チャプター30~31
30
目の焦点を。そいつの首に。次にアタマに。
距離はかる。七歩で届く! 行く。テンイはさせない!
あたしの手には、緑の宝剣。貫くよ。これで。あいつのアタマ。
あたしの脚の筋肉が、あたしの意識に呼応して。
それは収縮、次に反発。あたしの脚が地を蹴った。
そいつの視線が、わずかにこっちへ。
そいつの瞳が、距離をはかった。あいつも距離をはかってる。
あたしは刃を、背中にかくし。右手の動きを読ませない。
これが切り札。これで貫く。距離はぐんぐん縮まって。
そいつが左手、こっちに向けて。魔力を。魔力波。
放たれたのは、青の波動――
あたしの心臓、まっすぐ狙って打ち抜きに。
上体ねじる。反転を。反転ッ!!
光が、服の胸をかすって。表面こがす。
けど。抜けた。それはあたしを貫かないッ。かわしたよッ!
距離はもう、ほぼゼロ。そいつのアタマがもうそこに。
青の波動が外れたことに。一瞬そいつが驚いて。
瞳がわずかに見開かれ――
あたしは右手を、円の軌跡に振り上げて、
そのままそいつに、突き立てるッ!
そいつのアタマ。距離はもうない。距離はゼロ。
そいつが刃先に視線を向けた。けど。もう遅いよッ。
「えッ?? なんでッ??」
右手が。止まった。あたしの右手。
刃先をつかんだ。そいつの右手。刃を。いきなり横から、わしづかみ??
嘘ッ! その速さは、ありえない! 速さの限界、超えてるし!!
「ばかめばかめばかめばかめ、ぶわっかめえいいいいいいぃぃぃ!!」
そいつが笑った。醜く笑った。青白の瞳、見開いて。
刃先が、そいつの額にふれる。あと、一押し。
あと一押しで、そいつの肉に、食い込むはず、なのに。
なのに。そこで。
止まる。止まった。刺さらなかった?? 防がれた???
「転移ぃぃぃぃぃィィィ……!!!!!」
そいつが叫ぶ。青の魔力がほとばしり――
『ィィィィッィ…???????』
そいつが、瞳を見開いた。
牙が貫く。そいつの首を。
あたしの牙!
まっすぐ捉える。そいつの喉に、食らいつく。
このまま行くよ! 突き通す!!
顎に力を、全力こめて。
牙の先端。最初に、固い氷の感触あった。
けど。皮膚貫くと、その感触はなくなった。
牙の全部が、つきぬけた。
そいつの皮膚を。そいつの肉を。
あたしは迷わず、噛み切った。
舌にそいつの、皮膚の冷たさ。その苦い味。わずかに感じて。
けど。その感触は、すぐ消えた。舌の上から、消えていく。
そいつの輝く、像がゆらいで。また青白く、像を結んで。
カッと瞳を、見開いて。醜く叫ぶ、そいつの像が。しばらくそこで瞬いて。
瞬いて。そして。
散る!
まるで世界の、すべてのガラスが。残らず一度に砕ける――
大きな音を残して。散った。砕けた。
そいつの像が。解消していく。散り去っていく。
まだ消え惜しむように、小さく瞬く青の粒子を――
緑の風が、さらって。散らして。
そいつのすべてが、消えてゆく。粒子は世界に、散ってゆく。
不愉快に、耳の底に残ったそいつの叫びも。
やがては丘を吹いてゆく、緑の風の風音が。
遠くに運んで、消し去った。
31
「ふうッ。まにあった、ね?」
あたしは抱いた。抱きしめた。ユメの肩を。その首を。それから続けてそのアタマ。いい香りのする、その髪も。あったかくて、壊れやすくて。そのユメの肩を。ぎゅっと、ぎゅっと、思い切り抱いて。
「ばかだよ。あんたが死んで、どうするの」
「ササカ…?」
「あいつは、あんたの優しい心に。つけこんだ。あれは嘘だよ。絶対嘘だ。嘘だった。だけどユメは。だけど。優しいから。優しいから。あいつの嘘が、わからなかった」
「嘘…だったのでしょうか? わたしには… でも―― わたしには――」
「嘘じゃなくても。本当としても。でも。だからと言って、ユメが命を、やることはない。それは間違ってる。間違ってるよ。ぜったいぜったい、間違ってるから」
「ササカ…」
