5章:ある少女に花束を(第30話)
「…ど、どこだっけ…どこが桜お姉ちゃんたちのブースだっけ…ええっと…ええっと…」
「呼続ちゃん! ここよ! ブースはここ! アタシもここよ!」
「あっ! 堀田お姉ちゃん! …ああ…でも、お姉ちゃん1人だけなの? 桜お姉ちゃんと、ゴブリンのお兄ちゃんは…?」
「2人は今、お手洗いに行っているわ。でもどうしたの? そんなに慌てて…」
「呼続チャン! 見つけた! やっぱりブースにいたんだね!」
「あ…神宮前のお姉ちゃん…」
「ほう。まさか、この組み合わせでブースに戻っているとはな」
「あ…豊橋お兄ちゃんたち。お…追いつかれちゃった…。あ…う…うう…。ど、どうしよう。わ、わたし、どうすればいいのかな…。くすん…くすん…」
「堀田よ。桜とゴブリンはどうした」
「鳴海くんの指示で、ブースから離れさせたわ」
「ふん。ならば、ひとまずの危機は回避できるか」
「と、豊橋クン…。誰か、ブースに向かってやってきますわ…」
「あ…! 金山のおじさんだ! わたしはここだよ! ここにいるよ!」
「金山って…あの人達、さっきアタシたちのブースで文藝誌を買ってくれた人じゃない…。やっぱり、アンタたちだったのね…」
「わたし、言われた通りにしたよ! みんなを、ここに集めたよ!」
「おい2216番よ。2117番が何か言っている。『みんな』を集めたらしいぞ。ならば、お前から『みんな』という言葉の定義を教えてやれ」
「あ…あたしからですか?」
「へっ。誰もがガキの頃に『みんな』という言葉の定義を通して、他人と自分との共通認識には想定以上のブレがある事を学習する。みんな、あのゲームソフトを持っている。だから自分も買ってほしい。だが、その『みんな』とはなんだ。学校の全生徒か? クラスの全員か? ちがう。せいぜいが、身の回りの3、4人だ。だから俺は『みんな』などという曖昧な言葉を嫌う」
「確かに…1163番がいませんね…。さっきはいたのに。それに、まだ1162番たちがいない…」
「あ…あれ…? わ、わたし…なんか変だな…」
「よ、呼続チャン、耳の後ろから血が…これって、もしかして…」
「え…? 血? ほ、ホントだ! わ、わたし、血が…。痛い…痛いよぉ…」
「豊橋先輩! 呼続チャン、崩壊フェイズじゃないスか!?」
「神宮前よ。慌てるな。呼続の崩壊フェイズは想定通りだ。時間がない。これが最後のチャンスだ。俺とお前で、呼続を奴らの元に誘導する」
「でも、呼続ちゃんの崩壊フェイズを止めなきゃ! ボク、止められます…」
「それは愚か者のする事だ。いいか、よく考えろ。俺たちが奴らに交渉できるのは、呼続が崩壊フェイズの間だけだ。奴らにとって呼続のスキルはなんとしてでも確保しておきたい筈だからだ。そして、神宮前よ。奴らはお前のスキルを欲しがるだろう。お前が、奴らの目の前で呼続の崩壊フェイズをパスした場合、お前が次に目を覚ますのは、ラブホテルの申し訳程度に豪華なキングサイズのベッドの上ではない。防衛省の無機質な部屋の硬いベッドの上だ」
「そ…そういう事…っスか…。呼続チャン、ごめん…頑張って…としか言えないや」
「呼続よ。遠慮なく奴らに助けを求めるがいい。もっとも、俺は、お前がどこまで知らされていたかを知らんがな」
「よ、ようやく合流できたぞ! よかった。ゴブリンも桜もいない。堀田さんは残ったのか…」
「鳴海クン、それにみなさん…合流できてよかったですわ…。でも、もう手遅れかもしれませんの…」
「呼続ちゃん…かなり痛がってるぞ…。もしかして、崩壊フェイズに入っているのか? 豊橋…神宮前…。交渉しようとしているのか」
