チャプター22~23
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「ですから何度も申し上げますように。ここは帰順の姿勢を強く見せる方が賢明でしょう」
「バカな。今この時点で帰順だのと。ここまでやられて、今さら腹を見せて、許しを請うなどと? バカも休み休みに言って欲しい」
「ですが。地上部の破壊を、目の当たりにして。まだしも生存者がいる今の状況が、僥倖、幸運、まだしも最悪の事態をまぬかれていると。そういう認識で事態を見ることも可能ではないでしょうか。今はこの、最低限の、まだあるものをいかに護りぬくのかという――」
「ありえないな。徹底抗戦でしょう。逆にここまでやられたのですから、開き直って、徹底的にやるべきかと。なに、女神とて、その魔力は無限ではない――」
いくつもの声が、同時にきこえた。
本棚のあいだ、柱の通路をずっと歩いて。その通路が、他の何本もの、似たような通路とぶつかって。そのぶつかる場所が、天井の高い、円い広間になってて。その中央は、床が一段、高くなってて。段の上。なんかいま、ムズカシげな話あい、やってるやってる。
そこに集まってる、いま六人のたち。服の色は、赤っぽかったり、黄色だったり白っぽかったりいろいろだけど。なんかでも―― その長いガウンのデザインは、全員同じだ。んでから、みんな頭にへんてこな、四角い帽子かぶってる。他ではぜんぜん見たことない、ヘンテコ帽子。
あたしたちがそこに近づくと、ぴたっと声が止まる。そこにいる人たちが、いっせいにこっちを見た。
「あのッ。司書補のユメです。このたびは、入館認証を特別にお借りして、こちらに参りました。正式の許可を頂いていないのに、あれなのですが―― 今回は緊急ということで、その、なんでしょう、これまでの経過の報告に――」
ユメが言葉につまった。なんかユメなりに、その場の視線というか。冷たい無言のプレッシャーに。ちょっぴり押されて。うまくしゃべれない感じ?
「おまえか。星選候補者の」
赤いガウンの爺さんが、いきなり椅子から立ち上がる。
「なんということをしてくれたのだ。見よ、この都市の惨状を。歴史あるわが都市の、地上の蔵書はすべて失われた。あそこに集めらた十二億の書物にどれほどの人類史的価値があったのか―― それを、おまえの、愚かな判断によって――」
なんか爺さん、怒ってる。怒りすぎて、おでこのとこ、筋が浮いてるし。
「ガビアナ卿。おやめなさい。もうそれは起こったことでしょう。怒りは何も生みませんよ」
白っぽいガウンきた、上品な感じの白髪のおばさんが。その爺さんをたしなめた。
「もとより、五千余の諸族の中から、わが市の者が今回選ばれたこと自体、誰のせいにもできぬ不運だったのです。わが都市の司書補が、命を失わずにここまで戻れただけでも。喜んでやるべきではないでしょうか?」
そのおばさんが、他の五人をぐるっと見まわす。うなずくヒト、ぶつぶつ文句言うヒト、黙って腕くんでるヒト。反応はそれぞれ、いろいろだ。
「いかがでしょう、イシュタークさま。まずは本人の口から、これまでの経緯を直接、語らせては? もちろん女神の直接布告を通じて、おおかたの経緯は把握できておりますが。詳細において、まだ我々の、知りえぬ部分もあるかもしれません」
おばさんが、そっちの、真ん中にすわったそのヒトにきいた。えっと。あれ誰? ひょっとしてあれが―― 大司書イシュターク?
え、けど。なんかちょっと、想像と違う。グレーっぽいガウンを着て。なんかヘンテコな、四角帽をかぶってるのは、他のヒトとも変わらないけど。けど――
体のサイズ、小さくない? って、あれ、子供じゃないの?
見た感じ、8歳くらい? ちびっこだよ??
