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間隙のヒポクライシス  作者: ぼを
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5章:ある少女に花束を(第12話)

「まさか、この足でまた、このラブホテルに来ることになるとは思わなかったな…。上小田井くんを連れてくる訳にはいかなかったから、本星崎にお願いできてよかったよ…。とは言え、あの状況下にいたんだ。上小田井くんには個別に、きちんと事情を話す必要があるな…」

「上小田井は察しのいいガキだ。下手に何かを隠そうとしないほうがよかろう」

「豊橋も急に呼び出して悪かったな…。死体を公共バスに乗せて移動するわけにもいかなかった…」

「気にするな。事態が事態だ」

「うん。神宮前を運んでもらえて助かったよ。あと、これからの事で豊橋には相談したかったしな」

「ふん。命がかかった算数の問題を解かねばならんという事か」

「算数だけで済めばいいけどね…」

「鳴海くん、神宮前さんの体を拭いて、ベッドに寝かせたわ…。今度は、回復まで13日間なのね…。このままここで介抱すべきか、悩みどころね。目を覚ますのは、同人イベント直前。神宮前さん…アナタ、随分と無茶をしたのね…」

「正直、迂闊だったよ…。たしかに、神宮前のスキルを使えば際限なく崩壊フェイズをパスできると思う。でも、それには強制的に神宮前のスキルを発動させる事が必要で、強制的に発動するには、神宮前を傷つけるか…殺傷しなければならない。そして、神宮前の寿命は、傷を追う度に延長されてしまう…。減らないんだ…」

「なるほど。少なくともスキル発現をした者は、全員がすべからく、その命をつなぐために、神宮前を定期的に殺傷しなければならんという事だ。笑えん冗談だ」

「今はあまり考えたくない…。でも、僕たちは、自分たちの寿命を延長させる事と、神宮前を苦しめる事を、常に天秤にかけなきゃいけない。今スキル発現しているのは神宮前を除いて5人。100日間に5人という事は、平均して20日に1回は誰かが崩壊フェイズを迎える事になる。僕は…本当に、神宮前をあそこまで苦しめてまで、生き延びなければならないんだろうか…」

「鳴海くん…。そうならないように、アタシたち、スキルを消滅させる方法を見つけなければならないのよ」

「ええ、その通りなんです。だから、僕たちは知恵を出し合わなければならない。とにかく、もう神宮前の命を使いたくないんだ」

「ね…ねえ…鳴海クン。あたくしがこんな事を言うのは…気が引けますけど…。あ…あたくしは、崩壊フェイズをパスできるんですのよね?」

「そうか…。伊奈の寿命の問題があった…。これは難問だ…。伊奈の延長を認めると、その後の全員も認める事になってしまう」

「鳴海クン、その物言いはちょっとないんじゃなくって? だって、鳴海クンは神宮前サンの命を使って、崩壊フェイズをパスしたんですのよ? あなただけ寿命を延ばして、あたくしがダメというのは、理屈が通りませんことよ?」

「伊奈…」

「だって、いいじゃありませんこと? 神宮前サンは、確かに苦しいかもしれませんわ。でも、死ぬことはないんですもの。生き返る事ができる。でも、あたくしたちは違いますわ。…一度死んでしまったら、それっきりなんですもの…」

「伊奈…やめてくれ」

「神宮前サンにとっても、悪い話ではないのではなくって? だって、自分の命を使って他人の命を救う事ができるんですもの。他人の命を救済するなんて善行は、普通の人生ではありえない事ですわ。神宮前サンだって納得してやってくれるに違いありませんもの」

「伊奈! そこまでだ! その口を塞ぐんだ!」

「…えっと…。あの…その…。ご、ごめんなさい…。とり乱したりして…」

「…ふう…。いや、伊奈の気持ちはよくわかるよ。誰だって死にたくない。でも、だからといって神宮前の人権を奪ってまで、僕たちの命の延長を強要するのも間違っている。だから、判断が難しいんだ…」

「ふむ。鳴海よ、ここは感情を抜きに思考実験をすべきだろう。最大多数の最大幸福を考えればよかろう。お前の好きなトロッコ問題だ」

「豊橋の好きな…の間違いだろ…」

「片方に舵をきれば、神宮前はトロッコに轢かれて疼痛を伴う重症を負って仮死するが、他のスキル者は無傷で生き残る事ができる。もう片方に舵をきれば、他のスキル者はことごとく死に至るが、神宮前は一切の怪我を負うことなく、寿命尽きるまで生き続ける事ができる」

