6章:失われた夏への扉を求めて(第4話)
「なんですって…。日本が生物兵器を秘密裏に開発していたのは、事実なの…?」
「2182番よ、言葉を選べ。正確には生物兵器ではない。だが、国家機密として防衛省が新型兵器の開発を進めていたのは事実だ」
「ふふ…。アタシは2182番だったのね」
「か、か、か、かな、金山さん…。そ、そ、それって、わ、わた、私たちがいた実験施設の事なの…?」
「その通りだ。もっと言えば、スキル者の存在自体が新型兵器であると捉えて問題ない。つまり、お前たちも、その一部だという事だ」
「僕たちが…兵器…か」
「ふん。鳴海よ、俺たちの仮説は間違っていなかったようだな」
「お前たちの存在を世間に知られる前に、完全に消す必要があったのは、近隣国家に、このスキルによる兵器開発を知られてはまずかったからだ。つまり、ロシアや中国が声明を出すような事態になる前に、お前たち全員を殺しておく必要があった」
「僕たちの存在が公になることで…日本が戦争に巻き込まれる可能性があるから…って事だったのか…」
「なるほど。だが、解せん。一般的に、兵器開発はビジネスではないのか。俺たちを消さずに、俺たちのスキルを宣伝に利用する選択肢もあったはずだ。積極的に他国家に販売していくためにな」
「神父が、いい質問をしやがる。その通りだ。一般的にはな。だが、この、スキル発現という新型兵器は、他国に売りつける事を目的としていない。むしろ、逆だ。対外的には完全に隠匿した、日本国内に限定した兵器としての運用を目指している。いくつかの理由でな」
「いくつかの理由…か。それは、スキル発現の仕組みに要因がありそうな気がするな」
「スキル発現の仕組みか。確かに、それも1つの要因だ。だが、新型兵器開発の最大の目的は防衛費の圧縮だ。お前たちは普段、考えもしないだろうが、日本という国はアメリカの庇護下にある以上、常に高額な兵器を売りつけられる立場にある。F-35が1機あたり幾らするか知っているか。国民全員が100円玉を差し出しても買えるかどうかというレベルだ」
「ふむ。兵器を買い付けるよりも、それ以上の効果を発揮する兵器を、安価に自国開発した方がよい、という判断か」
「その通りだ。この計画が最終段階に入れば、周辺国家への防衛力を担保しつつ、米軍基地の縮小判断も政府の選択肢として与えられた。そこまでのレベル感の兵器だ。お前たちはな」
「さ、さ、さっき言っていた、ス、ス、スキ、スキル発現の、し、しく、し、仕組みというのは…?」
「話してやる。まず、お前たちを利用するでもなく、捕縛して隠匿するでもなく、否応なく消す必要があったのは、この新型兵器に崩壊フェイズのシステムを組み込んでいたからだ」
「僕たちがずっと気になっていたのは、そこだ。なぜ防衛省は、スキル者が人の多いところで崩壊フェイズに入り、爆発する事を極度に恐れていたのか。国府の時もそうだ。多数の善意の第三者を巻き添えにする事を厭わなかったし、国府が爆発した後はすぐに除染車がやってきた」
「崩壊フェイズはリスクヘッジだ。この圧倒的な技術によって生み出されたスキル発現という兵器は、現段階の開発では、任意のスキルを発現させる事ができない。例えば、2089番のような、原子を操り小規模の核融合を発生させられるようなスキル者が、俺たちの制御を離れ、悪意を持って外部で好き勝手スキルを使ってみろ。数日のうちに大都市のひとつは消え失せるだろうぜ。だから、抑止力として、スキルを使えば使うほど崩壊フェイズまでの時間は早まり、スキルを使わずとも100日前後しか生きられない仕組みを導入した」
「なるほどな。だが、なぜ爆発が必要だ。わざわざ破裂しなければならない道理はなんだ。それに、だ。そもそも、崩壊フェイズで苦しむ必要もあるまい」
「人間の心理を制御するには、苦痛が必要だ。崩壊フェイズが苦しいものであればあるほど、それだけ強力な抑止力になる。スキル者は常に、死と苦痛への恐怖の支配下におかれるという訳だ。そして、だ。なぜ爆発するか。これが、この新型兵器の最大の特徴だが…端的に言えば、これもコストの問題だ」
「コストですって? 開発費をケチるために、アタシたちは爆発しなければならないってことかしら?」
「へっ。その考え方で貫き通すのも、悪くないかもな。だが、違う。爆発は、兵器を容易に量産する事を目的にしている。すなわち、崩壊フェイズを経た爆発によるスキル者の血肉を浴びた個体…つまり人間は、一定の確率でもって同様にスキルを発現する。つまり、新たな兵器となる。恐ろしく合理的に兵器を量産できるって寸法だ。人権さえ無視すればな」
「…さすがに、突拍子もなさすぎて、頭が整理しきれない。それではまるで…ウィルスみたいじゃないか」
「察しがいいぞ1162番。まさにその通りだ。スキルという新型兵器とは、ウィルスに近い性質を持っている。爆発を以て周囲の個体に感染し、一定期間潜伏後にスキルを発現する。人工的に作られたウィルスと言っても差し支えないだろう。そういう観点では、生物兵器と捉えられても、近からず遠からず、だ」
「…防衛省が、僕たちが公の場で爆発する事を嫌った理由が理解できたよ。でも、そんなウィルスを人工的に作れる技術が現実にあるなんて、信じられない」
「信じられない技術だからこそ、兵器としての価値がある。お前は、最新のCPUのトランジスタプロセスがどのくらいの精度で製造されているか知っているか? 量産ラインに乗りそうなところで、3nmだ。ロードマップ上に乗っている最も微細な精度で0.7nm、すなわち7Å(オングストローム)だ。これは既に、原子数個というレベルの精度に達している。そして、ここまでの製造技術を持っている企業は世界でも指折りほども存在しないし、製造に必要な露光機メーカーで言えばオランダの1社が完全独占だ」
「それって…まさか、ウィルスだと言っているのは…」




