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それでも女神は続けたい。  作者: ikaru_sakae
13/18

チャプター25

25


 目をひらくと、暗かった。

 雪はもう、どこにもない。氷もない。風もない。

 天井みえないくらい、おっきい古い、石造りの建物の中。ぶっとい石柱のまわりに、魔法の明かりが、いくつも燃えてる。そこらじゅう置かれた、本棚、また本棚。

 あたしの横では、ユメが寝ている。顔はむこうを向いてるから、表情は見えない。規則正しい寝息だけが、こっちに聞こえているけれど――

 体を起こす。まわりを見まわす。ちょっぴり離れたところ、そこででレグナも静かに寝てた。アタマのまわりに、いっぱい本を積み上げて。ページ開いたままの本もある。あいつ、本読んでるうちに、うっかり寝落ちした感じ?

 まあでも、静かだ。本とかいっぱいあるせいか、音がぜんぜん、聞こえない。本棚がつくる本の壁に、ぜんぶ音が、吸い込まれるのかも。いまいったい、何時頃? すごく長く寝ていた気もするし。ぜんぜん寝てない感じも、するかも。アタマがなんか、ぼんやりしてる。


 ん? 


 つめたい。なんか落ちてきた。一滴。水? なにこれ、雨漏り…?

 いままた、天井から。まっすぐ二滴目、落ちてきたのは。なんかやっぱ、水滴? おでこにぴちゃんと、当たったけれど。

 ぽたっ。ぽたっ。

 小さな音たてて、さらに水が、上から落ちる。毛布の上に、小さなしみを作ってく。

 なにこれ? なにこれ? さらに一滴。二滴。三滴、四滴、五滴―― なんかでも、落ちてくる間隔が、さっきより――


「ちょっと。起きて!」

 あたしはユメとレグナの肩。乱暴にゆすった。何度も続けて。

「なんだ…? まだ朝じゃないだろ?」「どうかしましたか…?」

 二人、目をこすりながら起きてくる。まだ眠そう。

「ねえ。変だよ。水が、すっごい落ちてきてるの。なんかちょっと、普通じゃない」

「水…? なんだそれ? おまえどーせ、ねぼけて夢とか――」

 レグナは言いかけて、口を閉じた。あたしの言ってた意味、すぐ見て、わかったから。

 最初はぽたぽた言ってた水滴は、なんかもう今は―― どばどば音たてて落ちてくる、細い滝、みたいになってる。床一面に、その水は広がってく。

「おい。離れろササカ。ユメもだ。これは普通の水じゃない」

 レグナが言って、剣をさやから抜く。それを構えて、警戒モード。あたしも服の下から、こっそりナイフを抜いた。ふだん狩りに使う、投げるやつ。短いナイフだけど、手になじむ。ユメも、服の下からひとふりの短剣。すばやく出して、構えた。

 どぼどぼ落ちてくる、その水流が。なんかいきなり、動きを止めた。色がみるみる、白くなる。まわりの温度が、一気に下がる。なにこれ、氷…? 水の柱が、いきなり凍った。床に広がってた水たまりも、ぜんぶまるごと、一瞬で氷になって。

 ああこれ、あいつだ! って。思って何歩か下がったときは、もうそれが起こってた。氷がぜんぶ一か所に、生きてるみたいに集まって。集まって集まって。それがカタチを、作りだす。人のカタチ。その、氷でできた人型が―― ぐわっ!といきなり光って。次に見たら、もうそこに――


 もうそこに、そいつが!


 バサバサ長い、水色の髪。露出の高い黒のドレスの上に、ふさふさ毛皮の白コート着て。手には、でっかい黒の槍。

 星の女神。本人だ。でも今、その姿は―― 夢の中の、ちっちゃい少女の姿じゃなくて。もとに戻ってる。最初にこいつと戦った時と、同じ見た目の―― すらっと背の高い、大人の女の外見に。うす水色の、瞳がちょっぴり笑ってる。余裕の微笑。はるかな高みから、こっちを憐れむみたいに。


 おい、気をつけろ! くるぞ! って、レグナが叫んだ時には、もう始まってた。

 そいつがくるくる槍をまわし、まっすぐこっちに突っ込んできた。

 はやい! 動きはやくて、風みたい!

