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それでも女神は続けたい。  作者: ikaru_sakae
16/18

チャプター28~29


28


「おいッ!! いける!! いけるぞ!!」

「抜けたッ!?」「崩れるぞッ!!」「いやったぁぁぁ!!!」

「おおおッ!!」「ッしゃあああああ!!!!」


 歓声。怒号。吹き上げる蒸気。

 そのすさまじい、音と蒸気の嵐の中で。

 散る。散った。散っていく。

 壁が。抜けた。氷が消える。消えていく。解消していく。

 視界をおおっていた、白の壁が。残さず消える。砕ける。粒子となって、大気の中に。

 すべてが輝き。すべてがまばゆく。そして――

 一陣の風が。白の大気を、残らずそこから吹き払い――

 視界が、開けた。見えた。向こう。緑の丘が。大きく開ける視野。そしてその、大きな丘の上にそびえる、その――


「すげぇな。これが… 世界樹か――」

 レグナが言って、立ち尽くす。

 あたしもそこで、立ち尽くす。木、なんてものじゃないし。塔だよ、あれは。天上を突く、緑の塔だ。その塔のまわり、巨大なつるが、ぐるぐるぐるぐる巻きついて。無数の蔓がからみあう。自然がつくった螺旋の塔。雲のずっとさらに上まで。ぐるぐる、ひたすらのぼってく。

 そして。その塔をとりまくように。

 風が。塔をとり巻く、つむじ風。竜巻のように。嵐のように。まるで命もった、うずまく巨大な蛇みたい。その風はセカイジュの幹にからみつき、どこまでも高く、うずまいて。氷の壁が砕けたことで。いまその風が、直接ここにも吹いてくる。突風。体に力を入れてないと、立ってることもむずかしい。


「…けっこう時間、かかったね。まあでも。終わった。疲れた。さすがに――」

 イシュタークが崩れた。レグナの隣で、ぺたんと尻を地面について。

「おい。どうした。もうへばったか?」

「へばった。なにしろ、破壊作業の―― 消費魔力の三割は。わたしが、まるごと負担した」

「…ったく。理屈っぽいやつめ。ほら、手だせ。立てるか?」 

 レグナが差し出す。左手を。イシュタークが、その手をつかんで。よろめきながら、また立ち上がる。レグナが肩をちょっぴり支えた。


「…む? 待て。何かいるな?」


 レグナが視線を、そっちに向けた。丘の途中に、何かいる。

 あたしも見えた。それが。草の生えた地面の上に。

 青白い、かすかな光をふりまきながら。

 それはどうやら、ヒトの形をしているみたい。


…子供だ、あれは。小さな小さな女の子。


 見た目は、あれだ。幼い―― 幼女の。姿をしてる。服はなんだか、ボロボロで――

 むきだしの肩。青白い、冷たい光のただ中で。ひどく白くて、弱弱しくて。なんだかとても、病的な。ひどく弱って、弱り果てて―― 


「何? あれって誰?」

 あたしは思わず、レグナにきいた。レグナはまっすぐそっちを見たまま。キツい目をして、何も言わない。あたしの問いには答えない。

 まあでも。変だ。あの子なんだか、普通じゃない。青の光にとりまかれ、不思議とその姿が―― ときどき、ぶれる。まるでロウソクの火が、風にゆらいで消えかけるみたいに。その子の像が、ときどき不思議と、定まらない。その子は両手を地面について。こっちにむかって、草の上―― ゆっくりこっちに、這ってくる。


『せい せん、しゃ、を… せい、せんしゃ、 んしゃ、せい、せんしゃ、をぉぉぉぉぉぉ…』

 

 その子が、口から声をもらした。声は、深く低く、くぐもって。子供の声にはきこえない。なんだかまるで、その声は―― この世のものとは、思えない。あたしとレグナは、ユメと、ちょっぴり顔を見合わせた。


『せい、せんの、むすめ。むすめを。こちらに。わたして、わたして… ほしい… ほしい、ほしいほしいほしいのぉおおおおおお。もう、もう、時間が… じかん、じかん、じかんじかんじかんんじじじじじいかかかかかかんんんんんぃぃぃ』