「じゃ、ま、とりあえず。話きこうか」
その子が、ぼそっとつぶやいた。なんか、ひとりごと言うみたいに。
くるくるっと、くせ毛の灰色髪、帽子の下から飛び出して。前髪長くて、目元がぜんぶ、かくれてて。視線ぜんぜん読めないし。んでからその、着てる灰色ガウンには―― なにか魔法の文字っぽい、ぐるぐる模様がいっぱい。
「ふむ。では、あと二日の間―― 今夜をふくめると、二日と一夜というわけだが―― それだけ防げば、女神の存在そのものが、無効化されるというのだね?」
黄色っぽいガウンきた、やせた男の人がこっちにきいた。
「ああ、そうだ。情報源の素性に照らせば―― おそらく確実な情報だと。そこは賭けてもいいだろう」
レグナが言った。ぶすっとした、愛想ない声で。偉そうに、腕を組みながら。
「まあ問題は、果たしてその期間、護りきれるかってところだ。まだ一昼夜も経過してない今の時点で、こっちはかなり、ボロボロだしな。この大図書都市の惨状。おれの地元のウルザンドも、いま全力で防戦中だ。これでまだ、全体の3分の1の時間すら経過してないとなるとな。さすがに先が思いやられるが――」
「だが、いかがでしょう、イシュターク様」
赤いガウンの爺さんが、レグナの言葉をさえぎった。
「当市の司書補の報告もあるとはいえ、半分以上の情報は、こちらの素性の怪しい異人王国の王子とやらの主観によるものです。そのようなあやふやな情報に、数千年の歴史を誇る当市の命運をゆだねるなどとは――」
「おい、あんた」
レグナがキツい視線、そっちに飛ばした。
「おれの素性をどーのこーの、言うのはかまわん。だが。ウルザンドは、敵にまわさん方がいいぜ。たぶんあんたが考えてるより、はるかに戦力高いぞ? あまり無駄に、敵を増やさない方が賢明だろうな」
レグナが言うと、ぐっ、とか言って、その爺さんが黙った。目は、でも、めちゃくちゃ怒ってる? けど、レグナもレグナだよ。敵つくるなとか言っといて。自分で爺さん、ばっちり敵にまわしてる。
「ん。今ここで、雑音、論争、いらないから。時間の無駄だね」
ちびっこいイシュタークが、言って、椅子から立ち上がる。椅子から立つと―― そのちびっこさが、さらに目立っちゃう感じ。
「結論。星選者のユメは、図書都市として公式に保護する。女神を名乗る魔女が滅びるまで、二日と一夜、ここで護る。これを機会に、魔女は倒す。以上が、図書都市としての統一意思」
おお…! とか、本当に…? とか。
そこに集まった人たち、なんかそれぞれ、反応した。驚きだったり不満だったり。反応の仕方は、ヒトそれぞれだけど……
「あとは、直接個別に、ユメとわたしが話すから。この結論に異論ある者は、明日早朝に個別に話を聞く。終わり。解散。各司書長は、次の指示まで各所で待機。じゃ、散会」
「しかしイシュタークさま、」「大司書長。まだ話は、終わっておりませんぞ?」
爺さんとおっさんが、同時に立ち上がって文句を言った。
イシュタークは、ちらっとそっちを―― 見たのか見ないのか。
いきなり右腕、床にむかってまっすぐのばし――
ズンッ…
そこの床が。へこんだ。砕けた。きれいに円形に、とっても深く。石がえぐれて、石の粉が散り―― んでから風圧。あるいは衝撃? その余波みたいのが、あたしも含めて、そこに立ってる全員に―― みんな思わず、飛んでくる石の粉から目を守ろうと。腕で顔かくして。なんとかその風圧を、やりすごす。
「終了。今ここで異論はなし。散会」
イシュタークが、小声でそれを言う。みんな一瞬、顔、見合わせて。「やばいやばい!」って感じで。みんなそそくさ、通路のむこうに去っていく。歩きながら、赤いガウンの爺さんは―― 明らかになにか、ぶつぶつ文句を言っていたけど――