 けど、それをまっすぐレグナは受けた。レグナの剣と、槍がぶつかる。火花が飛び散る。レグナが飛んで、本棚を足場に、さらに別の角度にとんで。そいつのアタマの後ろから、ザックリ剣を――

 けど。相手は簡単に、それを受けた。レグナを見もしないで、槍だけちょっぴり動かして。そして驚く速さで、槍を一閃。間一髪、レグナがかわす。後ろにとんで、距離をとる。


「また会ったわね。おまえたち」


 女神が。氷の視線で、こっちをぐるりと見まわした。最初にあたし。それからユメ。さいごにレグナに、視線を流して。

「さあ、もういいでしょう? その星選の娘を、こちらに。それですべては終わるわ。その娘さえおとなしく渡せば。これまでの反抗も、忘れてやっても良いわ。ほかにはもう、誰の命も取るつもりはない。どう? 破格の条件よ?」

「ばかめ。せっかくいい気分で寝てたとこ、邪魔しやがって。おれの眠りを妨げた、その罪。ちょっぴりここで、つぐなってもらおうか?」

 レグナは剣をかまえたままで。じりじり、位置を移動して。ユメとあたしをまもる感じで、その前に立った。おお。なにげにわりと、頼りになる感じ…?

「…なるほど。従うつもりは、もとよりないと。そういう話ね? バカだわ。命を救うと言ってあげたのに。…まあいい。では。お望みどおり、まとめて殺してあげましょうか?」

 そいつが言って。余裕たっぷりな感じで、右手で槍を、もてあそぶ。くるくる、くるくる。

「ぐだぐだ言ってないで、来い。そこそこ寝たから、魔力回復も十分だ。一瞬でケリをつけてやる。おまえの余裕かましたニヤけ顔にも、そろそろ飽きてきたからな」

 レグナが、余裕たっぷりに返した。けど。声の余裕とは、うらはらに。剣をかまえたその立ち姿は―― 触ったら切れそうなぐらい、びりびり、力がみなぎる感じで。


 女神の姿が、いきなり消えた??

 って思ったら、もうそいつ、目の前にいた!

 レグナが受ける。槍と剣が、激しくまじわる。レグナが跳ぶと、そいつも跳んだ。

 いくつもの本棚を、足場がわりに。なんかまるきり、空中戦。そいつとレグナが、空中で激しくせめぎあう。ひたすら攻めこむ、そいつの槍と。それをひたすら防いで、防いで。ときたま鋭く切り込んでいくレグナの剣と。

 けど―― 動きはどんどん早くなって。飛び散る本、落ちてくる本。倒れる本棚。立ちのぼるほこり。なんかもう、書庫の中、大混乱。んでから、もうこれ、ほこりがすごいし! 落ちてくる大量の本とほこり、あともう、二人の動きも速すぎて。何がどこでどうなってるのか。目で追うことも、できないよ!

「おい! ササカ! 行ったぞ! 防げ!」

 声が上からふってきた。え??って思って視線を向けたとき、

 まっすぐ槍が、降ってきた。猛烈に回転しながら、まっすぐあたしの胸をめがけて。

 やばい! って思ったときは、もう手遅れだ。

 あたしが反応すら、できないうちに。槍はまっすぐ、あたしの胸に――

 ああ。もう死んだな! って思ってかたく目を閉じる。

 けど。なぜだかあたしは、死んでない…? 

 なにかが光って。槍はあたしに刺さらなかった。

「貴重な書物だ。大事にして欲しい。ここをここまで台無しにした、責任、きっちり取ってもらうよ?」

 あたしの前に、ちびっ子が立ってた。大司書イシュターク。小柄な体に、ちょっぴり長すぎる灰色ガウン。いま彼女、武器っぽいものは、何も持ってない。視線は、前髪にかくれて見えないけど―― でもいま、隠れたその目で。ずっと上、本棚の上で勝ち誇る女を、するどくにらみ上げる。

