5章:ある少女に花束を(第28話)
「2216番よ。どうだったか端的に報告しろ。お前の存在価値がもっとも発揮される瞬間だ」
「ええ。2人ともに接触できました。おつりを受け取る時と、冊子を受け取る時に触れて確認できました。1163番と2182番で間違いないと思います。1163番は、まだスキル発現していません。もしかすると、もう発現しない可能性もありますね…。2182番は…。ごめんなさい、あたしのスキルでも、よくわからなかった」
「なんだと? お前のスキルでわからない事はなかろう。詳しく説明しろ」
「ええっと…その…。不思議な感じだったんです。スキルは発現していないのに、何かスキルを持っているような…そんな感じなんです」
「ほう。それは、スキルがもうすぐ発現しそうだからではないのか?」
「違います。それとは、全く異なる感覚でした」
「へっ。またややこしいパターンが出てきたな。そいつは、今、なんらかのスキルを使うことができるのか」
「それは…多分できないと思います。少なくともスキル発現はしていない」
「で? 何ができるスキルなのかはわかるのか」
「わかりません…。ごめんなさい」
「そうか。めでたい。某G社の調査によるとだ。チームワークによる業務の成果を最大化させるのに最も重要な因子は、スキルの高いメンバーの存在でも、優秀なマネージャーの存在でもなかったそうだ。では、何の要素がチームのパフォーマンスを最大化させるか。お前にわかるか?」
「えっと…。お給料ですか?」
「その回答は嫌いじゃない。だが違う。唯一、パフォーマンスの高いチームに共通した要素は『心理的安全性』だ。これが保証されているチームの中では、人に笑われるような突飛なアイデアを口にしたりしても、阻害されたり、バカにされたりする事なく、全員のメンバーに受け入れられる傾向があった。つまり、無条件にして自分の居場所が与えられている事が大切だった、という訳だ」
「…それが何か…?」
「わからんか? お前が2182番のスキルを鑑定できなかった事で、俺たちのチームの心理的安全性が脅かされているということだ。あと少しでも、俺たちのチームの関係にヒビが入れば、俺たちは不要な人間を排除しなければならないかもしれない」
「そ、そんな…!」
「だから、そうならないようにお前は結果で答えろ。それだけがお前が生き延びる道だ。うまくすれば、妹と一緒にな」
「…はい。頑張ります」
「いいだろう」
「それで、どうしますか? 1163番と2182番を始末しますか?」
「いや、それはまだ早い。いずれの殺害行動も、2117番の崩壊フェイズを待ってからだ。それまでに全員の居場所を把握する必要がある。ある程度は2117番が誘導するかもしれんが、俺はガキに期待はしないタチだ」
「2117番が崩壊フェイズをパスできずに、会場内で爆ぜた場合は…どうするんですか?」
「だから2089番をつれてきた。子供1人を蒸発させる事は、造作無い。わかったら、お前は2117番にメッセンジャーで指示を送っておけば良い。奴らのブースに全員を誘導するようにな」
「…そうですか。わかりました…」
「リタさん、ナルルンは、メッセンジャーでなんだって言ってきてるんですか?」
「…本星崎さんのスキル鑑定によると、この会場にはアタシたち以外に、最低2人のスキル者が紛れ込んでいるみたい」
「2人だって? さっきのは3人組だったから、多分違いますよね。2人組か…」
「アタシたちは3人ともスキルが発現していないから…。彼らが、アタシたちに真っ先に接触してくることはないと思うわ。だから、ここをすぐに動く必要はない。桜ちゃんとゴブくんは、このまま客引きを続けて」
「わ、わかりましたよ。さっちゃん、とにかくオレたちは、怪しまれないように? 文藝誌を売ろう」
「でも…少しでも身に危険を感じたら、すぐに移動しましょう…」
「本星崎、その2人のスキル者って…どんなスキルを持っているか、わかるのか?」
「な、なる、な、鳴海くん…。ま、ま、まず断っておくけど、わ、わ、わ、私のスキル範囲は、せいぜい10メートルしかない」
「あ…そうか」
「え、え、ええ。だ、だ、だから、かい、か、会場を1周して見つけられたスキル者が、ふ、ふ、ふた、2人だった、ということ」
「…本星崎、それはつまり、2人よりも多い可能性もあるってことかしら」
「そ、そ、その、その通りです、さ、さ、左京山さん」
「本星崎先輩、その2人は、一緒に行動してるんスか? それとも、別々の場所にいたんですか?」
「神宮前、それはいい質問だ」
「また鳴海先輩にほめられちゃった。へへへ」
「い、い、い、一緒にいた…。で、で、でも、ひ、ひと、人が多すぎて、と、特定できなかった」
「…その2人のスキルは、それぞれ判明したのかしら?」
「う…うん。ひ、ひ、ひとりは、わ、わ、わた、私が前に言った、げ、げん、原子を操れるスキル者だと思う…」
「原子か…。わざわざそんなスキルを用意してきたという事は、僕たちが想定しているよりも攻撃力の高いスキルなのかもしれないぞ…」
「本星崎先輩、それで、もうひとりはどんなスキルなんスか?」
「も、もう、も、もうひとりは…。ちょ、ちょっと気になるスキル…」
「気になるスキルだって? 原子操作でも充分気になるスキルだけど、それよりもか…?」
「い、い、いいえ…。わ、わ、わた、私がよく知っている人が持っていたスキルと同じだったから、お、お、お、驚いただけ…」
「…本星崎、それはどんなスキルなの?」
「わ、わ、私と同じ、スキル鑑定のスキル…。だ、だ、だけれど、わ、わた、わた、私や、よ、よ、呼続ちゃんみたいに、離れた場所からの鑑定はできない。あ、あ、あい、相手の体に物理的に触れないと、ス、スキ、スキ、スキル発動ができない…。で、で、でも…まさかね…」
「なるほどね。本星崎のおかげで、奴らの体制が見えてきた。スキル鑑定と殺害の組み合わせだ。だけど、その感じだと2人だけではなさそうだな…」
「鳴海先輩、どうしてそう思うんスか?」
「スキル鑑定に範囲が設定されていないからだよ。直接触れなければいけないなんて、僕たちを探し出すのに時間がかかりすぎるし、そもそも危険すぎる。となると、もっと何か別のスキルを持った人間が存在しているか、あるいは僕たちの顔をあらかじめ記憶している人間が指揮をとっているか…」
「でも、ボクたちみんなコスプレしてるんですよ? 顔を覚えていても、すぐにはわからなくないですか?」
「すぐにはわからないだろうけれど、目星をつけることは簡単にできるさ。それに、僕たちは全員がコスプレをしている訳じゃない。上小田井くんチーム、神宮前チーム、文藝ブースチーム。どのチームにも、コスプレをしていないメンバーがいる」
「そ、そうでしたね…」
「自由に動き回れない堀田さんたちが心配だ。一度、ブースに戻ろう。それから、状況次第で、堀田さんチームと交代しよう」