ユメは泣いてる。ぽろぽろ泣いてる。あたしも泣いてる。なんだか泣けてしょうがない。涙が流れてしょうがない。あたしはぼろぼろ、泣きながら。それでもぎゅっと抱き続けた。あたしはぎゅっと、抱くのをやめない。今そこにある、ユメのぬくもり。その体。それはぜったい、なくしちゃダメだと。あたしは思って。あたしは思って。だって。だって。ユメは、ユメの。命を誰かに、わたすとか。ぜったいそれは、間違ってるから――
「おおっ…?」「光?」「なんだ…?」
「いったいこれは…?」「何…?」
遠巻きに見てた、おおぜいの司書のあいだから。
声があがった。とまどう声が。
あたしの足元の、草の上。
そこに投げ出された、緑の宝剣。
そこから光が。光の柱が。
まっすぐ空に立ち上る。音もなく。緑の光が、
まぶしく、まっすぐ、空にむかって。
光はあまりに、まぶしくて。あたしは思わず目を閉じて。ただしっかりと、ユメの体を、抱きしめて。その感触を。それだけを頼りに――
やがて光がおさまって。ようやくあたしは、目を開く。
そして気付いた。何かが違う。セカイジュの丘の―― 何かが、さっきと違ってる。
「止んだ…?」
ざわめきが起きる。
あたしはそこで。そこで見た。
丘の上にそびえる、セカイジュの幹――
まわりをとりまき、渦巻いていた――
風が。吹き荒れる嵐が。
消えた。止まった。
足もとの草の葉も、すべてぴたりと動きを止めて。
緑の風が、いま止んだ。
『よくぞ来た、タフーウェルの娘。歓迎しよう』
声が響いた。空から声が。
姿は見えない。誰かは見えない。
けど。知ってる。その声。
わたしはたしかに、その声を。
どこかで聞いた。遠くで聞いた。
くっきりとした―― あの人の声だ。
それは間違いなく――
緑の―― 女神。
『そしてまた―― よくぞ来た星選の娘。おまえの道は開かれた。さあ、おいで。来るのだ、ここへ。世界樹のもとへ。緑の風は、いまやんだ。再び風がふきはじめる、それまで、束の間。世界樹の門はひらかれた。歓迎しよう。星選の娘。これより2日と、半日のあいだ。緑の風が、おまえを護る。さあ、タフーウェルの娘。ササカよ。星選の娘を。こちらにあんにゃい――』
そこで声が、いちど止む。がふッ、とか。げほッ、とか。
言葉にならない、声があいだにはさまって――
『あー、くそッ。噛んだッ! あとちょいでパーフェクトだったのにッ。惜しすぎる―― ん、えっと。おほん。まあ、とにかく。ササカは、とりあえず案内、してくれるかな? 星選者をこっちに? はは。あれだな。神っぽい威厳をつくるのも、少しこれは、面倒だ』
笑った。小さく笑った、その声が。緑の女神が、声の向こうで微笑んでる。
『さあ、ササカ。僕がまた、どこかで噛んで、女神の威厳を損なわないうちに。そこの娘を、連れておいで。二日と半日、世界樹の幹で休んでおいき。大丈夫。おそれることはない。この地のすべては、君の味方だ。さあ。おいで』
【 読者の二つの選択肢 】
① あとまだ、何かが足りない気がする
☞ ページをスクロールし、次のシーンを読む
② 終わりがとにかく、すぐ読みたい
☞ 次のシーンは読まずに、直接エピローグへ
「おい。行ってこい。呼んでるぞ、あいつが」
レグナがあたしの、背中を押した。
「なんだ。今さらビビってるのか? ここまで来ておいて、それはないだろ。ユメを連れて、さっさとあそこ、行ってこい。なんだ? なにをそこで、迷ってる?」
「え。けど。レグナは…? あんたは来ないの? セカイジュのとこ? あそこだったら、あんたも二日、まもってもらえるよ…?」
あたしはレグナの、黒い服のはし。ちょっぴり握った。ほんのちょっとだけ。
「バカめ。おれが行ってどうする? おれをまもってどうする?」
レグナが笑った。両目を閉じて。ちょっぴり顔を下にさげ。左右に首を、三回ふった。やれやれ、おまえはなんにもわかってねぇなあ?とか。なんかそんな、表情で。
「護るのは、ユメだろ。星選者の命だ。おれが世界樹に守られる? バカめ。意味わからんぜ、それ自体」