「…なるほど。おまえがここの番人? 大司書イシュターク。それはお前のことなのかしら?」

 ひゅるひゅると風音たてて。さっきイシュタークがはじいた、でっかい黒の槍が。女の手元に、ひとりでに戻った。それを握って。自信ありありに、女神が上から微笑した。

「だけど、最初に聞いときたい。いったいどうやって侵入できた?」

 イシュタークが、ふだんの小声より、ちょっぴり声を張って言った。

「いかに女神と言えども。地下書庫の結界は、世界のどこよりも固くできている。外部からは、いかなる魔力を持ってもこじあけることは不可能に近いはず。わたし自身もその作業に加わったから。ここの堅さは、よくよく知っているつもり―― だったけど?」

「…そうね。なかなかよくできた結界だった。外部からは、たしかに少し難しいでしょう」

「…なに? つまり、あれか。そういうことか――」


「然り。つまりは、そういうことですぞ、イシュターク」


 声がした。爺さんの声。

 倒れた書棚の、奥の方から。赤いガウンをひるがえし。たちのぼるほこりの向こうから。そいつが姿をあらわした。ガウンと同じ赤色の、へんな四角帽をかぶったそいつ。

「…ガビアナ卿。おまえか。おまえが内から、結界を?」

「然り。このわたくしが。昨夜のうちに、書き換えておきましたよ。なに。わたしの魔法知識をもってすれば、それほど長時間は必要ありませんでしたがね。ここの天井に、わずかに、小さなほころびを。しっかりと、作っておきましたぞ?」

 ちょっぴりしゃがれた、爺さんの声。白のあごひげを、左手でなでつけながら。むだに得意げに、うす笑いしてる。その爺さん―― たしかなんか、昨夜の夜の会議みたいのに、参加してたやつだと思う。ここの偉い司書のひとり―― ってところなの…?

「昨夜のうちに、女神様より、じかに、詳細を聞きましたぞ。なんでも、この星選者さえ差し出せば、それですべてが終わるというではないですか?」

 ジジイが言って、じろっとこっちを―― あたしとユメの方を見た。

「聞けば、女神さまの大魔法は今年をもって成就し。来年以降、星選式も中止になるという。まことに喜ばしいことではないですか? 女神様は、われら図書都市の反乱についても、これ以降は不問に帰するとおっしゃって下さる。なんたる寛大さであろうかと、この身が震える思いで、わたくしは言葉を聞きましたぞ。これを拒否する、いかなる理由がありましょうか?」

「理由。山ほどあるね。第一に、それを信じる、おまえの愚かさだ」

 イシュタークが。まっすぐそいつに対面し。言葉を吐いた。ひどく冷たい、ささやく声で。

「ふん。なんとでもおっしゃるがよい。だが、わたくしの信仰心は、ここの誰よりもまさっていると。これはここで、高く宣言してもよろしいでしょう。外ならぬ、大女神さまの、直接のお言葉をいただいたわけです。それだけでも、度し難い光栄だ。その頂いた言葉を、どうして疑うことなどできましょう? 女神様が、そうおっしゃるならば。それはそのまま、真実でしょう。そうでしょう、女神さま?」

 言われた女神は、高い書棚の上から、こっちを冷たく見下ろして。

「まあ、そうね。ご苦労だった。お前の働きには、感謝します」

「おお。もったいないお言葉」

「あとは、わたしがやりましょう。お前はただそこで、見ていればよい。あとは、そうね―― 先刻お前に約束した報酬については。このあと事無く、星選の娘を星の門へと移送できた、そののちに。あらためて話をすることにしましょうか」

「かたじけないお言葉。胸中に深く、響いてやみません」

 ジジイが、胸に手をあてて。おおげさに、でっかくお辞儀した。くそっ、けど、そういうことか。ジジイ。こいつにも、女神が直接、夢か何かで話しかけてたんだ。で。こいつ。まっすぐそのまま、女神の言葉を信じて。あっさりここの人たちを、裏切って。護りの結界を、壊したりとか―― まったく、たいした裏切りものだよ?


