5章:ある少女に花束を(第20話)
「本星崎よ。次に考えられる、奴らの出方について確認したい。前回は物理的な銃火器だったが、伊奈のスキルでほぼ無力化された。同じ手で来ることは考えづらい」
「え…え、ええ。わ、わ、わた、私も、そ、そう、そう思う。つぎ、つ、次は、鉄砲とかを使ってくる事はないと思う」
「本星崎、それって、例えば、僕たちみたいなスキル者を出してくる可能性があるって事?」
「う、うん…。た、た、多分、そうだと思う」
「そうか…。でも、人工発現のスキル者は、自然発現のスキル者よりもスキルが弱い、という話だったよね。本星崎が知っている限りで、どんなスキルが驚異になりそうだろうか」
「ス、ス、スキル者同士でも、ぼ、ぼ、防衛省の中では、お、おた、お互いに詳しい事は知らないし、し、し、知れないようになっていたから、あま、あま、あまり詳しくはないんだけど…」
「防衛省からすれば、複数人のスキル者が結託して逃亡でもされたらかなわない、って事か…。それで?」
「た、た、例えば、よ、よ、よく、よくわからないけれど、げ、げ、原子の構造を操るスキル者の話を、き、き、聞いたことがある…」
「原子の…構造? よくわからないな…。色んな事が想像できてしまう」
「鳴海よ。原子構造なのか分子構造なのかでも話が全く変わってくる。もし前者だとしたら、陽子で電子や中性子のみならず、クオークやレプトンといた素粒子まで関わってくる可能性がある。地球上に存在しない全く新たな物質を創造したりできる事になる」
「いや、さすがにそんな事ができてしまうと、物理の法則が崩れ兼ねない…。まあ、伊奈のスキルも言ってしまえばそうなのか…」
「そ、そ、そのスキル者の話をきいたのは、さ、さい、さい、最近の事だから…。で、で、で、でも、き、危険なスキルだから…って。だ、だ、だから、ひ、ひ、人を殺す力があるとしたら、そ、そん、そんなスキルを持った能力者じゃないかと、思う…」
「以前、スキルの目的は兵器なんじゃないかって議論をしたと思うけれど…あながち間違いではなさそうだな…。ちなみに、その他に、驚異になるスキルの思いあたりはあるかな?」
「ご、ご、ごめ、ごめんなさい。そ、そ、それ以外には、思い当たらない。で、で、でも、ほ、ほう、崩壊フェイズを、ず、ず、ずっとパスさせてもらえるレベルの力を持ったスキル者は、そん、そ、そんなに多くないと思う」
「なるほどな。どのみち、ある程度は未知のスキル攻撃を想定せねばならん、という訳だ」
「本星崎、逆に、僕たちのスキルはどのくらい、奴らに知られているんだろうか。僕らのスキルが奴らにとって未知なのか既知なのかを把握しておきたい」
「き、き、きほ、基本的には、す、すべ、全てのスキルが筒抜けになっていると考えたほうがいい…。あ…で、でも、じ、じ、じ、神宮前さんと、かみ、上小田井くんのスキルは知られていないと思う。わ、わた、私が、鑑定できなかったから。よ、よび、呼続ちゃんが鑑定できていなければ…」
「それについては、呼続ちゃんも知らなかったみたいだ。というより、本星崎の鑑定方法と、呼続ちゃんの鑑定方法は、話を聞いた限りでは、同じだ」
「そ…そう…。じゃ、じゃあ、つ、つ、追体験できないスキルは、し、し、し、知られていないと思う。た、た、ただ、鳴海くんが崩壊フェイズをパスした事は、し、し、知られていると考えた方がいいかも…」
「ああ、それは僕も前提として考えている。だから奴らは、誰を犠牲にして僕が生き残ったのか、あるいは誰も犠牲にせずに生き残る未知のスキル者がいるのか、を疑っていると思うんだ」
「鳴海よ。となると、真っ先に奴らに狙われる可能性があるのは、スキル発現を認知していながら内容が把握できていない、神宮前と上小田井という訳だ」
「あるいは、呼続ちゃんみたいに捕縛対象になるか、だな。犠牲者を出さずに崩壊フェイズをパスしつづける事ができるスキルなら、喉から手が出るほどほしいだろう。やつらに捕まった場合、神宮前は際限なく命を奪われ続ける事になる可能性がある。生き返ったと思ったら、その日にはまた殺されて、再生するまで何日間も眠り続ける…。そしてまた、目を覚ましたら殺されるんだ…」
