5章:ある少女に花束を(第21話)
「神宮前の回復完了まで、あと5分くらいだ。そろそろ目を覚ますと思うけど…。毎回、この瞬間は不安になるな」
「やれやれだ。今回は13日間だったが、次は可能な限り短い事を祈るしかあるまい」
「…恐らく、次に神宮前が命を落とした場合、回復までの時間は20日を超えるんじゃないかと思う。どちらにしろ、その日数が確定した時点で、次の命の選択をする事になる」
「ふん。俺たちの寿命が最長100日として、そのリミットを超えるまであと何回残されているか、という事か」
「そうだな…。でも…豊橋…ちょっと思ったんだけど、仮に、このまま神宮前が何回も死んで…」
「どうした?」
「…何回も死んで、回復にかかる時間が100年とかになったら…。そうなったら、僕たち、スキル有無に関係なく、普通に人生を送れたとしても、生きている間には、2度と神宮前には再会できないんだな…」
「ふむ。理屈ではそうなるだろう。だが、それがなんだと言うのだ」
「いや…。この場合、死んでいるのは神宮前なんだろうか…それとも、僕たちなんだろうか…」
「何が言いたい。神宮前は1万年以上の寿命があるのだろう」
「うん。まあ、それはそうなんだけどさ。100年経って目を覚まして…そこには、自分の知っている人も、自分の事を知っている人もいない。それって、どうなんだろう、って思ってさ」
「それを生きていると定義するか、死んでいると定義するかは、神宮前本人が決めればよかろう。その状況下にあれば死にたくなるかもしれんが、死ねば死ぬほど神宮前は生きなければならんからな」
「…とにかく、まずは神宮前が無事に目を覚ます事を祈ろう。そうでないと、神宮前があまりに不憫だ」
「お前は特にそう思うだろう。言ってしまえば、2回ともお前のために神宮前は死んだ」
「……ああ、そうなんだよ。だから、僕に罪悪感がない訳がないだろ? なのに、また、神宮前に頼らなければならない…」
「な、な、なる、鳴海くん。あ、あん、安心して…。じ、じ、神宮前さんの命を使わなくても、ほ、ほ、崩壊フェイズは、パ、パ、パスできる…。ほ、ほ、他のスキル者の命を使えばね…」
「…そうか。そうだった。僕は神宮前に頼ることばかり考えてしまっていたんだな。神宮前がいようといまいと、僕たちは常に命の優先順位をつけて、選択しなければならないのか…」
「おい。静かにしろ。…神宮前が目を開けた」
「う…うぅ…こ、ここは…」
「ほう、意識は無事のようだ。神宮前よ、ここは例のラブホテルだ。お前がいつもここで目を覚ます事は、不憫に思おう」
「え…と…。な…な…コホッ! コホッ! ゴホン」
「神宮前、まだ声を出さない方がいいよ…。でも、ちゃんとまた回復できてよかった…。目を覚まさなかったら、どうしようかと思った…。よかったよ。よかった、よかった…」
「な…鳴海先輩…」
「…神宮前、水を持ってきたわ」
「あ、ありがとうございます。…ゴク、ゴク、ゴク…。はぁ…。ボク…そうか…鳴海先輩が崩壊しそうになって…。ああっ! そうだ、鳴海先輩が崩壊しそうになったんだ…! 鳴海先輩は…!」
「僕はまた、神宮前に命を助けられたよ。ありがとう…そして、すまなかった…。また、神宮前を怖い目に合わせてしまった…」
「鳴海先輩…生きてる…? 生きてるんスよね…。これは夢じゃないですよね? ボク、また、鳴海先輩を助けられたんだ…。よかった…。やったぁ…」
「じ、じ、じん、神宮前さん…」
「あ、ちなみに、ボク、何日間くらい寝てたんスか? まだ同人イベント終わってないですよね…?」
「神宮前…。それが…残念だけど、同人イベントどころではないんだ。僕たちは皆、高校を卒業してしまった」
「は? ウソですよね? だって、みんな、そんなに外見、変わってないスよ? まあ、豊橋先輩は歳をとっても変わらなさそうだけど…あはは…」
「…ふふ。3年の月日は、長い様で短かったわね…神宮前さん」
「さ、左京山先輩まで…。ホントなんスか? 本当に3年も…」
「本当なんだ、神宮前…」
「あはは…はは…はは…。さ、3年も寝ていたなんて…。しばらく、ショックで立ち直れないスよ…。ん? でも…あれ? みんな、スキルはどうしたんスか? もしかして、無事に崩壊フェイズをパスできる方法が見つかったんスか? スキルを消滅させて、普通の人生を歩めるようになったんスか? それなら、よかった…」
「おい、鳴海よ。そのくらいにしてやれ。…見ていて面白いがな」
「はは。ごめんごめん。神宮前、3年も寝ていたというのはウソだよ」
「ウソ…? ウソ…だった…? ちょっ! ひどいじゃないスか! 人の気も知らないで…。みんな無事に幸せな生活を送れるようになったんだ、とか思っちゃったし、鳴海先輩と桜チャンがくっついてたらどうしよう、とかちょっと不安になっちゃったじゃないスか! この、バカバカバカ!」
「ふ、ふふ…。じ、じ、じん、じん、神宮前さん、あ、あな、あなたが寝ていたのは、13日間…」
「13日間ですか。3年に比べれば短いですけど、それでも結構寝てたんスね」
「だから、同人イベントはまだ終わってないよ。神宮前には、シスターのコスプレをして同人誌を頒布するという使命が待ってるよ」
「そ…そうですか。安心したような、逆に不安になったような…」
「神宮前よ。生き返ってすぐにこの話をするのは、さすがの俺も気が引ける。だが、言わん訳にはいかんから言おう。鳴海に任せておいたら一生言わないだろうからな」
「なんスか? 豊橋先輩」
「お前の使命はコスプレをして本を売ることだけではない」
「本を売るだけではない…。じゃあ、他に何をすればいいんスか? あれ…? どうしたんスか? 急に、みんな暗い顔になって…あはは…」
「神宮前よ。生き返って早々、申し訳ないが、また死んでもらう。1週間後にな。喜べ。少なくとも、今週末ではなくなった」
「はい?」