「おいこら。ぐだぐだ、くだらねー話で足を止めてんじゃねーよ」

 レグナが、あたしの前に立つ。ちょっぴり息が、あがっているけど。まあでも、そんなに怪我とかは、してないみたいで。両手で剣を、まっすぐかまえて。その目は、本棚の上の女神に。ぴたりと鋭く向けられて。

「おい。イシュターク。援護しろ。二人で同時に行く。ついてこれるか?」

「レグナって言ったかな? あまりわたしの魔力をあなどらない方がいい」

 イシュタークが言って、ぴたりとレグナの横につく。両手を左右に大きく広げて―― それから胸の前であわせ―― 光の魔法を練りはじめた。輝く光が、その子の胸の前、まぶしい光の球をつくる。

「キミもそろそろ、魔法つかえば? 剣撃だけで、倒せる相手じゃないし。それはキミにも、わかるでしょ?」

「バカめ。言うな。こっそり温存してんだ。ここってときに、集中して撃つ。ったく、言わせんなよ。手の内ばらしやがって」

「キミが自分で、言っている」

「けど、さっきのあれは、どうやった?」

「何? さっきの?」

「槍をはじいた魔法だ。光球弾。無詠唱だったろ? どうやる? あの術式は、初めて見たぜ?」

「…秘密。手の内は、言わないものだ。それよりキミも、しゃべりすぎ。行くよ?」

「バカめ。言われなくても」

 レグナが地を蹴る。まっすぐ飛び込む。切り込んでいく。本棚の上から、余裕の目線で見下ろすそいつに。イシュタークも跳んだ。別方向から、女神に向けて光球弾を放つ。

 轟音。光の爆発。飛び散る本と、本棚の残骸。貴重な本がどーの言ってたくせに、大胆すぎるよイシュターク!

 けど―― 女神は別の本棚の上に、軽くきれいに着地して。そこを足場に、逆襲で猛烈な突進を―― そいつが一瞬で距離をつめ。ただ一突きで、レグナを―― 

 

 けど、かわした! レグナ! 


「バグズ・ガォズォン!」


 いきなり体を反転させて、炎をぶつけるレグナ。女神の体が燃え上がる! と思った瞬間、神がかりの速度で―― って、まあ、もとからそいつは神なんだけど―― 竜巻みたいに槍を旋回。その旋風で、炎がぜんぶかき消えた。間髪いれず、猛烈な速さで蹴りをはなつ。もろにくらったレグナは―― うしろに大きく吹き飛んだ。いくつもの本棚を巻き添えに。けどすぐ女神は追撃し―― 姿勢立て直せないレグナの真正面に、まっすぐ槍をぶん投げた!

 ん、でも、弾いた! 

 槍の軌道が、ぎりぎり変わった。でっかい本棚が、バラバラ崩けて四散する。

 槍を弾いたのは、イシュターク。手のひらサイズの光球弾を、体のまわりにいくつも浮かべて。ひとつひとつの球が、意思をもつみたいに浮遊して。彼女が手をまっすぐ、前にかざすと。それを合図に、ぜんぶの光球が。別々の軌道から、いっせいに女神の体に吸い込まれ――

 でも。女神はかわした。当たらなかった。


「甘い。こっちだ!」


「…!?」


 女神がふりむく。もうそこにレグナの剣。

 本棚三つ、まとめて砕けて。派手な埃がたちのぼる。


「む…?」


 レグナが、視線を走らせる。とらえたはずの、女神の体が。もうそこに、ない。


「上だ、レグナ!」


 イシュタークが叫ぶ。

 女神がまっすぐ、落ちてくる。垂直に降ってくる槍に、全体重をあずけて。


「ちっ!」


 レグナが体をひるがえす。

 地響き。ほこり。地面がえぐれて、石のかけらが舞い散った。

 ちょっと何…? 威力ありすぎだよ?? あんなのくらったら、ひとたまりもない!


「塵たちに、告げる」


 たなびく埃と煤の煙の、むこうから。女神が、こっちに歩いてくる。でっかい槍を、軽々片手でもてあそび。余裕の表情。ぜんぜんダメージ、受けてない。疲れてもいない。そいつが着てる、白の毛皮の上着も。ぜんぜんどこも、痛んでもいないし。塵ひとつ、ついてないっぽい。まるで今の全部の攻防が、何もなかったみたいに。ひとつの息も乱さずに。


