チャプター26
26
「くッ! これで終わったと思わぬことだ! 恐れを知らぬ反逆者どもめ! この罪、女神様への大いなる冒涜ッ! いかなる償いをもってしても――」
「うるさい。もういい。少し黙ったら?」
イシュタークが言って、手のひらを広げ、そこに魔法を練り上げる。
魔法でつくった、光の縄でぐるぐる巻きになって。赤のガウンのそのジイさん。名前なんだっけ。忘れた。そいつはそれでも暴れて、暴れて。ありったけの文句ふりまいて。ギャーギャー言って抵抗してた。
けど。イシュタークが、光の魔法を追加して。口もぐるぐる巻きにした。それでようやく静かになった。そのあと、警護の人らに引きずられて。ジイさん、どこかに運ばれていった。たぶん、牢屋とか、その手のところに。
「魔力暴風圏? おまえいま、そう言ったか?」
レグナがすぐに反応した。片方の眉毛を吊り上げて。
「もちろん言った。それに何か、問題が?」
イシュタークが、言葉を返す。声のトーンに感情はない。なんだかちょと、眠たそう。前髪に隠れて、目の表情も見えないし。
早朝。特別に開かれた、臨時の司書会議の終了後。
図書都市としての結論が出たとか。なんとか言って。レグナとあたしとユメが、その場に呼ばれた。司書のヒトらが座ってる、そのまるっこい檀の前のところに。
「ばかめ。問題とか、そういうレベルじゃねぇだろ。世界樹ユグドラシルの周囲で吹き荒れる、直径4エクもある恒久暴風圏だ。相当魔力あるヤツでも、一歩ふみこめば肉体分解が起こるレベル、極大レベルの魔法風が渦巻いてるってな。世界地理をちょっとかじってるやつなら、誰でも知ってる」
「じゃ、話は早い。われわれ図書都市指導部の結論しては―― というか、まあ、七割くらいは、わたしの独断なわけだけど。このあと即時に、ナギドの丘への移動を要請する」
「む…?」「ナギドの丘へ?」
レグナとユメが、同時に反応。あたしはいまいち、その意味、まだわかってない。
「そうだ。そこまでならば、ここから転移ですぐ行ける。転移後、ササカとユメは―― そこから徒歩にて、魔法暴風圏内への侵入を試みてもらう」
名前よばれて、あたしは「は?」ってなった。
言ってること、全然まったくよくわかんない。
マホーボーフーケンへのシンニュー? なにそれ?
「言ってることわかってんのか? 自殺行為だぜ。一瞬でバラバラになる。あそこに生身で入って、無事でいられるヤツなんているのか? 意味がまったくわからん」
「意味は、わかる者にはわかる。なぜなら。誰も侵入がムリということは、星の女神も介入できない、ということ。さらに言えば、魔力属性の視点だね」
「魔力属性の? あの、それはどういったことでしょうか…?」
ユメが、控えめな感じできき返す。ユメの大きな銀の目が。ちょっぴりなにげに不安そうに、檀の上のイシュタークを見てる。
「つまり。図書都市の観測班が行ってきた長年の観測で、あそこの魔力風の組成は植物元素系の緑系魔法に寄っていることはすでに判明してる」
イシュタークが言った。壊れまくった書庫の、どこか天井の方、見上げながら。
「星の女神の属性である青系魔術とは、最も相性の悪い属性―― ま、これは星の女神側の視点だけどね。でも逆に言うと。こちらが使える魔力防壁としては、これより堅固なものはない。ここ以上に、護りに適した場所はないと。そういうことだよ。とても簡明なロジックだ」
「おい待て。ロジック自体はわからんでもないが。だが。どうやって入る? どうやって耐風を? ごく短時間なら、魔力を使った体表強化でいけるかもしれんが。長時間それが持つはずもない。机上の空論だな」
「レグナとおっしゃいましたか。司書長のわたくしから、補足説明をさせて頂きます」
そこで話に割って入ったのは―― 白っぽいガウンきた、そこそこ年配のおばちゃん司書だ。名前は知らない。ユメとよく似た白い髪、いかにも知恵ありそうな、銀の瞳で。そのヒトが、ちらっとユメに視線を送って。それからレグナを、まっすぐ見た。ついでにあたしの方も。
「レグナ。ササカ。申し遅れました。リーアと申します。こちら図書都市では、地上新館群の館長を務めております。いえ。おりました、と言う方が正確かもしれません。昨日の女神の攻撃により、もはや地上部分に関しては、復旧すらも絶望視されるほどの惨状です。事実上、わたくしの担当する新館群そのものが消滅したと。言っても過言ではありません――」
「…いい。わかったわかった。悪いが、あんたの素性に興味はない。手短に言ってくれ。長々しい司書会議で待たされすぎて、いいかげんおれも疲れてきてる」
