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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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6章:失われた夏への扉を求めて(第6話)

「ははは。諦めろ。有事に人権はない。そもそも、取得するサンプルの鮮度を保つためにも、情報収集は爆発した後である必要がある。なぜなら、開発したオングストロームマシンは自己増殖型であり、自己学習型だからだ。宿主の記憶や思考パターンを読み取り、教師なし学習も活用してどんどん賢くなっていく。GANだな、GAN。こうしてスキル者という宿主の体内で学習を終えたサンプルを研究していく事により、まずは任意のスキルを発現させられるようにするのが、目下の目標ってわけだ」

「…スキル発現の研究が先なのね。スキルを消滅させて、スキル者を長生きさせる方法は、二の次なんだ。あんたたちの研究自慢は、私たちにとってはどうでもいい。スキルを消滅する方法について、教えてくれるかしら」

「へっ。お前たちは、ニワトリと卵はどっちが先か、という答えのない不毛な議論を好んでするだろうが、缶詰と缶切りの関係なら答えは自明だ。これは常識の範疇だから説明するのもはばかられるが、缶切りが発明されたのは、缶詰よりも後だ。それまでは、缶詰の中身を食べるためには、斧でかち割ったり、鉄砲で破壊する必要があった」

「それはつまり…僕たちは、缶切りの発明されていない缶詰ってことかよ…。スキルを消滅させる手段は…まだ、ない…ってことか」

「いいぞ1162番。お前くらい理解の早い生徒を持った教師は幸福だ。人を幸せにしている事を喜べ」

「アタシからも、きいていいかしら?」

「構わんぞ。優秀な生徒からの質問ならな」

「どうも。それで、缶切り…つまり、スキルを消滅させて崩壊の危険性から解放するための方法は、いつ頃できあがる予定なの?」

「そろそろ、その質問がくると思ったぜ。だが、言っていいのか? お前達全員を絶望の淵に突き落とすだけだぞ。俺は見ていて楽しいかもしれんがな」

「ザンギエフよ。構わん、言え。落ちるかどうかは俺たちが決める」

「そうかい。では前提から話そう。スキルを消失させる方法を開発するには、オングストロームマシンの行動パターンを把握し、それに対応した薬品、あるいは抗体となる新たなオングストロームマシンを開発する必要がある。これには、通常の創薬と比較しても比べ物にならない程の計算コストがかかる。はっきり言ってやる。国内で最も高速計算ができるスーパーコンピュータ『京』を使ったとして、宇宙の終わりが来るまでに計算が完了する保証すらない」

「宇宙の終わりですって…? それって…一体…」

「堀田さん、陽子崩壊を基軸とした宇宙の終焉を指すなら、10の33乗年ですけど…さすがにそれは言い過ぎじゃないのか」

「へっ。つまり、天文学的年数がかかるって意味だ。少なくとも数十億年から数百億年のオーダーになる」

「数十億年後か…。その時代を見届けられるのは、神宮前だけだろうな…はは…」

「ふん。万策尽きた、という訳だ。スキル消滅をせずに、俺たちが生き延びるためには、誰かを100日ごとに犠牲にし続ける必要がある。あと60年生きたいのあれば、1人あたり220人の命が必要だ。一国の大統領が個人の都合で始めた戦争により失う国民の数を思えば矮小だが、善良な一市民が殺害する人数としては多いと言えよう」

「兵器としての応用価値があるスキルの持ち主なら、ある程度の年数は防衛省が保証する。だがそれでも、10年以上は想定していない」

「…それはウソね。だって、本星崎や伊奈は、孤児として防衛省に誘拐されてから10年以上経過しているでしょ」

「誘拐とは人聞きが悪いぞ。まあいい。言っておくが、孤児に対して即座にオングストロームマシンを注入してスキル発現をさせるような事はしていない。2164番も2173番も、スキル発現後10年は経過していない」

「…ふん。それはよかったわね」

「スキルを消失させる現実的なラインとしては、崩壊フェイズに至らないタイプのスキル…例えば2115番の様に、人の心を読み取るようなスキルを、既存のスキル者に上書き発現させるような方法を模索する事だ。だが、お前らも知っている通り、この手段の結末として、スキルの消滅と引き換えに人生の大半の記憶を失う事になる。自分自身が誰かもわからなくなるくらいに、な。こうなってくると、自分自身の自我を保って死んだほうがマシかもしれんぞ。過去を失い、自分自身も見失った場合、それはもはや死と同義と言ってさしつかえないだろう」

「ちょ、ちょっと待ってもらえるかしら? そもそも、スキルを消失させるお薬が現実的な時間で製造できなかったり、記憶を失うようなリスクがあるのなら、新型兵器は失敗なんじゃない? 兵器となったスキル者たちは、全員長生きできないなんて…」

「2182番よ、お前は勘違いしている。そもそも戦争において、兵器は消耗品であり、使い捨てだ。敵国の目標に向けて発射したミサイルが、爆発後に自分たちの手元に戻ってくると思うのか?」

「でも…この兵器は、ウィルスみたいなものなんでしょ? アタシたちみたいに、感染したくないのに、感染してしまう可能性だって…」

「放射性物質は誰もまともには扱えないが、原子力発電所はテロリズムの標的になっている。開発された生物兵器に、常に治療薬が存在するとは限らん。それが戦争であり、防衛力というものだ」

「…なんてこと…」 

「ちょ…ちょっといいでしょうか? ぼく、気になった事があるんですけれど…」

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