「抵抗は無駄。おとなしく死になさい。抵抗しなければ、楽に一瞬で殺してあげる。無駄な時間をかけさせないで。わたしは無駄が、いちばん嫌いなの」


 女神の左手が―― 槍を持ってない方の、そっちの手。そこに魔力が満ちはじめ。青い光が、手の中で大きくふくれあがり――


「ササカ! ユメ! 下がれ! 魔力波が来るぞ!!」


 レグナの鋭い声がとぶ。

 けど。そのときはもう、あたしもとっくに反応してた。


「ユメ! こっちよ!」


 ユメの手を引き、走る! 本棚の間をぬって、通路をひた走る。とりあえず、離れるよ! 見たらわかるよ、あんなもの! 巻き込まれたら、もう一瞬で死ねるレベルだ。


「あの、ササカ! どこへ?? どっちへ?」

「どっちでも! とりあえず、距離を! 柱のかげに! あれはマジで、やばいよ!」


 青い光が、すべてを満たす。

 ぶっとい柱のかげに、飛び込んだ。瞬間。通路のすべてを巻き込んで、あらゆるものが吹き飛んでいく。本とか。石とか。木片とか――

 あたしとユメは、床にぺったり貼りついて。その爆風を、やりすごす。レグナとイシタークは―― 無事なの? さすがに今のは、防ぎようがないような――


 ん?


 裸足のあしが、目の前に。絨毯をふんでる、白い裸足の二つの足が、視界に入って――

 そっちを見上げた―― つもりが、体がとっくに飛んでいた。

 そいつの蹴り―― 深く、入った。あたしの体は、いくつもの本棚をなぎ倒し――

 いったたたた。。なんか、あばら、折れたりしてない?? く、息、うまく吸えないけど―― あたしはもがいて、もがいて。体の上に積み重なった本、ぶわっと周囲にまきあげて。なんとかそこに立ち上がる。起き上がる。

「サ、ササカ。大丈夫ですか…? あの、口から、血が――」

 ユメがかけよった。

「大丈夫。大丈夫じゃないけど、死んでないから、大丈夫」

 あたしは言って、腕で血をぬぐう。でもこれ、口の中、切っただけだ。大丈夫。あばらはちょっぴりヤバいけど。けど、まだ、死ぬほどの怪我じゃない。呼吸もなんとか、できてるし。

「ふうん? あれを受けて、まだ死なないとは。ゴミなりに、意外に丈夫にできているのね?」

 床をうずめる、破片と本をふみこえて。

 そいつがこっちに、近づいてくる。はだしの足が。古い本の残骸をふんで。

 一歩、一歩。また一歩。


「おい。おまえ。ササカよ。よく死ななかったな」

 レグナが。女神とあたしの間に。一瞬で割って入った。

 両手で剣を低くかまえて。視線は女神にぴたりと合わせて。

 じりじり、わずかに後退し―― あたしのそばまで――

「もうね、ばっちり死にかけたわ。けど。蹴りの方向に、体重移動。自分もそっちに飛んだから。ぎりぎり、死にはしなかったけど。あれ、まともに喰ったらアウトね。一瞬で死ねるわ、あの威力」

「おい。いいから聞けよ、ササカ」

「なによ? 聞いてるし」

「さすがにあいつ、魔力量が桁違いだ。普通じゃ無理だな、あれは」

「そんなの、見たらわかるわよ! で、どうすんのよ? なんか策、あったりするの?」

「…ある。おまえの、あれだ。『緑の護り』。まだ持ってる…よな?」 

「ああ。あの短剣。お守りね。あるよ。持ってる。ここにある」

 あたしは服の内側。柄をこっそり、手で握った。冷たく固い、その感触。緑の石のはまった、あの短剣。緑の女神が、タフーウェルのみんなにくれたっていう――

「それがたぶん、効く。そいつで、あいつの魔力を無効化する」

「何? ムコーカ? どうするの? どうすればいいの?」

「単純に、当てりゃいい。ここ来る前、ギルデラ高原の戦闘で―― おまえ、いちどやったろ?」

「ああ。そうか。うん。なるほどね。あれ、またここで、やればいいんだね?」

「ああ。前やったのと、同じ要領だ。まっすぐ狙え。当てろ。おれがあいつの気をそらす。いいか。一瞬で決めろ。勝負はそこの一瞬だ。だが待て。まだある。それと合わせて、あとひとつ――」


 まぶしいッ!