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「で? どうすんだ? 強引に人払いして。なにか個別に、話あるのか?」
レグナが言って、投げやりな感じでそこの地面に座った。
「んっと。まずはその子に、謝罪だね」
イシュタークが左手で。自分の髪を、不器用にかいた。
「確率的にまず大丈夫だろうと。安易にキミを派遣した、わたしの大きな判断違いだ。ユメって言った? すまない。謝る。悪かった」
ぼそぼそと、イシュタークが言って。なんか帽子とって、ゆっくりアタマを下げた。
「あの… イシュタークさま?」
ユメがあわてて、イシュタークにかけよった。
「あの。謝罪などと。それはむしろ、わたしの側の言葉です。あの、アタマを。上げてください。イシュタークさま」
「ん~ でもあれだ。ある意味、ありがとうとも言えるかも」
そう言ってちびっこは、帽子をかぶりなおし。そこの床の上、檀の角にちょこんと座った。
「…はい? いま、なんと?」
「ん。戦争。やるならやると。決断するにはいい機会。ほんとはもっと前に。めんどくさがらずに、やるべきだったね。魔女討伐戦。でも。今回ちょうど、いいチャンス。宣戦布告を向こうから受けた。今こそ、断固としてやりかえす。いい機会だよ、うん」
「おいおい。あんた。大司書っていったか?」
レグナが向こうから、声をとばした。
「ん。とくに肩書はいらない。イシュタークで」
「イシュターク。あんたあれだな。あんたそれ、言ってること、おれの親父とかわらんぜ?」
「親父? ああ。ギル王ね。ウルザンドの。噂は少しはきいている」
「まあぶっちゃけ、戦争にはもう、なっちまってるわけだが。だが、あんたの側に勝ち目はあるのか? 勝算は? 一日足らずで、あんたら自慢の大図書都市の地上部分は壊滅だ。攻撃の第二波が来た時、続けて地下を守る戦略はあるのか? 女神もあれで、バカじゃない。確実にここを潰せる、何かの策を打って来るんじゃないのか?」
「……。ま、あれだ。負けたら、負けたとき。滅びるなら、滅びるまで―― だね」
「……。それなぁ。言ってること、おれの妹と一緒じゃねーか。あんたそれ、ほんとに西の大賢者とかいう、知恵のある魔法使いなのかよ…?」
「ん。知らない。肩書は、誰かがつけた。わたしがそれを、決めたわけじゃない」
ふわぁ、とか言って。その子が―― ちびっこ大司書が、盛大にあくびした。
「ま、でも。図書都市としては、徹底抗戦の方針。女神が最終的につぶれるまで、星選者を譲らない。もし明日、また司書会で異論が出たら―― そこでの異論は、わたしが潰す。あと二日。ないしは二日と一晩。ここにユメをかくまう。護る。それが最終方針」
「けどあんた。護るって、どこでだ? どっかあるのか、護りの堅い場所が?」
「護りの堅さは、問題ない。ここの書庫は、かなり安全。結界の弱い地上部分は、いきなり奇襲でやられたけれど。地下の防御は、非常に堅い。女神も地下には、それほど気軽に手出しはできない。だから。そこは安心して欲しい」
「あの。けど、質問、いいかな?」
あたしはちょっぴり、話に入った。レグナがじろっとこっちを見た。なにげにキツイ視線で。まあでも。黙れ、とか。おまえは話すな、とか。そういうことは、特には言ってはこなかった。
「なんでそんな、ちっちゃいの? あなたまだ子供――だよね?」
「ん。見た目は子供。けど、実際はちがう」
「ちがうの? あなたいま、いくつ?」