 その子がそこで、動きを止めて。こっちを見上げた。二つの瞳で。それは大きく見開かれ。涙がどばどば、流れ落ちてる。流れた涙が、あごを伝って。首をつたって。ぼろぼろの服の、あちこちに散って。それはさいごに草に落ち。蛍みたいに、青い光で散り消えた。


「…どういうこと?? あれって女神?? んでから、女神―― 死にかけてる…?」

 あたしは、おもわず口に手を当てて。そこにいる誰かに―― 誰に、ということもなく。思わず、質問、してみたけれど――

「ここに至るまでの戦闘で、魔力を消耗しつくしたのか。それともただの演技か――」

 イシュタークが、ぽつりとそばでつぶやいた。

「演技、だろうな。十中八九。ったく。安い芝居を打ちやがる」

 レグナが言って。背中のさやから、剣をまっすぐ抜き放つ。


『斬ら、斬ら、斬らないで、くださぃい。戦いに、きたのでは、ないのですぅぅぅ。交渉にぃぃぃ。要請にぃぃぃ。おね、おねがいに、きた、のです、から。から、から、から、ですからぁぁぁ。おねがい、しますぅぅぅ。やくそく、しますぅぅう。これが、さいごの、せいせん、しゃ。これをさいごで。これが、さいごの、補充、ですぅぅぅ。なので。ですから。協力おぉぉぉぉ おねがい、します… せいせんしゃを、わたしに―― わたし、にぃぃぃ どうか、こちらに、わたしてくだすぁいぃぃぃ…』


 泣いて、少女が。草の上に、顔と頭をすりつけた。

 なにそれ。まさかの… 命乞い?? 女神なのに? 女神のくせに??

 さんざん魔法で、世界の人を困らせて―― いっぱい殺して。犠牲にして。街を壊して――

 最後にここで、命乞い? まさかの?? ほんとに?? 演技じゃなくて??


「信じるなよ、ユメ。ササカ」

 レグナが言って、ちらっと視線をあたしに向けた。

「しょせんは芝居だ。正面きっての魔力戦で不利になったと思ったとたんに。策を打ってきやがったってことだな。油断はするな。必ず攻撃が来ると。思っとけ。一瞬で食いついてくる。いつ何を撃って来るか。少しも油断がならねぇ」

「…しかし。あれは本当に、弱っているのでは…?」

 ユメが言って。心配そうに、レグナとあたしを見返した。それからちらっと、リーアの方も。

「弱っていたら、なんだというの?」

 リーアが冷たく答えを返す。

「ならばむしろ、好機です。心迷わず。ここで滅ぼす、絶好の機会でしょう」

「同意…だね。わたしもそれと、同意見」

 イシュタークが、小さく言葉をつぶやいた。直後に魔法。白く輝く光の球を、体の周囲に生み出して。いつでも撃てる準備をしてる。


『うた、撃たないでぃぃぃぃ。戦いに、きたのでは、ないのですぅぅぅぅ。休戦をぉぉぉ。おねがい、しますぅぅ。一時、休戦ををぉぉぉ ここに申し出、ますのでぃぃっぃぃ…』


「何? 休戦だと…?」

 さすがに様子が普通じゃないと。レグナもちょっぴり、思ったみたい。あたしとユメと、さいごにイシュタークの方に。問いかける視線を飛ばした。


『時間がぁ、もう、あまりないぃぃぃ… なのでぇぇ、その、その子を。その、そこにいる。星選の娘を。わたしの、もとへ。もとへ。くだしあ、ください、くだ、くだ、くださいぃぃぃ わたしはここで、消えたく、ない、です。消えたく、ない、です。生きたい、ですぃ。だから、ひとり。ただひとり。その子を、こちらに、わたして、くださいぃ。それで、それで、それでそれでそれでそれでぇぇえ、すべては、おわる、おわりますぅ。もう、二度と、せいせんの、ぎしきは、やらない、ですから。ですから。ですからですからですからぁぁぁぁ……』


 泣いてる。泣いてる。

 その子が、ぽろぽろ、泣いている。大粒の涙、ぼたぼた落として。こっちに向かって、お願いしてる。両手を草にべったりつけて。乱れた髪。その髪は、青の光の中で踊って。踊って。まるでそれが―― 命を持った、うごめく無数の小蛇みたいに。