「けど。あと二日―― まだ、勝敗は、わかんないし。たぶん今ので、女神はだいぶ弱ったかも、だけど。だけど。ほんとに殺したわけじゃない。でしょ? たぶんあいつは、死んでない。また、反撃してくるよ? 怒りくるって。氷の雨とか。降らすかもしれない。氷の巨人で、叩いてくるかも。あんたは二日、護れるの? 死なずにそれを、乗り切れる? あんたは――」
あたしはレグナを抱きしめた。背中にしっかり、手をまわす。
「バカ。なんだそりゃ。こらササカ。はなせ。なにやってる??」
「ううん。放さない。放さないよ。いまは絶対、放さない。だって。触れるときに、触っとかなきゃ。いつどこで。あんたも消えるか、わかんない。だから。まだここで、消えてないあんたを。生きてるあんたを。ここでしっかり、触っときたい。今はそういう、気分なの。だから。」
「ちっ、」
舌打ち、したけど。
レグナはそのまま、立っていた。あたしはレグナの―― 想像以上に、ほっそい体を。
しっかりしっかり、抱きしめて。そいつの胸に、顔をうずめて。
それから言った。泣かないように。
「あんた勝ちなよ。勝ち切って。んでから、ぜったい、死なないで。ね? それが条件、だよ?」
「ちっ。うるせえな。死ぬときは、死ぬ。けどまあ、死なねぇように、努力はする、だな」
「…戻るの? あんたの街に? ウルランド、だったっけ?」
「ウルザンドな。いや。今は、そこには戻らない」
「なんで…? お父さんと、妹さん。いまもあそこで、戦ってるよ? 戻らなくていいの? 助けなくていいの?」
「あいつらは負けねぇ。死なないだろうと。期待はしてる」
レグナが笑った。笑うと、小さな体の震えが。こっちにちょっぴり伝わってくる。レグナの体の、ぬくもりと一緒に。
「おれはあれだ。今はこいつら図書都市の防衛を。できる範囲で、手伝う感じか。なにしろイシュタークも、今はそうとう消耗してる。戦力になるやつが、ひとりでも多く必要だ。だからひとまず、あと二日。そこがおれの前線だ。まあだが。場所はどこだっていいだろ。世界中のあっちこっちで、いま戦いは続いてる。おまえの言う通り、あいつはまだ、どこかで生きているだろう。最後にきっちり倒すまで。あいつをとことん、滅ぼすまでは。おれらの勝利は、決まらない。ま、だから。おれもひとつ、ちょっくら最後に暴れてくるかな。…とかな。ちょっぴりカッコよさげに、言ってみたい気分―― だな。はは」
「最後とか。言わないで。あんたはぜったい、死んではだめ」
「だから死ぬつもりはねぇって。言ってるし。おい。もういいか? いいかげん、行け。緑の風が―― 緑の護りの猛風が。またここの丘に吹き始めたら。あとあと何かとやっかいだ。ゲートが開いてる、いまこのときに。ユメと一緒に行ってこい。ほら。もういいだろ?」
あたしは小さくうなずいて。レグナの背から手をはなす。体もそっと、うしろにはなした。
レグナが、こっそりその右手。こっちにゆっくり、さし出して。あたしの肩に―― ためらいがちに、ちょっぴりのせた。しばらくあたしを、まっすぐ見てた。黒の瞳で、まっすぐあたしを。
「ありがとな。いろいろ。おまえには、助けられた」
「ちょっと。過去みたいに言わないで。これからもっと、助けるよ?」
「…ま、じゃ、それはちょっぴり期待しとく… かな?」
あたしの肩から手をはなし、照れたみたいに。レグナが指で、自分の顔を何度かかいた。
「じゃ、行こう、ユメ」
あたしはユメの手を取った。ユメはちょっぴり、ためらいがちに。こっくりひとつ、うなずいた。ユメの左の手のひらは。おどろくほどに小さくて。おどろくほどに、やわらかかった。あたしはその手のひらを。しっかり右手で、握ったままで。
一歩。そちらに、踏み出した。丘の上へ。セカイジュの立つ、丘の上。見事にそびえる、その木の下へ。緑の護りが、ふたりをそこで包んでくれる。そこでは二人は、安全だ。たぶん今は―― 世界のほかの、どの場所よりも。