「鳴海さん…ぼくたち、ここで見ているしかできないんでしょうか…」
「いや…そんな事はない。何かできる事はあるはずだ…。ちなみに上小田井くん、スキルはどのくらい使えるようになった?」
「あ、一応、消したい物は、かなり自由に消せるようになりました。出す時が、やっぱり思ったところに出せなくて大変ですが…」
「わかった。ありがとう。それなら、上小田井くん、僕が指示したタイミングで、指示した対象を消してほしい。できるかな?」
「ええ…もちろんです。わかりました」
「な、な、なる、鳴海くん…。あ…あ、あ、あの魔法使いのコスプレの人…」
「ん? 本星崎、どうしたんだ? 知り合いか?」
「う…ううん…。わ、わ、わか、わからない…。で、でも…も、も、も、もしかして…」
「おい、2216番。あれは誰だ?」
「あれって…どれですか? 金山さんがわからなければ、あたしにもわからないと思いますけど…」
「いいから見ろ。今しがたやってきた、あのゴスロリの美女だ。俺が把握している範囲では、管理番号が2から始まるスキル者はこの場にすべて集合している。となると、ゴスロリ美女はなんだ? 完全に部外の友人かなにかか」
「金山さん…あれって、1162番ではないでしょうか?」
「1162番だと? …へっ。なるほどな。近頃のガキどもは当たり前のようにクロスドレスしやがる。その上、全くわからないレベルで仕上げてきやがる」
「とにかく、これで全員が揃ったのではないですか?」
「1163番がいないが…奴はスキル発現しない可能性もあるって話だったな…。とりあえずはこれで全員とするか…。おい! 2117番よ。この際だ。『みんな』についてお前を叱責するのはやめておく。ご苦労だったな。ナイスな誘導だった」
「金山さん…。あの子、崩壊フェイズに…」
「2216番、お前は黙ってろ。そのくらい見ればわかる」
「2089番ちゃんに指示しますか? この距離なら、もういつでも、誰でも破壊できます」
「お前は俺の上司か? いいか。2117番の崩壊が先だ。俺の仮説が正しければ、2155番がなんらかの方法で崩壊フェイズをパスさせる筈だ。この場合、2117番と2155番と1162番を捕縛対象とし、それ以外のすべてを殺害する。2155番が何もせず、2117番が崩壊フェイズを回避できない場合、2089番のスキルで跡形もなく蒸発させる」
「…わかりました。あ…。3人がこっちに向かってきます。2117番と、1174番と、2155番です。1174番はまだスキル発現が確認されていません」
「へっ。神父にシスターのコスプレか。地獄からの使者が2117番を地獄に送り出そうっていう文脈は嫌いじゃない。好都合じゃねえか」
「ふん。神宮前よ。ここから先は、いつ殺されるかわからん。お前は、スマホで動画撮影をしながら歩いた方が、現実感が薄れていいのではないか?」
「あはは…豊橋先輩、ボクをなめないで下さいよ。あれからボク、何回死んだと思ってるんスか。何回、怖い目にあってきたと思ってるんスか」
「…そうだったな。よかろう。だが、これから起こる事をリアルタイムで配信する事は、最終的に誰かを護る事になる」
「豊橋先輩、ボクのスマホ、圏外になってます」
「そうか…。奴らも、ここで勝負をかけるつもりという訳だ」
「へへへ。ボクたち、結局、サタニズムの神父と、サタニズムのシスターで揃いましたね」
「奇しくもな。呼続を地獄へ送る、悪魔の使者か…。ふむ。悪くない」
「神宮前お姉ちゃん、痛い…痛いよぉ…」
「呼続チャン、もう少しの辛抱だよ…。きっと、助けてあげるから…」




