5章:ある少女に花束を(第25話)
「あ、ゴブリンは本当にそのままなのか」
「うん? あんた誰?」
「えっと、ああ、そうか。僕だよ。鳴海だよ」
「へえ、ナルルンか。全然わかんなかったよ。すごいな~、完全に女の子だよね。ゴスロリだって言うからカワイイ系かと思ったけど、どちらかというとカッコイイ系だね」
「それはどうも。ゴブリンはそのままだから、すぐにわかったよ」
「おいおい、ナルルン、そのままとは酷いや。一応、それっぽいコスプレをリタさん(堀田さん)に作ってもらったし、ほら、肌だって緑がかってるだろ?」
「そ、そうか…。ごめん、今日は顔色が悪いものだと…」
「まあいいけどさ。それよりも、読んでくれた? オレのエッセイ」
「あ~、まだ読んでないや。後で読ませてもらうよ、無事だったらね。それよりも、桜は?」
「さっちゃんなら、さっき着替えに行ったよ。結局、何のコスプレをするんだろうね」
「そっか…。桜に会えるとしたら、このタイミングしかないんだよな…。会うの、最後になるかもしれないんだよな…」
「ナルルンこそ元気ないじゃない。大丈夫かい?」
「あ、いや、堀田さんがウェストをキツく絞ってくれたから、息苦しくて」
「そう? ならいいけどさ。とりあえず本は全部、長机に並べたし、ポスターも立てたし、ブース番号もばっちり見えるようにしたから、準備は大丈夫だと思うよ。小銭も…ほら、ちゃんと用意してある」
「ありがとう、ゴブリンは細かいところに、よく気が回るよな」
「へへ、照れるじゃないの」
「僕は神宮前や本星崎や左京山さんと合流しなきゃいけないんだけれど…その前に桜に会っておきたいんだよね。あと少しだけ、待ってみるか…」
「ゴブさ~ん、お待たせしました。準備やってもらっちゃって、ありがとうございました~」
「あ、さっちゃん、戻ってきた」
「ん? あ? え? 桜?」
「え? 誰? あ! 鳴海くん!?」
「へえ、桜はボカロのコスプレにしたんだ。ピンク色のウィッグに、大きなサクランボの髪留めかあ…」
「えへへ、どう? 驚いた? 内緒にしておいただけの事はあったでしょ? でしょでしょ?」
「いや、内緒にしておく程の内容ではない」
「あ~、ひっど~い。むう~」
「ははは、ごめんごめん。すごくよく似合ってるよ。桜って感じがしてさ。ただ…」
「ん? なあに? ただ?」
「ただ、ちょっとスカートが短すぎる気がするのと、胸元が…」
「え? 胸元? あ…」
「高校生のコスプレにしては、開きすぎてる気がする…」
「やだ、ちょっと、バストのサイズ、思ったよりも小さく作っちゃったみたい…えへへ」
「えへへ、じゃないよ。ただでさえ、バストが90…」
「鳴海くんストップ! あたしのおっぱいのサイズを数値化するのはやめてよね」
「いや、この情報は国府からの情報だし、1の位のサイズは知らない」
「…そ、そう。ならいいけど」
「カーディガンでも羽織っておきなよ。暑いかもだけど」
「うん、状況をみて、そうするね。でも、あたしよりも鳴海くんの方が、誰だかわかんないね。その赤い瞳、コンタクト?」
「あ…うん。一応、サキュバス? インキュバス? の設定だから」
「そっかあ。うん、いい感じだよ。ちゃんと女の子になってる。あとは仕草かな~」
「仕草かあ…。でも、このコスプレ、カムフラージュという意味では、そんなに悪くないんじゃないかな、って思うんだ」
「あ~、カムフラージュですか」
「そう、カムフラージュ。ねえ桜、よかったら、少し会場内を一緒に歩かないか?」
「会場内? いいよ。ちょうどこの後、イベント開始までの40分間くらい、扉が閉鎖されるしね」
「へえ、こんなに皆、コスプレをするんだね。コスプレをすることと、同人誌の販売数に、有意な相関や因果があるんだろうか…」
