼった。時間はここでは、気にならない。あたしはゆっくり、時間をかけて。少しでも上へ。焦らずに。焦らずに。一歩一歩、足場をしっかりたしかめて。あたしとユメは、のぼりつづけた。
そこでの時間は、ゆっくり流れた。不思議とおなかも、へらなかった。
どれくらい、実際そこまでのぼったか。高さはいまいち、わからない。緑のはげしい竜巻が。視界を隠して、外の世界はまったく見えない。でもやがて。のぼり疲れたあたしとユメは。少し広めの足場の上で。二人がもたれて、ゆっくり休める―― その、大きな枝の分かれ目で。このあと二日、過ごすと決めた。
無限の距離からふってくる、やさしい緑の木洩れ日が。とてもかすかに、あたしの顔にも光を投げた。ユメは、あたしのとなりで目を閉じて。なにかぶつぶつ、祈りの言葉を言っていた。何にむかって、祈っているのか。誰のために、祈っていのか。あたしはいまいち、わからない。けど。特にそれを、きいたりなどもしなかった。
一方あたしは。特に、誰かに祈ることもなく。ただそこで、足をのばして。ぶっとい蔓のひとつにもたれて。木洩れ日のぬくもり、頬に感じて。昔のことを、いろいろ思った。
昔と言っても、数年前の出来事だ。記憶の中で、故郷の森には眩しい光が満ちていた。木洩れ日が降っていた。風がやさしく、梢を揺らした。あたしはそこで獲物を追って。はだしで木の葉を、踏んで走った。どこまで遠く走っても。森は広くて、終わりがなかった。走り疲れたあたしは―― さいごは、木の葉の地面にうずもれて。そこで昼寝を、したかもしれない。
その、眠りの奥の想像の中で。あたしはひとりの少女と出会った。
三つか四つの、小さな少女だ。ボロボロになった、白の服。落ち葉の上にすわりこみ、ひとりでしくしく、泣いていた。
どうしたの? と。声をかけると。その子がゆっくり顔をあげた。白っぽい髪が、あちこちもつれて。泣きはらした顔。その子がゆっくり、あたしを見上げた。
――帰れないの。帰り道が、わからない。
――わたしは誰? わたしは何? どこから来たかも、わからない。
その子は言って、ぽろぽろ泣いた。あたしはその子の隣にすわり、その子の頭を、なでてあげた。あたしは言った。しずかな声で。
――大丈夫。森はずっと、ここにあるから。ここはあなたの、家だから。どこまで行っても。どこまでどこまで走っても。森があなたを、包んでくれるよ。怖がらないで。ここがあなたの、家なのよ。だからもう泣かないで。ここでは全部が、あなたの味方よ。森があなたを、護ってくれるよ。
――本当?
涙あふれる目をひらき、少女があたしを、まっすぐ見つめた。
本当だよ、とあたしは言った。
――だから。ね? どこにも行くこと、ないんだよ。ここでずっと、みんなと遊ぼう。一緒に遊ぼう。日はまだ、暮れない。日はまだずっと、あなたのことを照らすから。だから遊ぼう。日が暮れるまで。遊ぼう。一緒に。
その子の肩を抱きしめて。森の空き地の、陽だまりの中で。あたしとその子は、一緒に眠った。肩と肩とを、よせあって。その子の肩を、やさしく抱いて。眠るその子のほっぺたに。あたしは小さくキスをした。やさしく揺れる、木洩れ日の中。
【 それでも女神は続けたい。 終 】
【 最後まで一緒に旅してくれて、本当にありがとう! 】