「ん。年は、言わない。けど。キミなんかより、だいぶ上。もうだいぶ、おばさん、かもしれないね」
「えっと。じゃあ、なんでそんなに、ちびっこなの? もしかしてあれ? 年とっても見た目に出ない種族とか…?」
「…ん。はずれ」
「じゃあ何? 答え先に言ってよ?」
「えっと。ん~。まあ、言ってもいいかな。その原因は、失敗。魔法実験の失敗。ほんとはもうちょい、十八ぐらいで。永遠の若さ、たもつ予定で。その予定で術式くんだ。けど。失敗した。術式破綻した。誰もやってない、禁呪だったし。難易度わりと、高かった。で、これがその結果。7歳ぐらいで外見固定。ま、だから。言っちゃうと、そういう話」
「…おい。さらっと禁呪とか言うな。それ、魔法法典の根本に違反してねぇか?」
レグナがうんざりした目で、イシュタークを見た。
「違反とかは、別に。禁呪の範囲は、昔の誰かが決めたこと。魔法力のたりない、無知な昔のじいさんらが、けっこう適当に決めたもの。魔法知識あれば、別に危なくないし。言うほど難易度も、高くない―― やつもある。だから。その、魔法法典自体が。禁呪の指定が、けっこう眉唾。あまりたいして、あてにはできない」
「…問題発言だな。で、実際ためして、盛大に自爆しちまったわけだろ? あんただいぶ、おれとかよりも―― アタマのねじが、ちょっとあれだぞ。ゆるすぎないか…?」
「ウルザンド王子。キミの個人的評価は、特に求めていないから。知識量だと、こっちが格上。キミなんかより。圧倒的に。だから。知識ない情報弱者の、意見はきかない」
「ん。言うな。けっこう毒舌だな、あんた。さっきの散会の仕方といい―― けっこうなにげに独裁者タイプか? まあおれも、別に独裁者は嫌いってわけでもないが――」
「ちょっと。ふたり。そこで無駄な話し、しないでよ。あたしもいい加減、眠いし。とりあえず、今夜眠る場所とか。確保したいけど。そっちの実のある話、したりできないかな?」
あたしはちょっぴりイラついて。二人の話に割ってはいった。
「…まあ、そうだね。休息も大事だ。魔力回復の基本、だね。でも―― 今夜休める場所は、残念ながら―― 今はたぶん、ここくらい? ここは他より結界固いし。被害もとくに、受けてない。今夜はここで、休むといいかな。ユメもここなら安全だ」
「えっと。ここって、まさかこの、書庫の中…?」
あたしは言って、みまわした。おっそろしく高さのある、やたら古い本棚が。どこまでもどこまでも、ひたすら列になってる―― まあでも。ここをどう見ても―― 寝たり休んだり、するための場所には。ぜんぜん見えないのだけど…?
「ん。ごめんね。ベッドはないけど、あとで毛布を運ばせる。三人はここで、ゆっくり休んで。ああ、そう。食事もいるなら、用意はさせる。トイレは、あっち。ちょっと遠いけど。まあでも、歩いて行ける距離」
あくびしながら立ち上がり。イシュタークは、ちょっぴり長すぎるガウンのすそ、ひきずりながら。ゆっくり通路の向こうに――
「おいこら。どこいく?」
レグナが呼び止めた。
「ん。どこに行くかは、秘密。まあでも。寝る場所が、奥にある―― って感じ?」
「もう寝るのか? 時間的にはまだ早いぜ?」
「睡眠は大事。魔力回復の基本。そういうウルザンド王子も、はやめに魔力回復を」
「…む? 何だと?」
「魔力失ったキミは、ほんと役にたたないゴミに近いよ。今なら、たぶん、そっちの魔力ゼロ以下の、タフーウェルの女の子の方が、戦力は上。だから。キミも黙って、さっさと寝るといい。以上。散会。ふわあ、ねむ」
ちらっとこっちをふりむいて。イシュタークが、さりげない毒舌でつぶやいた。