5章:ある少女に花束を(第26話)
「金山さんは…それは、ザンギエフ…ですか?」
「へっ。ザンギエフに見えるかよ。サングラスに、白衣を着てるんだぞ?」
「でも、その髪型とおヒゲは、ザンギエフですよね」
「なんとでも言うがいい。この計画のために、わざわざモヒカンにしたんだからな。ヒゲは元々だが…」
「ふふふ。お似合いだと思いますよ。2089番ちゃんは…それはオートマタね。だから目隠しを…。可愛いけど、ちょっと大人っぽすぎるかしら?」
「2216番よ。あまりオタク気質は表に出さない方がよかろうぜ。なにしろ、上層部はオタクの命を軽んずる傾向があるからな」
「あたしの妹が、アニメとか漫画とか小説とかに詳しかったから…」
「妹か。やはりお前にとっては、そこが一番気になるところだよな」
「当たり前です。妹を助けるために、あたしは今回の参加を決めたんですから」
「そうか。それはめでたい。だが勘違いするな。お前は元々、スキルレベルが低すぎるから、高スキル者の崩壊フェイズをパスするための捨て駒要員だったんだ。お前を崩壊連鎖から助けたのはお前のスキルのある一点だけが急遽評価されたからだ。つまり、一芸入社組だ。お前は」
「それは…心得ています」
「もっと言わせてもらえば、だ。妹を助けられるかどうかはお前の行動と運次第だ。俺たちにとっては、2173番よりも2117番の方が価値がある。2117番が奴らの何らかのスキルによって崩壊フェイズをパスした場合、2173番は殺害対象になる事を忘れるな」
「…あたしが2117番を殺害したら…?」
「へっ。やれるもんならやってみるんだな。その時は、2173番もお前も助からん」
「…承知しました」
「聞き分けがいい人間は嫌いじゃない。お前が俺たちにとって…つまり、国家にとって必要な人材であリ続ける限りは、悪いようにはしない。それよりも今日の行動方針だ」
「本当に、3人一緒に行動するんでしょうか? あたしと2089番ちゃんの2人だけでも遂行はできると思いますが…」
「優秀なマネージャーの条件は、部下にミスをさせない事ではない。人間である限り誰もがミスを避けられない事実を前提に、ミスした場合の対処方針や責任所在を対策しつつ、常にミスを恐れない挑戦を仕掛けられるチーム体制を作っておく事だ」
「金山さんは、優秀なマネージャーだという事ですね」
「自らを優秀だという人間ほど信用できない者はいない、と言う人間がいるが、それは本質を見誤っている。真に自分を客観視できている人間だけに、自分を優秀だと吹聴する権利は認められる」
「えっと…何の話でしたっけ…」
「まあいい。つまり、俺が俺の責任で指揮を執るから黙って付いてこい、という事だ。やれやれだぞ。お前たちのスキル範囲があまりにも狭すぎるから、こういう計画になるんだ。特に2216番、お前は、だぞ」
「あ…あたしのスキルは、直接、その人に触れないと、発動できないから…。でも、妹よりも高い精度でスキル鑑定ができます」
「わかってる。俺がお前に唯一期待するのはそこだ。その不便な条件をカバーできる綿密な計画に沿って今日は行動するから、安心しろ」
「やれやれだ。今日は1日、小学生のお守り役とはな」
「あら、豊橋クン。神父のコスプレならば、子どもたちの面倒を見るに適役ではなくって?」
「ほう。そう思うのか。だとしたら残念だ。なぜなら、これはサタニズムの神父だからだ」
「サタニズムっぽさは、どこにありますの?」
「俺がこのコスプレをしているという事が最大のサタニズムらしさだ。なぜなら、悪魔の精神とは常に心の中に宿すものだからだ。…まあ、あえて外見という観点から言うならば、この鍔の広い黒い帽子と、ドクロをあしらったアクセサリ類といったところか。この聖書は…ふん。ただの英英辞典だ」
「そう言われると、確かに細かな装飾は悪魔っぽいですのね。でも、遠目だとわかんないですわよ」
「ふん。あえて褒め言葉と受け止めておこう。それよりもお前はなんだ。それはコスプレなのか? それとも私服なのか」
「あたくしですの? あたくしは、私服に決まってるじゃないですの。だって、文藝部員ではありませんのよ?」
「スリットが入った黒いマーメイドワンピースか。高校生のガキが私服で着る代物ではないな」
「うふふ。あえて褒め言葉と受け止めておきますわ。サタニズムかどうかは置いておいて、神父と並んで歩くには映えると思いません?」
「否定はしない。だが、それを判断するのはシスター姿の神宮前と比較した後だ」
「豊橋クンは、なんだかんだで神宮前サンの事が心配なんですのね」
「ほう。お前に何がわかる」
「きっと、豊橋クンよりはわかっていると思いますわよ」
「…言わせておいてやる。それよりも、今日の段取りだ。俺たちチームでどう動くか、他のチームと情報連携をどうするか」
「今日は…今のところは、ジャミングされていませんのね。あたくしのスマホは通信ができますわ」
「ああ。だが、奴らがやる時は短時間に、かつ一気に行動するだろう。逆に言えば、そのタイミングまでは通信に問題はなかろう」
「そもそも、今日を狙って彼らはやってくるんですの?」
「100%とは言わんが、奴らにとっても今日を逃す事はできない筈だ。そして、忠告しておく。伊奈よ。奴らはお前を真っ先に殺害しようとするだろう」
「うふふ。先刻ご承知ですわ。一度は逃げ出した人間が、のこのことやってくるんですからね。それに、あたくしたちの中で攻撃も防御もできるスキル者は、あたくししかいない」
「ふむ。わかっているなら問題ない。奴らがどういう手段でやってくるかはわからんが、残念ながら俺たちはそれを防御できない。伊奈には、自分の身は自分で護ってもらう」
「ええ。心得ていますわ」
「索敵は呼続のスキルで行う。呼続よ。ぬかるなよ。お前が気を抜いた時は、俺たちの全員、または誰かが死ぬときだ」
「は…はい。だ、大丈夫です。今日は、できるだけ、確認する回数を増やします」
「豊橋さん、呼続さんにあまりスキルを使わせるのは…」
「…よかろう。すべての利害が一致する訳ではないということだ。だが、俺が指示したタイミングでは会場全体の索敵を行ってもらう」