「…ね、ねぇ。あれってマジで、弱ってない? なんかあれって、死にかけてない?」

 あたしは思わず、息をのむ。それから吐いた。ゆっくり、吐いて。それから言った。

「あたし、仕事の狩りで―― 森の中。死んでく動物、たくさん見てきた。だから。あれって―― ほんとに命、尽きかけてるんじゃ…?」

「おい。お前までか? ササカ。安い芝居に、騙されんなよ」

「その通り。ほら、レグナも。何してる? 迷うな。待つな。好機だ。さあ行こう、レグナ」

 イシュタークが言って。光の魔法を、さらに無数にねりあげた。光の球が、体のまわりで膨れ上がって。

「いい、レグナ? いつでも行ける?」

「おう。タイミング合わすぜ。いつでもいい。援護する」

 レグナが言って、剣を。両手で低く、前にかまえた。


「待って! 待ってください!」


「ユメ?」「おい、何のつもりだ…?」


「待ってください。交渉をしたいと、言っています。休戦したいと、言っています。これが最後の、星選にすると。聞こえたでしょう? みなさんもいま、聞いたでしょう?」


 ユメが必死で、言葉をつなぐ。銀の瞳が、きらきら明るく燃えたって。ユメが必死で、言葉をつないで。


「救うことはできないのですか? 滅ぼすしか、ないのでしょうか? わたしの命を。わたしてあげれば。それで、すべてがうまくいくと。そうではないのですか? そうでしょう? わたしは、わたしは――」


「ユメ、何を言っているの?? おまえの命を、わたすなどと??」

 リーアが厳しく声を飛ばした。ユメと同じ色をした―― 銀の瞳が、怒りで明るく燃え立って。


「聞いてください。聞いてください。わたしは、わたしは――」

 ユメが叫んだ。涙が散った。ユメの二つの瞳に、さらに涙が盛り上がる。


「あのときっ! わたしが星の門の前で! 命を惜しんで! おおぜいの人たちの前から! 逃げて! 姿を消した、あのときから! ずっと思っていたの。わたしは。わたしは――」


「え、ちょっと。何いってんの、ユメ?? ちょっと何――」

 あたしは言葉を投げ入れた。けど。すぐにかぶせてユメが叫んだ。あたしの言葉、打ち消して。


「いいえ!! ササカもきいて。きいてください。わたしは、ずっと、あのときから―― たくさんたくさん、見てきました。壊される街。壊れていく、命。それはわたしが、惜しんだばかりに。わたしが命を、惜しんだばかりに。わたしがあそこで、さしださなかったばかりに。世界はッ!! 壊れてッ! 多くの命がッ!! 血がッ!! たくさん流れて、流れて。でもそれは。すべて。ぜんぶ、わたしの弱さのせいだとッ。わたしがあそこで、命を惜しんだばかりに――」



「ちがうぜ、それは」


 レグナがそこで、無理やりに。

 ユメの右手をつかまえた。手首をぎゅっと。強く握って。


「おまえはなにも、わかってねぇ」

「レグナ…?」

「おまえが―― おまえが惜しんだ命ってのは。それはな、おまえだけのものじゃねぇ。過去何百年、どれだけ同じことが、繰り返された? 何人死んだ? おれは歴史を知ってる。過去には、もっとだ。1年にひとりとか、そんなものじゃねぇ。何十。何百。犠牲になってた時もある。大勢死んだ。殺された。そしてその延長に。おまえの命が、いまここにある。惜しめよ、それを。それはお前だけじゃない。命をおしんだ―― そこで絶対死にたくなかった、ほかの何千、あるいは何万もの。命の叫び、だろ。惜しめよ。やるな。やつに、与えるな。それは、与えていいものじゃない。それは――」