「その選択肢はあまりにも残酷だ…。神宮前本人に判断をさせれば、間違いなく、自分の命や延び続ける寿命とをひきかえに、みんなの崩壊フェイズをパスし続ける選択肢をとるだろう。でなければ、僕や伊奈をはじめとしたスキル者は順番に死んでいき、その度に神宮前は、まるで自分が殺したかの様な責務に苛まれる事になるんだ…」

「そんな…。アタシ、神宮前さんがそんな事になったら、耐えられないかもしれないわ…。可哀想すぎるもの…」

「堀田さん…でも、そう遠くない未来に、神宮前はその選択肢を判断しなければならないんです…。くそっ…神宮前。なんとかしてやれないのか…」

「ふん。鳴海よ。それ以前の問題を見失っている。お前に対する回答は2つだ。1つに、神宮前を助ける方法は、やはり神宮前の苦しむ回数が少ないうちに全員のスキルを消滅させ、崩壊フェイズのループから抜け出す方法を見つけることしかない。2つに、さっき言った算数の問題だ。神宮前の回復にかかる日数が、死ぬ度に延びる可能性があるのだろう。であれば、回復までの日数が20日を超えれば5人全員の崩壊フェイズの面倒を見ることはできなくなり、誰かの命の選択が必要になる。そして回復までの日数が100日を超えれば、もう誰も助けられん」

「そうか…。つまり、どう転んでも、全員が無事に生き残るためには、神宮前の命が使える期間を上限に、スキル消滅させる手段を見つけなければならないんだ…」

「その認識で間違いなかろう。少なくとも、あと1回は神宮前の命を使う事ができると考えて間違いあるまい。そういう事だ、伊奈」

「あ…あたくし…。あたくし…。ごめんなさい…。あたくしには、神宮前さんの命と引き換えに寿命を延ばしていただく資格はありませんわ…」

「ほう。急にしおらしくなったではないか。どうした」

「あたくし…。本当は、本星崎さんと一緒にいて…どちらかが崩壊フェイズに入ったら、残った方の残りの寿命を使って崩壊フェイズをパスする約束をしていましたの…。でも…よく考えたら、あたくしは卑怯でしたわ…。だって、どう考えても、先に崩壊するのは、あたくしの方だったんですもの。お互いの友情の上に、公平な判断だと思っていましたけれど、あたくし、心のどこかで、生き延びるのはあたくしなのだと安堵していたのかもしれませんの…」

「伊奈…。どこまで深掘りしてきいていいかわからないけれど…伊奈の命は、今、伊奈だけの物なのか?」

「あたくしだけの…命…? 鳴海クン、何が言いたいんですの?」

「いや…伊奈が、自分自身の命が惜しいだけの理由で、あそこまで取り乱すのはおかしいと思ったんだ」

「…いえ、なにもありませんわ」

「そうか…。ならいいんだけれど。伊奈が何かの目的を達成するために、どうしても生き延びなければならない日数があるんじゃないか、って思っちゃったんだ」

「そ…そうでしたの…。でも、なにもありませんの。お気遣い、感謝しますわ」

「…そうか…じゃあ、そういう事にしておくよ」

「………………」

「えっと…。あ、そういえば…気になっていたんだけれど、伊奈。さっき、カフェのトイレの中で、どうやって神宮前の命を奪ったんだ? スマホとヘアピンで…。確か、熱した、って言ってた気がするけれど…」

「え…? あ…ああ。その事ですのね。難しい理屈ではありませんのよ。あたくしのU字ヘアピンは7cmくらいの長さで、素材は鉄ですの。で、スマホのバッテリーを使って…。ここからは鳴海クンの方が詳しいのではないですの?」

「そうか…。バッテリーのエネルギーを、熱エネルギーに変換したのか。鉄の比熱は0.4くらいだった筈だから…ええと、バッテリー残量が5Whだとして、ジュール変換するとWsだから…18,000ジュールか。これを0.4で割ると…なんだって? 1gの鉄を、45,000度まで加熱できるのか…」

「ええ。その通りですわ。ですから、鉄の融点ギリギリの1,500度まで部分的に加熱したU字ヘアピンを、神宮前サンのこめかみから脳に向けて挿し込みましたの」

「ふむ。殺傷方法として興味深い。しかし伊奈よ」

「な、なんですの…?」

「当面、スキルの発動には充分に留意する事だ。恐らく、お前の命は残り20日を切っているだろう。そして、神宮前が目を覚ますまで13日だ。この残日数が逆転するまでに、お前があと何回スキルを発動できるのかは知らんがな」

「あ…そ、そういう事ですのね。ええ。承知いたしましたわ」

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