レグナが言って、あくびした。
「そうですね―― では、簡潔に申し上げましょう」
そのヒトが、温和な感じでちょっぴり笑った。
「ササカの属するタフーウェル族に伝わるという、緑の護り。あれがひとつの、鍵になるかと思います」
「…鍵?」「なに? どういうこと?」
「さきほどあの宝剣をお借りして。こちらで鑑定・分析をいたしました。あの剣は、さきほどの対女神との戦闘で証明されたとおり、青系魔法を事実上、無効化する効果を有するとともに―― 自然系の緑系魔法と高い親和性を有することが、ほぼ確実です。つまり。それを身に着けている者は。極度の緑系魔法風の中でも。その干渉をほとんど受けない。つまり、そういう結論ですね」
「む――」
レグナが唇をかんだ。
「なによ? ねえ、あたしにもわかるように言ってよ?」
あたしは横から、レグナの肩をつついた。
「…おまえなぁ。いまのでじゅうぶん、簡単な説明だろ?」
「え、わかんないよ。むずかしいよ。もっと簡単に、説明できないの?」
「…つまり、お守りとして機能する、という感じではないでしょうか…?」
あたしの横から、ユメが控えめに言った。
「つまり、ササカがあの宝剣を持っていれば。吹き荒れる世界樹の風の中でも、無事でいられると。あの剣には、その機能が備わっているらしい、と。そういう説明だったと思います」
「そのとおり。いまユメがいったことが、簡易の説明としては、正しいですね」
そのおばちゃん司書が、ちょっぴり笑ってうなずいた。
「ですが、あの、お母さま、」
ユメが言った。そのヒトにむかって。白いガウンの司書長に。
ん? でも… なになに?? 『お母さま』?? いま、ユメ、そう言った??
「いまお母さまがおっしゃったのは、あくまで仮説ということですね? 実際にそれが期待どおりの機能をもつかどうかは―― 試してみないとわからないと。そういうことでしょう?」
「これ。ユメ。お母さまは、よしなさい。公式な会議の場ですよ?」
そのヒトが、笑顔を消してたしなめた。
「…失礼しました。リーア様」
ユメが言って、うつむいた。ん? 何何? なんかちょっぴり、顔、赤くなった…?
「まあしかし。いまユメが言ったのは、その通りです。実証は、されていない。ですからこれより現地にて、試してみる必要はあります。もちろん実験ですので、いくばくかの危険もともないますが―― 安全確保の対策は、わたくしの方も、ぬかりありません。そしてこれは、単なる私の思いつき、というわけでもなく。複数の信頼ある古文書の中に、それをにおわせる記述があるのです。たとえば、ウィーエン神話の十五章に、「ユグドラシルの風を制する、緑の宝剣」の記述が出ています。それからさらに、古代の東方叙事詩ダヴィーヴァ・ガーラのエピソードにも。「緑の護り」を身に着けた主人公のシュトラヤー姫が、ユグドラシルの大樹をのぼって天界に達するシーンがあるのですね。いま挙げた二つの古代の物語は、どちらも神話や叙事詩の形をとってはいますが。その実、実際の史実をもとにしているところが大半であると。そのような理解が今では一般的です。ですから――」
「もういい。リーアは長い。長すぎる」
イシュタークが、ひらひら手をふって。リーアの話をそこで制した。
「長いよ、説明。文献学者的に、厳密に言いたいのはわかるけど。聞く方の時間、考えるべき」
「…も、申し訳ありません。これは本当に、わたくしの悪い癖でして――」
リーアがちょっぴり、うなだれた。けっこう偉い感じのおばさんだけど―― イシュタークの前だと、わりと立場は、弱いっぽい…? っていうか、イシュタークも、けっこう何気に短気だよ? 人の話、ぜんぜん聞かないし。この短気さは、レグナとかなりいい勝負。
「とにかく。試してみる価値はある。ここ図書都市の護りも、あと二日、防御を貫くには充分なのか?と。言われたときに、答えは否だ。護れない。防げない。たった一昼夜の攻防で、地下部分まで崩された。想定外の被害を出した。ここの防御に、これ以上の期待をかけるのは難しい。かといって、このイヴィルベイン世界に、ここより堅固な場所は、あるのか。否。ない。今ここの魔法結界は、おそらく世界で最も堅固だろう。ここを上回る場所はない―― いや。ただひとつある。つまりそれが――」
「なるほど。それがユグドラシル。魔法暴風圏か。ったく。発想がムチャクチャだ。飛躍しすぎだぜ、って言いたいところだが――」
レグナがちょっぴり言葉を切って。視線もちょっぴり、下に落として。
考えてる。なにかアタマの中、高速回転させて。その目が、いつになく真剣だ。