「そうだよ! それにさ――」

 あたしも何か、言わなきゃだめだと。思って。ユメの左手つかまえた。その手をしっかり、もうぜったいに。何があっても、放さない。そのつもりで。それだけの力で。

「あいつぜったい、嘘だと思う。やめないよ、あいつは。あいつはきっと、これからも殺す」

「ササカ…?」

「今の言葉は、生きたいための、今だけの嘘だ。なんかそれは、わたしはわかる。可哀そう、だよ。もちろん、それは。死ぬのは痛いよ。怖いと思うよ。あいつもそこは、同じと思う。けど。今は、命を、あげてはだめだ。たすけてはだめ。あいつは長く、生き過ぎた。今ここで、あいつをここで止めないと。あいつはまだまだ、食いつくす。食い続けていく。そういう、やつだよ。あれは。嘘でかためた、邪悪な命――」


「善とか悪とかは! そんなのどっちでも、いいのです! 苦しんで、いるでしょう? 怖がって、いるでしょう?? 今あそこで。心で泣いて。叫んでいるではないですか!! あれは本当です。本当でしょう?? あの子の涙に、嘘はない。いま、目の前で。死ぬのが怖いと、叫んでる。あの子の声に、いまここで耳をかさないで。いつ、だれを、わたしたちは救うというの?? わたしは、死ぬのは、怖くない――」


「あッ??」「おい、待て!!」


 魔法が。はじけた。銀色の魔力。

 ユメがそれを、いま、撃った。

 あたしに向けて。レグナにむけて。

 あたしは倒れる。レグナも倒れた。

 放れた、腕が。はなれた、指が。


「ユメッ! まちなさい! 行ってはダメッ!」

「…誤った判断だ。待て! 待つんだ!」

 リーアとイシュータクが。同時に叫ぶ。

 けれど、それもわずかに間に合わず――



29


 ユメがそいつに、かけよった。

 ユメは地面にすわって。青白い、ゆらめく光に包まれた、そいつの肩を。

 両手でぎゅっと、抱きしめた。

「ごめんなさい。女神。わたしが、悪かったの。わたしがあなたに、あげなかった。わたしがあなたに、与えなかった。わたしが、あなたの命を縮めた。でも。いま。わたしの命を。あなたにあげます。わたしは死ぬのは、怖くはないわ。だけどそれが、怖いと思う―― 今のあなたは。わたしの命を。どうか使って。どうか生きて。わたしのぶんまで」

 ユメが、言葉をささやいた。ユメが優しく、ささやいた。

 形がどんどん崩れゆく、涙をだらだら、目から流した―― その、少女の形の―― 青白く、光って揺らぐ―― 這いつくばった、地面のそいつに。


『ふぃぃぃぃ。せいせんのぃぃぃ むすめぇぇぇい わたしの、わたしの、わたしのおぉぉぉぉぉ』


 そいつが、口から言葉を吐いて。両手をユメに、からみつかせて。

 そいつが。笑った。醜く笑った。よだれを流して。大きく瞳を、見開いて。


「…ごめんね。痛かったね。苦しかったね。でも、もう大丈夫。だから。約束、してください。どうか。約束して。あなたは、いまここで言った言葉をまもると。これを最後に。もう二度と。星選の儀式は。やらないでおくと。誓ってください。約束して。お願い。ね? それだけを。ここで約束、してください」

 ユメが泣いてる。ぽろぽろ、涙を落して。しっかりその子を抱きしめて。ぎゅっとぎゅっと。強くその子を、抱きしめて。


『ふぁふぁ、ふぁ、ふぃぃぃ、』


『ぶぅわっかめぃぃぃぃ、ばかめばかめばかめばかめばかめばかめ、ばかめぇぇぃぃいいィ!!!!』


 笑った。叫んだ。そいつが。醜く。さけそうなほど、口をひらいて。

 叫んだ。醜く。咆哮を上げた。


『あぁたぁしぃぐわぁぁ、もらったぃぃぃぃ おまえの、おまえの、そのいのちぃぃぃぃぃぃ』


「な?? あなた、ちょ、ちょっと、待ちな、」

 ユメが、うめいた。ユメが、あえいだ。絡みつく両手に、首が。息が、できなくなって。苦痛にうめいて。ユメが、あえいで―― 青の魔力が。いま急速に、ふくれあがり―― 


『ぶぁッハハハッッ!!! ぶわぁたぁしぃのぉぉぉ、勝わちいィィィッ!』




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