「みんな、コスプレを楽しんでいるだけだと思うよ。理屈でコスプレをしようとするのは、鳴海くんくらいかもね~」
「べ、別に僕は理屈でコスプレをしている訳じゃ…。でもまあ、結果として奴らの目を欺けるとすれば、理屈でコスプレをしているのか…」
「そうやって悩むの、なんか鳴海くんらしいね」
「いや、別に悩んでいるわけでは…」
「悩んでるよ。だって、心の中では、あたしとこうして会えるのが、最後になるんじゃないかって、思ってるでしょ?」
「…桜がそんなに察しがいいなんて…。なにがあった?」
「ちょっと! バカにしてもらっては困ります」
「でもまあ…そうだね。その通りだよ。どのみち、スキル発現している僕は、桜よりも先に死ぬ事にはなるんだけれど、それが今日だとしても、できるだけ後悔しないようにしたいんだ。といっても、全然実感が、わかないけどね」
「実感がわかない? じゃあ、きっと大丈夫だよ」
「大丈夫? なぜ?」
「鳴海くんが実感がわかないって事は、今日、ちゃんと目的を達成する自信があるって事だもん」
「そんなものなのかな…?」
「そんなものなのです」
「う~む。そうか…。そうだね。ありがとう」
「えへへ~。ねえ、せっかくだから、手をつないで歩かない?」
「え…? 手を? …だって、僕は桜に振られたんだぜ?」
「それとこれとは別。だって、今は女の子どうしじゃない?」
「つ、ついに僕は、桜に、男としてすら見てもらえなくなってしまったのか…」
「あ、傷ついちゃった? そんなつもりじゃなかったのに…」
「いや、大丈夫だよ…」
「で、どうするの? 手、つなぐ?」
「…ほら。つなぎたければ、つなげば?」
「じゃあ、いただきま~す! えへへ~。鳴海くんの手、あったかいね」
「桜の手は…。小さくて、柔らかい…」
「あ~あ。こんな時間が、ずっと続いていたらよかったのにな~」
「お…女の子どうし、という立場で、ってことだよね…。うん…」
「う~ん…。そうでもないかなあ…」
「そうでもないって?」
「え~っとね。…ううん。なんでもない」
「そんな、寂しそうな顔で言われちゃうとな…。ねえ、桜、やっぱり、体調が良くないんじゃないのか?」
「それはない」
「それはない…って。僕、やっぱり桜がわかんないや。それも、秘密なの?」
「うん、秘密」
「そっか…。その秘密を、僕がいつか知る時は、来るのかな?」
「うん。来ると思うよ。生きていればね」
「生きていれば…かあ。それが今は難しいんだよな」
「だから、頑張って生き残ってね」
「そんな軽く言われてもなあ…」
「頑張って生き残って。えへへ」
「でも、生き残るのは桜も一緒だろ?」
「あ、鳴海くん、誰かくるよ。まだ開場前だから、サークル参加の人だね。カメラ持ってる」
「お姉さん! ちょっといいですか? 写真」
「ん? 写真? お姉さん? あ、桜の事か」
「鳴海くん、多分、鳴海くんの事だと思うよ」
「え? 僕? えっと…お姉さん…」
「お姉さんですよね? そのコスプレ、凄く可愛いんで、写真撮らせてもらってもいいですか?」
「あ…そ、そうか。こういう事があるのか…。でも、僕よりも桜を撮った方が映えると思いますよ。こんなに可愛いんだし…。それか、桜と一緒に…」
「一緒…ですか?」
「鳴海くん、この人、鳴海くんの事を撮影したいんだよ。付き合ってあげなよ。あたし、そろそろブースに戻るね。あとちょっとで開場時間だし」
「あ…う、うん」
「じゃあね、バイバイ」
「あ…行っちゃったよ…」
「あの、写真…」
「あ、えっと、ごめんなさい。はい、はい。大丈夫です。写真、撮っても大丈夫です」
「よかった、ありがとうございます。じゃあ、ちょっとポースしてもらってもいいですか?」
「ポ、ポーズ…?」