 白の光球が、女神の背中で炸裂した。イシュタークが放った光の魔法だ。

 女神にしっかり当たったっぽいけど―― 女神が一瞬だけ、目をそらす。こっちを見てた女の視線が、背後から一気に距離つめてくるイシュタークに向いた。


「よし、ここだ! いくぞササカ!」


 地面を蹴って、レグナが跳躍。一瞬で女神と距離をつめ、横一閃で剣をふりぬく。かわした女神は、真横に槍を一回転。ジャンプで交わしたレグナが、空中ですばやく背転し、今度は真上から女神に切り込む。

 それと同時にイシュターク。光でつくったまぶしい剣で―― その一閃が、女の脚にたしかに当たった―― けど。砕けたのは女の脚じゃなく、剣のほう。光は四方に飛び散った。ほぼ同時に上から切んだ、レグナの剣の一撃も―― なにあれ! 右手で楽に、受け止めた??



「ふ、かかったな? フェイクだぜ?」


 レグナが笑って、右足。もう全力で、女神にむかって振りぬいた。

 魔法のこもった、全力の蹴り。つまさき全部に、魔力集中。それを直接、ぶちあてた感じ?

 女神の体が吹き飛んで。はるか上まで―― 

 

 いや。行かない。その手前で止まる。空中静止。

 本棚の残骸の海をみおろす、その位置で。女神がそこで、いきなり静止し。

 右手の中に、魔力を集める。青の光が集まる。女神が広げた手のひらに――


――待ってた! それ! その動作!


 あたしは右肩、ふりかぶり。

 全体重のせて。短いひとふりの短剣を。

 空中に向け、投げ上げる! いつもの森の、狩りと同じだ。距離は少し、あるけれど。

 けど、外さないよ! タフーウェルの投げ刃の技術。あんたにここで、見せてやるから!! 

 ナイフは銀の軌跡になって。一瞬で、そいつのアタマに吸い込まれてく。

 当たった! と。瞬時にあたしは、確信する。いつもの狩りの、手ごたえが――


「ばかめ」


 え??

 なに? なんなの??

 そいつが一瞬、二重にぶれた――

 ありえないし! まるで瞬間移動、したみたい。

 絶対あたった、はずなのに! あそこでかわせる、はずがないのに!

 なのに! あたしのナイフは、そいつのアタマの、わずかに横を通過して――

 嘘。はずしたッ??


「本当にばかね。同じ手が、わたしに二回通じるなどと。本気でお前は思っていたの?」

 そいつが笑って、あざけって。視線をこっちに、投げ落とし――



「バカはお前だ」


「なッ!?」


 レグナが。その一瞬で突き刺した。後ろから。まっすぐそいつの、首の真ん中。緑の刃。緑の護り。魔力のこもった、その特別な刃を。首の前まで突き通す。それは緑の光を放ち――

 次の一瞬。女神の体が四散した。青白い霧が―― ほとばしる緑の光と、しばらくそこでからみあい―― それから散った。消えた。揮発。蒸発。消えてしまった。すべての光が。



「ばかめ。こっちが、おまえ相手に同じ手を二度使うなどと。思う方が、バカだぜ、それは」

 余裕をもって着地して。レグナが小さくつぶやいた。

 

 とても小さな、トリックだったけど。あたしが投げた刃の方が。じつはただの、狩り用ナイフで。レグナがじつは、持っていた。「緑の護り」を。だからあたしが、そいつの注意を引きつけて。一瞬の隙をつくって。その隙をついて、後ろから―― レグナがきめた。作戦どおりに。


「…ふむ、なるほど―― これがその、宝剣か」

 床の上に落ちた、その小さな細身の宝剣を。イシュタークが、ゆっくり拾いあげた。

「うーん、なるほど。尋常ならざる潜在魔力… すごいね。こんなものが、今でもじっさい地上にあるんだ。書物の中の伝説でなら、読んだことはあるけれど――」

それは今まだ、強い緑の輝きを―― 刃からは発していたけれど―― イシュタークの手の中で、まもなく光は弱まって。光は消えた。それは戻った。いつものただの短剣に。



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