「ふん。俺たちがそれを言うのか。今日、神宮前が目を覚ましたとしても、数日後には呼続、あるいは伊奈のために、また死ぬのだ。やっている事は変わらん」
「………………そうだな…」
「それで、だ。お前の中では、命の選択の結論は出たのか。呼続なのか、伊奈なのか。あるいは、神宮前なのか」
「伊奈のいる前で、その話を僕に振るのかよ」
「伊奈がいる前だから、振った」
「…えっと…。あたくしの事は、気にしないでいただいて結構ですのよ。あたしはとっくに、辞退する心積もりですから…」
「と本人が言っているが、鳴海よ。お前の意見はどうだ」
「どのみち、死ぬリスクについては全員が等しいんだ。この際、はっきり言うと、僕は呼続ちゃんではなく伊奈の命をとるつもりだ」
「…なんですって? やめてくださらない。あたくし、呼続チャンの代わりに生き延びるたった数ヵ月間も、死ぬ間際も、ずっと呼続チャンに申し訳ない気持ちをいだき続けなければならなくなるんですのよ? そっちのほうが、余程残酷ですわ…」
「伊奈、その気持は、場合によっては呼続ちゃんも同じだ。これは感情抜きの合理的な判断だ。呼続ちゃんのスキルは確かにすごいけれど、本星崎で代替可能だ。本星崎の寿命はまだ3ヶ月弱残っている。でも、伊奈のスキルはかけがえがない。少なくとも、呼続ちゃんのスキルよりは直接的に、より多くの命を救える可能性がある」
「そ…それはそうなのかもしれませんけれど…」
「ふん。伊奈よ。俺も全く同じ意見だ。呼続は同人イベントの日に崩壊させる」
「…な、な、な、なに、何か選択肢は…な、ない、ないのかしら…。わ、わ、私、よ、よび、呼続ちゃんが死ぬのは…か、か、かな、悲しいな…」
「本星崎よ。俺は常に冷徹だ。だからはっきりと言う。お前のために、今まで命を捨ててきた数々のスキル者を思えば、呼続はその中の1人に過ぎん。違うか」
「…そ、そ、そ、それを言われると…」
「左京山よ。今メッセージを誰かに送っても、既に遅い。俺は決定論者ではないがな」
「…ふん。パラレルワールドにいる呼続は助かるかもしれないでしょ」
「…好きにするがいい」
「豊橋、呼続ちゃんを同人イベントで崩壊させるのはリスクが大きすぎる。多くの人の目につくことになるぞ…」
「その通りだ。多くの人間の目につくことになる。これは、俺たちにとってはリスクではないが、防衛省にとってはリスクだ。この意味がわかるか」
「…豊橋…。まさか、呼続ちゃんを、おとりに使うつもりか…?」
「よ、よ、よび、呼続ちゃんを…お、お、おと、おとりに…。そ、そんなのって…」
「呼続が崩壊した場合、奴らは同人イベントを会場ごと消す必要がでてくるだろう。それ以前に、SNS拡散リスクは計り知れん。であれば、俺たちは交渉力を持つことができる」
「…そうか。呼続ちゃんを使えば、奴らを僕たちの目の前に引きずり出せる。呼続ちゃんの崩壊を材料に、情報の提供と呼続ちゃんの崩壊フェイズのパスを交渉する…」
「ふん。呼続の延命交渉は困難だろうが、鳴海の認識で間違いない」
「いや、呼続は延命できる。奴らはその場での崩壊を嫌うだろうから、交渉がうまくいけば呼続をそのまま捕縛するだろう。呼続のスキルは奴らとしても確保しておきたいはずだ」
「なるほどな。捕縛した後、呼続より価値のない人間を崩壊させて、呼続を延命させるわけだ。笑えん」
「…そんなにうまく、いくかしらね。だって、彼らは呼続の残りの寿命を把握しているはずでしょ? だったら、呼続の崩壊を前提にした対策をしてくるんじゃないのかしら」
「左京山さん、その可能性は確かにあるんですけど、かえって好都合ですよ。リスクがあるのなら、まっさきに呼続ちゃんを探したいでしょうから、利害が一致します」
「…まあ、そうならいいけどね。週末の同人イベントまでに、呼続ちゃんが危険な目にあわないように、注意が必要ね。彼らが本当に、呼続ちゃんの居場所を特定できていないのならいいけどね」




